#11-4.暴走王子
「シブースト皇帝。今回こちらにこうして招待したのはだな、教主殿と会わせたいのもあったが、何よりこのサバランが、今一度、皇女タルト殿と婚姻を結びたいと願うておるからなのだ」
その後、一通り食事を楽しんだ後、ババリア王は改めて別の話題を持ち出す。
流れは変わった。
カルバーンは話題から外され、あくまでそこにいるただの賓客の一人と化したのだ。
けれど大切な外交の話で、決してスルーは出来ない。
「ほう、サバラン王子が、な……」
シブースト皇帝は、食後の酒を持つ手を揺らしながら視線を泳がせる。
本来ならそれはおめでたいお話のはずだった。
少し前に起きた誘拐事件もあって、未だタルト皇女には貰い手がついていない。
恐らく、彼女にとってはこれが最後のチャンスなんじゃないかとは、皇室の内情に疎いカルバーンにもうっすら解っている事だった。
年齢的にも、人間にはそろそろ苦しくなってくる頃なのだ。
皇帝も難しい顔をするが、普通に考えればこれは喜ばしい話のはずだった。
「皇帝陛下。私はタルト殿の事をずっと昔から……アプリコットのお城でのパーティーで初めて目にしたその日から愛しているのです。どうか、私にもう一度チャンスを下さい!!」
願うサバラン王子も必死の様子で、その皇女への愛情はカルバーンからも見て取れた。
というより、カルバーン視点では、それが政略結婚じゃなかったのが意外だったのだ。
「王子がタルトの事愛してたのなんて初めて知ったぞ。前回のだって俺はまた、てっきり政略結婚のつもりだったんだと――」
皇帝自身初耳だった。
衝撃的過ぎてカルバーンはお茶を飲む手が止まってしまっていた。
「えぇっ!? そうだったのですか? 私は幼き頃から、タルト殿の事を想って手紙や贈り物を送っていたのですが……」
「もしかして、一時期毎月のように届いていた名前の無い手紙や品物やら、あれ全部王子からのだったのか? タルトが不気味がっていたが……」
ひどいすれ違いがそこにあった。
「そんな……てっきり想いが通じて、それで相思相愛で結婚できると思っていたのに……」
「まあまあ王子よ。それはそれで良いではないか。それより、シブースト皇帝。こちらとしては、王子の気持ちもあるし、できればタルト皇女を迎えたいのだが」
酷く落ち込んだ様子の王子ではあるが、上手く国王がフォローする。
フォローが上手い国王って珍しいわねえ、とカルバーンは他人事のようにこの状況を楽しむことにした。
「んー、むぅ。確かに、タルトもそろそろいい歳だ。親としては、こんなに愛してくれるというなら、嫁に出してやりたいとは思うのだが……」
やはり引っかかるのは、タルト皇女自身の問題だった。
「ご本人の気持ちが問題になる訳ですね」
「うむ。例の事件以来、アレはすっかり心を閉ざし、特に男を受け付けなくなってしまっているからなあ……」
(そんなにひどいことになっていたのね……噂は、本当だったのか……)
カルバーンも人づてに聞いてはいたが、事件以降のタルト皇女の男嫌いはかなり顕著で、近くに寄らせる事すら拒絶されるレベルだとの事なので、シブースト皇帝の苦しみもさぞかし、といった様子であった。
「最近はそれでも、親しい者や城の従者と話す位はできるようになったが、やはり嫁ぐとなると――」
嫁ぐのなら当然子供は作らなくてはいけないだろうし、それは男嫌いには辛過ぎるだろうとも容易に想像がつく。
「無論。それは解っています。ですが、私はなんとしてもタルト殿の傍に居たい。男を嫌っているのなら、それでも良いのです。慣れていただくまで、時間をかけてでも皇女を癒したい。その時間を、皇女と共にある事を許していただきたいのです」
王子も引く様子は無いらしく、男らしく詰め寄る。
「……どうやら本気のようだな。参ったな、男親というのはこんなに複雑な気分になるものなのか」
皇帝としては、政略結婚と割り切れればまだマシだったのかもしれない。
愛娘を嫁に出すというのは、海千山千のツワモノである皇帝であっても例外なく辛いものなのだ。
「だがサバラン王子よ、すまねぇが、俺が決める事はできん。タルトが良いというなら、それで構わんと思うんだがなあ」
本人の気持ち次第だからと、それを盾に逃げ切りたかったシブーストは、しかし。
「解りました。では早速出立を。父上。そういう訳ですので――」
「うむ。既に準備は整っておる。シブースト皇帝の言質がある以上、今は時間が惜しい」
「なんだと!?」
これを好機と見た親子に、瞬く間に絡み取られてしまっていた。
「何を驚いておるか。我が王子が妻を娶れるかどうかの話じゃ。暢気な事はできぬわい」
「おいちょっと待て。いくら何でも性急過ぎるだろうが。ここは半年くらい時間をおいてだな――」
「何をおっしゃいますか皇帝陛下!! 私は一分、いいえ一秒でも早くタルト殿と会いたいのです!!」
どうやら勢いで押し切るつもりらしい王子の勢いに、カルバーンは「若いってすごいわねえ」と呆れ半分、感心半分で眺めていた。
「一週間は掛かる距離だぞ、いいから落ち着け。ああもう落ち着けったら!!」
こんなに賑やかな会食って初めてだなあ、と、最初は寂しかったものの、今は蚊帳の外でよかったなあと、静かにしみじみと一人お茶を飲むカルバーンだった。
結局シブースト皇帝は王子と国王の勢いに押され、帰りの馬車に王子を乗せ、タルトと会わせる方向で決まってしまった。
『人の家で美味しい食事を沢山食べる者は、その食べた食事以上の物を家人から要求される――』
商人としては常識な、ラム地方のことわざである。
カルバーンはは求められた分を前払いしたから痛くもなかったが、シブースト皇帝は見事にこれにはまってしまったのだ。
目的の残り半分もなんとか達成した事で、カルバーンはその日の内に帰路に就いた。
密かに、辛いであろうタルト王女が幸せになることを祈りながら。