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趣味人な魔王、世界を変える  作者: 海蛇
2章 賢者と魔王
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#2-2.過去と今の映し鏡達

「くしゅんっ」

夕暮れの少し前。数年に一度の祭で賑わうセリの街。

その一角で、小さく可愛らしいくしゃみが響く。

特に何を話すでもなくひたすら歩き続ける群衆の中で、やけに目立つ、亜麻色の長い髪の娘が居た。

「大丈夫ですか? 姉様」

エリーシャであった。隣には、心配そうに顔を覗き込む皇女も居た。

「大丈夫……誰かが噂したのねきっと」

「まあ、素敵な殿方だったら嬉しいですわね」

にこり、と微笑むトルテは、いつもの煌びやかなドレスではなかった。

袖の長い白のワンピースに黒のエプロン姿、そして頭には大きめの赤いリボンのついた黒帽子。

北部の女性によく見られる民族衣装がモチーフとなっており、今帝国女性の間で人気が出始めているファッションだった。

帝国女性としては多数派の髪色であるトルテは、このように普通の格好をすると上手い具合に民衆に溶け込む事が出来た。

それでも近づけば街娘とは明らかに異なる気品のようなものを感じさせるあたり、皇族というのはやはり血筋からして民衆とは違うのだとエリーシャは感じる。

そういうエリーシャもトルテと似た、こちらはエプロンとワンピースが一体化しているものを着ているのだが、年頃の若い娘そのままなトルテと比べ、大人びた女の雰囲気を漂わせていた。

「でもすごいですわ。お祭も二日目になりますが、私、こんなに賑やかな所に入ったのは初めてで」

「まあ、上から見るのは幾度かあっただろうけど、実際に混ざることなんてできなかっただろうしねぇ」


 誘拐事件があってからというもの、トルテは監禁時の恐怖と絶望に心を病んでしまい、しばしの間話す事すらろくにできなくなっていた。

それでも時間の経過につれて少しずつ回復してゆき、エリーシャの前ではこうして笑顔を見せるようになっていった。

未だ一人きりになるのは恐ろしいらしく、夜などは必ず傍に侍女を置くようになってしまったが、それでもこのようにエリーシャと一緒であるなら出歩ける程度には戻ったらしい。

というより、もとより擬似的なシスコンになっていたのがより悪化したというべきか。

逆にエリーシャが傍に居ないと精神的に不安定になるなどよろしくない状態になってしまう為、父皇もむやみにエリーシャを調査の旅に回す訳にも行かなくなり、トルテの回復までの間は彼女が侍女のように常にトルテの警護をすることとなってしまっていた。


 エリーシャとしては戦争から離れた平穏な日々で悪くは無い気分なのだが、やはり勇者として働く為に国に仕えているため、これでは税金泥棒なのでは、と疑問に思ってしまう事もある。

今回トルテを連れ祭に参加しているのも皇帝の指示であり、トルテの気分転換と、これまで激務続きであったエリーシャへの労わりもかねてのものであった。

それが漫画や人形等のサブカルチャーの祭典が開かれるセリの街だったとは、エリーシャも思いもしなかった訳で。

決して私心ではなく、職務の一環としてエリーシャはこの祭に参加していたのだ。

「その袋、重そうですわね。私も持ちましょうか?」

エリーシャの左手には大きな紙袋がいくつもぶらさげられていた。

ここでしか手に入らないであろう人気の漫画の最新作や新進気鋭の人形師手製の衣装、それに掘り出し物のマジックアイテムと、本日の戦利品達がこれでもかという程詰まっていた。

「大丈夫よ、流石に貴方に荷物は持たせられないわ」

エリーシャは笑った。額には戦闘時ですら流さない美しい汗が輝いていた。

「まあ、姉様ったら、汗が……」

くすりと笑いながら、トルテはハンカチーフを取り出し、エリーシャの額をそっと拭う。

「あ……ごめんなさい。みっともなかったわね」

「いいえ、なんと言いますか……姉様が楽しそうで何よりですわ」

これが何の祭なのか未だによく分からないトルテは、普段見られない様子のエリーシャに、幸せそうに微笑んでいた。


 祭とは、様々な人種を呼び寄せるモノである。

トルテのような上層階級の婦女は極々珍しい存在としても、奇妙ないでたちの仮装ピエロや貧相な勇者風の男等、見ていて笑えるものから女装等の呆れてしまうようなものまで様々である。

「素晴らしいな。だがもう少しこの辺りの素材をだね――」

「なるほど、素材からしていけなかったのですね」

そして、この度また、エリーシャの前にはそういった変わり者が居た。

「それだけではない、恐らく型を作る時点で問題があるのだ。特にこの――」

「なんて事……私の長年の悩みが、こんな簡単に解消されてしまうなんて――」

「……」

祭に出店しているのだという知り合いの人形師を訪ねたエリーシャ達の前には、どこぞの貴族様のような漆黒の外套を纏った、背の高い中年男が先客として立っていた。

見慣れた魔王であった。

しかも、機嫌よさげに店主と人形についてあれこれ話をしている。できれば関わりたくない。

「あら、エリーシャさんではありませんか」

「えっ――」

トルテもいるしどうしたものかと迷っていたエリーシャであったが、不意に後ろからかけられた声に少しだけ驚かされる。

「な、なんだ、エルゼじゃない。それにアリスも……」

「お久しぶりでございます」

魔王の愛人形であるアリスと、弟子だというエルゼもセットだったらしい。

流石に専門的過ぎる魔王と人形師の話についていけなかったらしく、邪魔にならない所で静かに待っていたのだという。

「おや、君は――こんなところで会うとは奇遇だね」

魔王もそのやり取りで気づいたのか、一旦話を中断し、振り向いていた。

「あー……えぇ、そうね。久しぶり」

――ほんとに魔王と良く会う人生だわ――

苦笑しながらも、エリーシャはそう感じずには居られない。年に一度から数年に一度くらいのペースで会っている気がする。

すごく今更だが、こんな勇者は人類史上初めてなんじゃないかと思ってしまう。

というか、こんな魔王が魔王史上初めてな気もした。

「あら、エリーシャじゃない、来てくれたのね。手紙でも寄越してくれれば、こっちから街の入り口まで迎えにいったのに」

と、それまで魔王と話していた店主も話しかけてきた。

エリーシャの友人であり、同じ村の出身の年上の女性である。

美人ではないが帝国女性としては珍しく深い色の黒髪で、よく目立つお姉さんだった。

「久しぶりねシンシア。貴方がこの街でお店を出してるのは知ってたんだけど、今日来たのも偶然なのよ」

「ふうん……ねえ、トリステラは元気?」

「えぇ、おかげ様で。大切な子だから、宿屋に置いてあるけど」

まだシンシアが村に居た頃は、大切にしていた人形が少しでも汚れたり傷ついたりすると、泣きながら人形師である彼女に見てもらっていたのだ。

幼かった頃のエリーシャにとっては駆け出しの人形師でも偉大な名医に感じられて、シンシアがお嫁に行く為に村を離れた際には、最後だからとトリステラの衣装をプレゼントしてもらったりもした。

エリーシャが勇者となり、各地を転々とするようになってから再会し、今は友人として付き合っている。

「それにしても、こんなに人形について良く話せる方と知り合いだったなんて、あたしびっくりしたわぁ」

油断してか、どこか村のなまりが出てしまっている年上の友人に、エリーシャはつい笑ってしまう。

「ま、知り合いというか、腐れ縁みたいなものだけどね」

魔王のほうをちらりと見ながら、小さく溜息をついた。

「あの、姉様、こちらの方々はお知り合いなのですか……?」

一人困ったようにおろおろしているのはトルテである。

エリーシャにとっては知り合いばかりの和やかな場であるが、人見知りの強いトルテにはどこか居心地悪く感じられるらしかった。

「えぇ、まあ、実際に会おうとしたのはこっちのシンシアだけなんだけど。変なのまで一緒に居たわ」

「変なのとはお言葉だね。傍から見れば君も間違いなく同類だと思うのだが」

エリーシャが持つ紙袋を見て、魔王はいじわるに笑った。

「うぐっ……それは言わないで。私だって、欲に目が眩む事くらいあるわ」

厳格な戦場の乙女は、プライベートでは案外俗物であった。

因みに魔王は荷物を持っていないが、その分アリスが沢山の荷物を持っていた。

なんともアンフェアである。

「ねえ、貴方のお名前は? 私はエルゼと申します」

歳が近く感じられたからか、エルゼは割と馴れ馴れしくトルテに声をかけていた。

「えっ……わ、私は、その……」

一応お忍びで来ている以上は迂闊に名前を晒す訳にも行かず、「どうしましょう?」とエリーシャを見たり見なかったりしていた。

「その子はトルテって言うのよ。愛称だけどね」

一般に広く知られている『タルト皇女』と違い、『トルテ』は極々親しい身内にのみ知られている愛称の為、シンシアをはじめ一般市民の前で呼んでも問題がなかった。

「まあ、トルテさんと言うのですか。よろしくお願いします」

新たな友人候補に、エルゼはにこにこぺこりと挨拶をした。

「え、えぇ……よろしくおねがいしますわ」

どうしたらいいのか解らないのか、トルテは落ち着かない様子である。

「トルテ、他の二人はともかく、エルゼは純真で大人しい、いい子だから、心配しなくて大丈夫だわ」

安心させるつもりで言った言葉だが、それを聞いてトルテは余計に不安になってしまう。

「ほ、他のお二人は安心できないのですか……?」

「だって、変人と無機物だもの」

どうにも捏造のしようの無い事実だった。


「ふぅ、祭はいいねえ。賑やかで、なんというか、この非日常な活気が私は好きだ」

あたりも夕暮れが近づき、穏やかな時間が急速に流れていく。

シンシアの露店でおしゃべりした後、エリーシャたちは適当に見かけたティーショップで休んでいた。

生憎と五人が一度に座れる席は空いておらず、トルテはエルゼやアリスに連れられ、気が付けばエリーシャと魔王は二人で一つの卓についていた。

ものすごく不安そうなトルテを助ける事も出来ず、魔族の手に渡った姫君を前に、勇者は魔王と対峙したのだ。

「……私も嫌いじゃないわ」

静かにお茶を飲む。そんなに高級なものじゃない。ぶっちゃけ不味かったが、こういうのは雰囲気である。

「あの娘が、君が守りたかった皇女かね」

「なんだ、気づいてたのね」

二人きりにさせられた以上、何か用事があるものだと察していたエリーシャだが、思いのほかその始まりは静かであった。

「品のよさを見ればそれとなくは解るよ。何より、君が常にかばっていたしね」

トルテは常にエリーシャの後ろに隠れるようにして立っていた。

それはトルテが意識してというより、そうしやすくする為にエリーシャが立ち回っていたからに他ならない。

「相変わらず、変に目ざといというか……それで、何の用事な訳?」

「やはり、賢者は私の知る女性だったよ」

「……は?」

突然何を言い出すのかと、魔王を見つめてしまう。

魔王は笑いもせず、言葉を続ける。

「悲しい女性だった。どこまでも傷つき、その心は取り返しが付かないほど歪み、壊れてしまっていた」

「それが、誰だったというの?」

賢者とは、彼が以前調べていたエルフィリースの事に他ならないだろうとは思う。

では、彼女とは一体誰なのか。

言いながら、エリーシャは、魔王が賢者と関連付けて調べていた存在を思い出す。

「まさか――」

「……彼女は、人によって作られたのだ。人の欲望が生み出した哀れな存在。それが彼女の正体だ」

魔王は感慨深げに目を瞑り、小さく息を吐いた。

「それを私に教えてどうするというの?」

「私はな、彼女との約束を思い出してしまったのだ。私は、彼女の娘達を、守らなくてはならないらしい」

「だから、それをどうして――」

「……いや、何故だろうな。不思議と、君の顔を見ていると、話さなくてはいけない気がしてしまった」

唇がわずかに動き、だが、出た言葉はそれ以上は続かなかった。

「前に、君は私に良く似ていると話しただろう」

代わりに続いたのは、全く別の話である。

エリーシャは、話題が切り替わった瞬間を感じた。

「ええ、言ってたわね。私にとってはかなり不名誉な事だけど」

勇者が魔王と似ているなんて前代未聞過ぎる。何の冗談かと笑いすら取れない。

「彼女も、私に良く似ていたんだ。その頃の私は、どこか自棄になっていたというか、何もかもがどうでもよくなっていたんだ」

魔王は遠く思い馳せるように、記憶の中にのみ存在していた先代を思い浮かべていたらしかった。

「おじさんにもそんな頃があったのね」

それは、不思議ととても意外な事のように感じられたものだった。

「うむ。今はこんな道楽三昧だが、私にも色々歩んできた道のりというのがあるからね」

言われて、にこりと笑う魔王だが、しかし、次にはもう真剣な顔つきに戻っていた。

「君には、私達のような道は歩んで欲しくないな」

ぽつり、呟いた言葉は、静かであったが、確実にエリーシャの心に吸い込まれていった。


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