#7-4.ルナティックバトル
天使二人がその場から消えたのと、エルフィリース達がリリアの前に立つのはほぼ同時であった。
リリアの魔法は的確にヴァルキリーを捉えていたが、二人が消えたことによってそれが空振りに終わり、正面に大きな隙が出来ていたのだ。
「――はぁっ!!」
神速であった。ヴァルキリーほどではないにしろ、ミーシャやアーティには到底肉眼で捉えられぬ刹那の速度でリリアへと接近していた――はずだった。
『ヴァリアブル・ガード』
だが、必殺とも取れた長剣の一撃は、リリアの防御魔法で防がれてしまっていた。
金属の弾かれる、美しい音が響く。
そうして、左手を前に突き出して、リリアは唱えるのだ。
『――ウルティメイト・フレア』
爆炎とでも呼ぶべきか。まるで弾ける様に増幅し、熱を増してゆくその炎は、エルフィリースを溶かすべく高速で放出された。
「――エルフィリースさんっ!!」
危ない、と言おうとしたアーティ。だが、既にそこにはエルフィリースはいなかった。
「大丈夫。あれくらいならまだ、なんとかね」
エルフィリースは、いつの間にかミーシャの隣に立っていた。
「……私も過去に飛ばされたら、そんなに速くなれるのかしら」
あまりにも次元の違う戦いに感覚が麻痺したのか、ミーシャはぽそり、そんなのんきな事をのたまっていた。
「迷っている暇はないですね。リリアさんは、私達の敵です」
「今は、ね。せめて正気を取り戻させる事ができれば良いんだけど……」
参っちゃうわ、と、その場にしゃがみこみながらリリアを見据える。
正直洒落になっていないのだが、彼女たちは悲しいかな、修羅場には慣れてしまっていた。
変な諦観があった。半端な自信があった。何より、仲間を信じていたのだ。
「やりましょ、アーティ。タルト――ああうん、エルフィリースだっけ。まあいいわ。前に立てるなら、時間稼ぎよろしくね」
「では、集中してくださいね」
アーティはミーシャに抱きつき、すぐに魔力の供与を始める。
「ん――時間稼ぎ位なら」
二人が何をしようとしたのかすぐに覚り、エルフィリースは剣を片手に大きく踏み込んでいく。
『エイミング――』
リリアはというと、やはり前に出てくる者優先なのか、エルフィリースへと向けてなにやら魔法を発動させようとしていた。
「――遅いっ」
赤い点がエルフィリースの身体へとつけられていくが、それらが被害を出す前にエルフィリースは再び肉薄する。
そこで、初めてリリアが動いた。
後ろへと跳び、そのまま二歩、三歩、と大きく間を空けてバックステップしていくのだ。
斬撃は空振りに終わるが、それによってリリアの正面のフィールドは消滅した。
「シューティングスター!!」
その場で軸足を中心に身を反り、逆手で追撃の魔法を放つ。
『スター・ダスト』
まるでそれが解っていたかのように、リリアは別の魔法を放った。
エルフィリースとリリア、魔法の発動はほぼ同時。
だが、その優劣は明らかであった。
現代最速の物理破壊魔法は、リリアの手から放たれた光速の魔法に打ち砕かれてしまう。
「なっ――くぅっ!?」
ぶつかりあいの末に減速したおかげか、反射的に剣を前に出し、砕かれながらもそれを受けきるエルフィリース。
辛うじて直撃は免れたが、その軌道上に発生した空気の流れに弾かれ、大きく仰け反ってしまった。
『――ライトニング――』
そうして、リリアの手から次の魔法が放たれようとした時であった。
『――フリーズパニッシャー!!』
二人の発動させた対軍氷結魔法が、リリアへと襲い掛かったのだ。
まさに必殺のタイミング。これはかわせまいと、ミーシャもアーティも勝ち目を感じていた。
『――グラビトン・レイン』
だが、そんな儚い期待など容易く踏みにじるのがリリアであった。
先ほどまで発動させようとしていた魔法とは全く異質の、黒い魔法。
リリアを中心に溢れ出た黒が、瞬く間に周囲の空間を侵して超重圧の闇を広げてゆく。
たったそれだけで、二人の放った超魔法は容易く軌道を捻じ曲げられ、あらぬ方向へと落ち、効果すら発揮せずに消滅してしまった。
「ねえアーティ。レメトゲン撃つまで、エルフィリースが時間稼げると思う?」
あちゃー、と、どこか他人事のように呆れてしまったミーシャは、返ってくる答えがわかっていながらアーティにそう聞いていた。
「……仮に稼げても、倒せる保証なんて無いんじゃ……」
アーティもいやに冷静になってしまっていて、驚く余裕すら残っていないらしかった。
さっきまで見えていたはずの勝ちの目は、ただの砂上の楼蘭であった。
はっきりと目が醒めていた。これは勝てない。勝てない人だ、と。
「まあ、この三人だと時間稼ぎが精々って感じがするわ、これは」
いつの間にやら傍に立っていたのか、エルフィリースも苦笑いしながらリリアを見やる。
黒の魔法は今では消え去っていたが、押しつぶされた地面は深く抉れてしまっていた。
もしこの範囲に自分達がいたなら、と思うと、三人は背筋を冷やす。
距離こそ離れているが、今この瞬間すら恐ろしい。何が起きるのか解らない。
まるで素人が想像する「すごくつよくてすごくべんりなまほう」が当たり前のように飛んでくるのだ。
そんなの、現代の縛りありきの魔法で勝てる訳が無い。
いや、レメトゲンを初めとする古代魔法ですら、リリアに言わせれば失敗作扱いなのだ。
ほんの僅かな撃ち合いだけで三人の間には「この人どうやったら倒せるの?」という空気が流れていた。
「ヴァルキリーさん、強かったのねー」
そんなリリアに当然のように肉薄し、首を討ちかけていたヴァルキリーのでたらめさも相当なものであったに違いなかった。
「まあ……曲がりなりにも天使だった訳だしね。全く、ドッペルゲンガーの脅威がなくなったと思ったら、今度はご先祖様相手に死闘を繰り広げる破目になるなんて――なんかもう、笑っちゃうしかないわね」
三人とも、いやな半笑いをするしかなかった。
「どうやら、あちらはあちらで二重詠唱のようなものが使えるようですね。詠唱は完全に飛ばしで、即発動即展開みたいなのですけど。今のは一つ目の魔法をキャンセルして、同時に発動させようとしていたもう片方の魔法で対処した、と言った感じでしょうか?」
「発動だけなら最低四つは同時よ。目に見えてるだけで破壊魔法二つと防御魔法。それからあれ、多分身体能力ブーストも入ってる」
人のできる動きじゃないわ、と、冷静に判断するエルフィリース。
「……アーティ、参考までに魔族で現代魔法、最高でいくつまで同時に?」
「最高も何も、二つ同時に使えれば天才扱いですよ。ですから、ミーシャは間違いなく現代世界最高峰の天才です」
胸を張って良いですよ、と、普段の彼女なら飛びあがるくらい嬉しい事を言ってくれるアーティ。
「……うわあ」
今のミーシャには悪い冗談にしか聞こえない言葉であった。
自分が最高ランク。自分が天才。つまり、味方にリリアに対抗できる存在は居ないという事。
「ごめんなさいって言ったら見逃してくれないかなあ……」
「多分正気だったら見逃すどころかお茶会に誘ってくれてたでしょうね」
「まあ、今は無理よ。それにヴァルキリーさんを置き去りにするのもちょっとね……」
何も纏まらないままに作戦会議は終了。
結局は現状維持。時間稼ぎ以外の何もできないという結論。
戻って来るかわからないヴァルキリーか、あるいは魔王らが偶然にでもこの場にきてくれるのを待つ他無い、という罰ゲームのような状況であった。
「うーん、出られない」
「出られませんねー」
「困ってしまいます」
そんな頃、三度無限書庫。今度はエルフの三人組が道に迷っていた。
別にアーティたちを心配してとかではなく、魔王らを探してとかではなく、ただの迷子であった。
「むぐぐ……塔の娘達の為にと欲張って色んな本を持って帰ろうとしたのがダメだったわね」
「もう帰り道わかんないですよー、おトイレだけはさっき済ませたからしばらく大丈夫ですけどー」
「困ってしまいますね」
深くため息をつきながらもとぼとぼと歩くセシリア。
なんだかんだ近くの本をぱらぱらめくっては戻してをしながらうろちょろと書庫を満喫しているグロリア。
半分死んだような虚ろな眼で何事かぶつぶつと呟きながら二人の後を歩くだけのエクシリア。
三者三様、とにかく進める道を進むのみであった。
「大体、私は精霊に道を聞いて正しいルートをセシリアさんたちに話してたはずなのに。なんで二人とも私が言うのと違う方向に進んじゃうんですか、もーっ」
頬をリスのように膨らませプリプリと怒るグロリアを無視し、二人は歩いていく。
「――あら? あの扉、何かしら?」
ちょっと変わった棚をいくつか通り抜けた後、セシリアは奥の棚と棚との間にある、変に歪んだ扉を見つけた。
「壊れてますね」
「困っちゃいましたね」
開くのかしら? と、警戒もせずに近づいてつんつんとつつくグロリア。
「あ、ちょ、勝手に触ったら――」
相変わらず興味本位で勝手に触ってしまうグロリアに注意しようと、セシリアがその手を掴もうとすると――
ずしん、という重い音とともに、扉が倒れてしまった。
「……」
「……」
「困っちゃ――うわっ、な、なんですかこれ!? なんで扉が倒れてるんですか!?」
唖然とする二人。
どこか遠いところに飛びそうになっていたエクシリアも我に帰り、目の前の光景に思わず突っ込みを入れてしまう。
「あ、あははー、ワタシワルクナ――あだだだだだっ、せ、セシリアさんやめっ、肩っ、肩こわれちゃっ――」
「――グロリア。一緒に謝ってあげるから、後で陛下のところに行きましょうね?」
笑って誤魔化そうとするグロリアの肩を、セシリアはぎゅう、と強く掴んでひきつった笑顔で押し留めていた。
「行きましょう、ね?」
「はっ、はい、行きますっ、行きますから許してっ! ごめんなさいっ、ごめんなひゃいっ!!」
あまりの痛みに涙目になりながら謝るグロリア。
流石にこれ以上は可哀想かと、ため息混じりに手を離し、セシリアは扉の先を見る。
「……それで、ここ、何かしら?」
「何でしょうね」
「うう……で、出口だと良いですね……」
三人、とりあえず顔を見合わせるものの、選択肢など特に浮かぶはずも無く。
とりあえず、入る事にしてしまったのだ。
こうしてまた、激戦場へと化したリヴィエラへ、新たな参加者が加わる事となった。