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趣味人な魔王、世界を変える  作者: 海蛇
11章.重なる世界

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#7-2.最後の魔神アトラス

「……まあ、お喋りはその位にして、とりあえず先に――うん?」

いつまでも入り口で立ち話もなんだから、と、先を促そうとしていた魔王であったが、途端に強烈な殺気の様な物を感じ、眉をぴくりと動かす。

そうかと思えば、正面、先ほどまで何もいなかったはずの空間が歪み、宙空に突如として見た事も無いような模様の円陣が展開されていった。

「陛下、これは――」

「ううむ、何だろうな?」

その場にいる誰もが理解できない何かが起きようとしていた。

だが、不思議と恐れのようなものは感じない。これは一体、と、魔王は首をかしげていたのだが――


『――貴様らか。生者でありながら死者の世界へと入り込もうとする愚か者は』


――円陣から黒い光が溢れ、やがてそれが形を成し――巨大な異形の生物へと固まってゆく。

最初は泥人形のようだったそれは、次第に禍々(まがまが)しい赤い眼、歪んだ唇、そして赤い体毛を持った紫の巨人の姿になっていた。


『我が名は魔神・アトラス。生者よ、答えよ。何ゆえ常世(かくりよ)に参った。黄泉(よみ)に何を求める?』

魔王らを上からにらみつける魔神。

その背丈は魔王の十倍はあろうかというもので、近くからでは見上げたところでその姿をすべて見ることなどできはしなかった。


(――魔神。これが、父上の求めた――)

その名に動揺したのは、魔王ではなくアルルであった。

父が求め、父がなろうとしてついぞなることのできなかった存在。

自分達大悪魔族の原点ともなったその存在が、今目の前にいる。

その威容、その迫力。なるほど、これほどの化け物ならば、父でなくとも憧れてもおかしくはないかもしれない。

気迫に圧倒されながら、アルルは思わず息を呑んでしまっていた。


「お前なんかと問答している暇は無いのだ。邪魔だから退()け」

だが、当の魔王はそんな巨体など眼にも入らぬとばかりに、その身の丈の差など感じさせない威圧感を以って返していた。

『――なんだと? 小さき者よ。貴様、勘違いしてはおらぬか?』

その返答が信じられぬとばかりに驚いた魔神は、しかし、せせら笑うように口元をにぃ、と歪め、醜く笑っていた。

「勘違い?」

『そうだとも。我が貴様らと友好的に接してくれる、などと思い違いをしているのではないか? 望むなら、この場で死者にしてやってもよいのだぞ? 我はそれでもよいのだ。主からそのように言われている故、な』

ふざけていると殺すぞ、と、右手に持った巨大なこん棒を見せびらかし、一層の威圧によって恐れさせようとしていたが。

だが魔王は、それを聞いて笑ってしまっていた。

「聞いて損をした。時間の無駄だな、これは」

別に、面白くて笑っていたわけではない。ただ、呆れて笑ってしまっていただけだった。


「――殺せ」


 自分でやるのも馬鹿馬鹿しい、とばかりに、軽く手を挙げ、そう(・・)命じた。


『なっ、貴様っ――』

魔王の言葉があまりにも想定外だったのか、アトラスは驚き武器を振り上げたが――その腕は、いつの間にか肉薄していたアリスに斬り裂かれていた。

『ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?』

ドラゴンスレイヤーは、強靭(きょうじん)に見えた筋肉質の腕を容易く断ち切り、地に落とした。


「書法典――グラン・グリモワール――」

同時に、いつの間にやら離れた位置に立っていたリルニークが、両手の本を開きながらに前に突き出し、魔法を放つ。

『――コピー・レメトゲン!!』

二つの本から吐き出されるは、強烈な雷撃。無数の渦となって魔神の身体を貫き、包み、焼き焦がしていった。

『うぐっ――あああああああっ!!』

「えやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

その衝撃に堪えかね、ぐらついてしまった魔神が最後に見たのは、剣を突き出そうとする乙女の姿。

『――あ……あが……』

抗う暇すらなく巨大なアギトを貫き、長剣が脳髄へと達した。

そのまま、命の光が瞳から消え去り、最後の魔神・アトラスは元の魂へと戻る。


「――ま、偉そうな事を言ったところで、この程度でしかないのだ、魔神なんてな」

その散り様をつまらなさそうに見やりながら、「ふん」と、不機嫌そうに魔王は呟く。

「『魔法使い』相手に、死滅するしかなかった生物なのだ。確かに多少しぶとくはあったようだが、こいつらは所詮、滅びた程度の生物でしかなかったのさ」

顧みる価値すらないとばかりに、魔王は吐き捨てた。アルルに、敢えて悪く聞かせていた。

「……父上は、こんなものを求めていたのですか? こんな簡単に、倒されてしまう程度のものを」

アルルの瞳には、軽い絶望が残っていた。

どこか、父を信じたかったのだ。

だから、魔神を実際に目にした時のアルルは、恐れを抱きながらもどこか喜んでいたように、魔王には感じられた。

「魔神というのはなアルル。人間なしには生きられない、人の悪しき願望を喰らう生き物なのだ。確かに、それなりに力はある。だが、現代の悪魔と比べても弱いくらいの生き物でな。多分、悪魔王程度の力があれば、今のアトラス位の奴なら百体相手にだって余裕で皆殺しに出来てたと思うぞ?」

あいつはかなり強かったからな、と、静かに語って聞かせる。

「……父上は、何故そんなものを求めてしまったのでしょうか?」

「解らん。解らんが……あいつはいつも自分の実力を認められたがっていたからな。周りの奴はちゃんと認めていたのに、あいつ自身はいつまで経っても認められていないように感じてしまっていたんだ。その心の隙を、誰かに狙われたんじゃないかと、私は思うんだがね」


 伊達に四天王ではなかったのだ。むしろ、全ての魔族で見ても悪魔王は上位数名に位置する実力者であるはずだった。

あの黒竜翁や吸血王ですら認め、その言葉を無視しないほどには強かったはずなのだ。

だが、その心は魔族らしく弱かったのだろう、というのが魔王の見解であった。

魔族は、メンタルが弱い。些細な動揺が元でバランスが崩れてしまうのは、何も弱者に限らない。

だからきっとそうなのだろう、と、魔王は考える。


「私はなアルル。何も、悪魔王が最初から反乱を企んでいたとか、そんな事は微塵も思っちゃいないのだ。あいつは善い奴だと思っていた。問題児ばかりの四天王の中では飛びぬけてまともな奴で、ラミアほどではないにしろ、信用できる奴だと思っていたのだ。そんな奴が本気で反乱を起こそうとしていたのなら、それはきっと、私が悪いのではないかと思ったくらいだ」

「……陛下」

「だから、もしあいつが誰かに利用されていたのだとしたら、その弱い心の隙を誰かに狙われたのだとしたら。そう考えるとな、許せんのだ。あいつは善い奴だった。それを利用した奴が居たのなら、私はそいつを、生かしては置けん」

怒っているのだ、と、静かに、笑いもせずに真顔になって、拳を握っていた。

「何が理由であっても、許してやるもんか」

その怒りは、空気を震わせていた。

普段は微塵も感じられない、感じてはいけない力がそこにはあった。

「……陛下が、父上の仇を取ってくれると言うのですか?」

主のそんな様に、アルルは驚きと共に温かみも感じ、つい、そんな事を口走ってしまう。

(たもと)を分かったはずの父の仇を願うなど、アルル自身にも驚きなことであった。

彼女は、自分の本心にすら気づいていなかったのだ。

「当たり前だろう。奴は、そして君も、私の部下だ。私の大切な、部下だからな」

責任は取るさ、と、ようやく笑みを見せ。それきり、何も言わずに歩き出した。頭をぽりぽりと掻きながら。

「行きましょう」

ぽん、と、アルルの肩を叩き、リルニークがそれに続く。

「大丈夫ですわ。今の旦那様はとてもお強いですもの。私やリルニークさんもいますし」

気を強く持ってくださいまし、と、にこやかに微笑みながらアリスがアルルの手を握る。

とても人形とは思えない温かみのある柔らかな手に、アルルは驚きながらも微笑み、強く握り返した。

「――ありがとう。ええ、行きましょう」

そうして二人、先に行った魔王らの後を追うように走り出した。



「……アトラスが倒れた、か――」

黒い花で覆われた花園に、天使パトリオットはうずくまっていた。

彼女とリリアとの壮絶とも一瞬とも言える戦いの痕跡などどこにもなく。

代わりに、小さな魂が一つ、パトリオットの手に捕まり、玩具のように弄繰(いじく)り回されていた。

「所詮は魔神。滅びた程度の種族だわ。足止め程度にでもなればと思ったけれど、伯爵の相手なんて務まらないわよね」

表情一つ変えず、パトリオットは翼の一片から羽を一つ、千切って投げる。

「――では次は、もう少しまともなものを用意しましょうか」

ぱらぱらと宙を舞う羽毛は、パトリオットの言葉と共に眩く光り――やがて、人の形へと変わってゆく。

『――パトリオット様』

それは、銀髪銀眼の、一対の赤い翼を生やした天使達であった。

四人が一様に、生まれたままの姿でその場に(かしず)き、パトリオットを見上げる。

「時を稼ぎなさい。いかに私といえど、こんな枷をはめられた状態では伯爵と戦う事など無理ですからね」

行きなさい、と気だるげにひらひらと手を仰ぐと、天使達は無言のままにその場から消え去った。


「――ま、あれも大した時間稼ぎにもならないでしょうけど」

それすらも無意味であると分かっていながらも、パトリオットは笑っていた。

所詮、こんなものは前座に過ぎないのだ。

本命は自分の手の内にある。文字通り、掌の上に。

「……ヴァルキリーが近づいてくる。わずかな時間とはいえ、伯爵とヴァルキリーが揃うまでの時間のずれがなくては、私が参ってしまうものね」

やがて弄んでいた魂をぎり、と握り締め、掌から解放した。

浮く力も無くぽとりと落ちた魂は、やがて人の形へ――元のリリアの姿へと戻っていった。

「……」

ただただ無言で棒立ち。

その眼は虚ろであり、何も感じさせない、色の無い表情であった。

「行きなさい。自分の『魔法』で自分の子孫の命を狩り取ってくるのよ。それが貴方に与える愛です。自身の愛の結晶には、きちんと責任を持たなくてはダメよ?」

「……」

にたりといやらしく笑いながらパトリオットが命じると、リリアは表情も変えず転送陣を展開し、その場から転移した。


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