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趣味人な魔王、世界を変える  作者: 海蛇
2章 賢者と魔王

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#11-2.王との謁見


 翌日、カルバーン一行は、謁見の為の準備を進めていた。

既に国境警備隊伝いで到着の報は国王には伝わっていたらしく、朝早くから遣いの者が旅籠に訪れたのだ。

遣いの話によれば、昼ごろには会談の席が整い、こちらに別の使者が来るので、それまでに準備を整えて欲しいとの事。

一行は早めに朝食を済ませ、最終的な打ち合わせに入る事になった。


 ラムクーヘンの国王ババリアは、かつてこの地方を支配下に置いていた東の隣国・ガトー王国の有力な領主だった。

はるか昔、先々代の魔王・アルドワイアルディの時代には、この辺りは『ガトー・クーヘン』という、今のラムクーヘンとガトーをあわせた様な帝国が存在していた。

そもそもガトーの王族とラムクーヘンの王族はこのガトー・クーヘンの皇族で、皇帝の直系の血筋がガトーに、傍系の血筋がラムクーヘンにそれぞれ続いていると言われている。

その為、元々の関係性で言えばラムクーヘンはガトーの分家筋であり、国際的には兄弟国家として見られてもおかしくは無い。


――のだが、それならば元々国として分かれる必要も無いはずで、実際問題この本家と分家は非常に仲が悪かった。


 ガトーは西部にありながら立地条件的に海がラムの西側周囲にしか存在せず、そのラムは分家筋であるババリアの領地となっていた為、本家の王族よりも分家の地方領主の方が遥かに財を持つという財政格差が生まれてしまっていたのだ。

当然本家であるガトー王家はこの事態を国家転覆の危機と警戒し、ラムに対しては重い商業課税を強いたりしてその財力を奪い弱体化させようとするのだが、これがババリアやラムの商人達の逆鱗に触れ、近年稀に見る領主主導の完全独立を促すこととなってしまう。

元々強い経済力を持ち、王家を警戒していたラム地方は、この独立を機に『ラムクーヘン』を名乗り、領主であるババリアが国王として立つことになる。


 この独立劇の裏には中央部の雄である大帝国アップルランドが関わっている。

これには、大帝国自体が旧バルトハイム帝国の後に出来た比較的新しい国家だった為に、長い歴史を持つと自負しているガトー王家がこの『突然どこからか湧いて出た皇帝の血筋』を認めようとせず、代々大帝国を軽視し続けていたという経緯がある。

大帝国側としてはラムという魅力的な商業都市を持つガトーとの友好は重要な海産資源を手に入れる有効な手段であった為、当時は軽視されながらもガトー王家と友好的な関係を保っていたのだが、ラム地方に独立の動きがあると察知するや、時の皇帝シナモンはババリアの独立支援を買って出たのだ。


 これによって見事ラム地方は独立し、新たに出来たラムクーヘンと友好関係を結ぶ事によって、大帝国側にとても有利な条件でラム地方の港を利用する事が出来るようになった。

当然大帝国の関与に気づいたガトー王家は激怒するが、元々ラムでの貿易が目当てだった大帝国にとっては、ラムを失い、古いだけで見るべきものもないガトーは相手にする値もなく、むしろ喜んで国交断絶した、という歴史的経緯がある。


 こうした事から、ラムクーヘンと大帝国は強い友好関係にあり、定期的に互いのトップが会食をしたり、互いの国で外遊をしたりしている。

と同時に、ラムクーヘンには同じ人類国家でありながら敵国とも言えるガトー王国が隣国に存在し、常に侵略の危機に晒されているとも言える。

豊かな商業国家ではあるが、当然一方的に独立されたガトーから見れば、それは容認しがたい事態であり、両国の関係は悪化の一歩を辿っていた。

実際問題彼女の教団も、西部の各国にて布教を開始してはいるものの、ガトーとラムクーヘンは扱いが難しいのが解っていた為、最後まで残すことにしていたのだ。

外堀をしっかり埋めてからラムクーヘンという極上の取引相手を捕らえる。

その為には、ガトーという、同胞でありながら敵でもある存在を利用しない手は無い。

打ち合わせは入念に。方向性は明確に決められていった。



「そなたが、件の教団の教祖であるか。女だとは聞いたが、思ったよりは若いな」

使者に連れられ訪れた謁見の間にて。

カルバーン一行は、あまり見ない、銀縁の玉座に腰掛ける老人と対面していた。

ラムクーヘン国王ババリア・ラム・エルトリアその人である。

老齢でありながら鋭さを失っていないその眼力は、若かりし頃からのガトー王家との確執の日々を感じさせる。

カルバーンは、「噂通り油断ならないわね」と内心で思いながらも、一歩前に進み出て、丁寧に膝を折った。

「お初にお目にかかります国王陛下。私が『聖竜の揺り籠』の教主を務めております、カルバーンと申します」

「うむ。楽にしてよい。余も歳だ。あまりかしこまったものは、肩が疲れてしまってのう」

目じりの皺を緩め、国王は教団の者の楽居を許した。

そうなるとまずは一安心、といったところで、一行は小さく吐息する。

「では早速ですが、この度の会談の意図、確認がてら説明させていただきます」

「先日書簡に記されていた事か。うむ。続けてくれ」

会談の為訪れる事、どのような内容の話をするか等は、実は事前に書簡によってある程度説明してあった。

突然訪れ説明するなんていうのはあまり礼儀にもとらない。外交においては当然の配慮とも言えるが、まずはこれができるか否かで、自分たちが国家と相対するに値するか、というのを見分けている、という風にカルバーンは分析していた。

実際、ババリア王は機嫌よさげに「よいぞ」と了承してくれたので、前もって伝えたのは正解だったと言えた。


「まず、北部諸国におきましては、ほぼ全域が我が教団との提携を結び、軍部において革命的な変化を遂げたと言ってよいでしょう」

「兵種や魔法の変革が起きている、とは余も噂程度に聞いておる。それほどまでに先進的なのか」

話が通っているととても説明がしやすいのが一番のメリットだった。

これがないと、一々状況の説明から始めなくてはいけなくて、相手も自分も疲れてしまうから重要な事だったりする。

話し相手を疲れさせるなど、ビジネスの上ではこの上ない失態なのだから、一番に気を付けるべきポイントだと、カルバーンは考える。

「はい。まずは兵種の説明を。我が教団の用意します兵種『レンジャー』『スナイパー』『グラナディーア』はいずれも場面場面で高い戦果を上げ、損耗率も低い範囲で収まっております」

「確かに損耗率が減るのは国としても実際に戦う兵としても助かるだろう。だが、その為に育成コストがかさむのではないか? 厳しい訓練の末にようやく成り立つものと聞くが」

「当然ながら、質の良い兵士を作るためには相応のコストが掛かります。ですが、コストを掛け、教育し指導し鍛錬した兵士は、ただ槍を振るう、ただ剣を振るう、そういった兵士と比べ練度が遥かに高く、いかなる状況であっても扱いやすくなると思われます」

「兵士の汎用性の強化か……元々わが国においては、我が領民を守る為選別されし私兵団が騎士団となり、守っていた経緯もあるが」

「これらはあくまで一般の民衆から兵を募った場合での事。もとより屈強な騎士団を擁する国家に置いては、そういったものは不要、とお考えでしょうか?」


 北部は元々国お抱えの軍というのが小規模にまとまりがちで、それ以外は一般から募った傭兵や冒険者上がりがほとんどだった。

ただ、それ以外の地域ではその限りではなく、こと商業大国ともなればその資金を元に強い軍を持つ事も可能になってくるものだ。

数多くの私兵集団。その中でもツワモノ揃いと名高いラムの騎士団は、その最たる例である。

――この王は、その騎士団に、よほどの自信があるようね。

即興でそう分析しながら、カルバーンは微笑みを湛えたまま反応を窺う。


「不要、とまでは言わぬ。実際戦果も上がっておるのだろうて。だが、我が国においてもそれは有効なのかと思うと、疑問もいくつか湧く」

国王は、ちら、と相対するカルバーンの顔色を窺う。試しているのがよくわかった。

「陛下の疑問も私の考える内ですわ。まず、これら兵種を新たに組み込むという事は、来るべき新しい時代において、このラムクーヘンが、組み込まぬ国相手に先んずる事ができるという事に他なりません」

「他の国に? 来るべき新しい時代とは何か」

「人間同士がいがみ合い、殺しあう時代ですわ」

玉座が軋む。ギシリという音と共に、国王は立ち上がっていた。

にわかに周囲の兵も武器を持つ手に力が入る。

「……恐ろしい事を申すのう。大臣めらが居たならば、この場で処断されていてもおかしくない言動ぞ」

老人の頬には汗が伝う。皺のある口元はギリ、と噛まれ、形を変える。

「実際、刃を向けられた事は少なくありませんでした。ですが、いずれの国家も、最終的には我が教団に、私の言葉に耳を傾けていただけました」


 ここで国王の動揺を誘えたのは、カルバーン的にはかなりのチャンスだった。

大きくどっしりと構えられれば相手は一国の王。数多くのこういった交渉や取引きに秀でた外交の傑物なのだ。

だが、こうして動揺を誘うと、人というのはどうしてかその内面に引きずられ、経験や知識といったものを活かせなくなっていく。

人間的な部分が表面化すると、感情的になってしまうのだ。

だからカルバーンは、多少危険があっても、人のそういう面を突く。動揺を狙う。

彼女のやっている事は一種のトリックスター的なもので、それによって生まれた隙に乗ずるのが最も得意とする手口だった。

現に今、国王は彼女の事を「とんでもない女だ」と思っていた。「何を考えているのだこの女は」と、突然湧いた疑問に支配されているのだ。

その瞬間から、ババリア王はカルバーンに対して、そして『聖竜の揺り籠』に対して、強い興味を感じずにはいられなかった。


 国王は、すぐに玉座に座り直す。

しかしその表情には、先ほどまでの余裕は見られない。

眼光は鋭く、カルバーンの様子を窺っている。次に何を言い出すのか、様子を見ている。

「ラムクーヘンの置かれている状況は、にわかながら学ばせていただいております。隣国ガトーは、今も虎視眈々とこのラムの地を狙っているのでは?」

「その恐れは確かにある。今はわが国にも余裕がある。大帝国とも親交もある故迂闊には手は出せまいが……」

「『共通の敵がいる間は敵対しない』そう思う方も多いかもしれませんが、実際問題この地方はガトーによって目を付けられている以上、安心できませんわ」

その不安は、彼女達にとってとてもありがたいものだった。

「多くの国家に対して民の反乱が起きたデフレーション以降、何が国に牙を向くか解らない世の中となっております。民の不安も大きいでしょう」

国としては、民のそういった不安の芽は少しでも早く摘み、その数を減らしたい所。

その為には、ガトーという、目に見えて危険な存在は無視できないというのが現実的な部分のはずだった。

だから、カルバーンはそこを突いた。

「陛下。ガトーは未だ古い戦力しか保持しておりません。ここで我が教団がお力添えをし、貴国の軍に変革をもたらしたならどうなりましょうや?」

「……仮にガトーに攻められても、そなたの教団の下指導された軍ならば、それを返り討ちにできると申すか」

「いかようにでもできましょう。それ位あらゆる面において優位性が確立できます」


 実際、ガトーのように古い軍隊、古い兵種、古い戦術ばかり使う軍は、近年の戦場においてはただの的にしかならない。

集団戦術は散兵戦術によって良いように弄ばれ、目立つ位置にいる指揮官はスナイパーの良い的になる。

正面対決をすれば相応に被害も出ようが、そもそも正面対決になる前に片が付く。

古い戦術しか持ち合わせていない軍など、新式の戦術を重視した軍の相手にはなりえない。


「それだけではありません。現状、魔王軍も人間側と同じように戦術・兵種の刷新が起こっているものと思われます」

「取り残されれば、兵力などただの形骸と化すという事か……」

「はい。間違いなく。遠からず今の兵力は、ただ居るだけの張子と化すでしょう」

軍の改革、刷新には相応にコストが掛かる。

けれど、今のままではどの道兵士は意味の無いモノと化す。

国としてみて、どちらが財政的に有意な投資であるか。考えるまでも無かった。

「……余はな。これでも若き日より世界の流通に目を光らせ、経済を支配していた自負があった」

小さく溜息をつき、国王は、老人として語りはじめる。

「しかし、戦ごとに関しては、まだまだ無知な面があるらしい。受け入れねばなるまい。己が無知を」

どうやら目的の一つは達成されたらしい、と、カルバーンは安堵する。

飛び上がりたいのを我慢して、王の独白を黙って聞く。

「教主カルバーンよ。そなたの教団の協力を受けよう。是非、我が軍を近代的な軍に鍛え上げてやって欲しい」

「光栄です。必ずや、何者にも脅かされない強力な兵団を作り上げることを約束致しましょう」

深く頭を下げる。嬉しさでにやけそうになるのをなんとか抑えながら。

毎度ながら、カルバーン的にはこの瞬間が一番辛かった。

「同時に、教団の布教についても、度を越さない範囲であるならば許す。民の心を不安から解き放ってやってほしい」

「ありがとうございます。つきましては、我が教団の優秀な魔術師を連れて参りましたので、先行的に彼らの持つ技術を、貴国の魔術師の方々に教授したいのですが……」

「後ろの者たちはその為に連れていたのか。てっきり詳細な説明をその者達に任せるものと思っていたが――」

髭のない顎に手をやる。国王は少し間を置いた後、小さく唸った。

「うむ。用意が良いな。そこの者、宮廷魔術師を集めろ。場所は……そうだな、中庭が良い。そこで実演がてら教団自慢の新魔法を披露してもらう事としよう」


 傍に控える兵に命じる。黙って敬礼し、即座に駆け出していく。統率の取れた良い兵士だと、カルバーンは感じた。

ほどなく別の兵士が現れ、魔術師達を中庭に連れて行く。

場にはカルバーンと国王だけが残り、わずかの間沈黙が時間を支配した。


「さて、そろそろ昼だ。余は腹が減った。歳がかさむと、ちょっとした事で腹が減った気がしてならぬ」

最初に言葉を発したのは国王だった。

先ほどまでと違い、妙に軽い雰囲気の、おどけた様子で話すのだ。

カルバーンも「あら?」と、妙なものを感じたが、それはそれとして笑顔になる。

「私もそうなる事がよくあります。一仕事終えると、急にお腹が空くというか――」

彼女も肯定的に受け入れる。お腹が空いたのだ。

「おお、よく解る話だ。よし、他に客人も居るが、共に卓を囲むか?」

「それはありがたいご提案ですわ。はい。喜んで」

流れこそ奇妙にも思えたが、つまるところ『詳細を聞きたいから会食しよう』という意味だと考え。

カルバーンは手放しでこれを受け入れた。

ありがたい申し出だったのだ。予想外ではあったが、より大きな成果も望めるのだから。

「ではもてなそう。余が直々に案内する。さあ、参ろうぞ」

「はい」

言いながら立つ国王。カルバーンはその後にゆっくりと続いた。


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