#2-3.戦利品の罠-魔王サイド-
「それじゃあ、また」
「ええ」
夕暮れの中、エリーシャ達は魔王一行と別れていた。
「トルテさん、またお会いしましょうね」
「はい、また。アリスさんも」
「えぇまた。さようなら」
一様に別れを告げる。魔王とエリーシャが話している中、トルテもエルゼやアリスとそれなりに打ち解けられたらしく、先ほどよりは緊張も解け、穏やかな笑顔を見せていた。
「いきましょうか」
「はい、姉様」
まるで姉妹のように手を繋ぎ、エリーシャとトルテは宿に帰っていく。
振り返らない。恐らくはもう居ないだろうから、と。
「姉様、もしかしたら私、初めて友達というものができたかもしれません」
歩きながら、トルテはまるで子供のようにエリーシャの顔を見上げていた。
「あら、私は友達じゃないの?」
エリーシャは意地悪に答える。微笑みながら。
「まあ、姉様は私にとって大切な姉様ですわ。友達より、ずっと大切です」
解りきった事ながら、トルテは迷いもせず答えた。
エリーシャの右腕を取り甘えてくる。
「もう、子供みたいに」
「姉様の妹で居られるなら、トルテは子供のままでいいですわ。大人になんて、なりたくない――」
それは、心の中の病める部分が言わせた言葉か。
あんな事がなければ幸せになれたかもしれないトルテが、エリーシャにはどこか哀れにも感じられた。
「さて、戦利品の確認だ」
場所は変わり、魔王城。魔王の私室である。
日も落ち始め、エルゼは塔に戻した為、部屋には魔王と人形達がいるばかりである。
「旦那様、まずはこちらが漫画です」
アリスが紙袋のうち二つを手渡す。やはり本はかさばるのかとても重そうだった。
「ありがとう。えーっと、すぐ読みそうなのは机の上に置いて、後で読みそうなのはベッド脇の本棚に置こうかな」
ぱらぱらとめくり、軽く内容を確認しながら本の仕分けを始める。
しかし、途中で「しまった」とばかりに眉をひそめた。
動揺したのか、本が床に落ちてしまう。
「どうかなさったのですか?」
「あ、いや、それは――」
アリスは落ちた本を拾い、同じように目を通してみる。
そこにあったのは若い女同士があられもない姿で抱き合っているシーンである。
アリスも思わず頬を赤らめ目をそむけてしまった。
「こ、これは――旦那様?」
疑うような目で主を見るアリスである。まさか女性同士の同性愛に興味がおありでしたか、と。
「違うぞ、勘違いするなアリスちゃん。その表紙を見てくれ。『勇者エリーシャと皇女タルトの愉快な冒険』といういかにもなタイトルだろう?」
「漫画に関しては良くわかりませんわ」
「他の漫画と同じで涙あり笑いありの冒険譚だと思ったんだよ!!」
知り合いの名前が見えたから買ってしまっただけで、魔王としては本当に他意もなかったのだ。
その辺りは本当に誤解されたくないので魔王も必死である。
職務中にこのくらいの必死さを見せれば部下から尊敬される魔王にもなれただろうに、彼は自分の人形にしかその必死さを見せないのだった。
「よりにもよってお知り合いのそういったシーンが入った本を買ってしまうというのは……」
主の言葉を聞いて尚、アリスは信じられないものを見るような視線を魔王に送っていた。
忠実この上ないはずの人形の、あまりに想定外な反応に魔王もしどろもどろになってしまう。
長い付き合いの相方の、初めて見せる一面を知ってしまった気分だった。
「……これからはきちんと中身にも目を通してから買おう」
深い溜息をつく。表紙買いは危険である。
店が大量にあるからとその場では興奮してつい表紙だけ見てよさそうだと思って買ってしまうのだが、実際には中身がひどい地雷であったり、全く関係の無い作者の描いた作品だったりするのだ。
魔王もこの度いくつかのそういった地雷を踏み抜いてしまい、どう処分したものかと頭を抱えていた。
「普通にいかがわしいだけなら何の躊躇もしないんだがなあ、同性愛はまずいよなあ」
魔王も、流石に男女のいかがわしいシーンが入っている程度では動揺すらしない自信があったが、やはりというか、魔界において同性愛はタブーなのだ。
変人と言われる魔王ですらその枠は決して超えようとは思わない程に。
「しかもモチーフがお知り合いですわ。エルゼさんに知られたら流石に失望されますよ」
アリスも気を取り直してくれたが、主に厳しい現実を突きつけてくれた。
「絵柄も内容も素晴らしいのだが。でもばれたことを考えるとなあ」
漫画版エリーシャの少女らしい可愛らしさもさることながら、皇女タルトの現実とかけ離れ過ぎている大人びた描写も笑える逸品である。
ご丁寧にロリータ路線を突っ走るエリーシャに対し、皇女は妙齢の美女として描かれており、作者の妄想が爆発していた。
つい先ほどまでお茶をしていた自分達にはそれがただの捏造に過ぎないことが解ってしまっているのが余計に笑える。
「同性愛のシーンはともかく、話の内容的には笑えるんだがなあ」
そこだけがネックである。話は面白いのにいきなり意味もなくそのシーンに入るのだ。脈絡も何もあったものではない。
一体誰がそれを望むというのか。魔王のように犠牲になった趣味人は少なくないはずである。
「いっそ焼いてしまうとか……粉々に切り刻めと仰るなら私が斬りますが」
ちゃきり、と、どこから取り出したのかドラゴンスレイヤー(ペーパーナイフ)を構える。
「むう……それはそれで良いんだが、私の中のどこかに『それを手放してしまうなんてとんでもない』という声がだな……」
「旦那様、もしや気に入ってらっしゃるのですか?」
折角元に戻りかけていたアリスの機嫌だが、いつまでもごねる主にまたしても信じられないものをみるような視線をぶつけていた。
「いや、いい。手放そう。アリスちゃんに嫌われてまでこんなもの持っていたくないよ」
魔王は覚悟を決めたのだ。愛する人形に嫌われる位なら、こんなものは無くなったほうがいい、と。
割と肩が震えていたり涙目になっていたりする分、やはりそれを手放すのは惜しいのか、魔王はそっとアリスにそれを手渡した。
「くす……旦那様が私を選んでくれて嬉しいですわ」
アリスはと言うと、主が泣きそうになっているにも拘らず、どこか嬉しそうに微笑んでいた。