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趣味人な魔王、世界を変える  作者: 海蛇
2章 賢者と魔王
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#1-2.ゲルハルト崩壊

「それで、あの砦がさっき話してた所なのね?」

「は、はい、その通りです……」


 笑って済ませられない者も居た。竜族を統べる黒竜族である。

最強の魔族を自負している彼らは、配下である赤竜が攻略を失敗した事が許せなかった。

これが大陸中央、大帝国の周辺国を攻める際に失敗したならばそこまでではなかったのだが、辺境の前線の砦一つに三人の竜が挑んで失敗したばかりか、返り討ちで皆殺しにあった等という結末は、竜族のプライドを酷く傷つけた。

その為、黒竜翁は怒りを露にし、愛娘であり魔王軍最強の黒竜である黒竜姫を前線に派遣したのだ。わざわざ。

ラミア達はこれを機に、怪しい動きを見せる北部はしばらく放置しておくつもりだったのだが、黒竜翁の暴走っぷりは手が付けられないほどであり、魔王の「いいからやらせておけ」という助言もあり、好きにやらせる事になったのだった。

「大したことのなさそうな砦ねぇ。なんであんなのに手間取ったの?」

「その……強力な魔法障壁を張られてしまい、魔法が一切通じないのです。ブレスすらも……」

案内をしているのはいつものウィッチである。軍勢の前に立つときと違い、その様には威厳の欠片も無い。

この場には、一応北部方面軍の一部の兵士や指揮官が揃っているのだが、黒竜姫はそんな面子は一々気にしない。

「つまり、ブレスを防がれて頭に血が上ったあの馬鹿兄弟が、無策のまま突っ込んで返り討ちにあった、と」

「はい。その通りで……私は、ブレスを防がれたら撤退しろと言ったのですが……」

ウィッチの言葉を聞いた上で、特には反応せず、黒竜姫はつまらなさそうに崖向こうの砦を見やる。

「メテオがダメなら、確かに現代魔法は通じないわねぇ」

「ブレスが無理なら、古代魔法も無理では……?」

ウィッチは古代魔法には明るくないが、ブレスが古代魔法として強力なのは竜族を見ていて良くわかっているつもりだった。

しかし、黒竜姫は静かに首を振る。

「ブレスなんて大した魔法じゃないわよ。習得は難しいらしいけど、あれが強いのは竜族が巨大化できるのと、魔力が強いからってだけなの」

「そうなのですか……?」

「ええ、そうよ。使うだけなら賢ければ誰でもできると思うわ。ただ、強い肺活筋を持ってないとその威力は激減するらしいけどね」

つまらない話題の中、やっと気が紛れるような話になったのか、黒竜姫は少しだけ微笑みながら、偉そうに講釈を始める。

「実際、苦労して炎のブレスを習得した悪魔族のハーミットが、あまりの威力の低さに嘆いたという逸話もあるわ」

初歩の火球魔法の方がずっと強いくらい、と、付け足す。

「吐き出せる息の強さによって威力が変わるなんて、流石古代魔法。微妙に使いにくいですね……」

「そうね。私もそう思うわ。古代魔法なんて効率が悪いか使い勝手が悪いかのどっちかなのよ。だから廃れたの」

魔法陣みたいに便利なのはあるんだけどねぇ、と、さほど残念そうでもなく講釈を終える。

「さて、そんな訳であの砦だけど。私が単身乗り込んで壊すのは容易いけど、それじゃつまらないわ」

黒竜姫はトカゲ状態になっても勿論強い。

他の黒竜を圧倒するだけの巨大な体躯と、絶対的な破壊力を持ち合わせている。

戦場に出ればその一際目立つ巨大さから『ダークネスドラゴン』だとか『闇の王』だとか少し小洒落て『ブラックリリー』だとか呼ばれている。

黒竜姫的にはブラックリリーが一番のお気に入りだが、いずれにしても自分に二つ名がつくのは悪い気はしないらしかった。

その名の通りに、黒竜姫の髪には時たま百合の花が飾られており、変身時にも百合の香り漂わせ戦地を飛び回っている。

「あの、一体どのように攻めるおつもりで……?」

「ねえウィッチ、メテオを使ったって事は、皆殺しにしても構わないのよね?」

まずは確認である。魔王の意思をできるだけ汲もうとしている黒竜姫は、必要が無い限り非戦闘員には手を出さないように心がけていた。

「ええ、砦ですし、最初に非戦闘員の避難勧告は出しておきました。陛下も更地にする事には承諾をくださいました」

「そう、なら問題ないわね」

言いながら、黒竜姫が右手を上にそっと挙げる。

「……?」

何をするのかと見ていたウィッチだが、それは自分が戦闘時に良く取るポーズに似ていた事に気づく。

やはりパチリ、と指が鳴らされ、それは完了したらしかった。

「まさか――」

メテオは通じない。では何をしようというのか。

発動方法はメテオと良く似通っているように見えた。

しかし、彼女がしたそれは、果たして同じものなのか。

ウィッチは考えた。考えている間に、結果が目の前に現れた。


「こ、こんな――」

空には、魔法陣。ウィッチがメテオを発動させた時と同じサイズのものが展開される。

「こんな事って――」

ウィッチの驚きは、控えている指揮官や兵士達にも伝染していく。

空には無数の魔法陣。崖の上はどよめいていた。

砦を中心に、周辺の山々に至るまで、全ての地形を覆い包む魔力の『場』が生まれていた。

「古代魔法『アステロイド・レイン』よ。まあ、メテオの原型になったような魔法だわね」

それは、ありえない光景だった。無数に展開された魔法陣。

そのいずれからも、メテオよりも巨大な岩石が召喚されていく。

メテオの岩石のサイズは、術者の魔力量と質に直結している。

その基準で見るなら、この数、この巨大さを誇る黒竜姫とは、一体どれだけでたらめな魔力を持っているのか。

「そんな……黒竜族は、ブレスと変身以外にも古代魔法を……?」

何より、彼女は黒竜族が他の魔法を使うなんて聞いた事もなかったのだ。

そもそもそんなもの使わなくても圧倒的だから使わないのかもしれないが、余興じみて使われたこの古代魔法が、このような規模を誇っているというのだから、自分達と黒竜族の力の差を悲しいほど思い知らされていた。

「勘違いしちゃダメよ。多分黒竜でも使えるのは私くらいだもの」

「へっ、そ、そうなのですか? それは何故――」

意外な返答に安心したものの、自分より遥かに短い工程で瞬時に古代魔法を発動させた黒竜姫に、やはりウィッチは恐れを感じてしまう。

同時に興味も湧いてしまうのだが、その好奇心はあまり黒竜姫には歓迎されていなかった。

「……教え込まれたのよ。子供の頃にね。それだけだわ」

先ほどまでの機嫌のよさそうな微笑みはどこへやら、転じて暗い表情になり、背後に展開されるゲートへと歩いていく。

「あっ、黒竜姫様っ?」

「早く撤収するわよ。長居すると巻き込まれるから。さっさとゲート発動させた方がいいわよ?」

言いながら、黒竜姫は天を指す。

ウィッチたちがその通りに見上げると、自分たちの真上にもいくつかの岩石が迫っているのが見えた。

走って逃げられるサイズではない。

「て、撤収!! 早く撤収するわよ!!」

ウィッチの号令と共に、軍勢は一目散にゲートへと急いだ。


 その後、ゲルハルト要塞は、それを支えるアルファ連峰諸共更地となり、魔王軍の支配下に置かれた。

黒竜姫の放った古代魔法は、周辺地形だけでなく、環境までも狂わせ、その衝撃により北部の国々に巨大な地震、地割れ、がけ崩れ等の土砂災害を巻き起こさせた。

特にパスタ王国の被害は甚大で、魔王軍と戦うどころではなくなり、民衆や軍を他国に委ね、王族は後始末として投降する事となった。



「……と、このように、私が一撃で彼の砦を破壊したのです!!」

玉座にて、そのような事があったという報告を黒竜姫自身から受ける魔王であるが、いつもどおり半分位聞き流していた。

「そうか、それは良かった」

一応ただ聞き流すだけではなく、それとなく反応はしてあげる優しさを見せたりもしている。

「あの、陛下……」

「うん? どうした?」

しかし傅きそれを聞く黒竜姫は不満げである。

「私、今回はすごく頑張ったのですよ? 普段滅多に使わない古代魔法を使って、邪魔な山まで破壊して――」

山の破壊までは誰も命じていない事だったが、確かに黒竜姫は良くがんばっていた。

余裕綽々で発動させたかに見せていた古代魔法であるが、黒竜姫をもってしてもあれはギリギリの発動であり、彼女の魔力は空になる寸前だった。

気だるくてクタクタで今にも眠ってしまいたいくらい疲れているが、それでも休んだりせずに魔王に報告しに来たのだ。健気である。

「なんだ、疲れているのか。全く、無茶をする……」

しかし、肝心の魔王は何故か呆れている。黒竜姫としては辛かった。

「それに、今回の件は半分位黒竜翁の暴走のようなものだからなあ。全く、娘を何だと思っているのか」

魔王としては、さほど北部には執着はなく、そんなのいいから別の所で戦果をあげて欲しいと思っていた為、正直あまり褒める気にはなれなかった。

これはどちらかといえば黒竜姫ではなく黒竜翁に対しての不満なのだが、黒竜姫は自分のことを責められているように感じてしまっていた。

「……」

その水色の瞳はどこか悲しげで、それ以上はもう主張する気が起きないらしく、静かに頭を下げるばかりであった。

「まあ、そうは言っても、今回良く頑張ったらしいからな。君自身に対しての評価は間違いなく上がったと思ってくれていい」

見ていていたたまれなくなったので、仕方なしに魔王は飴をあげることにした。

「えっ……あ、あの、それって――」

はっと顔を上げ、黒竜姫が聞き返す中、魔王は玉座から立ち上がり、膝を付く黒竜姫の前に立つ。

「偉いぞ。これからも良く私の言う事を聞き、活躍してくれたまえ」

軽く髪を撫でてやる。たったの2、3回。それだけである。

「あっ、あっ……あのっ――」

突然の事に驚きながらも、頬を真っ赤にし、言葉を詰まらせてしまう。

緊張に肩が震え、どうしたらいいのか解らず瞳は右往左往。

彼女の頭の中は既にパニックに陥っており、その心は尽きる事の無い乙女の叫びを秘めていた。

「……いや、私が言うのもアレだが、君は少し純情すぎないか……?」

魔王も見ていて苦笑してしまう。

年頃の乙女の甘酸っぱい感情は、中年男には可笑しくも映る事があるのだ。

「す、すみません。私は……あの……人に頭をなでられた事って、なくてその……」

「そうか。まあ、君も疲れているようだし、私は部屋に戻る事にするよ。良く休みなさい」

「は、はいっ、ありがとうございましたっ」

黒竜姫はぺこり、と頭を下げ、そのまま魔王が立ち去るまで上げる事はなかった。

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