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趣味人な魔王、世界を変える  作者: 海蛇
2章 賢者と魔王
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#9-3.宴の終わり

「でだ、俺の放ったネクロアインの光が、敵の魔族の頭蓋を、こう、ガツーン!! と叩き割ってだな――」

宴も大概の時間であった。

会場では新郎の父親であるシブースト皇帝が、銀のゴブレットを片手に、饒舌に若い頃の武勇伝などを語っていた。

周りで話を聞くのは諸侯の若き領主や子息達である。

皆、幼き頃より勇者ゼガに憧れ、また、その英雄と共に肩を並べた若かりし日の皇帝を尊敬してやまぬ者達である。

「あの、勇者ゼガは、その時どのように立ち回っていたのですか?」

話を聞いていた若者の一人が、一歩前に進み出て皇帝に問う。無礼講の場である。誰も咎めない。

「ゼガか? あいつは何せすばしっこい奴でな。俺が一人で大暴れしてる所を、あいつはいつの間にか敵の親玉の所に一人で辿り着いて、倒していたんだ」

今では貴重な勇者ゼガに関する話である。若者達は熱狂した。

ゼガの仲間として共に戦った者達は、その多くが戦の中で命を落とし、あるいは魔族に呪いにかけられ滅びていった。

そういった意味ではシブースト皇帝は数少ない、当時のゼガその人を語れる生き証人であり、戦場でのゼガを知る貴重な戦友であった。

「やはり、ゼガは剣の腕前も一級品だったのでしょうね」

「当然だ。あいつの他に、この俺と互角に戦えた奴はそうはいないぞ。それにあいつは度胸もあったし、馬鹿じゃなかった」

「馬鹿じゃない? というのは……?」

「何が大切なのかってのが常に解ってるっていうかな……勇者でも、出来ない奴は多いんだ。戦地で何が重要かって言ったら、自分の命なんだよ。それが解ってない奴は長生きできねぇ」

遠くを見るようにかつてを思い馳せる皇帝だが、若者達は顔を見合わせ、不思議そうに考え込んでいた。

「どうした? 何か分からんことでもあるのか」

皇帝はあくまできさくに訊ねる。若者との会話は実に楽しいのだ。

「あの、皇帝陛下。失礼ながら、戦地においては、己の命以上に大切なものもあると……思うのです」

考えた末か、一人の青年が顔を上げ、答えた。

「確かにそういう物もあるかもなあ。だが、その大切なものを守る為にお前が死んだら、次に同じようなことが起きた時に誰がその大切なものを守ってくれるんだ?」

「それは……」

「そういう事だ。後に託すってのは、死ぬ奴の我侭。身勝手なんだよ。死ぬ奴ってのは、何も残さず、何も心配せずに死ねなきゃいけねぇ」

複雑そうな表情で黙りこくる青年を見て、あごひげを右手でいじりながら、皇帝はニカッと笑った。

「最近の、武勇を求めて蛮勇で無茶して死んでいく勇者を見るとな、俺は常々思わされるんだ。『憧れてるくせにゼガのやってたことを何も知らねぇんだなこいつらは』ってよ」

「それは……確かにそうです。我々も、ここで初めて、ゼガが一体どういう人で、どのように戦ったのかを知る事が出来ましたし」


 歴史に残るほどの大規模な戦闘で挙げた戦果は確かに人々の知る所にあり、魔王マジック・マスターと繰り広げられた数多の激戦はいずれも記録として詳細に残っている。

だが、ゼガが実際にどのように戦ったのか、何を目的として戦っていたのかなどを知っている者は少ない。

シブースト皇帝が語れるのも、実際にはゼガと共に戦っていた若き頃の事であり、タルト皇女が生まれて以来、ゼガが死ぬまでの間は彼がどのように戦っていたのかも知らないのだ。

一応、戦に同行した兵士や窮地を助けられたという騎士からそれらしい話を聞くことはできた為に歴史書には残っているが、彼らが戦地において正気であった保障などなく、あるいは諸事情からやや大げさに証言している可能性もあって、今一信憑性には欠けていた。


「俺だって若い頃のあいつしか戦場での事は知らんが、少なくともあいつは自分の命を最優先に考えてた。やばそうなら逃げる事だって厭わなかった」

「勇者が、逃げたんですか?」

驚いた様子の若者達に、皇帝は満足げに笑った。

「おうよ。あの野郎、我先にとスタコラサッサと逃げやがってよ。一度、それで危なく死に掛けたぜ」

その時は戴冠してなかったとはいえ、仮にも皇族である彼を放置して逃げられるのだから、後の英雄たる胆力もなかなかの物である。

「ま、その頃の俺はよ、文字通り戦えればそれで良いっていう戦馬鹿でな。あいつから見れば馬鹿に付き合ってられないって事だったんだろうよ」

それすらもいい思い出であるのか、皇帝はひたすらに機嫌が良かった。

「だからな。お前らもいずれ戦地に向かう日が来たとしても、ゼガを見習って、命は大切にして戦えよ。お前らの命は決して無駄にしていいもんじゃねぇ」

「はい!!」

「貴重なお話、ありがとうございました」

「私もゼガのように命を大切にしつつ戦うようにします」

「皇帝陛下、とても為になりました。ありがとうございます」

青年達が口々に礼を言う。

皇帝は「かまわんかまわん」と手を振り、銀のゴブレットの中のエールを飲み干した。


 時も流れ、宴は静かに終わりを告げ始める。

誰から終わりにするとも言わず、自然人は会場から消えていく。

段々と宴に疲れ、客室に戻る参列者が増えていくのだ。

大体その頃になると、主催側も「そろそろ終わりにするか」と話し始める。

「皆さんひとしきりお祝いも済ませたでしょうし、そろそろ宴も終わりにしようかと思います。皆様、ありがとうございました。良い夜をお過ごし下さい」

司会役の大臣が中心で伝えると、拍手によって歓迎され、宴は終了した。

残っていた賓客もそろそろと客室に向かって行き、流れは急速に沈黙へと向かっていった。


「大丈夫かいヘーゼル」

「ええ、少しだけ疲れましたが、平気ですわ」

残ったのは新郎新婦とその関係者のみである。

長時間多くの賓客から祝福の言葉をかけられ、雑談などし、見て取れるほど疲労困憊な花嫁を、新郎は心配していた。

特にヘーゼルに集中したのは貴族の若い娘からの質問で、どのようにして皇子の心を射止めたのかだとか、そんなような質問を繰り返していたのだ。

皇子であるシフォンは立場上話しかけ難いという事もあったのかもしれないが、同じ女性、それも貴族出身というならそれほど自分達との立場の違いも無いと感じられたのか、割と容赦の無い攻勢であった。

「ふふっ、大変でしたが、この疲れですら、私には心地よいのです。幸せといいますか――」

疲労を滲ませながらも、気丈にもヘーゼルは笑っていた。

「シフォン様。不束者ですが、どうぞこれからもよろしくお願いしますわ」

「どうしたんだいいきなり。君は、とても淑やかでいい妻になれると思ってるよ。よろしく」

誰も見ていない瞬間を見て、二人は静かにキスをした。


「あーあ、見ちゃったわ」

「見てしまいましたね」

うっかりそれを見てしまったエリーシャとトルテであった。

本人達は気づかなかったようだが、ばっちりと見てしまいどこか複雑な気持ちになる。

「まあ、結婚したんだからキス位普通よ普通」

「これからもずっと見せ付けられるんでしょうか。ちょっとだけ腹立たしいですわね」

フォローを入れるエリーシャだが、確かに目の前でイチャイチャされるのは若干腹立たしくもあり、トルテの言葉にも肯定してしまいそうになっていた。

「ずっと好きだった人と結ばれたんだから少し位我慢してあげなさいよ」

「……良いですけど」

幸せそうな二人を見ながらも、やはりどこか祝福しきれないのか、トルテは難しい顔をしていた。

「ねえトルテ。やっぱり結婚したい?」

そんなトルテを見るに、エリーシャは、未練があるように感じてしまったのだ。幸せな結婚に。

「したくないです。結婚して姉様と離れるくらいなら、トルテは一生独身でもいいです」

それは、エリーシャにとっては嬉しい言葉ではあるが、同時に勿体無いと思わされる言葉でもあった。

戦地に立つ自分と違って、トルテの手はまだ血に汚れていないというのに。

望めばそこには純白の白いドレスが待っていて、きっとそれはトルテにとてもよく似合うはずなのに。

それが望めるのに、それを望まないのは勿体無いなあ、などと思ってしまうのだ。

「それに……私が結婚しようとして、もしまたあんな事が起きたら、私、今度こそ立ち直れる自信がありません」

こちらはトラウマであった。未だ癒えない、恐らく一生消えることの無い心の傷である。

彼女の心の中の病める部分が顔を覗かせていた。

「そう。なら仕方ないわ」

以前ほど深く病む事はなくなったが、未だその心は時折こうして傷を見せる。

半ば自嘲気味に吐露される病める部分は、それでも一時と比べれば大分マシであったが、同時にトルテの心そのものに浸透しきってしまっているようで、最早完治させる事は不可能なのではないかとエリーシャには思えていた。

「まあ、私も結婚する気ないし。あんまり戦場に出させてもらえないみたいだから、できるだけ一緒に居てあげるわよ」

「本当ですか? 嬉しい。私には何よりのプレゼントですわ」

それは、下手な慰めよりも遥かに効果的な言葉であった。

誘拐事件以来孤独を極度に恐れるトルテには、常に傍にいてくれる姉が必要なのだ。

エリーシャの言葉はそれを感じさせ、トルテの心の病みを一時的にではあるが完全に遮断する。

幼い頃のようにぴったりと寄り添い、本物の姉妹のようにべったりになる。

「……いいけど。私達もそろそろ戻りましょ。疲れたわ」

「そうですね。お二人に挨拶してから部屋に戻りましょう」

先ほどまでの不機嫌はどこへやら、にこやかに笑いながら、トルテはエリーシャの右腕に自分の腕を絡めていった。



 こうして、皇子シフォンとヘーゼルの婚姻の儀は緩やかに閉幕したのだった。


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