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趣味人な魔王、世界を変える  作者: 海蛇
2章 賢者と魔王
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#12-1.ヤギ悪魔の憂鬱

 ある晩春の日の昼下がりの事である。

魔王城は例年より早い時期に気温が夏向きに上がり始め、早くも夏の衣装に装いを変えた娘達がお茶会などしていた。

肌寒い間は使われなかったプールでは、水陸両生型の従者が夏に向けての清掃を始めており、泡だらけになりながらも鼻歌交じりにモップをせかせかと動かしている。

今年は暑くなる。誰もがそう感じ、その為の準備を始めていた。


 魔王はというと、昼の休憩が終わり、のんびりと謁見の間へと向かっていた。

昼食などとらなくても困らない魔王ではあるが、謁見は面倒くさいししんどいので、それを口実に逃げるようになってからは日課のようになっていた。

とはいえ戻らなくてはいけないのだ。昼食はあくまで一時的な逃げに過ぎず、根本的な解決にはならない。

戻れば謁見希望者が幾人も訪れ、本人的にはとても大切な、魔王的にとてもどうでもいい事を長々話してくれる。

一応魔王なりに真面目にしようと思った時期もあったにはあったのだが、連日これではやる気を失くしてしまう。

人間世界の各国の王も似たような状態らしいのだが、人の短い生の中でよくもそんな退屈な事ばかりしてられるものだと魔王は思っていた。

人間と比べれば悠久に等しく生きられるであろう魔王ですら、日々の謁見の時間が勿体無く感じて、できれば逃げてしまいたい衝動に駆られるほどである。

生まれながらの王族としての責任感か、それとも幼き頃よりの躾の賜物か。

魔王が持ち合わせていないいずれかの理由によって、人間世界の統率者はそのようになっているのではないか、と魔王は考え、その過酷な人生にわずかばかり同情した。

勿論、次の瞬間にはもう忘れているほどの、偶然湧いただけの本当に雀の涙程の同情なのだが。


 できるだけのんびりと謁見の間へと向かう魔王であったが、足が前に進む以上はどんなに遅くともいずれは到着してしまうもので、既にラミアが待ち構えていた。

「陛下、早速現在の魔王軍各方面軍の戦況と、魔界各所での防衛軍設立の認可についてのお話をしたいのですが」

「あー、あぁ、ちょっと待ってくれたまえ。玉座についてから話し始めるものだろう、こういうのは」

本来なら王たる者が玉座にて悠然と待ち構え、訪れる許可を与えられ始めて謁見が成立するのだが、ラミアはそのルールをあえて無視していた。

これも身内の親しみというか側近に許されたフリーダムさというか、魔王との距離感が解っている者は容赦がない。

「お言葉ですが陛下。陛下がのんきに昼食などとっている間にも、戦況は変化し続けているのです。実際昼前に報告しようとしていた事が既に二転三転し、陛下が昼食中に修正する羽目になりました」

手に持った書類の留まっているボードをはらはらと振り、ラミアは溜息混じりに魔王を諭す。

「本当に急ぎの事が起きれば、この上は儀礼的な慣習など無視してお部屋にお邪魔する所ですわ。それをしないだけでも配慮していると思っていただけませんと」

「解った解った。お小言なんて言う暇があるならさっさと済ませてくれ。君が言うように時間は有限で時は流れ続けているのだろう?」

魔王も年齢的に明らかに目上なラミアのお小言には慣れてはいるものの、やはりしょっぱなから部下のお説教というのはテンションが駄々下がりになる為、早々に切り上げようと促す。

「解っていただければ結構ですわ。では最初に――」

ラミアも無駄極まりないお説教を長々とするつもりはないらしく、魔王の求めに応じて話を始めた。


「――という訳ですので、ご認可を」

さほど進まない各方面軍の報告が終わり、有事の為に魔王軍とは別の独立した防衛組織の立ち上げの話もようやくにして終わりが見えてきたあたりで、魔王はくたくたになっていた。

「ああ、許可する。上手くやってくれたまえ」

おかげで反応もおざなりである。適当極まりない。

「かしこまりました。ではそのように。私はこれにて失礼致しますわ」

「うむ」

微塵も疲れた様子の無いラミアは、静かに礼を取り、そのまま戻っていった。

ラミアの話は中々良くまとめられていて、聞いていて頭を使う部分はほとんどないのだが、逆にただ聞いているだけ、相槌を打っているだけというのが魔王には辛かった。

「次の謁見は……誰だったか。まあいい、次の者を通したまえ」

一応予定表は見てはいたのだが、見ただけで覚えなかったので良く解らないことになっていた。

一日に何人も相手をするのだから、よく見る名前以外は基本スルーである。

このあたり、いい加減にやらないと無駄な事にリソースを食うので、魔王は極めて適当にやっていた。

魔王の言葉に、次の謁見希望者を通す為、傍に控えていた兵士が一人、離れる。

ほどなくして兵士に連れられ、謁見希望者が現れた。

「……お前だったのか」

ヤギ頭の巨躯。筋骨隆々のいかつい大悪魔がそこにいた。

他ならぬ悪魔王である。

「失礼致します。陛下に置かれましては、この時期ますます――」

「すまんが、疲れている。前置きは要らんから、用件をさっさと済ませてくれないか」

低い声で、外見に似合わず腰の低い口調で始まる前置きを、魔王はばっさりと斬り捨てた。

「そうですか。では用件なのですが。実を言いますと、私の娘の事でご相談がありまして……」

「お前の娘のことでなんで私に相談なのだ……まあいい、一応言ってみたまえ」

途方に暮れつつも、それなりに悩んでいるらしいので、とりあえず魔王は聞くだけ聞いてみる事にした。

「申し訳ございません。こんな事は陛下にしか相談できませんので……」

言いながら、ヤギ頭は静かに腰を下ろす。静かに、などと言うが部屋を揺らすほどの振動が走ったのだが。

「陛下は、私の娘の事はご存知でしょうか? その、アルツアルムドという名なのですが……」

「ああ、幾度か幼い頃のその子を見た気がするな。栗色の髪の子だろう?」

魔王の記憶にあるのは、黒竜姫の双子の妹、カルバーンと口論をするその娘である。

小さな子供の事で喧嘩をし、二人して黒竜姫に窘められる様を見ながら、彼自身苦笑していたのだ。

「親しい者の間では『アルル』と呼んでいるのですが、このアルルが、どうにも親の言う事を聞かぬ困った娘でして……」

「聞いたことがある話だな。躾に失敗したらしいじゃないか?」

悪魔王の娘がグレて不良化しているという話は噂程度には聞いていた。

もっともそれは魔王が関わるような話ではない、言ってしまえば家庭の事情で片付く話なので知ってはいても無為に介入しようとは思わなかったのだが。

悪魔王も、魔王に指摘され、うつむきながらぽつぽつと話し始めた。

「陛下もご存知でしたか。実はそうなのです。私としましては、上流階級に通じる楚々とした娘に育てようとしたのですが、これが上手くいかず……」

悪魔王の話によれば、彼なりに理想的な女性像があり、それに沿った理想的な英才教育を施そうとしたらしいのだが、それが見事にアダになったのだという。

「今では娘は髪を染め、男のような格好をして、口調まで男のそれを真似るようになってしまったのです……もう、私は父親として、一体どうすればいいのか」

巨大なヤギ頭を抱え、悪魔王は大仰に嘆いていた。

親の戸惑いというのは魔王には良く解らないが、期待を込めて育てた娘が男のようになられては気が気ではないのだろうとも思った。

「何より嫁の貰い手がつきません。そこで陛下に――」

「すまんが嫁に貰う気は無いぞ」

魔王は何故自分の元に相談しにきたのか、何の相談にきたのかをそこで察して、先に釘を打った。

「……」

ものすごく居心地悪そうにヤギ頭は魔王の顔を見ていた。

「陛下の深い愛を以て改心させようと思ったのですが……」

「いや、言われても貰ってやるつもりは無いぞ。塔の娘達だけで十分手に余っているのだ」

いらぬ疑いを掛けられたくないが為になるべく定期的に塔に通ってはいるが、別に好んで若い娘をはべらせているわけではないのだ。

この上増えられても困るというのが魔王の本音だった。

まあ、魔王がそう思っていてもラミアが勝手にどんどん増やしていくのだが。

「いえ、あの、今は男装等しておりますが、本当はドレスの良く似合う美姫なのです。親の私が言うのも馬鹿らしいですが」

「お前が必死になるのは解るが、娘の更正の為に上司にそれを押し付けるのはどうなんだ……」

溜息が出てしまう。魔王自身自分があまり評価されて無いのは理解しているが、こういう時に自分が魔王なのに蔑ろに扱われているのは腹立たしく感じもするのだ。

「その……暴虐で知られた黒竜翁殿の姫君が、陛下と係わり合いになった途端にしおらしくなったと聞きまして」

「まあ、それは……」

否定するに難しい事実だった。

黒竜姫が魔王に心奪われ、それが故に行いを改めるようになったのは魔王自身も解っている事だった。

「とにかくだな、そもそもの所、本人の気持ちも考えずにこんな話を進めるのはどうなんだね。余計にグレるだけじゃないか?」

「うっ……た、確かにそうかも知れません。申し訳ございません。この話はなかったことに――」

「ふん、この馬鹿親め。お前もそうだが、黒竜翁も吸血王も、どうしてこう娘を持つ男親というのは馬鹿親が多いのだ……」

思わず罵倒してしまう。

これは常々魔王が思っていることだが、男親に振り回される娘というのは見ていて不憫この上なかった。

性質の悪い事に親の方は娘の為と思ってやっていたりするから誰にも止められず、余計に面倒な事になってしまう事も多いのだ。

それもある種、親の欲望というか、プライドというか、そんなものも関わってくるが為にそうなるのだろうが、親になった事の無い魔王には今一理解に苦しむ事柄の一つだった。


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