#3-3.エルフのお茶会
「平和ですわ」
「平和ね」
「平和……なんですか?」
昼下がりから夕方に移り変わろうという時刻の事である。
魔王城・楽園の塔の空中庭園では、エルフの三姫がお茶会等を楽しんでいた。
人間達の襲撃を受ける危険に晒される事の無い安全地帯に住まう彼女達は、未だかつて無い平和の恩恵を享受していた。
若干、平和すぎてだらけ始めているのだが。
「グロリア、最近何か面白い事あった?」
なので、セシリアは退屈な日々に小石を一つ、投じたのだった。
「そうですねぇ。夏に知り合った吸血族の姫君と意気投合しちゃいまして、私は最近よくお喋りしたりしてますよ」
「吸血族ねぇ……」
機嫌よさそうににこやかに笑うグロリアであるが、セシリアは心配になってしまう。
グロリアはよく言えば知的で穏やかな性格だが、隙が大きく、何事にも素直過ぎるのだ。
そこに付け入られないか不安で仕方ないのだが、当のグロリアはそんな事勘付きもせず、ただニコニコとしている。
「吸血族ってアレでしょ、血を吸ったりして仲間を増やすのよね。大丈夫なの?」
セシリアが噂に聞いた部分だけでも危険な種族であるというのがありありと感じて取れる吸血族なのだが、グロリアは首をぶんぶんと横に振って否定する。
「セシリアさん、種族だけで人を見るのは良くないですわ。エルゼさんはとても話の解る善い吸血族なのですよ!?」
「そ、そうなの……?」
「そうなのです!!」
その瞳に宿るのは何の力なのか。妙な気迫にセシリアも気圧されてしまう。
「でもグロリア様、吸血族が血を吸うのは間違いないですし、そこは気をつけるに越した事は無いのでは」
「何を言うのエクシリア!! 確かに他の吸血族はそうかもしれませんが、エルゼさんだけは私に危害を加えたりしないわ!!」
エクシリアもセシリアの援護に回るが、熱の入ったグロリアはどうにも止まらないらしかった。
「一体何の根拠があってそんな事……」
セシリアも耳と眉を下げ、困ったように呟く。
「お友達だからですわ。私、エルゼさんとお友達になりました!!」
立ち上がり、豊満な胸を張って耳もぴんと張り、ハイエルフの姫君はとても偉そうにのたまった。
「すごい根拠です」
「友達なら仕方ないわね」
グロリアの暴走には二人とも慣れた物で、もうそこまで言うなら素直に受け流すしかないと判断した二人は、早々に諦めた。
「それはそうとセシリアさん、最近陛下と何か進展はありまして?」
「ぶっ」
「きゃっ」
話題が流れ、さて次は何を話そうかとセシリアがお茶を飲み飲み考えていると、グロリアがとんでもない事を言い出した。
突然の事すぎてお茶を吹いてしまい、テーブルクロスが汚れる。
悲鳴を上げたのはエクシリアであるが、幸い毒霧の被害は受けずに済んでいたらしい。
「ご、ごめんなさい……突然過ぎてつい……なんて事を聞くのよ貴方は……」
悪いのは変な事を聞いたグロリアなのだが、場を汚してしまったのは自分なのでと、セシリアは素直に謝った。
「おひい様は相変わらずコミカルですわね」
傍らに控える侍女のセリエラも、主のギャグテイスト溢れるリアクションに冷淡に笑っていた。
「……セリエラは黙ってて頂戴」
「私も、セシリアさんは時々面白い人だなーって感じます」
「私もちょっとだけ……」
「エクシリアまで!?」
まさかの裏切りであった。
「まあまあ、おひい様はそういうツッコミ体質と言いますか、変に常識的だから余計にそうなってしまうのですわ」
「常識的で何が悪いのよ」
椅子にふんぞり返り、端目でセリエラを睨む。
「いえ、別に悪くないのです。ただその……」
「何よ?」
「グロリア様と一緒になってるとお笑いグループにしか見えません」
セシリア的に衝撃の事実だった。
「それは私が悪いんじゃなくて、グロリアが突拍子も無いことを言うからそうなってるのよね!?」
「勿論そうですが、周囲から見ればこれはもう狙ってやっているようにしか……」
「私だけ仲間はずれですか……?」
エクシリアもどこか寂しそうだった。
「エクシリア様はその……ほら、枯れ木も山のなんとかって言いますし」
フォローにすらなっていないフォローだった。
「セリエラ、さりげなくエクシリアを傷つけるような事言わないで。貴方はとげとげしすぎるのよ。黙ってなさい」
「流石おひい様。さりげなく私に全ての罪を押し付けて話題をすり替える作戦ですね。惚れ惚れするほどの策士っぷりですわ」
侍女は一歩下がり、両手を仰々しく挙げて首を横に振り振り。
まるで自分が悲劇の存在であるかのごとく、流れてもいない涙をすっと指で掬う。
「セシリアさん、侍女だからってセリエラさんにきつく当たりすぎでは?」
当然のようにグロリアが噛み付いてきた。セリエラの狙い通りである。
「私が悪いの? ちょっと、今セリエラ眼を光らせたわよね? 狙ってたわよね?」
「さー、何のことやら。私はただの侍女ですからー」
棒読みである。白々しいにも程があった。
「もう、そんな事ばかり言ってるとお給金減らすわよ」
「申し訳ございませんでした!!」
すがすがしいまでにテキメンであった。土下座までしていた。
「セシリアさん、今度は侍女に土下座させているわ……」
「お給金を盾に取るなんて……怖い方です」
グロリアだけでなくエクシリアまで怖がる始末である。
元々は自分は何も悪くないのになんでここまで悪化するのか、セシリアには理解できない。
「あー……もういいわ。この話題、変えましょ」
いい加減しんどくなったので、セシリアは流れに乗るのは断念した。
「そうですね。私も少々やりすぎだと感じていました。反省」
「セリエラは本当に反省した方が良いと思うの」
てへ、と頭に手を置き舌を出す仕草は可愛いと思うけれど、同時にセシリア的には腹立たしくもあった。
「まあまあ、おひい様。私はおひい様のそういう色々必死な所、好きですよ」
「私だって余裕持ちたい時位あるのよ」
毎度のようにからかわれるのは正直やめて欲しいとセシリアは思う。
真面目なセシリアにはこういう流れはしんどいのだ。
「陛下の傍にいる時とかですかぁ?」
そして話題は戻ってきた。
「だからなんでそんな話にっ!?」
「おひい様、パイを焼く準備は既に整っております。後は陛下を誘惑する魅惑の材料を集めるだけ!!」
「そうなんですか!? 頑張ってくださいセシリアさん!!」
「あの……がんばってください」
突然の流れの変化にオロオロとしているエクシリアはともかく、グロリアとセリエラはノリノリであった。
「パイなんて焼かないわよ!! もう、皆して人の事からかって!!」
セシリアも顔を真っ赤にして声を張り上げる。
本来密かに抱いていたいささやかな想いをからかわれるのは、彼女としても許しがたい恥辱だった。
しかし、それを知った上でセリエラはニヨニヨと善くない笑いを見せ、からかっていた。
「おひい様、まさかパイを焼かずに自らの身体で誘惑を? それは禁忌、触れてはいけないタブーですわ!!」
「誰かこの侍女をなんとかして!!」
セシリアは頭を抱えてしまう。
本来一番の味方であるはずの侍女がこれなのだ。人選を誤ったとしか言いようが無い。
「いや、セシリアさんの侍女ですし……」
挙句にグロリアにまでツッコミを入れられる始末で、セシリアは自身の不甲斐無さにしょんぼりしてしまう。
「もういいわよ……そんなにからかいたいなら好きにすればいいじゃない。皆嫌いよ。嫌い」
いじけてしまった主を見て、セリエラも焦り始める。
「しまった、調子に乗ってからかいすぎた。おひい様、大丈夫です。おひい様の想いはいつか伝わりますから」
「グロリアの所為でこの間盛大にぶちまけられたけどね……」
ジロリ、とグロリアを恨みがましそうに睨みながらぼそぼそと呟く。
「しかも陛下には話逸らされるし……その後に現れた黒竜の姫君すごく美人でスタイルよかったし……勝てる気がしない」
グロリアも美人だしスタイル抜群だしでそういった方向では勝ち目が一切無いと解っていたのだが、見慣れていない分だけ魔族の姫君に圧巻されたショックは大きかった。
元々種族的にスタイルにあまり自信の無いセシリアには、その差が深く心を抉っていたのだ。
「いいわよねぇハイエルフは。背も高いし顔も身体も大人びてるし」
ジロジロとグロリアを眺め、自分との差異を言葉に出し始める。黒かった。
普段から感じている劣等感というか、自分には無い部分への羨望というか、そういったものが今のセシリアを支配していた。
「いや、あの、私は別にそんな――」
「その謙虚さが余計に腹立たしいのよ。いいわよね、持ってる子は自信たっぷりで。私がどれだけ普段苦労してるか――」
「あ、あの、おひい様? おひい様は十分可愛らしい容姿をお持ちだと思いますわよ?」
いじけてクダを巻き始めたセシリアに、セリエラも必死に機嫌を取ろうとする。
しかし、その努力虚しく、セシリアは暗い表情のままである。どこか瞳も曇っている。
「可愛い? 何よそれ、美味しいの? 私は愛玩動物じゃないのよ?」
「いえ、その、ご尤もで……」
「この子供っぽい容姿の所為で、どれだけ私が子供扱いされてきたと思ってるのよ。種族の特性上仕方ないかもしれないけど、だからこそ余計に我慢ならないわ!!」
エルフは森での生活に特化している為、背丈が低い。
進化の末か、純粋に低いだけではなく、体型も顔立ちも他のエルフ種族より幼い段階で抑えられており、成長を重ねてもその外見は変化に乏しい。
どれだけ年齢を積み上げても大人びた容姿になる事はなく、成人して尚、ハイエルフやダークエルフで言う少年少女のような容姿のままである。
長命な人生のほとんどを、その幼い容姿のまま過ごさなくてはいけない悩みは世界広しと言えどエルフ特有のものであり、特にエルフの女性の、他種族、とりわけハイエルフに対して抱くコンプレックスは非常に強かった。
そのコンプレックスが、セシリアに理不尽な怒りを感じさせていたのだ。
「せ、セシリア様、どうか落ち着いてください。言ってはいけない事まで口走ってますよ」
ずっとオロオロしていたエクシリアであったが、セシリアが良くないことばかり口に出し始めたので、なんとかなだめようとしていた。
「私は言って欲しくない事を毎回のように聞かされてるんだけど? 人がニコニコ笑ってるからって、好き放題に言って」
「まあまあ、おひい様、それ位に……」
「黙ってなさいセリエラ。私はね、言うべき時には言わなきゃいけないと常々思っていたのよ!!」
ついにはお説教モードに入ろうとしていた。
「あっ……」
不意に視線を逸らしたエクシリアが、そこで何かを見つけたのか、小さく声を上げる。
「まずはグロリアからよ。あなたはいつもいつも――」
意に介さずそのまま説教を始めようとするセシリアであったが――