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趣味人な魔王、世界を変える  作者: 海蛇
2章 賢者と魔王
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#2-1.動き始める教団

 ある厳しい冬の日の事である。

かつてあったアルファ連峰から見渡せた遥か遠く、古よりの山脈の数々が集い、世界の背骨とも呼ばれるディオミス山岳地帯は、近年、『聖竜の揺り籠』の本拠地として人々に知られ始め、その厳しい環境ながらも多くの参拝者によって賑わいを見せていた。


「――という訳で、魔族の侵攻によりパスタ王国は滅亡したようです。派遣したゲイリーらも恐らくは……」

「そう、残念ね。彼らは有望だったのに」

猛吹雪の中、そこだけが別世界のように暖かな空気に包まれていた。

その神聖な祭壇におわす教主は、傍らに君臨する巨大な金竜共々、配下のナイトリーダー・バルバロッサの報告を聞いていた。

『ゲイリー達は、ブレスもメテオも防げるだけの障壁魔法を覚えていたはずだが……』

巨大な竜は、やや老いた声で呟く。

「それを超えるだけの魔法となると、私たちも知らない古代魔法とかかしら。使用者も限られてくるわね」

教主も竜の言葉に頷く。

先日魔王軍によって消滅したゲルハルト要塞には、教団としてもそれなりに鍛錬を積んだ腕利きを回したつもりだったのだ。

様々な魔法の知識に精通し、使いこなせるだけの技量と経験を持ったベテランと、その弟子数名。

いずれも中央なら王宮仕えしていてもおかしくないほどの人材で、これを失ったのは教団としても中々に痛い。

だが、ただ痛いだけではなく、彼らにとって朗報とも言える情報も残っていた。

「幸いといいますか、彼らはある程度の実績を残しました。初戦でメテオとブレスを防ぎ、また、彼らの破壊魔法はドラゴンに有効な被害を与えた模様」

「良いデータだわ。おかげで、理論ばかりで実績が無かった私達の魔法に箔が付いた」

人間世界に存在するいかなる現代魔法も、ドラゴンに被害を与えられる程の威力は持っていない。

対竜兵器を導入するか消耗戦でひたすらねばるかの二択しか存在しなかった撃退方法に、もう一つの選択肢が増える。

これはどこの国にとっても画期的であり、教団にとって、それを編み出した自分たちの技術力を『売る』格好のビジネスチャンスであると言える。


 魔法は習得に相応の手間隙をかけるが、代わりに兵器類程コストが掛からず、定期的なメンテナンスも必要としない為安上がりだ。

基本的に防衛にしか使えない巨大で鈍重な対竜兵器と比べ、魔法使いは歩兵以上に自在に移動が可能で、彼らの人数さえ増やせばどこの戦場でも一定の活躍は見込めた。

上級兵士として魔法兵が配置される戦場も少なからずあるが、これからはその人数比による効率が大幅に上がる事になる。

しかもこれは国家主導ではなく、宗教組織が独自に開発した技術であり、その使用目的も限られる事から民衆に警戒される事も少ない。

つまり、インフレーションの時のように憎たらしい魔族に横槍を入れられる事なく配備が進むのだ。

今はまだパトロンたる北部諸国のみに優先して人員が回されているが、この餌は戦場となっている、あるいはなりそうな国家にとってよだれがこぼれるほどのご馳走に映っているはずである。


 教会の暴走によって宗教が警戒されがちな中央諸国にも、こうした技術の融資ならば比較的浸透しやすい。

大帝国は上から下まで完全に宗教アレルギーとなってしまっているが、だからと戦争を続けなければいけない事には変わりなく、教会独自の上位治癒魔法や強力な装備の数々も供与されなくなった為、日々の戦闘による戦死者も増える一方である。

それに従う小国や都市がいくつか集まった程度の都市国家群は同盟軍に供出された兵力の消耗度合いに悲鳴をあげ始め、どうにかして人的損失を減らすかの工夫を模索している段階である。

宗教は受け付けないだろうが、戦争を優位に進められる技術は欲するはずだ、という判断の元進められていた技術開発が、ここに至りようやく実を結びかけていた。


「まずは外堀から埋め、最終的には大帝国と協力関係を結ぶのですね」

「そうよ。あれがこの大陸の人間国家の中心。世界の中心とも言える最大規模の国家だもの」

魔族と戦争をするにあたって、これは決して外す事の出来ない条件である。

教団独自での戦争は不信を生むだけだが、協力国に戦争を任せ、自分達はその後方に居座るというのが最も効率がいいと教主は考える。

「これからが大変なのよバルバロッサ。シブーストもエリーシャも、正面からだと一筋縄ではいかないでしょうし」

同時に、大帝国はそこまで容易くは乗ってくれないであろう事も想定していた。

人員が不足しがちだった為に人的コストの抑制に前向きだった北部諸国は教団の誘いに容易に乗ってくれたが、大帝国の皇帝シブーストは軍事にも智謀にも長けた優秀な指導者である。

目先の餌がどれだけ美味そうに見えても、それが毒入りか、糸がついていないかとつぶさに探りを入れるに違いない。

また、その腹心ともいえる女勇者エリーシャも中々に勘が鋭く、一介の勇者とも思えぬ働きを見せている。

何よりこの女勇者、密かに魔王と繋がりがあるらしいのが教主には気になる所だった。

「どこをどう調べてもエリーシャはゼガの娘。純血の人間なのよね?」

「紛れもなく。エリーシャは勇者ゼガのただ一人の娘にございます。魔族ではありますまい」

不思議で仕方ない。エリーシャという勇者と会った事は無いが、実際に会ったバルバロッサから聞く限り、魔力の質から何から、全てが人間に相違ないらしいのだ。

若干短気で押さえ込まれるのが嫌いな性格らしいというのは個性としても、どこで魔王と接するようになったのかが解らない。

「一応、接点らしきものはあるのですが……」

「その接点って、数年前、カルナスの街で起きたブラックリリーの襲撃事件のことよね」

「いかにも」

エリーシャの率いていた軍勢が、街に戻ったエリーシャを助ける為、その多くが犠牲になったという事件。

ブラックリリーと呼ばれる巨大なドラゴンの襲撃を受けたカルナスの街は、街もろとも氷に束縛され、全住民がそのまま人質にされてしまったのだと聞く。

以降は最前線に組み込まれてしまったため人も住めず街は廃墟と化し、人質にされた者達は解放後、同盟国であった大帝国に移住しているらしいが、何よりこの事件の特異な点は、『魔王とエリーシャが一騎打ちをしたらしい』という噂が広まっている点にある。

これは一般にはあくまで噂レベルでしか知られていないが、実際この直後エリーシャは軍の指揮を離れ、単独行動を取るようになっていた。

ただの噂ではないというのはある程度の諜報を擁する組織ならいずれも察知している事で、エリーシャは実際に魔王と戦い、深い傷を負ったものと見られていた。

大帝国の擁する勇者の筆頭とも言えるエリーシャが敗れたという結末は、混乱を生むだけという判断の元広められる事はなかったが、それは間違いなく勇者と魔王の接点と言える出来事であった。

「でも、その事件の際に敵対していたはずの両者が、何故共に歩き、バルバロッサに嘘をついてまでごまかしたのかが謎だわ」

「私も、それは疑問に思っておりました。人気の無い路地に着いた時、我らは半ば死ぬる覚悟すら抱いていたのですが……」

無理も無い。名の知れた実力者であるエリーシャと魔族の頂点たる魔王のタッグなど、いかに教団を代表するナイトリーダーと言えど相手になるはずがない。

実際、怒れるエリーシャに恐怖を抱き、剣を抜いてしまった者のせいで、エリーシャ一人に皆殺しにされてもおかしくない状況に陥ったのだ。

「あの魔王が何か入れ知恵をしたのかしら。勇者なんて言ったって、エリーシャは高々20そこそこの小娘だから……」

癖なのか、爪を噛みながら腹立たしげに呟く。

「私は魔王についてほとんど知りませんが、ドール・マスターとはそのように狡猾な存在なのですか?」

「ええ、とても狡猾な男だわ。笑顔でにじり寄って、いつの間にか相手を出し抜くような、そんな奴」

普段人のよさそうな笑顔でごまかしているが、その性質は残忍で陰湿なのだと教主は思う。

「なるほど。しかし、という事は、ドール・マスターは策略によって立ち回るタイプなのですか?」

「主にはそうでしょうね。何ものにも興味なさそうな癖に、何もかも自分の掌で転がしたいのよきっと」

どうしようもなく自分勝手な奴だわ、と、勝手に想像の中で怒りを膨らませていく。

そんな教主に呆れる事無く、バルバロッサは笑っていた。

「なるほど。確かに容易い相手ではなさそうです。魔王の動向にも気をつけることにしますよ」

「そうね。用心するに越した事は無いと思うわ。北部の各国には既に魔王討つべしって焚き付けているけど、それはあくまでパフォーマンスに過ぎない段階だからね」

今の状況は、本格的に中央各国を巻き込んで初めて実行に移される、その為の前段階である。

それが故、教団としてはあくまでソフトに、慎重に動かなければいけないのだった。


「それと、バルバロッサ。貴方はもう面割れしてるから無理でしょうけど、エリーシャの監視も怠ってはいけないわ」

恐らく人間で唯一魔王と繋がりがあるであろう女勇者の存在は、教団としても無視できないものがある。

「無論。エリーシャはこちらで既に監視体制に置いています」

「結構な事だわ」

「今現在、エリーシャは大帝国南西部、セリの街で開催されている祭に参加しているようですな」

「ふぅん。勇者でも祭に参加する事ってあるのね」

バルバロッサの報告通りなら、今、勇者は遊んでいる事になる。

教主には、それが自身の浮かべる勇者像とは若干ズレているように感じられた。

「場合によっては国威発揚の為に音頭を取る事もあるらしいですね。彼女に関しては、恐らくは休息の為なのでしょうが」

「その祭って、どんなものなの? 神様とやらを讃えたりするのかしら?」

偏に祭と言っても、神や竜等の宗教的な象徴を讃える祭もあれば、豊穣に感謝し、自然を讃える祭、出会いの無い男女がめぐり合う為の祭など、様々な目的、様々な形式の祭が存在している。

名の知れた勇者が参加するほどの祭となれば、相応に知れ渡ったものなのかしら、と、教主は気になったのだ。

「何でも、本や人形、マジックアイテム等を売買する露店が多く出店されるのだとか」

「マーケットかぁ。雑貨メインってなると、客層は若い娘ばかりになるのかしら」

教主が想像したのは、可愛らしい子供向けの人形やアンティークが揃えられたこまごまとした雑貨広場である。

「いえ、それが……報告によれば、男女共にかなりの数が集っているようです」

しかし、バルバロッサはそのささやかな想像をぶち壊しにし、悲しい現実を突きつけていた。

「……どういう事?」

「何と言いますか……教主様のお耳に入れるのは憚られるのですが、その……漫画等はご存知ですか?」

「知らないわ。何それ」

数百年の長きに渡り生きる教主だが、ここにきてからのほとんどは山の中で養父と共に俗世から離れた生活をしていた為、近年の俗世の知識はとても乏しかった。

なので、バルバロッサの言わんとしている事は今一伝わってこなかったのだ。

「……絵に文字がつけられ、登場人物が話す様がよく読み取れるようになっているのです」

「あら、便利じゃない。今の人間世界にはそんなものが広まっているの?」

絵がつけばその場その時の表現が容易くなり、とても読みやすくなる事は想像に容易い。

人間の叡智は目を瞠るものがあると、教主は驚かされていた。

「はい。そして、彼女が参加している祭も、そういったものを取り扱っている店舗がとても多いようです」

「へぇ、流石勇者とでも言うべきかしら。お祭と言っても、そんな真面目そうなものじゃ楽しくなさそう」

どこの世界にも広まっているクリエイティヴな人間達の祭なのだが、そんなものの存在すら知らなかった教主には、とても真面目なものに感じられた。

「いえ、漫画というものは、その……いささか、不真面目な題目で描かれるものが多く――」

「そうなの? ふざけてるって、例えば?」

バルバロッサが説明しにくくしているのを気にも留めず、よせば良いのに教主は探求するのだ。

あまりこの手の話題が得意では無いのか、これにはバルバロッサも困ってしまったが、主の求めることならばと腹をくくる事にした。

「例えば……どこぞの国の皇女の、その……いかがわしい恋愛物語や、フィクションとしか思えない捏造ばかりの冒険記等……」

「……えっ?」

教主は、この、目の前の忠臣が何を言っているのか良くわからなかった。

水色の美しい目を白黒させ、傍らに座する養父の顔を見る。

ひたすらに無言であった金色の竜は、「私も知らぬ」とばかりに頭を振って見せた。

「ですから、国民から人気の高い姫君や女勇者、街のアイドルとも言える若い娘を元にした……その、妄想物語が多いのです」

実際には人を感動させる純愛物語や、荒みかけた心を勇気付かせる冒険記等もあるのだが、そういった多くの品は、漫画の存在を善しとしない者達には「存在しないもの」として扱われている。

バルバロッサのような、それについて良く知らない者にとっての漫画とは、そうした下劣極まりないものであるという扱いに定められているのが現状である。

「……なんで勇者がそんな所に行ってるの?」

驚きのあまり唖然としてしまったが、気を取り直した教主は、当然のように湧いた疑問を呟いた。

「それは……良くわかりません。一説には、彼女は人形集めが趣味らしいという話もありますし、そちらでは……」

「人形集めねぇ……あんなの集めて何が楽しいのかしら?」

バルバロッサの言う所の、いかがわしい本を買い集めている人類の希望など想像したくもないので、教主はそちらの方にシフトチェンジする事にした。

それにしたって理解できない趣味ではあるのだが。

「解りません。やり手の勇者ですから、もしかしたら人と全く違う感性を持っているのかもしれません」

バルバロッサも同じらしく。やはり、エリーシャは変人らしいという空気が漂っていった。


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