#3-2.ベルクハイデに佇む勇者
――ショコラ魔法国首都・ベルクハイデ。
カレー公国の北西、中央諸国に名を連ねる強国の一つである魔法大国ショコラは、盟友カレー公国の滅亡の報を受け、悲嘆に染まっていた。
これにより中央諸国は更に奥まった地域まで危険区域となり、それまで安全だった多くの地域は、いつ攻め込まれてもおかしくない戦域と化した。
無論、そうは言ってもカレー公国が持ちこたえた分だけの時間防備が整っており、兵力も比べ物にならないほどの規模を誇っている。
何よりこのベルクハイデの地は、中央諸国でも屈指の魔法使い達の聖地であり、ショコラが魔法国の名を冠するだけの事はあり、その兵員の大半は魔法兵で構成されている。
大帝国ほどの国力はないとは言え、人類国家としては屈指の魔法特化国家であるこのショコラは、その技術力の高さから見ても大帝国に劣らぬ勢力を誇っていた。
そのベルクハイデに、エリーシャは立ち寄っていたのだった。
「まさか、エリーシャ殿がこんな古びた街にいらっしゃるとはね」
傍らに歩くは、先の戦いでエリーシャの前任だった勇者・リットル。案内役である。
短い金髪に明るい茶色の瞳の、厳つい顔立ちの偉丈夫だった。
彼はショコラの認定を受けた勇者であり、このベルクハイデの有力貴族の一人でもあった。
「マジックアイテムの修理を頼みたいのよ。帝国の技師には無理らしくて」
「なるほどなあ。確かにマジックアイテムはショコラのお家芸だ」
ショコラは魔法大国だけあり、人間世界のマジックアイテムの生産量はトップクラスである。
マジックアイテムの技師や職人を養成する為の大学まで建造されている程で、ただ作るだけでなく、その使用方法から派生した応用まで視野に入れた幅広い活用方法を研究していたりもする。
当然、その修理方法も詳しいものと考え、エリーシャはわざわざベルクハイデまで訪れたのだ。
「修理と言うなら、名工グラン・チャーの工房が良いな。あそこは信頼できる」
「グラン・チャーは私も知ってるわ。優秀な技師だと聞いたけど」
「良い爺さんだよ。ちょいと癖があるが誠実で腕も良い。何より安くて仕事が速い」
「それは中々魅力的……」
速い・安い・上手いと三拍子揃ってその上信頼が置けるのなら、これ以上は無い。
「あんたのおかげで命拾いしたようなもんだからな、俺が話をつけて最優先で直してもらうように頼むよ」
「あら、悪いわね。助かるわ」
リットルは人のよさそうな顔で豪快に笑う。
厳つい顔立ちでガタイのよさもあってとても貴族には見えないが、中々に信頼の置ける人物らしいとエリーシャは感じた。
「じゃあ行こうぜ。あ、腹は減ってないか? 減ってたら先に食事でもいいぜ」
「大丈夫。私も急いでるから、行きましょ」
「そうか、ならいいんだが」
エリーシャとしては、あまり長く国から離れる訳にも行かないのだ。
何より一人残されたトルテが心配で仕方なかった。
「市場の先に工房地域があるんだが、その一番奥にあるんだ。こっちだな」
言いながら、リットルは先に歩く。
エリーシャもそれに素直についていった。
「何だ、誰かと思えばお前さんか、リットル」
工房には眼鏡の老人が一人と、弟子なのか、若い娘ばかりが三人居た。
いずれも薄汚れたローブを纏っており、分厚い手袋をはめている。
工房は大きめの釜が一つ中央に置かれ、壁際に金床や溶鉱炉などが設置されていた。
一見鍛冶屋とそんなに違いの無い工房であるが、中央に置かれた釜だけが異様な存在感をアピールしている。
「ご挨拶だな。客を連れてきた。すまんが急ぎなんだ」
「一応、今は繁忙期で、早くても半年待ってもらってるんだがね」
気難しげに眼鏡を弄りながら、リットルの後ろに立つエリーシャを品定めしていた。
いやらしさは感じないものの、技師特有の、つぶさに観察するような目つきに、エリーシャも複雑な気分になる。
「勇者仲間と言った所かえ……相当な腕利きのようだな。名前と、用件を聞こうか」
観察が終わったのか、振り返って釜のふちに座る。
「エリーシャと言うわ。よろしく。ここへは、このマジックアイテムとアーティファクトの修理を頼みに来たの」
言いながら、耳につけたイヤリングを外し、鞘から宝剣を取り出す。
宝剣がかつて放っていた怪しい光は消え、刀身にはひびが入ってしまっていた。
先日の戦場で、レイドリッヒと名乗る上級魔族と戦った際の傷跡である。
「アーティファクトとは珍しいな……よく見せてくれ」
「その剣、やっぱこの前の魔族との一騎打ちの時に壊れちまったのか」
「えぇ。宝石に込められた魔力を解放すると、剣自体にかかる負荷が強いらしくてね」
腕では圧倒的に相手のほうが勝っていたのだが、切り結んだ際に発動させた宝石の魔力で見事逆転し、そのまま重圧で押し潰したのだった。
だが、それ以前に何度が打ち合った際に、剣自体にかなりのダメージが加えられていたらしく、魔力の解放と同時に刀身にひびが入り、宝石の力を引き出せなくなってしまった。
幸いその戦闘はさほど掛からずに終結したのだが、身を守る為の防護のイヤリングも含め、多くのマジックアイテムが破損してしまった。
多くは帝国でも直せたのだが、この二つばかりは帝国の技術では無理と言われ、今に至る。
「イヤリングは防御の魔法が入ってるのか。これは単なる魔力切れだ。宝石に付加されたキャパシティを超えたダメージを防ぐと、たまにこうなるんだ」
「それは帝国でも聞いたわ。でも直す方法が帝国にはないらしいのよ」
「そのようだな。魔力の充填は世界でもまだ広まってない技術だからな。ここでは容易くても他の国では無理だろう」
流石魔法大国というべきか、魔力の充填技術等という、エリーシャにも聞いたことの無い新技術を持っているのだというこの老人は、しかしそんなものには眼もくれず、エリーシャの見せる宝剣をじっと見ていた。
「このアーティファクト、名前は?」
「『宝剣シュツルムバルドー』。アルム家に代々伝わる二振りの剣の片割れよ」
「アルム家って……まさか皇帝の!?」
リットルは驚きを隠せない。壁際に控えていた娘達も口を開きざわめいてしまう。
当然と言えば当然である。名が知れているとはいえ、一介の勇者が皇室の宝物を持っているなど、一体誰が想像できようか。
「えぇ。この剣は陛下より直接賜った大切な品なの。かつては陛下がご自身で使っていたと聞いたけれど……」
「シブースト皇帝の武器か……かつて『魔宝剣ネクロアイン』と共に使い、獅子奮迅の戦いを見せたと有名だな」
この中にあり、ただ一人驚きもせず、眉を軽く動かすだけであった老人は、どこか懐かしげにその刀身に指を這わせた。
「剣に傷が付いたのは打ち合いを繰り返したからというのもあるだろうが、恐らく宝石に籠められた魔力が枯渇しかけているからに違いない」
「では充填すればある程度は直せるのかしら?」
「いや……こいつは造りが特殊でな、ワシも何度かこういったものを扱ったことはあるが、とても面倒くさいのだ」
しかし、言っている事とは裏腹に、老人はやけに嬉しそうににまにまと笑っていた。
「久しぶりに良い仕事が出来そうだ。楽すぎてつまらなかったのだ。ワシに任せてもらえるかね?」
「どれ位で直せそうなの?」
「一週間だ」
人差し指を立て、ジェスチャー。しかしエリーシャは首を横に振り、指を三本立てる。
「急いでるのよ。三日で直して」
「無茶を言うな。年寄りを殺す気か」
「ばらして構造を調べようとしなければ、名工のあなたなら二日で直せるはずよ。二日でお願いね」
「むぐっ……み、短くなっとるではないかっ」
何を企んでいるのかがばれ、途端に顔色が悪くなる老人であった。
リットルの言った誠実とは一体何だったのか。
「ではそういう方向でよろしく。料金は……これくらいで足りるかしらね。足りなかったら後で言って頂戴」
言いながら、エリーシャは金貨の入った袋と宝剣を壁際の娘達に手渡していく。
「それじゃ、私は宿屋に行くわ。何かあったら教えてね」
無敵の笑顔でウィンクをし、エリーシャが工房から出て行くと、残された者達は唖然としてしまっていた。
「……なあリットルよ。ワシは二日でやる事になったらしいんだが」
「前金、受け取っちまっただろ。プロならやるしかねぇだろ」
技師としてはともかく、駆け引きではエリーシャのほうが一枚上手であった。
「はあ……早く手紙を書いてあげないと」
エリーシャはベルクハイデの街を行く。
まだ宿は決めてないが、市場周りに行けば宿の一つ二つ見つかるだろうと楽観した上で。
戻る期間が短く済みそうでそれほど悪い気はしないが、妹分が一人、夜も眠れぬ日々を迎えていると考えると、どうしてもその辺り心配になってしまう。
元々彼女が出陣する予定はなかったのだが、思いのほか前線が苦戦しているらしい事も聞き、急遽増援部隊の指揮官として配置されたのだ。
エリーシャが戦地に向かうのを泣いてまで嫌がるトルテであったが、流石にこればかりはどうしようもなく、結局説得も何もなしに剥がされてしまった感が強い。
戦いが終わりすぐさま国に取って返したが、手紙一つよこしてくれないエリーシャに不満を爆発させたトルテは、すっかりひきこもってしまったのだという。
ただでさえ病んでいた心がより悪化したりしないかと心底心配であったが、流石にいつ戦闘になるか解らない状態で主要装備が壊れたままというのはいただけないので、やむなく再び国外に向かう事に。
他の装備はともかく、皇帝から直接賜った由緒正しい宝剣を迂闊に人づてに託すわけにもいかないというのもエリーシャがわざわざこの街を訪れた理由であったが、前回の反省を踏まえ、手紙だけは毎日絶やさずに送ろうと思っていた。
「とりあえず宿屋を探さないと……」
うろうろとあっちを見こっちを見していたのだが、それらしい看板も見当たらず、少し困ってしまう。
リットルにでも頼めばすぐに案内してくれたのかもしれないが、なんとなく今更戻るのもらしくない気がするし、仕方なく迷う事にした。
「どっちにいこうかしら。あっちがいいかな……こっちにしよう」
分かれ道。悩んでいるフリをして左を向き、そうかと思えば右に歩き出す。
歩いた先は賑やかな露店街が続いていた。小間物やハーブ、食料品から工芸品まで、様々な行商人が所狭しと店を出している。
「ちょっと覗いてみようかしら」
こういうところにはお宝が眠っているかもしれないから、と、蒐集家の血が騒ぎ、ふらふらと見てまわったりしてしまう。
道はあまり広くないが、想像通りアンティークショップもいくつか開かれていて、年代物の人形や中々お目にかかれないマジックアイテムが並べられていた。
その中でも一際目を引いたのは『ロザリオ』と呼ばれるアイテムで、店主が言うには本来無色であるはずの魂に色を付ける事が出来る特殊なマジックアイテムなのだという。
危険性はないのかと問うと、店主は「いいや」と笑いながら答えた。
魂に色を付ける、と言っても、実際視覚化できる訳ではなく、何か特殊な魂の探索装置を用いなければ意味が無いのだという。
強いて言うなら目印が付く程度のものらしいから、痛みもデメリットも特に無いらしい。
その魂の探索装置が何なのかは店主にも解らないらしく、では何故そんな事がわかるのかと聞くと、店主はまた笑った。
売ってくれた人がそう教えてくれてからさ、と。
結局、それを売りつけた者の正体は店主にも解らないらしく、そこから先は商売の話に切り替わってしまった。
交渉の末最初に提示された額の3割安で手に入れたのだが、店主も得体の知れないマジックアイテムをさっさと売り払えて安堵しているらしかった。
そんな得体の知れないものはできれば買い取らないで欲しいしお店にも出さないで欲しいのだけれど、とエリーシャも苦笑いしていたのだが。
ともあれロザリオを手に入れ、ついでに店主に聞いた宿の場所へと向かう事にした。