表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
趣味人な魔王、世界を変える  作者: 海蛇
11章.重なる世界
472/474

#E6-2.その後エルゼは少しだけ成長した

 中庭では、エルゼがエルフィリースやヴァルキリーと共にのんびりとしたひと時を過ごしていた。

温かな陽射しの中、誰に邪魔されるでもなく、ゆったりとしたお茶の時間。

トワイライトフォレストから送られた果実を使ってのフルーツティーは、三人の鼻を優しく癒してくれていた。

「良い香りね。セシリアさんには感謝しないと」

「ほんとそう。こういうお茶も中々新鮮よねぇ」

「癒されますよね。それに、美味しくって。スコーンともよく合います」

三者三様、幸せそうな様子であった。

「エルゼが焼いたクッキーも美味しいですよ。ハーブ入りのようですが」

テーブル中央の器に盛られた固焼きのクッキーをかじりながら、ヴァルキリーが柔らかく微笑みかける。

「あ、はい。師匠に食べてもらえたらって思って試しに焼いてみたんですけど、お味は大丈夫な感じです?」

「ええ、これでしたら、旦那様も喜ぶのではないでしょうか。お茶菓子としては申し分ありません」

ヴァルキリーのお墨付きであった。これにはエルゼも破顔する。

「やたっ、これでようやく、師匠に美味しいものを食べてもらえます! お茶にお菓子に、お料理に……ちゃんとできないと、お嫁さんにはなれませんものね」

屈託なく笑う少女を前に、エルフィリースもヴァルキリーも顔を見合わせ、そして笑った。

「ええ、そうね。男性の胃袋を掴むのはとても大切だわ」

「料理上手でなくては、旦那様の舌を楽しませることは出来ないでしょうしね――」


 意外と、魔王はグルメなのだ。

食に関しては無頓着に見える事も多いが、変わった物、美味い物には寄ってくる性質でもあるのか、作っているとちょくちょく顔を見せたりする。

特に人間世界の料理には興味そそられるのか、ただそれを食べるためだけにわざわざ訪れる事もあるほどで、魔王の食への好奇心は存外、幅広い方向へと向いていた。


「エルゼは、旦那様の妻になりたいのですか?」

ニコニコと笑う可愛らしい姫君に癒されながら、ヴァルキリーは問うた。

「はい! 最初はお妾でも良いと思いましたけど、私、師匠の事大好きです! ずっと傍に居たいですし、もう、離れたくないです!!」

無邪気な恋慕がそこにあった。

それがどこか懐かしく感じ、ヴァルキリーは立ち上がって、身を乗り出す。

「ヴァルキリーさん……?」

そうして、その気障な髪型の頭を優しく撫で、無言のまま笑いかけていた。

「……えへへっ」

それがどこかとても優しく感じられて。

エルゼは、嬉しそうに微笑んでいた。



「エルゼを見ていると、昔の自分を思い出しますわ」

「奇遇ねヴァルキリーさん、私もだわ」

用事を思い出したからと席を外したエルゼの背を見やりながら、ヴァルキリーとエルフィリースは、二人してぽつり、かつての自分を思い出していた。

「なんていうか、一生懸命で、ひたむきで」

「自分の気持ちに一杯揺すられて、ぐらぐらになって。でも、想いを遂げたくて」


ほう、と息をつきながら、二人、カップに揺れるお茶を飲む。

「応援したくなるわね」

「がんばって欲しいですよね。ああいう娘は」

そのひたむきさが懐かしく、どこか寂しくもあり。

女二人、少女の恋を応援していた。



「早く師匠に食べてもらいたいなあ――」

部屋から取ってきたクッキーの沢山詰まった袋を手に、エルゼはいそいそと魔王の部屋へと歩く。

どんな反応をしてくれるだろう、褒めてくれるかな、頭を撫でてくれるかも、など、色んな想像をしながら、頬をちょっとだけ赤くして、耳をぴょこぴょこ揺らしながら。

エルゼは大好きな師匠の部屋の前に着き、ぴたり、足を止める。

(んーと……変なところはないかしら……? 笑われてしまわないようにしないとっ)

手鏡を見やりながら、変な所はないか、ちらちらと見て回る。

髪型、よし。ドレス、よし。靴、綺麗。顔、いつもと同じで恥ずかしくない、よし。と言った具合に。

全身のチェックを終え、いざ師匠へ、と、ドアをノックしようとしたところであった。


『――エルゼ、私の妻になってくれないか?』


「……えっ?」

手を向けようとしたところで、エルゼの耳に飛び込んできたのは、全く予想だにしない、そんな言葉であった。

(あっ、何かの……お芝居、とか?)

何かの聞き間違いだとか、師匠の悪戯か何かでは、と、考えてしまったが、しばし待っていても何事かある訳でもなく。


『君はまだ幼い。周りからはロリコンと呼ばれてしまうだろうが、だが、私はもう覚悟が出来た! ロリコンでも構わない、どうか、私の妻になって欲しい!! 魔界にサブカルチャーを広める、その手伝いをしてくれ!!』


(――あっ、師匠……そんな、わたし――)

胸がきゅん、と締め付けられるのを感じ、エルゼは眼の端から涙を零していた。

(私も……私も、師匠の事――)

それは甘酸っぱくも苦しげで、だけれど、エルゼの心を満たしてくれていた。

ずっと欲しかった、少女が夢見ていた『幸せの言葉』であった。

(あ、でも、師匠、私に言わずにいるという事は、まだその時ではないのですね。いますぐ師匠に抱きしめて欲しいですけど、エルゼは我慢しますっ)

ぎゅ、と、胸を押さえながら、エルゼは新たな決意を胸に、その場から歩き出した。

部屋の前に、菓子袋をちょこんと置きながら。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ