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趣味人な魔王、世界を変える  作者: 海蛇
11章.重なる世界
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#3C-1.魔王城の奇跡(前)

「何が、起きたの……?」

「解りません……」

上階からのただならぬ轟音(ごうおん)に、激しい戦闘を繰り広げていたカルバーンとエルゼは、互いに顔を見合わせていた。

結局カルバーンとエルゼとで戦いは泥沼になり、互いに有効打の一つも与えられずに時間ばかりが経過していた。

その間髪をつかみ合ったりほっぺたを引っ張り合ったりただの罵りあいになったりと、どんどん低レベルになっていたのだが。

「こ、こんな所でこんな人と戦ってる場合じゃありませんでした! 師匠のところにいかないと!!」

はっとしたエルゼが今度こそとばかりにばらけ、愛する師の元へ向かおうとする。


「行かせないわよっ」

「――きゃうん!?」

そしてそれを時を止め、固形化したところを殴りつけて無理矢理引き戻すカルバーン。

「う、うぅ……なんで貴方、ばらけた私にそんなに攻撃を通せるんです!? 意味がわかんないですっ」

「ふふん、お子様には解らない理論だわ。これは私が人間世界で永く研究し続けたものだもの。簡単に理解されてたまるもんですか」

涙目になって叫ぶエルゼに、カルバーンはドヤ顔で胸を張っていた。

「くうっ……早く師匠のところに行きたいのに。なんで貴方はそんなに邪魔をするんです? そんなに師匠の事が好きなんですか!?」

「誰があんな奴の事っ!? やめてよね気持ち悪い!!」

エルゼの言葉に「怖気が走るわ」と、肩を抱きながら全力で抗議する。


「大体エルゼ、あんたの所為で私、お母さんから色々教えてもらえる時間なくなっちゃったんだからね! もうちょっとお姉ちゃんに申し訳なさみたいなのは無い訳!?」

「誰ですかお姉ちゃんって、私の姉さまは全員吸血族のはずです!!」

貴方なんて知りません、と、ぎりりと睨みつけながら声を大にする。

エルゼにとっては、カルバーンは黒竜姫に良く似た赤の他人でしかないのだ。


「むぐ……アンナちゃんといいアンタといい、都合の良いところ忘れてくれちゃって……」

「大体、貴方がお母様の何を知ってるというのですか? 私、お母様とは全然話せてません! 話したことないんですよ!? なんでそれなのに私の所為とか言うんです? 私が何をしたっていうんですか!?」

「う、うるさいわねっ、あんたがお母さんを奪ったんでしょ!! 私だってもっと抱きしめて欲しかったのに。うぅっ、腹が立つ、なんかすごく腹が立つわあんた!!」

姉妹喧嘩は終わる様子を見せなかった。どちらも感情で怒鳴るばかりで水平線を辿っているのだが、互いに気づかないのだ。

次女と末娘は、途方もなく相性が悪かった。


「そこまで言うなら、貴方がお母様をいますぐ蘇らせてくださいよ!! 会いたいんですからっ!! 私、会ってちゃんとお話したいです!!」

「わ、私だってそうよ!! あんたがお母さんつれてきなさいよ!! 返してよお母さん!!」


「会わせて!!」

「返して!!」


 互いの声が重なる。重なってしまう。

二人の『魔王』が願い、それをやがて世界が聞き届けるまで、そう時間は掛からなかった。



「ふぇっ!?」

「えぇぇっ?」

突然、掴みあう二人を中心にして、床から巨大な光が溢れ出る。

キィィィ、という痛みすら伴わせる超高音と共に、やがて世界は白に包まれ――


「――っ」


 そうして、光が晴れるとその中心には、二人にとって見覚えのある女性が立っていた。


「お母さんっ!? お母さんだっ!!」

「えっ……お母様……?」


 驚きながらに歓喜し、そこに立っていた女性に抱きつくカルバーン。

「きゃっ――えっ、あ、貴方は……」

その女性は、エルリルフィルスと良く似た顔をカルバーンに向けながら、しかし、困ったような表情をしていた。

「……アリス? よね? なんで、貴方がここに? ここは一体……」

「うぇっ!?」

その言葉に、カルバーンはピシリと固まってしまった。

ずっと焦がれていた母の、まさかの名前間違い。ショックで凍りつくには十分な威力であった。


「あの……お母様、ですよね? なんでお母様、トルテさんと同じ格好をしてるんです……?」

エルゼはというと、おずおずと母と思しきその女性の袖を引きながら、親友と同じ出で立ちなのを疑問に感じていた。

「トルテ……? お母様って……あ、あの、ちょっと待ってちょうだい。状況がよく解らないわ……」

しかし、その女性自身もかなり状況に混乱しているらしく、痛む頭を抑えながら、しばしの時間が欲しい様子であった。



「――つまり、私はその、貴方達のお母さんに似てるのね? 外見だけじゃなく、名前まで似てるだなんて」

結局、彼女――エルフィリースは、彼女たちの母親ではなかった。

カルバーンをとっさにアリスと呼んだのも、名前間違えしたのではなく、親友の娘に瓜二つだったから勘違いしてしまったのだと説明する彼女に、カルバーンとエルゼは揃ってぽかん、としてしまっていた。

「あの……つまり、エルフィリースさんは、どこかからここに飛ばされてきた、という事なんです?」

「ええ、恐らくは……ごめんなさい、よく解らないわ。ただ、あの時の状況が夢でないなら、この世界にだって同じ危機が迫っているかもしれない」

「同じ危機……?」

不穏な単語に、カルバーンが嫌な予感を感じながら繰り返す。

「……ドッペルゲンガーという、とても危険な存在。私はこれを仲間たちと倒そうとして……敗北してしまったんだわ、きっと」

「ドッペルゲンガー!? おか……エルフィリースさんのところにも、そいつが!?」

聞き覚えのある単語に、カルバーンは身をずずい、顔を寄せた。

「ええ。私達の仲間の一人、『伯爵』と同じ姿になり、結果的に、『伯爵』はその化け物に敗れてしまったわ。私と一緒にいたヴァルキリーという娘が、私を逃がしてくれたらしくて……だけど、その時に私は見たの。伯爵殿の体から、黒い膨大な何かが溢れ、全てを飲み込んでいくのを」

「伯爵って……それって、まさか」

とある可能性に気づき、カルバーンは息を呑む。

(まさかこの人、別の、同じ世界から来たんじゃ――)


 ドッペルゲンガーと言う言葉にも、伯爵という呼び名にも覚えがあった。

ドッペルゲンガーが伯爵に化け、伯爵を負かせたところなど、まさに自分の中にどんぴしゃとあてはまるほどに鮮明に思い出せる。

だとしたらこの人は――自分の母が、魔族にならず、人間のままでいた姿なのではないかと、カルバーンはそんな事を考えたのだ。

そういった『可能性の世界の住民』だったのかもしれない、と。


「実は、私はその、ドッペルゲンガーの討伐の為にここに来たのよ。伯爵……この世界では魔王だけど、そいつを助ける為に」

そして、タイミング的にもまさにその状況だったのだ。

何が起きたのかは解らないが、確かに何か、変化らしいものが城内に響き渡っていた。

「つまり、この世界にもドッペルゲンガーが……? いけないわ、伯爵殿を助けなくてはっ!!」

カルバーンの言葉に蒼白になりながら、エルフィリースは駆け出す。

「あっ、待ってくださいっ、私も一緒にっ」

「ちょっ、待ちなさいってば、ああもう、私の時は邪魔しまくってたのに、なんでこんなあっさりと――」

彼女の言葉で不安が増したのか、エルゼはそれを追う様に走り出す。

その姿を見て当然、カルバーンも二人を追いかけた。



「――これ、は」

そこにあったのは、原形をとどめなくなった部屋であった。

ぐしゃぐしゃにつぶれ、クレーターのように抉れた壁や床。

そして、部屋の中心に落ちたままの王剣ヴァルキリーと、膝をつき、俯いた魔王の姿。

「伯爵殿っ!!」

その無事にホッとする事も出来ず、エルフィリースは駆け寄る。

「……君は、エルリルフィルスか? どうした事だ。君は死んだはずでは――」

エルリルフィルスの顔に、多少驚きはしていたものの、魔王には既に覇気も生気もなく。

ただ、小さく呟くように話すのみであった。

「お気を確かに! それより、ドッペルゲンガーはいずこに?」

「……奴は、消えたよ。自身の体内から、属性を活用した完全なる無の渦を作り出し……飲み込まれて塗りつぶされた」

もう、何処にも無い、と、力なく笑う。

「勝ったのね?」

「ああ、良かった。師匠、ご無事そうです」

追いついてきたカルバーンとエルゼが、安堵したように息をつく。良かった、負けてはいなかった、と。

「……どうなんだろうね。もう、どうでもいいよ。奴の作った渦は残ってしまった。その渦を消すために――私が、ヴァルキリーと共に消えるつもりだったのに、アリスちゃんが……アリスちゃんが、身を犠牲にしてしまったんだ」

視線をヴァルキリーの転がるほうへと向けながら、肩を震わせた。

「ラミアも死んでしまった……私は、また大切な者たちを犠牲にしてしまったんだ。また――」

それが辛くてたまらないのだと、堪えられんのだと、魔王は悔し涙を流していた。

「そんな……アリスさんと、ラミアさんが……?」

魔王の言葉に絶句するエルゼ。

カルバーンも、思わず息を呑んだ。

「私は、何の為に生きているのだろうか。何かするたびに、多くの人を巻き込んでしまう。親しい人が死んでいってしまう。こんな辛いのに、得られるものが少なすぎる。何の為に、私は生きているのだ――」

俯き震える魔王に何も言えなくなっていた二人。

エルフィリースは魔王の背に手を置き、優しく撫でる。


「――その辛さを得る為に。そして、その辛いものの先に、得難い幸せがあるのだと信じて、人は生きるのです」


 お泣きなさい、と、赦しながらに。

エルフィリースは、聖女のままの顔で、魔王の心を癒そうとしていた。


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