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趣味人な魔王、世界を変える  作者: 海蛇
1章 黒竜姫
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#2-4.カルナス陥落

 そこに居たのは、先ほどまで時を共にしていた女勇者だった。

「き、君は……もう来てしまったのか」

さっさと立ち去らなかった事に後悔しながら、魔王は目を覆った。

「アルドおじさん、やはり貴方は――」

「陛下、何者ですかこの人間の娘は。陛下に対し『おじさん』など、許されることではないというのに」

よりややこしい事態になりどうしたものかと考えに考えているところを、ラミアが割って入った。

「陛下……そうか。貴方がドールマスター……」

戸惑いの瞳が、ついに憎しみの闇に堕ちていった。

彼女は気づいてしまったのだ。魔王が魔王であることを。

いよいよもって取り返しのつかないことになり、魔王は途方に暮れた。

「貴方が魔王だったなんて……でも、それならここでっ!!」

剣を手に、魔王に向かい飛び掛かろうとしたエリーシャを前に、ラミアが立ち塞がる。

「ふん、お前など陛下の手を煩わせるまでも無いわ。私が相手をします!!」

ラミアは目をクワっと見開いて相手をぎらりとにらみつけ、眼前の女勇者に正面から挑みかかった。

「……来るなら斬るわ!」

対する勇者も、手に持つ宝剣を構え、突する。


 勝負は、意外にも一瞬でついた。

「きゅう……」

「……あれっ?」

一撃だった。

勇者が牽制のつもりで放った宝剣の斬撃がラミアの下腹部にもろに直撃し、ラミアはそのまま倒れてしまった。

「え、えーっと……」

普通の魔族ならこれくらいの攻撃はかわすから、次の本気の攻撃で殺すつもりだったのだが、まさか初手で沈むとは思ってもみず、エリーシャも軽いパニックに陥る。


 そこにあったのは、蛇女が勇者に勝てる訳が無いという悲しい現実だった。

まあ、百歩譲ってラミアが万全の状態であるなら、人間の兵士数人くらい相手なら一方的に虐殺できる程度の能力はあるのだが。

それでも所詮蛇女である。勇者相手では勝てるはずも無い。

「弱いなあ。相変わらず弱いなあ蛇女は……」

直属の部下のあまりの不甲斐無さに、先ほどまでとは別の意味で溜息が出てしまう。

なんというか、魔王も見ていて恥ずかしくなるのだ。

頭が痛いというか、胸が苦しいというか。

「つ、次は貴方よっ!!」

勇者は気を取り直したのか、剣を構え、魔王をにらみつける。

鎧を纏い、宝剣を持つ戦乙女。

美しくも儚い、どこか遠くでみたようなその存在に、魔王は不意に懐かしさを感じた。


「……殺したくないなあ」


 ぽつり、呟いたのを聞いて、エリーシャは激昂しながら突撃した。

「――なめないで!! 私は勇者、勇者エリーシャよ!! 魔王、覚悟!!」

「そうかね。なら仕方ないな」

鋭い突きを横へと回避する魔王。

だが、直後軌道を変えた剣筋は、回避した筈の魔王の肩口を抉った。

「……ほう」

思いのほかの速度。かなりのやり手だと、それだけで魔王は理解した。

見れば、彼女の剣に収まっていた宝石が光っていた。ただの宝石剣ではないのだと悟る。

魔力が宿っているのか、切れ味も相当強化されているらしい事にも気づいた。

剣の質もだが、それ以上にブーストしている本人の魔力が高いからこその切れ味。

――その攻撃力、並大抵ではない、と。



「喰らいなさいっ! サンダーストーム!!」

魔王と勇者との戦いは、周囲の地形を更地にするほどの激戦となっていた。

主には勇者の破壊魔法によるものが原因だが、その魔法というのも生半可ではなく。

今放たれた魔法などは雷撃の嵐によって家屋や石畳すら破壊するほどの威力で、魔王もその雷柱が落ちる度ひらりとかわしはしたものの、「これはすごいな」と頬に汗するほどであった。

ばちり、紫電が顔の横に走り、その汗を照らす。

「ウィザード族も真っ青な超火力じゃないか。人間でこれを使えるなんて、中々見ないぞ?」

「こんなものじゃっ――シューティングスター!!」

そうかと思えば物理破壊魔法が飛び交う。

魔王の肩口を貫通したかに見えた光のライン。

ギリギリのところで回避がまにあったのか、漆黒の外套がすとん、と、ずり落ちそうになる。

魔王は、笑っていた。

「やるではないか。なるほど、竜族相手でも良い勝負をしそうだ!!」

剣技もそうだが、魔法の方もこれだけの威力があれば、竜族の頑強な皮膚にもダメージを通す事もできるかもしれない。

それでも先ほど上空を通過した黒竜姫の相手になるとは思えないが、舐めて掛かれば消えない傷くらいは被りかねない。

魔王軍の侵攻上の意味でも放置するのは危険な存在だと判断し、魔王はここにきて、ようやく目の前の乙女を『敵である』と認識した。

ノーガードだったが、それも改め右手を前へ、半身になって構える。

見た目こそそれまでと大差ない、防御もロクにできなさそうな姿勢だが、全身に宿る魔力はそれまでとは比べ物にならない。

周囲の瓦礫が揺れ、軽い石粒などは魔力に浮かされ、魔王の周囲を漂っていた。

「……これが、魔王の魔力だというの……」

「エリーシャと言ったか。君には悪いが、もう殺せないよ」

「……どうかしらね!!」

魔王の挑発に、エリーシャは冷静さを失わないように努めながらも、攻撃を繰り出す。

魔王はそれを瞬時の判断でかわしたり受け流したりする。

エリーシャの斬撃は早い。早すぎるほどに早い。

だが、魔王はそれよりも早く動き、エリーシャの斬撃をかわし、いなし、弾き、時として両の腕で防いで見せた。

「フリーズニードル!!」

魔法も当然放たれる。

至近距離で撃たれれば流石に回避も間に合わず、時の経過とともに掠り当たりが増え、わずかながら血が滴り、傷が増えていった。

だが、魔王は焦る事もなく、負傷に怒る事すらなく。

「癒えろ」

ただ一言。

鬱陶しく感じる程度に傷が増えた辺りで、そう呟き魔王は傷を全快させてしまった。

「――!?」

「どうしたね? それで終わりか?」

にや、と口元を歪めながら。魔王は勇者殿の覇気を問うた。

これで終わりなのか、まだ続くのか。

戦う気はまだあるのか、と。

勇者は、しかしまだ心が折れることなく。

「まだまだぁっ!」

歯を食いしばりながらも、健気に立ち向かっていったのだ。




 傷を負わされ、回復し、また斬られ、癒し、魔法の直撃を喰らっては修復しての繰り返しだった。

そんなやり取りが30分近く続いたからだろうか。

エリーシャは一旦飛びのき、距離を置いた。

息を整えながら、理解できないと言った面持ちで魔王をにらみつける。

「ま、魔王が……」

「うん?」

「魔王が回復魔法を使わないでよ!! 終わらないじゃない!!」

とても敵対者に対するセリフとも思えぬ一言が、魔王に向けられていた。

勇者からすれば理不尽極まりない消耗戦である。

強大な魔力ストックのある魔王と比べ、人間である勇者はどれだけブーストしてもその体力には限界があるのだ。

まだまだ戦えるとは思っても、こんな戦いを強いられればエリーシャはいずれ消耗し、戦えなくなる。

魔王の魔力と勇者の体力、どちらが先に尽きるか等、考えるまでもなく明らかである。

だが、甘えすら感じさせるそんなセリフに、魔王は思わず「それはそうだよなあ」なんて同意してしまいそうになった。

メタ的な意味で考えるならば、有り得ないのだ。とても酷い事をしていると自覚してしまっていた。

そんなだからか、真剣だった顔は今では元の人の好さそうな顔になり、「すまんね」と謝罪の言葉まで口をつく始末で。

「私も怪我を残すと後々辛いからね。文字通り骨身に染みてしまうから……」

いつもの苦笑で返す魔王に、エリーシャは尚更の事苛立ちを覚えた。

「それに、貴方は全然攻撃をしてこない……どうしてなの?」

エリーシャの苛立ちは、一向に自分に殺意を向けようとしない事にも繋がっていた。

いや、攻撃そのものはしようとしていた。だが、それを無理やり抑えていたように思えたのだ。

エリーシャが攻撃した際、カウンターのように繰り出そうとした手を敢えて引っ込めたのも、彼女は気づいていた。

この為、エリーシャは今に至るまで全くの無傷だったのだ。

魔王ドールマスターと言えば、魔族の再侵攻の際、不死の兵団と共に最前線で人間の軍勢に対して大打撃を与えるほどの武威を見せつけていたはずなのに、である。

その武威が、全く自分に向けられない事が、不可解で仕方なかった。

「さてね。それに関しては、正直今は言えないね」

ちらりと、石畳の上に転がるラミアを見やりながら、魔王はのたまう。

本当は先ほど言ったのだが、今となってはこの女勇者殿には伝わるまいとも思う。

何より、これはやはり、彼女と自分だけの間の話で終わらせたかったのだ。

気絶したフリをしている蛇女等に聞かせるのは、いささか野暮ったい。

「手を抜いているの? 魔王は、私達人間の最大の敵のはず。なら、私達は――」

魔王の態度に思わず激昂し、エリーシャが叫ぶ。


――直後。ズン、と、空を押し潰す絶対的な圧力が街の上空を襲った。


 少しして、街全体がつむじ風に襲われる。

轟音が鳴り響き、あらゆるものが吹きとび、荒れ狂う世界。

驚き、空を眺める二人だったが、はっと気づかされた。

空には、再び巨大な黒竜が君臨していた。

口元には淀んだ空気が渦巻いており、周囲の雲もろとも、黒竜の口へと吸い寄せられていく。

「くっ、あれは……早まったか黒竜姫っ!!」

「えっ――」

魔王は即座にエリーシャに詰め寄り、胸に手をあてがう。

「な、何をっ――!?」

突然の事に戸惑いながら、距離を開けようとするエリーシャの腕を掴み、胸へと魔力を注いだ。

空を支配する黒竜姫は、それと同じくらいのタイミングで呼吸を止め、一気に溜め込んだ息吹を放出した。

大きく裂けた口を前に巨大な魔法陣が展開され、竜族最大最強の魔法『ブレス』が発動する。


『吹き飛べぇぇぇぇぇぇぇっ!!!』

《――フリーズブレス――》


 ――瞬。街は、静寂に包まれていた。

逃げ惑っていた人々は全て凍て付き、氷のオブジェとなって街と一体化していた。

建物の中にいたはずの者ですら例外なく。

街の刻は、凍り付いていた。





 ダイヤモンドダストが空に散りばめられ、氷点下にまで下がった極寒の街の中、コツリ、コツリ、と魔王は街の北を目指していった。

惨劇の支配者は再び街の北へと飛び去っていったのだ。

後にはラミアが寒さにふるえながら、音も無く付いて行く。

「陛下、あの勇者は……」

「殺したつもりだが、逃げられたかもしれんな」

黒竜姫の『フリーズブレス』が発動する直前、ラミアは魔王の一撃を見ていた。

胸元を掴まれた勇者の周囲の空間が爆裂し、次の瞬間にはもう、勇者は跡形も無く消えていた。

しかし、当の魔王が殺したかどうか解らないというのだから、油断ならない。

「かなりの遣い手だった。やはり、勇者相手の時は警戒しないといかんな」

「……はい」

魔王は静かに語り、ラミアはそれに短く返す。

あまりにも虚しい、静寂の街の中の出来事だった。





――少し前の話である。

カルナディアスの丘は、突如現れた黒竜の話で混乱に陥っていた。

「何故ブラックドラゴンが……」

「いや、そんな事よりも、あのブラックドラゴンの向かった方向はカルナスじゃ……」

「そうだ、エリーシャ殿が危険だ!!」

「いかに勇者といえど、単騎でブラックドラゴン相手では分が悪すぎる。増援を送ろう!!」

「増援などでは手ぬるい、大軍を以てブラックドラゴンを討伐するのだ!!」

「そうする他あるまい。我が軍は、彼女あってこそのものである!!」

……こうして、彼らはエリーシャの援護の為、大軍をカルナスに派遣する事にした。

中欧諸国連合軍のうち、全軍のおよそ半分の軍勢とそれを率いる名の知れた名将5名が、カルナスに向け大急ぎで向かったのだった。



 カルナスの街の情報は、すぐに前線の魔王軍にも届いた。

エルフ達が立てこもっていた森の中、突如として黒竜がカルナスに突撃した事、そして、魔王がそのカルナスにいるらしいという話が上層部のウィッチから知らされたのだ。

『貴方達は、即座に出せる限りの軍勢を以て、陛下の下に馳せ参じなさい』

「話は解った。しかしこれは……」

『貴方達の質問に答えている暇は無いわ。急時よ。急ぎなさい』

「むぅ……了解した」

軍をまとめあげるハイエルフの王は、上から目線のウィッチに苛立ちを覚えながらも、与えられた指示を受け入れる。


「ハイエルフの王よ、何故魔王がカルナスの街等に……」

傍に控えているダークエルフの王は、訝しげにウィッチの映っていた魔法の水晶を見つめ、疑問を口にする。

「それは私もそう思っていた。ハイエルフの王よ、どうするおつもりか」

逆側に座るエルフの王も、ダークエルフの王とそう違いなく困惑していた。

「……試されておるな。ここで動かねば、我らは魔王軍の中ですら爪弾きにされてしまうか」

「しかしこれは好機ではないか。この森を抜けるのは今しかない」

「カルナスまで半日程度。敵の目がここから離れているなら、たどり着けないでは無いぞ」

困惑はしているが、確かにチャンスでもあった。

状況は一変し、人間の軍勢は勢いが削がれている。

人数も減り、恐らく今は防戦の準備をしているだろう。

こうなれば、何も目先の敵と戦うのが目的でないなら、カルナスに向かうのはそれほど難しくはない。

どう動けば良いか、など考えるまでもなかった。

「よし、獣人達に人間の軍勢がいないルートを選ばせながら、カルナスに向かおう」

「うむ、ではそうしようか」

「では早速他の魔物達にもそれを伝えてくる故」

短いやり取りで方針は決まり、エルフ達は森での防戦を放棄し、カルナスへ向かうことにした。



 そして今しがた、人間の大軍は街の手前まで到着し、黒竜がブレスを吐いたところを見てしまった。

自分達に向けてではなく、街全域に対して放たれたそれは、瞬時に街を凍て付かせた。

それでも尚生存者を救おうと、そして、この街に居るはずの勇者殿を助けようと、軍勢は街へと突入したのだった。

「南だ、ドラゴンに注意しつつ勇者殿を探し出すのだっ!!」

「ブラックドラゴンと戦っているやもしれぬ。我らはブラックドラゴンが降り立った北へ向かうぞ!!」

「では我が軍は少数手勢で生存者がおらぬか探してみよう。各々がた、また会おうぞ!!」

軍は三方に別れ、一斉に駆け出す。静寂に支配された街に、兵達の怒号が響いた。





 結果だけ言うとするなら、悲しい事に、彼らは二度と再会する事は無かった。

帰りが遅い魔王とラミアに苛立った黒竜姫は、南に向かっていった軍勢に八つ当たりで猛毒の『トキシックブレス』を放ち、軍勢数千名を瞬く間に絶命させた。

北に向かった軍勢は魔王と遭遇し、わずらわしくなった魔王と彼を守るアリス以下、召喚された人形兵団によってそのほとんどが返り討ちに。

唯一無事だった生存者を探していた軍は、再び空を飛んだ黒竜に危機感を覚え、街の外に出たところでエルフら魔王軍に強襲され、まともな迎撃態勢も取れずに数の差で押し潰されほとんどが壊滅した。

エリーシャが見ていたら絶望で目を曇らせる事請け合いであるが、不幸中の幸いか、その場に彼女の姿は無く、その顛末を知る者も極わずかであった。



 魔王が降り立った黒竜姫の下にたどり着いたのは夜になってからであった。

死屍累々の屍の山の中、恭しげに頭を下げる黒竜姫は、既に元の乙女の姿に戻っていた。

情熱的な赤いドレスのままである。

「……まさか、君が来るとはね」

「陛下の危機とあっては、無視もできませんわ」

魔王的にはあまり印象の良くない黒竜姫だが、以前よりは行儀を弁えているのか、噛み付いてくる様子もなく、それ以上は嫌味を言うつもりもなかった。

「しかし、見事に凍りついたなあ……」

話を変えるべく、魔王は周囲を見やった。

魔王らが築いた屍の山もあれだが、人の形をした氷が凍て付いた地面からいくつも飛び出ている。実に不気味である。

「陛下がお望みなら、凍て付かせたものは全てそのまま溶かす事も出来ます」

「そうなのか?」

「ええ、非戦闘員は、捕虜にするのでしょう? ですから」

胸の下で腕を組み、静かに呟くその様に、魔王は違和感を覚えた。

「人間は皆殺しにするのが黒竜族の嗜好だったと思ったが」

「陛下のお望みであるなら、それ以外の戦いもできますわ。私達は馬鹿ではありません」

少しだけムッとしたのか、眉をぴくりとしながら、それでも静かに振る舞う。

――驚くべき進歩だった。

「そうまでして戦いたかったのか」

「是非も無く」

魔王は思いもよらず感心してしまう。

鬱陶しい連中だと思っていたが、ここまで筋を通して戦いたいのなら、本物である。本物の戦争狂というのもどうかと思うが。

だが、形は違えど、求道者的なものを感じずにはいられない。

まあ、それは黒竜姫が魔王に心底惚れているからそうなっているだけなのだが、それは魔王には伝わっていない。

「よかろう。こうして戦うことが出来るなら、お前達竜族も戦争に加わる事を許す」

「……ほ、本当、ですか?」

驚き、目を見開く黒竜姫に、魔王はつい苦笑してしまう。まるで子供ではないか、と。

「本来なら私が自ら黒竜翁に伝えるところだが。これは君が自分で彼に伝えてくれたまえ」

「かしこまりました……これで我が一族も、魔界において面子が保てますわ」

うつむき、目元に指をすらりと通す黒竜姫。心配そうにラミアが近づこうとするのを制して、魔王が続ける。

「面子が大事ならな。これからもよく私の言う事を聞くのだ」

「――はいっ」

涙ぐむ乙女の涙に、魔王もラミアも困ってしまう。

傍若無人極まるこの娘が、まさか感極まって泣いてしまうとは思いもせず。

静かに鼻を鳴らす黒竜姫をそっとしておき、魔王達は所在無くその場にしゃがんでいた。



 少し経ち、黒竜姫が泣き止み、そろそろ戻ろうかという時に、一匹の獣人コボルドが現れた。

犬の身を持つ獣人コボルド。村単位でエルフと共存している社会行動型の獣人である。

「恐れながら、魔王陛下に、我らカルナス方面軍の指揮官が一言ご挨拶をしたいとの事で、こうして参りました」

身なりはそれほど悪くなく、言葉遣いの丁寧さから、獣人としても相応に格の高さを感じさせていた。

「あら、お前達も動いたのね。でも前線の指揮官如きが陛下と謁見だなんて――」

「ああ、いい。それより私は早く城に戻りたい。用件があるなら、その指揮官とやらを早く連れて来い」

汚らわしいものを見るような目で文字通り上から見下すラミアだったが、面倒くさくなった魔王はさっさと済ませようと割って入る。

「はっ、かしこまりましたっ!!」

了承を受けてか、コボルドはしっぽを振りながら主らの待つ陣へと駆けて行った。

その奇妙な愛くるしさと足の速さに、魔王も感嘆する。

「もう見えなくなったぞ、速いなあ」

「コボルドは足の速さと鼻の良さが強みですから……」

それほど強くは無いが、一般に兵が行軍しにくい森林地帯で多くの魔物兵以上の速度で進軍でき、罠や敵の配置を察知できるその能力は、森林地形に強いエルフとあわせて非常に有用な兵種足りえた。



 ほどなくして、魔王の元に先ほどのコボルドと、三人のエルフがゆったりと現れた。

「指揮官っていうから一人だけだと思ったのに、三人もいたのね」

黒竜姫が不思議そうに呟く。

「全軍をまとめている指揮官はハイエルフの王だけだけど、エルフは各種族共、王がいるからね……」

「いかにも、我らエルフはハイエルフ、エルフ、ダークエルフそれぞれの王が、各々の種族を率いております」

中央に立ち、魔王の前に敬するはハイエルフの王だった。

白い肌で背が高く、服装もゆったりとしたローブで覆っていたその王は、魔王を前に臆せず話した。

「それで、私に挨拶をしたいという話だが……」

「はっ、我らエルフの三種族、ならびに前線の魔王軍は、此度、陛下がこちらにお越しになったおかげで、無事生還する事が出来ましたので、そのお礼もかねて参りました」

口上を上げるはエルフの王。一般的な人間と変わりない肌の色で、服装は動きやすくある為か短めのズボンにシャツというラフなスタイル。

腰にはショートボウが掛けられていて、弓の扱いの得意なエルフらしさが良く出ていた。

「また、我ら三種族、こうして陛下と(まみ)えるは滅多に無い機会であると、こうして三者共に参った次第です」

続けるダークエルフの王は、浅黒く日に焼けた色をした肌で、戦装束に身を固めた戦士の出で立ちであった。

「ん……私も(名目上は)前線視察にきた訳だからな、前線がどのようになっているのか気にはしていたのだ」

あくまで名目上の話である。

本当は遊びに来ていたなどと口が裂けても言わない。魔王にも魔王としての面子が一応はあった。

今はまだ、一応は。

「まあ、結果としてカルナスの勇者軍は、此度の戦闘でかなり消耗したようですし、後は彼らに任せてもよいのではないかと」

「そうだな。勇者も不在、主力の大半が消えた今なら、この地方の攻略も難しくはあるまい」

ラミアの横からの提案に、魔王もそれらしく頷く。

勿論よくは考えていない。適当である。

「お言葉のままに。我らも魔王軍として、勝ち戦を向かえることができそうです」

結果オーライとはまさにこの事で、敗色濃厚だったカルナス方面軍は、ここにきてにわかに士気を高めていたのだった。

「あー……エルフの王らよ、私も魔王として、前線での亜人達の扱いの悪さは少々気に病んでいた」

こちらは建前だけでなく、実際気にはしていた。

ラミアは優秀だが、魔族以外の者の扱いが悪すぎる。

前線の魔物や今回加わった亜人・獣人の扱いなどは、常に捨て駒なのだ。

前線の士気ががたおちになっていたのは、何も自分の所為だけではないだろう、と魔王は考えていた。

「陛下にそこまで気にしていただけるとは……」

「いや、エルフの王らよ、前線での戦いは苦しかろうが今一時の辛抱をしてくれ。ラミアには私からも言っておこう」

「そ、そんな、陛下……?」

驚いたのはラミアの方である。

まるで自分が悪いと言わんばかりの魔王の言葉に、やりきれなさが噴出する。

「お前達前線の兵のおかげで、我ら魔王軍は人間世界においても優位に立てている。その功績、私は忘れないぞ」

「も、もったいなきお言葉……我ら三種族、陛下の下、戦い続けることをお約束いたします!!」

前線での不甲斐無さをラミアに罵倒され続けたエルフの王らは、魔王の労わりの言葉に感激してしまった。

新参者の外様(とざま)であり、捨て駒であった自分達の事を、この魔王は見捨てていなかったのだと。

此度の魔王の、黒竜を引き連れてのカルナスへの襲撃。

それら全てが自身らを慮っての行動なのだと、彼らは思い込んでしまった。

「頑張ってくれ。だが無理はするな。諸君らは既に我ら魔族の一員なのだからな」

捨て駒からの昇格である。エルフの三人の王は深々と頭を下げ、魔王に忠誠を誓った。

上辺だけの、生き残るための屈服ではなく、心からの心服であった。


 こうして、カルナディアスの攻防戦は意外な方向に終結し、魔王軍はカルナスの街を奪取、多くの民を人質に取る事に成功した。


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