#10-3.誰よりも私情を殺した天使の末路
「サイレンスシュート・グングニール――ブレイカー!!」
魔王が勇者との戦いを始めれば、ヴァルキリーはパトリオットに邪魔させないが為の戦いとなっていた。
桃色の羽を衝撃に飛び散らせながら、パトリオットは自身までも反動に吹き飛ばしつつ、魔王目掛けて狙撃を行う。
「――やらせない!」
それは、無音の一撃。
狙撃銃と化したパトリオットの一撃を、鋭い剣撃で正面から受け止め、弾く。
「まだまだ――シュート、シュート、アンド――クラッシュ!!」
「こんな攻げ――くぅっ!?」
だが、パトリオットは合間に右手の短銃での炸裂弾を放ち、これを誤って受けたヴァルキリーにも着実にダメージを与えてゆく。
「どうしたのヴァキリー? 受けるばかりでは戦いにはならないわぁ」
空を舞い、距離を放し、位置を変え、撃ち方すら変え。
パトリオットは自在に戦いを変えていきながら、剣でしか、斬る事でしか戦えないヴァルキリーを翻弄する。
「――お前こそどうしたというのパトリオット? この身にいくら傷をつけても無駄だという事位、お前なら解ってるでしょうに」
ヴァルキリーは、パトリオットの煽りなど笑って応える余裕を見せつつ、放たれる弾丸を主の元へと届かせぬよう、弾き返していた。
ヴァルキリーに当たった直後、パトリオットの弾丸はその効力を失い、ぱらぱらと地面へ落ちてゆく。
本来どこまでも追跡し、確実に射抜くその弾丸としての特性は、王剣ヴァルキリーの特性『塗り替え』によって完全に無力化されていた。
「ええ、そうね――」
それを、小憎たらしいと感じながらも、まだ余裕は崩さず、左手のスナイパーライフルをくるくる回転させる。
「ハニーブレイカー!!」
ぱさりぱさりと翼を羽ばたかせ、宙に浮きながら放たれるのは――プラズマを伴ったエネルギー体。
「ようやく本気を出したようだけれど――この程度か」
自身もろとも主を狙った、いや、そこで戦う勇者すら顧みずに放たれる一撃。
これこそがパトリオットのらしい戦い方であった。
目的完遂の為ならば他の被害など知ったことではないという盲目性。
ただ倒せればそれで良い、それこそが正しいという独善性。
そして何より、勝ちたいという、何よりも勝りたいという『勝利』への渇望が透けて見えていた。
「――笑わせる――な!!!」
だが。ヴァルキリーはそれすらも上段からの振り下ろしで斬り裂く。
剣でできる事はそれ位しかないとばかりに、ただ一途に主の為に剣を振る。
腹芸を弄するのが得意なパトリオットと異なり、ヴァルキリーは直球でしか戦えない。
唯一つを極めた結果、それ以外が完全に疎かになってしまってはいたが。
それが故、正面からの戦いでは強力無比な破壊力を誇る。
ただ斬り払っただけの一撃は、今では遠くに浮かぶはずのパトリオットまで届き、その衝撃波の凄まじさをダメージとして伝えていた。
「――くぅっ」
目先を覆う魂の水蒸気。たった一振りでいくつの魂が塗り替えられ、消え去ったというのか。
パトリオットはそのおぞましき威力に頬を引きつらせながらも、収束銃へと変化させた左腕の『自身』から次弾を放つ。
塗り替えられキラキラと輝く周囲の空間は、やがて細めのエネルギー体の弾道となって壊されていき、ヴァルキリーの正面へと到達する。
「――これはっ」
当初それを斬り払おうとしたヴァルキリーであったが、何かに気付き、数歩後ろへ跳び退く。
放たれた細いエネルギー体は、ヴァルキリーの直前で直角に曲がり、全く異なる軌道を描いたのだ。
『反射弾道弾』であった。
「届かせるものか!!」
それを察していたおかげで、反応が間に合った。
軌道を変えたエネルギー体は、ヴァルキリー自身の挺身によって防がれたのだ。
後には、ボロ雑巾のようになった侍女の姿があった。
「……みすぼらしいですわ。とても私達熾天使のオリジナルとは思えない程に。天界にあって、どの神々も、どの天使も。いいえ、この世の誰であっても勝る者など居ないと言われた美しい貴方は、どこへ行ってしまったのかしら?」
捨て身ででも主をフォローしようとするヴァルキリーのその姿勢に、パトリオットは呆れたような嘲笑を見せていた。
「――たったの一撃。貴方の主だって大したダメージにはならないでしょうに。その一撃を無視して私に接近してこの『服従の首輪』に一撃を見舞えば、それで私は壊れてしまうでしょうに。なんで貴方は、そうまであの男を護ろうとするのです?」
両手の銃はそのまま腰にセットしながらに、自身の首を指差し、パトリオットは不思議そうに首を傾げる。
「私に最低限以上の美しさなど、あの方は求めていなかった――」
ずたずたになった衣服をそのままに、ヴァルキリーはパトリオットを睨み付ける。
「――そして、私とて、女であったという事だ。根本的には違うとはいえ、愛した殿方と同じ姿をした方に、自分が認められない女を近づかせたくない。ただそれだけの、浅はかな感情よ」
口元をにぃ、と歪め、パトリオットの反応を窺う。
「……貴方は、ズルいわ。私だってあの子を可愛がっていたのに。私だって沢山教えてあげたのに。私だって沢山傍にいてあげたのに――貴方一人が傍で寄り添うなんて、どういう事なの!?」
普段の彼女ならば、ヴァルキリーのそんな言葉に侮蔑したような目を向けていただろうに。
皮肉の一つも言って、馬鹿にしながら哂っていただろうに。
今のパトリオットは、先ほどまでの余裕など感じさせぬまま、感情を爆発させながらに叫んでいた。
「どれだけ苦しかろうと、どれだけ辛かろうと! それがリーシアの命であるならそうしなくてはならない!! 私はそう割り切って沢山酷い事をしてきたわ!! あの子が苦しむような、あの子が悲しむような選択を、沢山、たくさんしてきたというのに!!」
感情のままに放たれる攻撃は――全てヴァルキリーへと向いていた。
必中する弾幕。全てがヴァルキリーへ吸い寄せられるように向かい――直撃する。
無残に撃ちつけてゆく。ぼろぼろになっていく身体。穴が穿たれ、撃ち付けられ、雑巾よりも酷い何かになる。
「それなのに、なんで貴方はそんな道を選んでしまったの!? 少しは自重しなさいよ!! 貴方、あなた、私達のリーダーでしょ!? 他の替えの居ない、リーシアと同じくらいに重要だった貴方が、自分の感情に走ってしまうなんて、何考えてるのよ!!」
妬み、愛憎、怒り、失望、羨望。
様々な感情がパトリオットの瞳に色を成し、銃弾は放たれる度にその姿を変え。性質を変え。
だが、それらの嵐が止む頃には、ヴァルキリーは形すら無くなっていた。無くなってしまっていた。
きらきらと輝く、逆十字のロザリオのみを残して。
「――壊れなさい」
そうしてそれを狙い撃つ。否、さっきから狙っていた。
見た目ばかりの肉体が壊れても意味が無い事位理解していた。
だが、壊せなかったのだ。
彼女たち熾天使は、元は皆、象徴的な器物から生まれ出でた存在。
ヴァルキリーならば王が持つべき剣。
パトリオットならば全てを破壊せしめる銃。
そうして彼女たちは、自らの意思や記憶といった、本来持ち得ない概念を本体となる器物に保存する為のパーツとして、装飾具を身に付けていた。
器物が本体であるならば、言うなれば心の役割を果たすこの装飾具は、彼女たちのキーパーツとも言える代物であったが。
「――壊れなさいっ」
再び撃ちつける。初弾が意味を成さなかったからである。
だが、二射しても尚、それが直撃して尚、ロザリオには傷一つ付かない。
あれほど容易く壊れた侍女の姿の張りぼてなどとは違い、ヴァルキリーの心はパトリオットの銃撃をレジストしきっていた。
「……何故なの。壊れなさい。壊れてしまいなさい、貴方が壊れないと――いつまで経ったって私が救われないじゃないの!!」
狂気すら秘めたその瞳。
絶叫さながらに銃を変化させ、異様の長さを持つ、まるで長槍か何かのような直線的なフォルムの銃を抱いていた。
「――無駄よ」
『長槍』の前方に収束されてゆく空間。
エネルギー弾の時とは違い、『無』すらも飲み込んでゆくその貪欲さ。
しかし、ロザリオは声を発し、やがて周囲に眩い光を及ぼす。
銃身に吸い込ませることすらできない光の束は、やがて周囲の全てを白へと塗り替え――
「お前には、私は倒せない。傷つけられない。この心は、あの方への愛によって、不変のモノとなった」
――大人びた顔。意思を感じさせる、澄んだ碧眼。
足先まで届くほどに長い金髪――そして、天使としての、戦装束に身を包んだ、『本来の姿』の彼女であった。
「――くっ」
その姿に若干の怯えを見せながらに、パトリオットは銃身をヴァルキリー自身へと向け、トリガーを引く。引いてしまった。
「壊れろぉぉぉぉぉっ!!!」
放たれる衝撃。光線などではない、世界そのものを壊しながらに放たれる破壊の一撃。
ヴァルキリーの塗り替えに拮抗するその絶大な一撃を、ヴァルキリーのロザリオ一つ壊すためだけに放ったのだ。
直後、衝撃の中、何かが壊れる音がした。
「――やった、やっと、やっと壊れたのね――」
それがきっと、自身がずっと壊れて欲しいと望んでいたモノの、哀れな最後の音なのだと思って、パトリオットは笑った。
笑いながら――首輪を剣先で貫かれ、壊れていった。
「……脆いな。自分の感情をパーツなどと言って捨ててしまうから。むき出しの心は、簡単に壊れてしまうというのに」
砕け散った首輪を見ながらに。
何も声をあげられぬままに崩れていったパトリオットに、慈愛すら見せながら。
ヴァルキリーはぽつり、そんな言葉を呟く。
感情の希薄な生物の心は、とても脆い。
それは、彼女自身がすぐ傍でその実例を見てきたせいで痛いほどに理解していた事であった。
まして自分達のような器物は、心が脆くなればそれがウィークポイントとなるだけだろうに。
そう思えばこそ、パトリオットの取った愚策が、あまりにも痛ましく思えてしまい。
つい、そんな感傷に耽ってしまっていたのだ。
最後の戦いは、あまりにも虚しい結末となっていた。




