#7-3.伝説との戦い
「おおー、こうやってくるのねー」
場所は変わり、地下書庫・最奥の書庫の最奥。
魔王らが通った道のりとは別の、正面からのルートで、ミーシャ達はそこへと到達していた。
「本来ならリヴィエラへの道は、そこの管理者の、かなり濃い血縁の者がいなければ生きたままでは入れないのですが――三人の誰か、あるいは三人ともがそれに該当していたようですね」
のんきにはしゃぐミーシャの姿を見やりながら、ヴァルキリーはその状況を説明していく。
「でもあの電撃、なんなのかしらね? 私達はなんともないけれど、ヴァルキリーさんでは通れないだなんて」
不思議だわ、と、エルフィリースが難しげな顔でうんうん唸っていた。
丁度ここに来る直前、謎の電撃が走る場所があったのだ。
恐らくはそれが『管理者の血筋の者が居ないと通れない道』なのだろうが、それを知らずに前を歩いていたヴァルキリーは見事にそれにひっかかり、「きゃうん」という、とても可愛らしい、滅多に聞けない悲鳴を挙げていたのを、その場の全員が聞いてしまった。
「……恐らくは、特別な権限を有する者以外は問答無用で弾く結界のようなものなのでしょうね」
思い出したのか、少し気恥ずかしそうにそっぽを向くヴァルキリー。
「まあ、それも消え去りましたし――とりあえず、進みましょう」
「そうね。リリアさんの事も気になるし」
アーティもミーシャも、先に進む事に関してはある程度の覚悟があるらしかった。
何せ、リリアは自分達の先祖なのだ。もしかしたらまだ無事かもしれない。だから、早く戻って助けたい。
そんな気持ちがただの先走りかも知れないのは、二人とも気づいていた。
自分達が戻ったところで何の役に立つかも解らない。邪魔になるだけかもしれない。それでも、と。
何より、それを伝えるべき相手が自分達より先にそこへと向かってしまったのだから、追いかけるほかないというのもあった。
「それにしても、扉が酷く歪んでいるのはなんでなのでしょうね?」
「解らないわ。私達が入った時はこんな風になってなかったはずだけど……」
「普通に開きましたものね」
「旦那様のことですから、きっと鍵か何かかけられたのを無理矢理こじ開けようとしたのでは――」
四人が四人とも、無残な姿に形を変えた扉を前に苦笑いを浮かべながら、それを押して開き、中から溢れた光の中へと入っていった。
「――ふぅ。やっぱりここに出るのね」
見慣れた光景、というには早すぎるか。
ミーシャたちが最初に目にしたリヴィエラの風景であった。
「こっちよ、リリアさんとパトリオットは、こっちで戦ってた!」
深呼吸すると、ミーシャが先導して走り出す。目指すは三人でお茶会をしたあの場所であった。
リリアとパトリオットが戦っているはずの、あの場所に――
『――グラスウィンド』
――たどり着く前に、魔法の刃がミーシャに襲い掛かっていた。
「これは――」
「えっ? あ、ヴァルキリーさん、いつの間に」
先導していた自分の前にいつの間かに立っていたヴァルキリーに、ミーシャは少しだけ驚いて足を止めてしまう。
ヴァルキリーの手には美しい宝石が収まった剣が一振り。
風の刃を切り払い、その後に続く三人を護っていた。
「……」
油断なく先を見据えるヴァルキリーの前には、小柄な少女然とした魔法使い。
「リリアさんっ!!」
「よかった、無事だったのね」
その姿に安堵したアーティとミーシャであったが、駆け寄る前にヴァルキリーとエルフィリースに肩を掴まれ、引き留められてしまう。
「待ちなさい、様子がおかしいわ」
「――魔女リリア。何故私達を攻撃するのですか?」
じろりと、碧い眼で睨み付けるヴァルキリーに、しかしリリアは全くの無表情のまま、右手を前に突き出す。
『――スタンピード』
それが何を意味する言葉なのか。
それが一体どんな魔法だったのか。
アーティとミーシャにはまるで理解できなかったが、そこから巻き起こる巨大な竜巻、圧倒的な魔力の揺らぎに、ただごとではないのが感じ取れてしまっていた。
「リリアさん――」
「アーティ! これ、絶対まずいことになってるわ。正気じゃないわよこんなのっ!!」
風に煽られぶわぶわと暴れ狂う自分の髪を押さえながら、ミーシャは必死になって身を低くしていた。
お姫様育ちだとかそんなのはどうでもいい。
立っていられないし、立っていたら巻き込まれるのが分かっていたのだ。
「ミーシャさん、良い勘をしていますね。そうやって身を低くしていれば、この手の魔法は大分被害が軽減できる」
その暴れ狂う魔法を正面から受けながら、軽く剣で振り払い打ち消してしまうヴァルキリー。どちらもデタラメであった。
「……敵となるならば、倒さなくてはなりませんね」
倒しますわ、と、次の『魔法』を放とうとするリリアに向け、突進するヴァルキリー。
『ダグザチェイン――バロックランサー』
矢継ぎ早に魔法を展開してゆくリリア。
ヴァルキリーの突っ込んでくる正面、その四方から鎖が飛び交い、その腕を、足を括らんとする。
更には拘束したヴァルキリーの胸目掛け、漆黒の槍が瞬く間に迫っていた。
「――効くか!!」
だが、そんなものはヴァルキリーの足止めにはならない。
鎖は容易く千切られ、槍は見えない速度で振られた剣によって叩き落とされていた。
所詮魔法などと言っても創造物の編み出したモノに過ぎない。
創造する側である彼女にとっては、児戯にも等しいただの現象であった。
肉薄したヴァルキリーは、容易にリリアの首に刃を突きつける。
リリアの表情は微塵も変わらない。
そも、変わるような表情など最初から持ち合わせていないかのようだった。
「哀れだが、仕方ない――」
ヴァルキリーが一瞬だけ見せた慈悲。
少しでもつらそうな顔もしてくれれば、何か方法もあったかもしれないのに、と、わずかばかり悲しげに間を見せたのが、良くなかった。
『――カーテンコールはこれからよ』
刹那。ヴァルキリーに向け、いや、その場に立っていたリリアもろとも、無数の弾丸が撃ち下ろされていた。
「なっ――パトリオット!?」
思わずリリアをかばってしまうヴァルキリー。
雨霰と散った弾丸をまともに背に受け、侍女服が血に染まる。
「ふふっ、まさかリリアを庇うなんて思わなかったわ。お久しぶりねヴァルキリー。貴方が堕天してから軽く一億年位は経ったかしら?」
空には影の無い四翼の天使の姿。
パトリオットが鉄の筒を手に、にやにやと笑っていた。
「――まさか、お前がこんなつまらない手を使ってくるとは思いもしなかったのよ。パトリオット」
血まみれの背を震わせながら、ヴァルキリーは剣を手に、パトリオットへと向き直る。
『ソードランス』
「――まだ動くかっ」
頭上に意識を向けた所為で、背後のリリアからも攻撃を受けてしまう。
これへの対処は容易くこなすヴァルキリーであったが。
「あはははっ、隙ありぃっ♪」
狙ったようにあわせて攻撃してくるパトリオットの攻撃を、ヴァルキリーは防ぎきれなかった。
「――くっ」
ざくざくと弾丸の欠片が身体へと突き刺さってゆく。
表情一つ変えずにパトリオットだけを見ていたヴァルキリーであったが、見るからに劣勢であった。
「――エルフィリース」
そんな中、ヴァルキリーが呼んだのは長年の付き合いのある友の名であった。
「解ってるわ。リリアは私達に任せてちょうだい」
なんとかするから、と、友は笑って見せる。
ヴァルキリーもそれを見てこくりと頷き、パトリオットへと一気に詰め寄った。
「ふぅん、その子達に後を押し付けるの? かわいそうに。死んじゃうわよ?」
「私の信じた者が、早々容易く死ぬはずがないわ。お前こそ、よくもぬけぬけと私の前に立てたもの――」
睨み合う瞳。互いの高い鼻がぶつかりそうになりながらも、ヴァルキリーはパトリオットの腕を掴んで念じる。