#10-4.馬車に揺れる教主様
ドコドコと揺れる馬車。
ラムクーヘンへの旅路。カルバーンは馬車で揺れる。
護衛の兵士達に守られながら。
側仕えの若い娘達や同行した教団の魔術師らと雑談などをしながら。時間は過ぎていく。
本来この『レスター型四輪馬車』は荷馬車として運用されている物を改造した物で、車輪は左右で四つ。
用途別で4頭から最大で7,8頭程の馬によって牽引されるのだが、便利な事に河川の渡河も可能な水陸両用型となっている。
荷台の床は前の方がやや上向きになっていて、床には粘り気の強い暗黒物質という謎の粘液が塗り込まれていて、これが渡河時に荷物を浸水から守ってくれていた。
荷台には亜麻で作られたキャンバスで上部が覆われていて雨風にも強い。
馬も優れていた。
長い年月を経て馬車を牽引する為だけに品種改良を重ねられた重馬という種の馬が採用されている。
これは重量があって騎馬には向かないものの、その代わりに荷物を運ぶ際のパワーは騎馬用の軽馬とは比べ物にならない。
力はあっても方向転換等があまり得意ではない牛や、体格の都合上やや頼りないロバと比べて中々に頼りになる馬車のパートナーだった。
そんな素敵な最新式の馬車ではあったが、中に腰掛けるにはあまり快適ではない。
一応衝撃を吸収するサスペンションはついているし、床にはクッションを敷いたりして工夫もするのだが、やはり本来は荷馬車として運用されているものなので、人の輸送用としてよく使われるキャリッジ型の馬車と比べて明らかに乗り心地が悪かった。
カルバーンも、短距離ならキャリッジに乗りたい位だったが、残念ながら目的地のラムクーヘンまではとても遠いのだ。
移動距離のかなりの部分を転送魔法陣によって短縮できたものの、そこからは街道もろくに整備されていない旅路を進む事になる訳で、当然相応に時間が掛かる。
キャリッジのように耐久性の低い馬車では長旅に使うにはやや頼りないので、教団では、旅の優雅さよりは速度を優先してこういう幌馬車を活用するようにしていた。
何より川を無視できるのが良い。
キャリッジではわざわざ橋を探さなければならないところを、レスターはそんなのお構いなしに突っ切れる。
馬車が渡れるような橋を探す為に半日かかる事もあるのだから、この時間短縮はとても大きいのだ。
レスター型のの開発は、世界を揺るがした画期的なアイディアの一つなんじゃないかと、カルバーンは考える。
個人的にはチョココロネと同レベル位にすごいと思っていた。
噂では大帝国の勇者もこの馬車を改良した戦車で戦地に乗りつけ、魔王軍相手に大打撃を与えたのだとかいう話も聞いていて、カルバーンは「戦車としての転用も可能な剛性の強さもこの馬車の強みなんじゃないかな」と思う。
彼女がそんな事を考えていると、ようやくラムクーヘンとの国境に到着したのか、検問が設置されていた。
頑強そうな重鎧に身を固めた国境警備兵を見やり、カルバーンは苦笑してしまう。
今は重装歩兵の時代ではないのに、と。
西部では良くこんなのを見かけてしまうのだ。
確かに一時代を築きあげた兵種ではあった。
実際大部隊同士がぶつかる状況なら、今の時代でもかなりの攻撃力を発揮できるんじゃないかな、位にはカルバーンも評価していたのだが。
残念な事に今の時代、大部隊同士のぶつかりあいが発生するのは事前の小作戦が完了した後。
つまり、両本隊がぶつかり合う以前の場所で既に勝敗はほとんど決まっている事がほとんどだった。
敵将の暗殺に成功したり、逆に味方の後方補給線が寸断されてしまったり。
防衛目標が壊滅してしまったりと色々あるのだ。
本隊の役目とは敵の少数部隊に対する威嚇と、敗北が確定して逃げ惑っている敵部隊の蹂躙。
これを重視するなら、やっぱり重装で機動性の低い兵士よりは、軽装で楽々走って回れる兵士の方が期待値が大きい。
特に彼女の教団の推す『グラナディーア』は、軽装歩兵並の機動性を維持したまま、攻撃力を重装歩兵並かそれ以上に引き上げているので、こういった敵の追撃任務にはうってつけだった。
勿論敵本隊との正面対決や、上級魔族の強襲など、大部隊を要する事案も当然のように発生するが、ここ数年でそれは目に見えて減ってきている。
自分達だけでなく、敵も同じように変わってきているのだと、カルバーンは分析していた
こちらが先か敵が先か解らないけれど、この流れに乗れない勢力はどんどん取り残され、形骸化していくに違いない、と。
更に思考を続ける。
まず、驚くべきは中央諸国だと、彼女は考える。
他の地域の国家群が何かしようとする前にいち早くデフレーションから立ち直っていたり、戦術の再構築を始めたりしていたのだ。
特に大帝国とショコラ魔法国の存在感は無視できない。
大帝国の勇者エリーシャの考案したゲリラ戦術は非常に革新的で、教団の用兵法もこの影響を多大に受けているた。
エリーシャはとても洗練された戦術の天才で、大規模な戦いに出陣する度に見た事も無い戦術を披露し、大戦果を挙げている。
勇者ゼガが、戦術よりは個人技の天才であった事を考えるに、これは遺伝ではなく彼女自身の才能なのだろうと、教団の主だった者達の間では結論が出ているのだが。
ショコラの魔法技術は世界随一と言われるだけあって、その歴史の長さ、技術力の高さは教団の魔術師であっても舌を巻くほど。
最新の魔法の研究については教団でも日夜努力を惜しまずやっているが、その用途の多様性では数多くの大魔術師・大魔導師を輩出している『ショコラ宮廷魔術院』にはまだまだ及ばないと、彼女は常々考えていた。
その他、中央諸国では火力と命中精度の高いマジッククロスボウを持った猟騎兵『ドラグーン』や、弓を扱う技術の無い軽歩兵に、サブウェポンとして原始的ながら攻撃力の高い手持ち投石器を携行させた『スリンガー』等の新しい兵種が現れ、対魔王軍で高い効果を挙げている。
魔族である彼女からのアイデア享受という、半ば反則まがいの事をして技術革新を広めている北部諸国と比べて、純粋に人間側の知識・アイデアだけで生まれたそれらの兵種は、運用法こそ教団の作り上げたものと違えど、間違いなく時代の最先端を行く人類の叡智の結晶だった。
そう考えると、やはり今馬車の横にいるラムクーヘンの警備兵等は、時代に取り残されつつあるんじゃないかな、とカルバーンは思ってしまうのだ。
戦争と関係ない片田舎なら、そういうノスタルジックに浸れるのも大切なのかもしれないが。
仮にも大国。仮にも生まれて間もない新しい国がそんな古臭い思想に浸かるのは勿体無いと、彼女は残念に思う。
だから、そんな兵士を見ると苦笑してしまう。小さな溜息が出てしまう。
入国の審査は良好なまま通過。
というより、要人として迎えるつもりらしく、国境警備からは警備隊長他数名が彼女の馬車の周りについてきていた。
それが、カルバーンにとってはとても物々しくて居心地が悪い。
馬車が馬車の所為か、何か悪い事をしたような気分になってしまうのだ。囚人護送車的な。
どうにもカルバーンはは、警備兵とか憲兵とか保安官とかが苦手だった。兵隊は大好きなのだけれど。
それはともかくとして、警備隊長の説明によって王都への転送魔法陣がないことを聞かされて残念な気持ちになる。
早馬で半日。荷馬車なら一日で着く距離ではあるが。
「一日馬車の中って、長いわよねぇ」
先ほどとは別の意味で、大きな溜息が出てしまった。一人ごちてしまう。
実のところ、のんびりな旅というのは結構苦手で、できればきびきび動きたいのだ。
するべき事はさっさと済ませて、要件が終わったら早く帰りたいと思ってしまうのだ。
短気短絡なのは子供の頃からよく窘められていたが、大人になってもそれは治りそうになかった。
結局彼女はその退屈な一日を、王宮についてからの段取りを考えたり、魔術師達と打ち合わせしたりして過ごす事になったのだが。
次があるなら、旅路は楽しくありたいなあ、と、切に願ったのだ。