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趣味人な魔王、世界を変える  作者: 海蛇
2章 賢者と魔王

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#9-1.純白の花嫁

 ある春の日の昼の事である。

人間世界の中央諸国では、一つの大きな出来事が起きていた。

大帝国アップルランド帝都・アプリコット。

その中央、皇帝のおわす城で、第一皇子シフォンとジュレの領主令嬢ヘーゼルの婚姻の儀が行われていた。

大広間で行われるその儀は、世界中のあらゆる国家からの要人や帝国内の著名人、関係者らが列席する大層豪勢なもので、国威発揚もかねている為多くの国民も式場の外の専用広場で祝福していた。

かつては皇族の婚姻の儀は、教会より派遣されし枢機卿が執り行う慣わしだったのだが、現在中央諸国の多くは反宗教体質の為、この度執り行うのは皇帝シブーストその人であった。


「汝らに問う。世が許す限り、世が在り続ける限り、世がそなた等を求める限り、慈しみ合い、愛し合い、睦まじく生きる事、これを誓えるか?」

新たに作られた文言。神への許しを求める教会のそれと違い、それらは全て『民』に対してのこれからの二人を問うていた。

厳かな雰囲気の中、列席者らは張り詰めた空気に頬を強張らせる。

新郎と新婦は互いに顔を見、静かに頷きあい、皇帝に告げる。

「誓います。我が父皇シブースト。我が妻ヘーゼルの為、そして全ての民の為に」

まずはシフォン皇子が答える。若き頃の父皇に似た毅然とした面持ちで、力強く答えた。

「誓いますわ。新たな父上様。愛するシフォン様の為、そして私達を祝福してくれる多くの方々の為に」

次に、ヘーゼルが答える。純白のウェディングドレスに身を包み、幸せそうに満面の笑みで答えた。

「皆の者。世の民よ。ここに新たな夫婦が生まれた。ここに新たな幸福が生まれた」

皇帝は高らかに宣言した。


 それが済むとどこからか誰からか拍手が響き始め、やがてそれは大広間に、そして外に伝わり、大歓声となってアプリコットの街を包んでいった。

拍手の波、歓声が風となり、人々は身分も貧富も関係なく一様に歓喜する。

詩人は新たなカップルの誕生を祝福する歌曲を即興で作り、偶然街を訪れたキャラバンの踊り子達はここぞとばかりに異国のダンスを披露して歓声に沸く街の民を魅了した。

普段商売っ気を譲らない商人達も今日ばかりはと大盤振る舞いし、酒場や食堂では訪れた客に酒や食料が無料で振舞われた。

活気に溢れる街。何も知らない旅人も勢いで混ざったり楽しんだりして、幸せな時間が流れていく。

新たな夫婦の誕生は、新たな世界の流れに迎合できない中央諸国において、ようやくにして流れた新しい風であった。


 そんな、幸せそうな婚姻の儀である。

宣誓式は4時間かけてつつがなく終了し、夕方からの披露宴の為の移動が始まる。

大広間に併設された宴の間では、既に賓客用の卓の上に豪華な料理や酒の入ったグラスが置かれていた。

最奥には一際目立つ塔の様なウェディングケーキが設置され、参列した貴族の娘達は眼を輝かせていた。

パン貴族特製の、生クリームをふんだんに使った最新式のウェディングケーキである。

若い娘はその珍しさ、美しさに心奪われてしまう。

自然、ケーキの前は女性で埋め尽くされていった。

「シフォン兄様、随分と張り切ってましたわ。きっと緊張してましたのね」

賓客席とは別に用意された新郎新婦関係者の席。

朝葱色のイブニングドレスを纏ったトルテと、同じく薄い紫色のデコルテに身を包むエリーシャが歓談していた。

「ヘーゼル様もとても綺麗だったわよ。いいわね、ああいう格好ができる女性って」

エリーシャもヘーゼルのウェディングドレス姿には思うところがあったのか、色々考えてしまっていた。

「あら、姉様、結婚に興味が?」

抜け目なくトルテはこの話題に喰い付いていた。

「いや、別に――」

「なんだエリーシャ、結婚したい相手ができたのか?」

話が変な方向に行く前に否定しようとしたエリーシャであったが、いつの間にか皇帝シブーストが話に割り込んでいた。

「――陛下っ」

「いや、別に良いと思うぞ? お前だっていつまでも結婚しないではいられんだろう」

「あらお父様、姉様は結婚なんてしなくてもいいですわ。私の姉上で居てくれればそれでいいのです」

エリーシャが反論しようとするも、そんな事はどこ吹く風と、親子の会話が始まってしまう。

「でも姉様のウェディング姿は気になりますわ。後で用意させますから着てみませんか姉様?」

「おおそれはいいな。着てみれば案外その気になるかもしれん」

そして勝手に意見が一致して二人がかりで詰め寄るのだ。

エリーシャにしてみればいい迷惑であった。

「あの、いや、そういうつもりじゃなくてですね。ああいう、清楚な格好が似合う女性っていいなあっていう意味でして」

元々おしとやかで品行方正なヘーゼルが、穢れ一つ無い純白のドレスに身を包んだのだ。似合わないはずが無かった。

同時に、今までも十分に感じていた事ながら、血で汚れきった自分にはああいったものは似合わないのだと、エリーシャは小さくため息をついていたのだ。

それはエリーシャ的には当たり前のようなもので、街娘の格好ですら似合わないのにお姫様のような純白のドレスなんて似合うはずも無いという諦観でもあった。

「私は、やはり腰に剣を下げていた方が似合うんじゃないかって、自分で思ってしまって」

その気になればそういう格好も出来る。ただの思い込みに過ぎない。

自分でも気づいていながら、それでもやはり踏み出せないのだ。

剣の道に生きた女性の心は複雑であった。

「お前だって好きな男の一人もできれば、少しは変わると思うんだがな」

「姉様は着飾らなくても美人ですもの。純白のシルクウェディングだってきっと似合うはずですわ」

一人でも暴走しがちな皇族である。

二人揃えばエリーシャでもその勢いは止められない。

結局エリーシャは苦笑しながら「そうかしら」などと適当な言葉で場を濁し、新郎新婦の到着を待つまでの時間を稼ぐ事となった。


 まずチョーカーをつけたディアンドル姿の歳若い娘達が現れる。

絨毯の上に季節の花を撒いて道を清めていく。

ほどなく民衆への披露と衣装変えを終えた新郎新婦が現れ、拍手が宴の間を包む。

先ほどと比べ同じ白でありながら裾の長いドレスを纏うヘーゼルは、シフォンに右手を預け、静かに歩く。

白銀のヴェールはその顔を隠すも、口元は穏やかに笑い、ほう、と見惚れる若い娘達に静かに手を振る。

厳粛なムードに支配された宣誓式と比べ、披露宴はゆったりとしており、新郎新婦もその関係者も、参列している者達も緊張した様子は無い。

ゆったりと歩いた新郎新婦は、やがて静かにその席に着く。

拍手が止み、場がわずかに静まる。

宴の司会を任されているのは大臣であった。

小太りなはげ頭の大臣は、慣れた様子でぱん、と一つ手を打ち、宴を進める。

大臣の挨拶で全員が手にグラスを持ち、乾杯を持つ。

「新たな夫婦に幸福あれ」

「「新たな二人に幸あれ」」

大臣の掛け声に倣い、参加者も新郎新婦を祝福する。

返礼するように二人はグラスの酒を口にする。宴が始まった。


 ケーキの入刀は若い女性達の憧れのイベントである。

いかに結婚式と言えど、このように巨大なケーキを目にする事などほとんどなく、どこぞの大国の王族だとか大貴族だとかに嫁いで初めて目にすることの出来る代物である。

若い貴族の娘には、ウェディングケーキの存在そのものが憧れであり、そのようなものを用意してくれる相手に嫁ぎたいというのは夢でもあった。

ある意味、ヘーゼルはその貴族の娘達の夢を体現した憧れの存在なのだろう。

入刀の為にケーキに歩く二人は、すぐさま貴族の若い娘達に囲まれ、羨望のまなざしと黄色い歓声で包まれる。

エリーシャとトルテは、事前にヘーゼルに誘われていた為に一応最前列の、一番二人がよく見える場所に立っていたのだが、半ばはしゃいでいるようにも見える貴族の娘達との温度差は結構なものであった。

「……」

トルテなど、始終だんまりである。

「綺麗ね、ヘーゼル様」

「そうですわね……」

トルテとしては、ヘーゼルは長年認めようとしなかった相手である。

一応長い年月を経て、二人の婚姻を認めはしたものの、やはりヘーゼルが兄の嫁になる事にはあまり前向きに受け取れないらしく、難しい表情でケーキの塔を眺めていた。

ヘーゼル自身、自分が妹となるトルテからあまり好かれていないらしい事は察しており、時折エリーシャに相談を持ちかけたりもしていた。

エリーシャから見れば、トルテのそれはただの子供じみた我侭で、ヘーゼル自身には何の落ち度も無いのだと解っているのだが、中々に皇族というのは面倒くさいらしく、その辺り、未だに素直になれていないらしい。

「私も、ああなれたのかしら……」

祝福してくれる人たちの前で、大好きな人と初めての共同作業。

それが、とても幸せそうに映り、トルテは一言、エリーシャにしか聞こえないような小声で呟いていた。


 ケーキの入刀が終わると、宮廷料理人達が現れ、ケーキを静かに切り取っていった。

高価な生クリームをふんだんに使用した斬新なケーキは早速貴族の娘達に振舞われ、その瞳を甘美に一層輝かさせる。

「ヘーゼル様、シフォン様。ご結婚おめでとうございます」

席に戻った二人に、エリーシャはゆっくり近寄り、挨拶をした。

「エリーシャ様、ありがとうございます」

「ありがとうエリーシャ殿。思えば私達がこうして結ばれたのも、貴方がいたからなのかもしれない」

「そうでしょうか? 私はお二人は、結ばれるべくして結ばれたように思えますが」

返礼する二人に、エリーシャはにこやかに笑って見せた。

幼い頃からずっと一緒だったのだから、そうなるのは不思議な事ではなかった、と。

「いいえ、エリーシャ様が私の相談にのってくださったり、国の為頑張ってくださったからこそですわ」

ヘーゼルは静かに首を振る。そうして、エリーシャの手を取りながら言うのだ。

「エリーシャ様は私達の運命の天使様なのかもしれません」

「運命の天使だなんて。まるで旧時代のお話みたいですね」


 まだ世界が、今ほど剣と魔法に支配されていなかった時代があった。

そのような時代には魔族という天敵は居らず、平和な世界の中、人々は時として天からの穢れなき使者である天使の姿を見る事もあったのだという。

美しい天使は人々を祝福し、結ばれえぬ恋人達を強い絆で結びつかせ、多くの幸せが生まれたという伝承が残っていた。


「私には、そう感じられますの。ふふ、何も剣を握ってらっしゃらなくても、エリーシャ様は素晴らしい女性だと思いますわよ」

特に話した訳でもないのに、ヘーゼルはエリーシャがずっと感じていた違和感を察していた。

「そうでしょうか? 貴方にそう思ってもらえるなら、もしかしたら剣以外の道もあるのかもしれませんね」

「私、ブーケが二つあったなら間違いなく貴方にも投げましたのに」

ブーケを受け取った女性は件の天使の祝福を受け、次に結婚できるという古い言い伝えである。

眉唾ではあるが、夢を見る女性も多く、ヘーゼルもそれについては疑ってはいないらしかった。

「ありがとうヘーゼル様。でも、天使の祝福はより相応しい女性が受け取ったわ」

ちら、と参列者を流し見る。

中には結婚を控えたヘーゼルの妹も居て、婚約者の男性と会話を楽しんでいた。大切そうにブーケを抱えながら。

「トルテは当分男はうんざりって言ってるし、それならば、ヘーゼルの妹にあげた方が良いと思ってね」

「エリーシャ様がもし結婚なさるお相手がいらっしゃるなら、無理を言ってでも二つ用意してもらったのですが……」

「当分はそういう相手もいなさそうだから。気にしないでヘーゼル様。私にとっては国が恋人のようなものだわ」

エリーシャは朗らかに笑って見せる。虚しさなど表に出さずに、とにかく新たな夫婦には幸せな気持ちでいてもらおうと。


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