#E6-4.ハピネスエンド!!
そうして数日後、魔王の部屋のドアがノックされた。三回。礼儀正しく。
「む……?」
等身大のアリスと向き合い、人形達に見守られる中何事かしていたらしい魔王であったが、突然の来訪者には気を向けていた。
『アルル様ですわ』
ドアの上に飾られた絵画の少女が、来訪者の名を告げてくれる。
色々と調整はできるのだが、最近はドアをノックしたものだけ伝えてくれるように頼んでいたのだ。
「ふむ。アルルか――入りたまえ」
そのまま、来訪者の入室を許すと、魔王は視線だけドアの方に向け、またアリスのほうを見た。
「その、失礼致します。陛下、ちょっとお尋ねしたいことがありまして――」
ぎこちなくかしこまった様子のアルルが部屋に入りながら、早速用件へと繋げる。
「――その、陛下? 差し出がましいようですが、何をなさっていたのですか?」
アリスと二人、向き合って立っていた魔王に、アルルは少し妙なものを感じていた。
この二人は、一体何をしていたのだろう、と。ほんのちょっとした好奇心なのだが、気になってしまったのだ。
「うむ。実はな、以前シフォン皇帝と会談した際に、奥方のヘーゼル皇后を見てな。『やはり、貴人にはあのような妻が必要なのだ』と認識させられてね」
「はあ……」
「早速妻を娶る事にしたんだが、誰をどのように口説けば良いのか、一人では悩んでしまいそうなのだ。そこで、アリスちゃんに練習台になってもらって、この娘達にアドバイスをしてもらっていたのだが――」
どうやらまた例の思い付きらしい、と、呆れそうになりながらも。
しかし、妻を娶る、という単語一つに、アルルの耳はぴくりと動いた。
「その、つまり、陛下はアリスさんを相手取って、候補になりうる女性に対しての告白を、練習なさっていた、と?」
「うむ。まあ、そういう事だね。こうやって説明するとちょっと恥ずかしいが、肝心な時に失敗して嫌な思い出にしたくないしね。必要な恥だと思ってやっているよ」
すぐに口説き始める訳でもないんだが、と、ちょっと照れくさそうに頬を赤らめる中年魔王に、アルルは深く深いため息をついていた。
「ああ、そういう……だからか。なるほど――」
そして、同時に納得してしまってもいた。
一人、勝手にうんうんと頷き、「やはりそうか」と、少し残念そうに眉を下げた。
「どうかしたのかね? 君の方の用事はなんなんだ?」
「ああいえ……その、多分、陛下と関係している事なので、早急に伝えたくてこうして失礼したのですが……」
ここに来た用件を問われ、それを思い出したアルル。
少し気まずげに魔王の傍へと寄り、正面に立ってじ、と見つめながらに一言。
「陛下。『陛下が自分に向けた愛の告白の練習をしている』と、黒竜姫様、エルゼ、セシリアさんの三名が主張し始め、これにより魔王城内が非常に不穏な空気に包まれています」
中々に笑えない現状を、はっきりと伝えていた。
「……えっ?」
何それ、と、魔王は突然の事態に困惑していた。
本気で意味が解らないらしい。仕方のないことである。アルル本人もよく意味が解らないのだから。
「ですから、多分、陛下がそうやって練習していたのを、何かの拍子に聞いてしまったのでは? それで、三人が三人ともそのように主張し、それを応援する派閥が形成されていて……丁度、魔王城が三分割されているような状況です」
「何故そうなった。しかも三分割って……」
「まず、黒竜姫様はガラード以下、竜族全てが応援していますね。続いてエルゼは吸血王以下吸血族と、ヴァルキリーさんとエルフィリースさんが」
「なんであの二人が!?」
「更にセシリアさんには楽園の塔の娘達と、四天王のアーティ・ミーシャ姫の両名、それと何故か巻き添えを受けた形でグレゴリー殿が……」
「――グレゴリーなんで巻き込まれた!?」
もうツッコミが追いつかない。今までも思い付きの結果変なことになったのは多々あったが、これは酷すぎるんじゃないかと、魔王は自分の思い付きを呪った。
「……とにかく、このままでは収拾がつかなくなりつつあります。今でこそ互いを敵視しているわけではありませんが、この状態が続けば険悪な状態になり、やがて内戦に発展する恐れも……」
「というか、だ、アルル。つまり、その、だ。私のやってた事、みんなが知ってしまった、という事だよな?」
アルルの想定もかなりまずい事になっているが、それ以上に見落としがある。
決して忘れてはいけないそれに、魔王は気付いてしまっていた。
「まあ、魔王城の外はともかく、魔王城内では知らないものはいないでしょうね。ここまで広がると事態の収拾も大変そうで――」
「――という事はっ、カルバーンの耳に入ってるって事じゃないか!?」
一番気にしなくてはいけないこと。カルバーンの来襲である。
『こん――の、ロリコン色情魔王がぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!』
そうして、魔王は聞いたのだ。
地響きを轟かせながら、床を破壊しながら、自らの首を絞めようと全力ダッシュしてくる、金髪水色眼の『魔王』の声を。
空気を揺るがし、城を破壊し、壁やドアをぶちぬきながら来るその娘に、魔王は「ああ、もうだめだこれ」と、全てを諦めた。
その後、魔王は怒れるカルバーンによってボコボコにのされ、それをアンナ・エルゼ・セシリアの三勢力共同で鎮圧することによって、この一件はひとまずの沈静化を迎えた。
時を見て、これと決めた娘を妻に迎えようと思っていた魔王であったが、カルバーンに対抗するには誰か一人ではダメなのだと判断。
結局、三人とも正式に妻として迎える事となってしまった。
無論、楽園の塔という存在、ハーレムの存在を考えるなら、三人のみを愛するという偏りは許されず。
最終的には、魔王は塔の娘全員と結婚する事となってしまった。
奇しくも、ラミアの生前の願いが周回遅れで叶った形となる。
この一件により、後の歴史書では、魔王ドール・マスターは『稀代の好色魔王であった』と記される事となったが。
その妻となった多くの女性は、他のハーレム事案では例を見ない程に幸福な日々を送り、彼の元を離れようとする妻は一人として居なかった。
その女性の扱いの上手さ、気遣いの上手さから、女性にとっての理想的な夫の代名詞として、この『好色魔王』は、人々の間で長く語られる事となった。
これにてこのお話は全て終わりです。
ここまで読んでいただいた読者の方に深い感謝を。
同じ『16世界』を舞台にしたシリーズ作品として
『ネトゲの中のリアル』
http://ncode.syosetu.com/n8184cy/
を連載中ですので、よろしければ引き続きお楽しみいただければと思います。
ありがとうございました。