#12-2.オーク族の勇者
結局機嫌を悪くした魔王にさっさと追い返され、悪魔王はとぼとぼと玉座の間を後にした。
残った魔王はというと、イライラが溜まったまま次の者に会う訳にもいかず、メイドにお茶などを持ってこさせ、ほんのわずかの間、休息していた。
「全く……ああはなりたくないな。親になるつもりもないが」
一人ごちる。どうにも男というのは、娘が出来ると色々狂わされてしまうのではないかと思えてきたのだ。
黒竜姫といいエルゼといい悪魔王の娘といい、いずれも美しく育ったが為に男親に可愛がられすぎているのだろうが、その愛の方向性が歪んでいるというか、男親の欲望の方向に捻じ曲がっている気がするのだ。
「まあいい。ふぅ、謁見を続けよう。次を呼んでくれたまえ」
一息ついて、なんとか心落ち着かせる。
時間的にも次が最後の謁見希望者のはずで、これが終われば今日の仕事は終わるのだ。
次の謁見者が来る頃には、魔王も大分落ち着いていて、いつもどおりの苦笑気味の笑顔に戻っていた。
「お初にお目にかかる。魔王陛下」
兵に連れられ現れたのは、灰色の肌の巨大な亜人の勇者だった。
「うむ。お前がオーク族の勇者か。でかいな」
「いかにも。我はオーク族の誇り高き勇者・ジャッガだ」
魔族の中でもそこそこ長身な方の魔王ですら小柄に見えるほどの巨躯である。
悪魔王程ではないにしろ、その鍛え抜かれた巨体は魔王の興味を惹くに十分な存在感であった。
「ジャッガよ。お前は何用でわざわざ私に会いに来たのだ」
オークは誇り高き戦闘種族である。魔王も機嫌を損ねないよう、できるだけ注意を払いながら問う。
「陛下は、既にエルフの三種族の姫と謁見をしたと聞いた」
「うむ。確かにそうだ。もう大分前だがな。ああ、見上げるのしんどいから座っていいぞ」
セシリア達エルフの三種族の姫君が謁見にきたのももう大分昔の話である。
今ではすっかり塔の顔役として他の娘達の代表的な立場になっているらしいが。
「遅ればせながら、我らオーク族も、最大限の礼を以て陛下に恩を返さねばと思っていることを伝えに来たのだ」
「礼……はて、礼を言われるようなことは何かしたかな」
「我らオークの戦士達に数多の戦場を与えてくれた事。激戦区にて戦わせてくれる事をありがたく感じているのだ。そして、今まで見たことも無い戦術を我らに授けてくれる事にも感謝している」
ジャッガは牙をむき出し、にかりと笑った。
見る者次第では恐怖すら抱きかねない醜悪な面持ちだが、不思議と嫌味は感じない。
戦場に立つ漢の笑顔である。魔王も悪くない気分になった。
「うむ。そういう事か。魔王軍としても、お前たちオーク族の勇猛さには助けられている。任務を問わず参加してくれるしな」
当初ラミアらはオークの蛮勇ばかりを知っていた為に、彼らの有用性は最前線で敵と激突する事のみにあると思われていた。
だが、近年用兵法が刷新されるようになり、次第に彼らが戦場においてあらゆる方向性でも活用できる有用な種族なのだと気づかされ、戦場のエキスパートとして広く重用されるようになっていたのだ。
戦場を選ばず、目標を選ばず、任務も選ばない、とくれば、これほど使いやすい兵もそうはいない。
「これからも、より多くの敵を屠り、勝利を魔王軍に捧げる事を約束する」
「期待しているぞオークの勇者よ。その勇名、更に轟かせて欲しい」
魔王への忠義を伝える勇者に、魔王はそう悪くない気分で応えた。
ふいに、その腰元にぶら下がる巨大なバトルアックスを見る。
ギラリと鈍く光るその戦斧は、一体今まで幾人の敵を屠殺してきたのか。
血の朱で染まった柄の部分を見るに大分古くなっているものと思われる。
手入れはしているのだろうが、所々錆も見えた。
「鉄か」
「む……?」
「そのバトルアックス、相当使い込まれているもののようだな。替え時ではないのか」
斧はあまり使わないので魔王には良く解らないが、今の時代鉄の武器では少々厳しいのではないかとも思ったのだ。
だが、ジャッガは「いや」と、バトルアックスを手に持ち、見つめる。
「これは代々の勇者に受け継がれし由緒正しき斧だ。古かろうと関係ない」
彼らなりに大切なものらしく、替える気は無いらしいことも魔王は察した。
「漢の武器だな。だが、いざという時にそれ一本では少々心もとないな……」
言いながら立ち上がる。何事かとジャッガが見上げるが、魔王は「待っていろ」とだけ言って、玉座の間を後にした。
『旦那様。おかえりなさいまし』
私室に戻った主人に、アリスはさほど驚きもなくニコニコと笑顔で出迎えた。
「アリスちゃん。まだ職務中なんだ。何か適当な長剣はあるかね? 切れ味より物持ちのいいものの方が良いんだが」
『それでしたら、ツーハンドがありますが……少々重いですわよ?』
主人の要望に答え、アリスはどこからか巨大な両手剣を取り出した。
「ああ構わんそれでいい。これくらいじゃないと物足りないだろうしな。それじゃ、また戻る」
そのまま剣をアリスから受け取り、また部屋を後にした。
『いってらっしゃいませ』
主が去ったドアに対して、アリスはペコリと頭を下げ、送ったのだった。
「待たせたな。ちょっと探し物をしていたのだ」
魔王は、巨大な両手剣をなんとかかつぎながら再び謁見の間に戻ってきた。
「その剣は……?」
ジャッガも興味を惹かれたらしく、その剣をまじまじと見つめる。
「私の手持ちの武器の一つだ。正確には人形兵団用の武器なのだがね」
言いながら、魔王はそれを鞘ごとジャッガに渡す。
「どうだ、持てるか?」
「うむ……やや重いが、いい剣だな」
ジャッガは柄や刀身を見ながら、その出来のよさに笑った。
「ドラゴンスレイヤーだ。お前にくれてやる。魔王からの、オーク族の勇者への贈り物だ。大切に扱えよ」
「なんと……!? 我に下さるというのか!?」
驚きの余りか、ジャッガは立ち上がり、興奮気味に声を荒げる。
その様に魔王はつい笑ってしまう。可笑しいのだ。
「構わんよ。相応しき者こそ持つ意味のある武器、というのもある」
「お……おぉぉ……」
肩を震わせながら、オークの勇者はまじまじと頂いた剣を眺める。
恐らくは彼の見たことも無い技術で作られた、ドラゴンスレイヤー製のツーハンドソード。
世界に二つと無い貴重で強力なアーティファクトである。
まず切れ味からして一般に普及している鋼の剣とは比べ物にならない。
「無論、斧を使うなと言うのではないぞ。オーク族の誇り高き斧と併せて、状況に応じて使い分けて欲しい」
「ありがたい……勇者として、これほどの栄誉はない!! このジャッガ、いや、オーク族の全命を以て、魔王陛下に忠誠を誓おう!!」
目を見開き、魔王にひれ伏す。
先ほど以上に感情の篭った熱い忠義の言葉は、魔王をして、為政者として笑わせる程に心地よいものであった。
「よく頑張りたまえよ」
一言言うと、魔王はひれ伏すジャッガの肩にポン、と手を当て、去っていった。
後には身体中を震わせるオークの勇者が残り、主不在の玉座は、異様な光景のまましばし時が止まっていたのだった。




