#E6-1.その後アンナは数日間身悶えた
「んん……こんな感じかしら?」
四天王としての役目を終え、晴れて愛しの魔王の傍で自由の日々を送る事となった黒竜姫アンナスリーズは、今日もまた、自室の鏡の前で最新モデルの衣服の着こなしを研究していた。
「おひい様、こちらのドレスなどはいかがでしょうか?」
「髪留めは、おひい様の髪色でしたらガーネットよりエメラルドの方が映えるように思えますわ」
「最近は下着にも流行の変化が起きているのだとか」
「人間世界ではもっと大胆な格好が流行っているらしいですわ」
「たまには手袋などつけては? 地味ですがお淑やかさがアップしますよ?」
五人の侍女が、口々に主に話しかけていく。
「ドレスはそういう柄モノより単色で鮮やかなものの方が良いわ。髪留めはそちらの方がよさそうね。下着は……ちょっと参考にしたいから持ってきなさい。人間世界の流行は常にチェックしたいから、資料集めは徹底的に。グローブはエルゼと被るから却下の方向で」
色々とこだわりがあり、アンナも即座に返答していく。
この辺り、主従としての慣れもあって即決・即答であった。
「ほえー……」
そして、姉のそんな様をベッドの上でぼへーっと眺めるカルバーン。
「アンナちゃんは何着ても似合うと思うけど、色々研究してるんだねえ」
すごいなあ、と、膝を抱えるように座りながら、ベッドの上に積み上げられていく衣服を見る。
「これ一着、いくらくらい?」
そして、所帯じみた問いをレスターリームの一人に投げかける。
「ブループラチナ製ですから、金貨二十七万枚ほどですね。おひい様のお召し物ですから、当然世界最高品質、全て最高ランクの職人が人生を賭して拘りぬいた逸品ばかりです」
どや、と、自慢げに胸を張るレスターリーム。侍女の癖に妙に強そうだった。
「……銀貨三枚でパンが買えるのに。金貨一枚あれば一家が数ヶ月は暮らせるのになあ」
庶民感覚では到底手に入らない金銭価値の衣服が、こともなげにベッドの上で脱ぎ散らかされている。
贅の無駄遣い。なんとなく、カルバーンには勿体無く感じられた。
「私なんて、無駄な服は全部売っちゃって、最低限のものしか着てなかったのに」
人間世界北部での生活を思い出しながらに、それとこの姉との生活の違いに、ちょっとだけ頭が痛くなるのを感じていた。
「貴方だって、もうちょっと位お洒落した方が良いわよ? 私と同じ顔した妹が、みすぼらしい格好でお城をうろうろなんてするのは、ちょっと許せないわ」
あくまでお姫様なアンナにとって、カルバーンがファッションに無頓着なのは放置し難い問題であった。
四天王から外れたとはいえ、今ではアルルの補佐として城内の女官達をまとめる自分と、そのお手伝いをするカルバーンは、とても目立つのだ。
カルバーンは常に一緒にいるので、お洒落をするなら二人揃ってしなくては意味がないのだと、アンナは考えていた。
「だって、面倒くさいし。それに、私がダサい方がアンナちゃんが引き立てられていいんじゃないかなあ?」
だが、姉の心妹知らず。カルバーンはぶーたれた顔になってそっぽを向いてしまう。
「――アンナちゃんと同じ服なら着ても良いけど、サイズも合わないし……」
積まれたままのドレスを手に取り、ピラリと広げる。
「胸とかはまあ、詰め物すればなんとかなるけど。背丈の差はどうにもならないのよねえ」
それを服の上から自分の身体に当てながら、合わない丈に諦めのため息を吐いた。
アンナとカルバーンの身長差、およそ20cm。
顔立ちはまるで同じだが、胸のサイズといい背丈といい、カルバーンはいささか控えめであった。
「……言っておくけれど、私が大きいんじゃなくて、貴方が小さいんだからね? この娘達を見ても解るでしょう? 私が平均なの。正確にはちょっと上位だけど」
自分の周りであれやこれや忙しなく動く侍女たちを指しながら、アンナは誤解なきように妹に言って聞かせる。
その侍女たちも、アンナとそう大差ない高身長。これが竜族の女性の平均サイズであった。
「ねえアンナちゃん。アンナちゃんはそんなにお洒落に気を配るけどさ、アンナちゃんが見て欲しいと思ってるあいつは、そんなに女のお洒落に気を遣うほど目聡いの?」
私わかんない、と、そのままベッドにぼふりながら、天幕を眺め呟く。
「陛下は、なんだかんだ良く見てるわよ。些細な変化にもちゃんと気付いてくれたりするし――褒められると、嬉しいわ」
ほう、と、恋する乙女の顔になり、頬を赤らめる姉をちらりと横目で見やりながら。
カルバーンは、また天幕をじ、と見る。
「ふうん、そう」
そうして、自分の金髪を弄りながら、ぽつり、呟くのだ。
「ま、あんなロリコンにアンナちゃんをくれてやるつもりは更々ないんだけどね」
直後、アンナが激怒したのは言うまでもなかった。
そしてそんなアンナを、カルバーンが苦笑ながらにからかうように押さえ込んで黙らせる所までがいつもの流れであった。
姉妹の力の差は、未だ逆転できていなかった。
「――もう、カルバーンったら。いつになったら姉離れしてくれるのかしら!」
リスのように頬を膨らませながら、アンナは城を歩く。
向かう先は愛しの魔王陛下の私室。
会いたいから会いにいく、というのは勿論だが、きちんと大義名分も用意してあり。
アルルより預かった書類を渡すため、意気揚々と向かっていたのだ。
「ふう……すぅ、はあ……」
そうして、部屋の前に到着。すぐに入りたいのを我慢し、ドアの前で深呼吸する。
胸の高まりが少しだけ落ち着き、頬を引き締め、『一番綺麗な自分』を見てもらうため、髪なんかも手鏡で整えなおしたりして。
全てが済み、ドアにノックしようとした、その時であった。
『――君はとても美しい。傍にいてくれると、それだけで誇らしく思えるのだ、アンナ』
ドアの向こうから、魔王の言葉。
「――っ!?」
ノックしようとした手がぴたりと止まり、アンナはつい、耳をピクリと動かし、聞き耳を立ててしまう。
『どうか、ずっと私の傍にいてくれないだろうか? 君を、私の妻にしたいと思うのだが……』
それは、確かに彼女の愛する殿方の声であった。
聞き間違い等ではない。妻になれと。そう言っているのが、確かに聞こえていた。
(えっ……えぇっ!?)
顔に熱が溢れていくのを感じていた。
耳まで熱くなり、唇が震えて。
目元がじわり、涙がこぼれるのが止まらない。
(へ、陛下……?)
『いいや、違うな。私の妻になって欲しい、アンナスリーズ!!』
そして、ドアの向こうから聞こえた愛の言葉に、アンナの思考能力は完全にフリーズし、しばし、固まってしまった。
(あ、ああ……うあああああっ!?)
困惑の後に訪れたのは、暴走。幸せが溢れすぎて訳が解らなくなっていた。
(陛下がっ!? 陛下が私にっ? 私に妻になれと!? いやっ、うそっ? えっ、で、でも――うああああっ)
あわあわと挙動不審になるも、どうしたら良いか途端に解らなくなってしまい。
そのまま部屋に突撃するのもどこか怖く感じてしまって、アンナは、逃げるようにその場から退散してしまった。