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趣味人な魔王、世界を変える  作者: 海蛇
1章 黒竜姫
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#3-1.エルフの姫君

 

 ある春の日。魔王は自室にて機嫌よく駆動鎧を弄っていた。


等身大の人間サイズのそれは、手に持つ鋼鉄の槍も本物で、有事には不死の兵団の一人として戦う事もある。

喋る事はしないが、魔王によって隅々を丁寧に磨かれ、関節の部品などを真新しい部品と取り替えられると、機嫌よさげにびしっと整列した。

「うむ、これでよし。関節が大分稼動しやすくなっただろう」

『よかったわね、旦那様に大切にしていただけて』

アリスも微笑みながら、魔王の肩の上で駆動鎧の頭を撫でた。

兜からくぐもった擬音がする。照れているのだ。

人形達とは違い、彼らは設定上男なのだが、女性に弱い性質なのか少女ばかりの人形達には尻に敷かれているらしい。

「こいつらもたまには弄ってやらないと、錆付いたりカビが生えたりするからね」

『全身鉄製というのも不便ですわね。私達が手入れするのはちょっとアレですし……』

一応設定上は男というのを尊重し、少女の人形であるアリス達は駆動鎧の手入れはしない。

数の所為もあり、魔王の手が足りない部分は自分達で手入れをしている人形たちとは微妙にコミュニティが違い、駆動鎧は魔王の手によってのみ手入れされるのだ。

ただ、人形達と違って基本的に動かず定位置に直立しているだけの彼らは、人形程に手入れの頻度は少なく済み、それほど手間が掛からない。

なので、こうして気が向いた時に手入れするだけで用が足りていた。


 そんな穏やかな時間の流れの中、入り口の上に飾られた絵画の中の少女が、魔王に声をかけた。

『ご主人様、ご主人様。部屋にラミアさんが向かっていますわ。もう間も無くいらっしゃいますわ』

「ほう、そうなのか。ではアリスちゃん達はベッドの上に……」

『かしこまりました、さあ、貴方達、行きましょう』

『はい』

魔王の周りに集まっていた人形達は、アリスの号令に従いそれぞれが元居たベッドの定位置に戻っていく。

程なく部屋は静寂が支配し、そこに静かなノックが響く。

「入りたまえ」

魔王が促すと、ラミアは音もなくドアを開き、入室する。

「失礼します。陛下、本日は、陛下に謁見したく参った者が居りまして……」

「私に謁見か。珍しいな。君では用が足りんのかね?」

魔王は珍しさを感じながらも、やはり面倒くさいのでラミアに押し付けようとしていた。

「申し訳ございません、どうしても陛下と直接お話がしたいと言って聞きませんので……」

それもラミアの本当に申し訳なさそうな顔に、無理かと判断した。

「で、誰なのだね? その私と話したいというのは」

「エルフの三種族の……王女達ですわ」

「ほう、エルフの……それは本当に珍しいな。よし、では行こうか」

エルフの姫君と聞いて俄然興味が湧いた魔王は、良い笑顔で部屋から出る。

ラミアもそれに従い、静かに後ろを進む。



「エルフとは、広義では彼ら全てをまとめた種族名だが、実際にはハイエルフ・エルフ・ダークエルフと分かれているのは知っているね?」

「ええ、彼らは大元は同じ種族でありながら、全く生態が違うものですから。戦略を考える意味でも、エルフは三種族であると」

歩きながら、振り向きもせず話す魔王に、ラミアもそのまま返す。

「そうだ。そして彼らにはいずれも王族がいる。王族の中でも、三種族共だが、女性の王族は他の種族の前には姿を滅多に見せないのだ」

「私もそれは知っていますが……何故なのでしょうか?」

生き字引と言われるほどの知恵者で見識深いラミアであっても、知らない事はある。

特に亜人のように生活体系の多くが謎に包まれている種族は、いかに長命な彼女であってもそれを記す文献そのものが無い為に知識として備えていないのだ。

「人間の学者が推測するに、『あまりにも美しすぎるから』というのが理由の一つらしいな」

「はあ……そのような事が……」

「エルフの娘というのは、何せ中々に美形揃いらしいからね。その中でも特に美しいというなら、一度見てみたいという気も起きる」

「ああ、それで……そういう事でしたか」

魔王がノリノリなのがようやっと理解できたラミアは、安堵と同時に脱力もしてしまった。

つまり、魔王はミーハーなだけだった。



 そうこうして魔王達は玉座の間へと移る。

まだそこまで通してないらしく、玉座の前には誰もいなかった。

「では少々お待ちを、三人を連れてまいりますので、陛下は今のうちに準備をお願いいたします」

「うむ、繊細なエルフの娘達だ、あまり脅かさないようにな」

ラミアは魔族としてはそこまで強くないが、見た目だけならかなりの巨体で、しかも下半身が蛇なせいもあってかなり威圧感がある。

気の弱い者が見たらまず間違いなく身の危険を感じる外見である。心配してしまうのも無理は無い。

「……流石に傷つきますよ?」

「いいから早く連れてこい」

魔王の言葉にびくりと反応し、柱の影からジトッと見ながら返すラミアを、魔王は面倒くさく感じながらさっさと追い払った。


 ラミアが居ない間に、どこからかメイドの妖精族が現れ、玉座の周りを掃除したり点検したり椅子を用意したりしていた。

ほどなくしてラミアがエルフらしき娘三人を連れ歩いて現れ、メイド達は羽をぱたぱたと揺らしすぐにいなくなる。

どうやら近くの部屋にあらかじめ待機させていたらしいが、その三人ともが若く美しいので、魔王もつい目を奪われた。

「お待たせ致しました。右から、ハイエルフ、エルフ、ダークエルフの王女です」

ラミアが娘達の前に手をかざすと、三者三様にぺこりと頭を下げる。

「うむ、よく来たな。まあ、そこの椅子にでも掛けなさい」

娘達に気を使ってか、玉座の前にあらかじめ用意された椅子を魔王が指すと、娘達もそそくさと椅子に移動して腰掛けた。


「お初にお目にかかります、魔王陛下。私はハイエルフの第二王女、グロリアと申します」

最初に口を開いたのは金髪碧眼、ミルク色の肌の王女だった。

三人の中で一際美しくスタイルも良い。魔王も思わず凝視してしまう。

黒竜姫のような着飾る肉食系ではなく、装いも大人しめの飾らない草食系の美姫である。

「私はエルフの第一王女、セシリアと申します。以後お見知りおきを」

続いて茶髪茶眼、薄い小麦色の肌の王女。他の二名と違って美女というよりは美少女と言った方が似合う幼めの顔立ち。

背丈は三人の中で一番低く、手足もほっそりとしていて全体的に華奢な印象を受ける。

鈴のようにころころとした声は容姿と相俟ってとても可愛らしく感じられた。

「ダークエルフの第六王女、エクシリアと申します。私はお二人と違い、こういった場に不慣れなので、無作法は何とぞご容赦を」

最後に挨拶したのは黒髪黒眼、チョコレート色の肌の王女。声は低く、背丈も他の二人よりも一回り高い。

顔立ちも三人の中では一番大人びていて、すらりとしたモデル体型の健康的な姫であった。

「うむ、三人とも美しいな。やはりエルフはそういうものなのか」

三者三様に美しいエルフの王女に、魔王はご満悦であった。

何の用事かは解らないまでも、美姫が三人も自分の下を訪ねて来たのだ。喜ばない男は居ないだろう。

「ありがとうございます。そう言っていただけただけでも、来た甲斐がございました」

目を伏せ、楚々と返すセシリアの仕草は、一般的な上級魔族の姫君と比べても遜色無い品のよさである。

「しかしその美しい王女達が、何故揃いも揃ってわざわざ登城を?」

美姫揃いのエルフの王女達に浮かれていた魔王であったが、彼女らの登城の理由が不鮮明だったのを思い出す。

「そういえば……詳しい理由も語らず、ただ『陛下と謁見させてくれ』としか言わなかったわね。理由は何なのかしら?」

そんな理由で言い負けて通す辺り、ラミアはかなりザルなのもしれない、と魔王は不安になる。

よくよく考えれば黒竜姫が最初に部屋に来た時も止めきれていなかった。

そこに思い当たると、ラミアは来客の対応には向かない性質なのだろうなと結論が出る。

「……来客対応は別の者に任せるか」

「はい?」

魔王の呟きにラミアが不思議そうに顔を見ていると、グロリアが口を開いた。

「先日のカルナディアスの戦いでは、私どもの王や、一族の者が陛下によって救われたとか。その為、お礼もかねて参ったのです」

「お礼、なあ……」


 魔王が思い馳せるのは自らを勇者と名乗った乙女との出会いと悲劇的な別れである。

その後エルフの王達が現れたが、正直そんなのどうでもいいくらい瑣末な出来事であった。

魔王としてはその場をごまかす為に適当な事を言っただけだったのだが、前線のエルフ達にしてみれば魔王が黒竜姫とラミアを引き連れて後方の街を強襲した事になっているのだという。

それによって救われた前線の者達は、自分達の為に魔王が危険を顧みず前線に力を使ったと信じて疑わない。

別に勝手な方向に信仰されるのは魔王としては知った事ではないのだが、その結果このように一々お礼を寄越されるのはどうかと思ってしまう。


 そんな経緯からか美人であったり可愛かったりするエルフの姫君と会えたのは魔王的に嬉しい限りだが、今一素直に喜べない。

「しかし、それならエルフの王らが来るのが筋ではないか。何故君達が?」

別の疑問でごまかす事にした魔王は、エルフの娘達を見て、少しだけいじわるな疑問を投げかける。

別に謁見など誰がしても良いのだ。だが、場をごまかすならやはり別の質問をするに限る。

「外交は集落を守る女性の仕事ですから。戦地に赴いたり治安を維持したりする男性は基本的に行いません」

それに応えたのはセシリアだった。可愛らしい声が心地よく玉座に響く。

「外交上、とても大切な相手である場合に限って、私達のように王族の女性が派遣されます。他の種族の方は解りませんが、これがエルフ三種族共通の、最大限の礼儀であると思ってくださいまし」

「なるほどなあ、やはり種族が違うと常識が違うものなのか」


 こういう場合、大体の種族は外交に男の王族なり長なりを派遣する。

重要な仕事は男がするもの、というのが多くの種族にとっての共通の常識であり、こればかりは魔族も人間もそんなに違いは無い。

実際に、魔王軍、ひいては魔界全体でも、上層部のほぼ全てが男の魔族で占められている。

ラミアやウィッチのような例外もあるにはあるが、これは彼女達が元々女しかいない種族出身だからそうなっているだけで、男女共にある種族ならほぼ間違いなく男の方が上に来る。

差別意識とかではなく、純粋に男の方が向いているという多くの種族共通の統計からそのように傾向別に判断されており、現状においても大よそそれは正しく機能していると言える。

だが、このエルフという種族はその例に外れ、案件の重い軽いに関わらず、男女で担当する役割が全く異なるのだ。

これは魔王にとっても中々興味深い話だった。


「そうですね、ですが、そうは言っても、エルフはエルフで、それぞれの種族で文化に異なる部分を持っているのです」

「そうなのかね? 例えばどの辺りが違うんだ?」

魔王は意外と知識欲が旺盛で、得た知識は何でも吸収しようとする。

ほとんどが文献に記されておらず、謎に包まれている部分の多い亜人達の文化の話は、聞いていてとても楽しいのだ。

「例えば、私達狭義でのエルフは、森林に住んでいるので狩猟や果物、木の実等の採集、それと簡単な農業や他の種族との取引を生活基盤にしているのですが」

そこで間を置き、セシリアはエクシリアに右手を向ける。

魔王とラミアが釣られてそちらを見ると、セシリアは可愛らしく笑って話を続けた。

「ダークエルフは、好奇心旺盛で戦闘を好む性質が強いので、冒険者として活躍したり他国への傭兵や軍人としての仕官をし、そこで収入を得て人間と同じように平地で街を作って暮らすのです」

「なんと、それではダークエルフは全員が一箇所に集まっている訳ではないのか」

「はい。多くの者は旅に出たり、仕官したりしていて、定期的に里帰りする、みたいな感じになっているようですね」

セシリアが手を下げると、魔王達はまたセシリアを見つめた。

すると、セシリアは今度は左手をゆったりとグロリアに向ける。

「ハイエルフは、山岳地帯、それも高山に住んでいる者が多いですが、基本的に狩猟も冒険も商売もしません」

「何をしているんだ?」

「何もしてません」

にっこりと笑いながら、グロリアが横から口を挟む。

「……え?」

「ですから、何もしてません。余計なことはせず、ひたすら精神修行あるのみです」

冗談かと思った台詞だが、やはり二度目もにっこりと笑い、グロリアは続ける。

「私達ハイエルフは、世俗から離れ、物理的ではなく、精神的な存在への昇華を目指していますから、その為に心を鍛えているのです」

よく解らない事を言い始め、いよいよもって魔王とラミアは混乱する。

つい、互いの顔を見てしまう。そしてセシリアとエクシリアも見る。彼女達も困惑しているようだった。

だが、そんな場の雰囲気等気にもせず、グロリアはにこにこと楽しそうに語り始める。

「精神世界はとても大切なのです。それによって心の平静が保たれますから。人間はこういったものを『宗教』と呼ぶようですが」

聞きなれた言葉が出てきて、魔王は少しだけ安心した。

「ああそうか、君達は宗教的な思想を元に生活しているんだね」

それなら魔王も理解できた。

人間も一部、そういった思想で色々訳の解らない事をしている者がいるのを魔王は知っていた。

相変わらずラミアは頭にクエスチョンがぴよぴよと飛び回っているが。

「どちらかと言うと、私達が正しき形であって、彼らは陳腐な偶像崇拝に過ぎないのですが。ただ、そうですね。そういった方向性で考えるなら――」

「あ、あの、ハイエルフは、そういった精神修行をしているので、魔法的な素養が高く、また知識も豊富なのです」

魔王から見ても未知の、専門的過ぎる話に突っ走ろうとしていたグロリアの横から、セシリアが無理矢理割り込んで話を終わらせようとしていた。

「そ、そうか……うむ、よくわかった」

実際はよく解らないのだが、セシリアのその仕草に嫌な予感がし、そのまま終わらせようとした。

「あ……もう、セシリアさん、これからが面白いところでしたのに」

むくれるのはグロリアだ。良い笑顔で語っていた辺り、本人は楽しんで話していたのだろう。

しかしセシリアもエクシリアも首をブンブンと振り、揃って何も語らず魔王達の方を向いた。

まるで「それ以上話すな」と言わんばかりに。

この三人の奇妙な関係に違和感を覚えた魔王は、ここで止まってしまった会話をどうしたものかと考え込む。

ラミアも、そしてグロリア以外の二人の姫も、キリの悪いところで話が止まり、居心地の悪さを感じているようだった。


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