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趣味人な魔王、世界を変える  作者: 海蛇
2章 賢者と魔王
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#12-3.魔王様戦地に向かう1

「ふぅ、疲れた。あの剣重過ぎだろう……肩が外れるかと思ったぞ」

肩を回してバキバキと音を鳴らしながら、魔王は私室へと戻っていた。

『くすくすくす……旦那様、運動不足なのではないですか?』

待っていたアリスは、どこか可笑しそうに笑いかける。

「運動不足なあ……確かにそうかもしれん。最近外にも出てないしなぁ」

魔王が運動らしい運動をしたのは、魔王城が襲撃されたのを追い返して以来である。

人間世界の街を観光がてら歩いたりはしていたが、その程度では運動にすらならない。

『運動不足の解消には水泳が効果的だと聞いたことがありますが』

「水泳か……かなづちな私には無縁な話だね」

相変わらず魔王は泳げない人だった。

そもそも泳ごうという努力もしないのだから泳げるようになる訳も無いのだが。

『水の中で遊んでいるだけで運動になるらしいですわよ?』

「水着の女の子は見ていて癒されるが、水の中で遊ぶ気は起きないなあ」

疲れることはしたくないのだ。いよいよもって精神的に老人化が進んでいるようである。

「でもアリスちゃん達の水着は作らせるけどね。最新の水着ファッション」

『あらあら。楽しみですわ』

プールが出来てからというもの毎年その年の新作のレプリカを用意するのだが、アリス達も気に入っているらしくそちらは歓迎の様子だった。

まあ、彼女達は主からの贈り物を一切拒絶したりしないのだが。


「ああ疲れた。癒されたい。今日は色々と疲れた気がするよ」

ラミアの話でくたくたになり、悪魔王のせいでイラつかせられ、オークの勇者の為に重い剣を持ってやって肉体的にも疲れていた。

魔王は身も心も疲れ果てていた。

『旦那様、癒しますか?』

「癒されたい。癒してくれ」

『くす、かこしまりました。ベッドへどうぞ』

くすくすと笑う人形達。アリスに言われるまま、魔王はベッドへとよろよろ歩いていく。

とても魅惑的な光景。横たわると可愛らしい人形達に囲まれ、魔王は静かに癒される。

目を閉じると、静かに髪を撫でる手。美しい歌声が聞こえ、魔王はうとうととしてしまう。

決して穢れる事の無い愛。失われる事の無い癒し。彼の心をどこまでも安らげてくれる、そんな一時。

それらを全て与えてくれる者が昔からいたはずなのに、彼はどこか懐かしさを感じる。

「……」

眠ってしまいそうになる。落ちていく感覚。柔らかな感覚。癒される。彼は癒される。

そのまま眠ってしまいたくなるような感覚で、意識が蕩けていく。

とても幸せな心地になり、眠りに落ちていく。蕩ける。溶ける。解ける。色んなものから解放される。


 だが、魔王ははっと目を開いてしまった。

『……旦那様?』

枕元で髪を撫でていたのはエリーセル。飴色の髪の乙女人形だ。

「ああ、なんとも心地よい気分だったが、なんとなく気になってしまって」

そんな言い訳じみたなんともよく解らないことを口走りながら、魔王はそのままぼーっとしていた。

『眠れませんか? 眠りたくありませんか?』

「眠りそうだったのだが、どうにもその……眠ってはいけない気がした。妙な所に誘われそうになっていた」

『妙な所、ですか?』

エリーセルは不思議そうに首をかしげる。

言ってはみたものの、魔王自身もよく解らない、なんとも表現のしようもない難しい事だった。

「古い感傷だよ。なんとも……そう、懐かしいものなのだ」

ノスタルジックな心地に、思わず引っ張られそうになっていたのだ。

それは間違いなく幸せだったのだが、その幸せから引き出されるモノは決して幸せなものではないのだ。

それに気づき、思い出し、理解し、本能的に、理性的に、それでいて夢のように、それを拒絶したのだった。

気づけば魔王を癒す乙女達の歌は止まり、何事かと魔王の周りに集まってきていた。

その数ずらり並んで二千。皆が皆違う顔をしている。

それでいて皆が美しく、穢れなく、そして主を慕っている。

「困ったな。どうにも……別に、大したことは無いんだよ」

現実に引き戻された魔王は、まだ眠い目元をそっとこすりながらも起き上がる。

『旦那様……』

「そうだ、明日は運動不足の解消がてら、前線に顔を出してみるか」

心配そうに集まる人形達に気を向け、魔王はそんな突拍子も無いことを言っていた。

辛さを微塵も感じさせぬ、にかりとした笑顔のまま。



 翌日、大陸中央部カルナディアスの丘にて。

魔王は人間大のサイズになったアリスを連れ、前線のこの陣地へと訪れていた。

例によってラミアには内緒で、いらぬ混乱を生まぬように書置きだけ残して。

「こ、これは魔王陛下。このようなところにいらっしゃるとは――」

中央方面軍、こちらの陣の防衛指揮官だという蛙頭の悪魔が恭しげに魔王に近づいてきた。

「暇だからな」

特に笑いかけたりはせず、魔王は憮然とした面持ちで丘から見える湖を見渡していた。

「あ、ご注意下さい陛下。敵のスナイパーがこの辺りまで潜伏している可能性があります。できるだけ頭を低くして――」

あまり強くは言わないものの、この狙撃で命を落とす指揮官は少なく無いらしく、蛙頭は心配そうに魔王を見ていた。

「そのようだな。ぱっと見で三人、こちらの陣を見ていたようだ」

「はっ!?」

魔王は狙撃手のエイミングを逆認識し、その数を把握していた。

「敵のスナイパーが、少なくとも三人は付近に潜伏している、という事ですわ」

突然の事で間抜けに聞き返していた蛙頭であるが、魔王の隣に佇むアリスがそれを告げ、ようやく理解した様子で、顔の色がさーっと引いていく。

「す、スナイパーが三人も……おい、三小隊を用いて付近の探索だ。敵のスナイパーを潰せ!!」

指揮官の指示により、即座に部下が作戦に適した部隊を選別、配置していった。

「君、名はなんと言ったかね」

「はっ、蛙男のグレゴリーと申します」

名を問われ、蛙頭がびしりと敬礼をしながら名乗る。よく訓練の行き届いた、歴戦の軍人の顔だった。

悪魔にも色々居るが、この蛙男は魔族としては比較的スタンダードな方で、正直魔王にはあまり見分けがつかないのだが。

魔物兵士にも巨大な蛙の魔物が居たりするし、更にそこから昇格して魔族の扱いを受ける者も居たりで、魔界は両生類だらけと言ってもいいかもしれない。

「……私はずっと思うのだが、種族の名前もこう、もう少し格好つけてもいいんじゃないだろうか」

人間なんかは竜をドラゴンと呼んだり吸血族をヴァンパイアと呼んだりしている。

魔王的にはこれがかっこよく感じてしまう。隣の芝は青く見えるような理屈で。

人間的には忌み名を避ける為につけていた呼び名なのだが、そんなの魔王にとってはどうでもよかった。

「格好つけると申しましても、我々も古くからつけられている種族の名ですので、個人個人の考えでは如何とも……」

もっともな話である。その種族名が嫌だからと翌日から変えられるのなら、変えて名乗る者も後を絶たないだろう。

案外物事は合理的に出来ているのだ。

「なら私が考えてやろう。例えば、そう……『ダンテリオン』のグレゴリーとかな」

「……おお、よく解りませんが、なんとなしに男心がくすぐられる名前ですなあ」

少々気恥ずかしさを感じながらもそういうのが好きな男は多いらしく、この蛙頭も魔王の案にはノリノリであった。

因みにダンテリオンはタンポポの人間世界訳である。

「なんだ君も解ってるじゃないか。つまりだ、そういうのが私は欲しいのだ」

わずかばかり自分のセンスが認められた気がして魔王は嬉しくなり、機嫌よさげに笑う。

「で、では陛下、例えばこのリザード族の者などはいかがしましょう!?」

グレゴリーは護衛のリザードを指差す。

「君、名前は?」

魔王もノリノリでトカゲ頭の剣士の名を訊ねた。

「はっ、り、リザードのダルガジャと申します」

リザードは蛙男と違い、は爬虫類型の魔物兵士だったものが実力を認められ魔族に昇格した種族である。

純粋な剣士肌の者が多く、同一種族であっても実力次第で上級魔族から下級魔族までばらけている珍しい魔族でもある。

「んー……リザードはそのままでもカッコいい気がするが。よし、『ドールフィニア』のダルガジャ。どうかね」

「おぉぉ……そ、それは、なんというか、その……」

「ああ、我らの始祖も陛下のようなネームセンスをお持ちだったなら……」

ダルガジャもグレゴリーも顔を見合わせ震えている。彼ら的にウケがよかったらしい。

「ではでは陛下、あちらに居る蛇女の娘などは――」

「旦那様、まだしばらく名前で遊ぶおつもりですか?」

魔王らが更なる高みへと登ろうとするところを、アリスが横から顔を出し妨害していた。

「おお、そういえばそうだった。グレゴリーよ、この話はまたいずれだ」

「ははぁっ」

一同頭を下げる。アリス的にはこの男達の話は意味が解らないものだったらしく、まともな流れに戻ろうとしているのを見て小さく溜息が出た。


「それで陛下、今回こちらにいらっしゃったのは、視察の為なのでしょうか? 私どもは、ラミア様や方面軍総司令官であらせられるベェル様からは何も聞いておりませんで――」

「うむ。私が来る時は大体何も言わないからな。前線には迷惑をかけるかもしれんが、まあ気にしないでくれたまえ」

前線の魔族にとって一番偉い人が来るという、大事件にも等しい事が何の前触れもなく発生するのは迷惑極まりない事なのだが、ものすごい無茶な事を言っているのは魔王も承知の上であえて気にしないでいる。

いつの世も前に出てくる上司というのは迷惑な者なのだ。ごく一部を除き。

「適当に最前線で暴れて、気が済んだら帰るつもりだ。なので、現時点での最優先目標と、最大の障害足りうる部隊の位置を知りたい」

「それでしたら、現在ベェル様指揮下の本隊がいらっしゃる『ティティ湖』がよろしいですなあ。ここから馬車で二日ほどの場所です」

グレゴリーはすぐに地図を取り出し、本隊の位置を指し示す。

「遠いな。こちらの部隊にワイバーンはいないのか」

「一頭居りますが、気性が荒い為扱い難く、『本隊に連れて行くのは無意味』と置いていかれた問題児でして」

困り顔でポリポリと頬を掻きながら、グレゴリーは説明する。

「ああ、ああ、それでいい。借りていくぞ。どこに居る」

「はっ、家畜小屋に居りますので、必要とあらば飼育員に一言頂ければ」

「解った。ではアリスちゃん、行こうか」

「はい」

こうして、魔王とアリスは家畜小屋に向かった。


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