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趣味人な魔王、世界を変える  作者: 海蛇
2章 賢者と魔王
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#1-1.愚かな赤竜の顛末

 ある秋の日の事である。

人間世界中央部で、大々的に宗教弾圧が広まっていった中、大陸北部は魔王軍との激しい攻防が繰り広げられていた。

中央方面軍が大帝国率いる同盟軍にその進路を阻まれていったのと同じように、北部ではケッパーベリー帝国とアクアパッツァ王国の二国が中心となり、連合軍を形成していた。


 大陸北東地域、アルファ連峰の一角に構えられたパスタ公国の砦『ゲルハルト要塞』は、現在魔王軍北部方面軍による攻撃を受けていた。

魔王軍は、前哨戦となる野戦では空を飛べる魔物兵や魔族達の自在な機動性によって圧倒的勝利を収めたものの、敵が篭城戦に移行したあたりで手間取り、戦況は拮抗してしまっていた。

「全く、こんな辺境の砦一つ落とすのに何を手間取っているのか……」 

砦の上空。軍勢が攻めあぐねているのを見ていた赤いとんがり帽子のウィッチは、砦の門一つ突破できていない自軍の不甲斐無さに呆れていた。

普段と違って極端に短いスカートと、その下にスパッツをはいた彼女は、箒の上に腰掛け、少し形の崩れた帽子を手で押さえながら現場の戦況を眺めていたのだ。

ゲルハルト要塞は、山岳地帯に建っているだけあり地形的にかなり堅牢であるが、空を飛べる魔物や魔族で構成されている北部方面軍にはさほど障害とはならない。

砦の規模も兵数も確かに他の北部の砦と比べて大したものであるが、言ってしまえばそれだけで、地形もろとも破壊せしめる自分には何の意味も無いものだとウィッチは思う。

「ま、早く終わらせようかしら。こんな所で時間を喰ってるとラミア様が大変だわ」

元々視察の為に来た彼女であったが、この戦況のままではいつまで経っても北部侵攻はままならないものと判断し、さっさと参戦して片付けることにした。

「とりあえず中心部を狙って……友軍の位置はあの辺りだから……」

ぶつぶつと呟くのは彼女の癖である。

これから発生させる魔法は非常に強力な反面、地形そのものを敵味方の区別なく破壊する超広範囲魔法。

下手を打てば敵軍どころか味方の軍勢まで巻き添えにしかねない使い所の難しい魔法である。

緻密な計算で落下位置と影響範囲を割り出し、目算との誤差の調整もし、そこで初めて魔法の発動の為のコンセントレーションに入る。

息を吸い、吐き、吸い。最後に目を閉じ、数秒。ゆっくりと開くと、右手を軽く挙げ、パチリ、と指を鳴らした。

直後、空は眩く光る。

巨大な魔法陣がウィッチの狙い通りに砦の上空に発生する。

魔法陣からは砦を破壊できるだけの巨大な岩石が、音もなくゆっくりと落下していく。

ウィッチ族最強にして、現代魔法最強の物理破壊魔法『メテオ』発動の瞬間である。

「こんな辺境に魔法使いが何人いるか知らないけど、これで終わりかしらね」

中央の大国なら、これを防げるだけの数と質の魔法の遣い手がおり、妨害される事も少なからずあった。

だが、ここは北部の辺境の砦である。

砦の規模こそ大きいものの、人的な質はそこまで揃っていないのは野戦を見ればよく解る。

ウィッチは笑う。上空の異変に気づいた人間はいかほどいるだろうか。

気づかずに死ねれば幸せだが、果たしてそんな人間はいるはずもなく。

ただただ、巨大な岩石が自分達に迫ってくる様を、死の間際まで目に焼き付けていくのだろう。

大きらいな虫けらが潰されて死ぬのを想像すると面白くて仕方が無い。

そんな、普段は人に見せないような隠れたサディズムを人目はばからず表に出しながら、ウィッチはにたりと笑ったのだ。


「あ、アレは――」

「メテオの魔法だ、まずいぞ、岩が落ちてくるっ!!」

当然、岩の下の人間達はパニックに陥っていた。

門前で戦っている兵もあんぐりと口を開いたまま棒立ちしてしまい、その隙を狙われ刺し殺される者も居た。

屋上にて、剣を片手に砦の指揮を執っていた将軍は、だが、逃げても間に合うまいと、ゆっくり落下してくる岩石を見つめていた。

「メテオとは、恐ろしい魔法をやすやすと使うものですな」

だが、傍らに控える魔術師は、動ずることなくそれを眺めていた。

「魔術師殿……折角来ていただいたが、これでは――」

「諦めていらっしゃるのですか? この程度の魔法、我ら教団に掛かれば何のことはありませんぞ」

言いながら、壮年の魔術師は、背後に立つ、若い魔術師達の方を見る。

「直撃までわずかに時間がある。アレを防ぐぞ。各自、散れ」

師の言葉に、その若き魔術師達は別々の方向にばらけ走っていく。

「防げるのか、アレを……中央なら数にモノを言わせ、防ぐ事もできるという話だが……」

期待半分、しかしそれは難しいのではないかという疑問もあり、将軍は半ば死を受け入れていた。

「我らの得た新たな魔法――とくと御覧に入れよう」

にやりと笑う壮年の魔術師。両手を広げ、掌に魔力を込める。

『我が弟子らよ。我らの力、今こそ見せる時ぞ。聖竜の加護ぞあらん!!』

バチリ、と両掌が閃光する。

直後、砦の何箇所かから雷撃が飛び、上空でそれらが結びついていく。

そして、この魔術師の放った雷撃を中心に、それぞれの雷撃が網のように広まっていった。

『全ての魔法は、我らが聖なる魔法に道を譲れぃ!!』

落下してきた岩石は、その雷撃の網とぶつかるや粉々に砕け、砕けた破片すら、そこから発生するプラズマによって爆散し、蒸発していった。


「そ、そんな……メテオが相殺されるなんて」

突然の事に頬を強張らせるウィッチであったが、それならばと、現場の指揮官に水晶で指示を出す。

「メテオが防がれたわ。竜族に攻撃させなさい」

『かしこまりました、赤竜の三兄弟を向かわせます』

指揮官は恭しく対応し、即座に控えさせていた竜族をウィッチの元に派遣した。


「こんな事が――」

将軍は絶句した。この砦の魔術師達は、目の前の壮年を含めて10人にも満たないというのに。

歴戦のバトルメイジが30人40人集まって、ようやっと相殺できると言われている超広範囲魔法を、たったそれだけの人数で完璧に防いだのだ。

これほどの技量を持った遣い手など見たことがある訳もなく、将軍はただ驚かされていた。

「我らが魔法は、現代魔法と比べ遥かに効率が良く、それでいて効果も高いのです」

将軍の顔に満足したのか、魔術師はシワだらけの頬を緩ませる。

「ですが油断はなりませんぞ。魔法が無理となれば、次はドラゴンが来るやもしれませぬ」

魔王軍の対要塞戦術は昔から結構パターンが決まっていて、軍務に就いている者ならば基礎として叩き込まれるレベルの知識である。

まず最初に強力な魔法が飛んできて、それで陥とし切れないならドラゴンを使う。

ブラックドラゴンだけは何の前触れもなく突っ込んでくる為完全に不意打ちになるのだが、他のドラゴンは基本的に魔族との連携を重視して来るのでパターンは読めていた。

最も、読めていても強力過ぎて防げないのがドラゴンの脅威なのだが。

「むう、ドラゴンか……だが、ブレスさえ凌げれば、我らにも対竜兵器がある。そう易々とは負けんぞ」

その為、将軍もある程度の損失は覚悟していた。

ドラゴンとの戦闘で受ける被害は甚大だが、それによって一匹でも二匹でもドラゴンを葬れれば、それは魔王軍にとって多大な損失になるはずであるという考えの元である。

「ドラゴンが最も恐ろしいのはブレスであると言われておりますが、我らの障壁はアレであっても例外なく防げます」

「なんと、そうなのか!?」

「ブレスとは、体内にある魔力を、息吹を通して発動させる古代魔法。それ故、魔法障壁によって防げるのです」

ドラゴンの恐怖の象徴とも言われているブレス攻撃は、彼らにとって何の脅威にもなっていないらしかった。

余裕すら見せるこの壮年の魔術師に、将軍はいつの間にか心強さを感じ、信頼してしまっていた。

「ならば、我らは近づいてきたドラゴンに対竜兵器を喰らわせる事だけ考えれば……」

「その通りでございます。彼奴らのこと、ブレスが通じぬと見れば、馬鹿の一つ覚えのように突っ込んでくるに違いありませんでな」

その巨体による突撃は、堅牢な要塞であってもただではすまないほどの衝撃となるのだが、ドラゴンを滅ぼす事が出来るチャンスでもあるのだ。

「よし、各自対ドラゴン戦用意!! 魔術師殿。ブレスの警戒を任せましたぞ」

「御意。我らにお任せを。必ずや勝ちましょうぞ」

こうして、ゲルハルト要塞はドラゴンへの警戒態勢に移行されていった。


 砦向かいの崖上。

防衛サイドが既にドラゴンへの警戒を強めていることなど知った事ではなく、ウィッチの下には、三人の赤竜が集っていた。

「待たせたなウィッチ殿。我ら赤竜三兄弟がくればもう安心だ」

腕を組み、偉そうに笑う赤竜族の男達。

確かに兄弟と言うだけあって顔立ちは似ていたが、ウィッチはやけに偉そうなこの三人に苛立っていた。

「遅すぎるわ。今まで何をしていたのよ?」

「腹ごしらえをしていたのだ。意外と珍味だったぜ」

左側に立つ男がにたりと笑う。口には赤い跡があり、指先からは血がぼたりとこぼれた。

「……悪食な」

何を食したのか察したウィッチは、気色悪そうに口元を覆う。

潔癖症な彼女は、人間というものが大きらいであるが、普段誰も口にしないようなものをあえて口にする悪食なこの三人にも同じような嫌悪感を抱いていた。

「美食と言って欲しいな。この味は戦地に出ないと中々味わえん」

「そんなだからあなた達赤竜はいつまでも竜族のヒエラルキーの最下層にいるのよ」

 

 竜族は長族の血族や純血の黒竜を頂点に、黒竜とのハーフ、青竜、青竜とのハーフ、ハーフを含めた全ての赤竜、といった階層社会を形成している。

残虐で暴力的ながら知性が高く、圧倒的な力を持つ黒竜はともかくとして、純粋な力のみであるなら青竜よりも赤竜の方が強いはずなのだが、赤竜は品位が低く、また知性も竜としてはそこそこしかない為、常に最下層に置かれている。

頂点に立つ黒竜族は意外にも知を尊ぶ傾向が強く、その点においては赤竜よりは青竜の方が遥かに秀でている為、青竜は重用される傾向が強い。

ラミア等の異種族の知識層に対しても相応に重く扱う反面、どれだけ力を持っていようと知性を感じさせない相手ならば容赦なく叩きのめす。

ただ我侭なだけではなく、一応は彼らの思想や一定のルールの元判別されている事もあり、竜族の社会は魔界において比較的高度であると魔王やラミアには評されている。


 その、社会において最下層な、戦闘力ばかりで品の無い、言ってしまえば頭の悪い三兄弟が今、ウィッチの前に居るのだ。

「とりあえず砦を攻撃なさい。メテオが防がれたけど、ブレスならいけるでしょうし、それも防がれるようなら一旦退いて作戦を考えましょ」

頭が痛くなってきたウィッチは、とりあえずこの三人に攻撃の指示を出した。出したが、三人は不敵に笑うばかりである。

「ふん、他の奴らならいざ知らず、我らは歴戦の猛者だ。負けるとは思えん」

「まだ喰い足りネェ。別に喰いながら戦ってもいいんだろう?」

「ウィッチ殿も中々いいよな。この後俺達と遊ぼうぜ」

三人が三人ともロクでもなかった。一応長兄らしい真ん中に立つ男だけはそこまで馬鹿っぽくはないが、自信過剰というか、自分が見えていないナルシズム満点な様子であった。

「……つまらない事言ってると爆殺するわよ? 私の魔力、味わってみる?」

「まあそう堅くなるなよ。我らの力を見ればその考えも変わるぜ」

いらつきのあまり恫喝するが、流石に歴戦の竜ともなるとその程度ではひるまず、にやにやと笑われてしまう。

「いくぞお前ら。人間の砦に俺達の必殺技を見せてやるんだ」

「兄者、腹減ったぜ」

「戦場で女兵士さらっちまおうぜ。綺麗な女は連れ帰って、そうじゃない奴は喰っちまえばいい」

品なく笑いながら去っていく三人に、ウィッチの不安がどんどん増していったのは言うまでも無い。


「おう、レーダ兄、どこに突っ込めばいいんだ俺達は?」

三兄弟は赤い鱗のトカゲ形態に変身し、砦上空を旋回していた。竜が共通でよくする、突撃の為の様子見である。

「まずは必殺技をウィッチに見せてやるぞ。その後前門にハイエダが行け。オグは砦中央を強襲しろ。俺は砦の後門を破壊する」

「よっしゃ任せなぁ!! 人間共を皆殺しにしてやるぜぇっ!!」

「ぎひひひひ、俺達の絶技を見たら、あの女、自分から抱いてって言ってくるに違いねぇ!!」

下品に笑う弟達に「仕方の無い奴らだ」と一人ごちるレーダだが、その口元は深く裂け、残虐に笑っていた。

「よし、行くぞ。目標は敵の弓矢射出機だ。あれとその周辺を焼き尽くすぞ!!」

「おっしゃ、いくぞ――」

「丸焼けだぁっ!! 全部焼いちまうぞ――」


『竜戯・三連劫火炎波(ごうかえんぱ)!!』


 三人の竜が、上空より一箇所に向け、次々と強力な炎のブレスを吐きつけてゆく。

津波の如く押し寄せ轟音を立て迫る炎は、砦の一角を瞬く間に溶解させ、原型も残らぬほどに消滅させる……はずであった。


「ば、馬鹿なぁっ!?」

「おい兄者、どうなってやがるんだぁっ!?」

「解らん。これがウィッチの言った障壁とやらか。くそ、こんな強力なものだったとは」


 信じられない光景に、三兄弟は驚愕してしまう。

自分たちの編み出した三連ブレスを、砦の防衛戦力は容易く防いだのだ。

今までどんな敵が相手でもこんな事はなかったので、突然の事に混乱してしまう。

「くそ、人間如きにコケにされちまったら赤竜三兄弟の名折れだぜ」

「兄者、やっちまおうぜ」

「おうよ。さっき言った通り突っ込むぞ。竜の怖さがブレスだけじゃないって事を思い知らせてやる」

魔法は魔法で防がれる。だが、物理は物理では打ち消せない。

そう考えた彼らは、失敗したら退けという事前のウィッチの指示を忘れ、感情の赴くまま、敵の砦に突っ込んでいった。



 結果だけ考えれば悲惨なものである。

三兄弟は全滅し、この度の魔王軍の侵攻は失敗が確定した。

次兄オグは砦中央に着地した所を三本の滅竜槍の直撃を受け即死。

末弟のハイエダは空腹さを満たす為に餌を喰らおうと門に頭を突っ込み、門自体は破壊したものの、待ち受けていた対竜斧を頭から受け、頭蓋をかち割られた。

長兄レーダは後門の強襲に成功したが、弟達の様子がおかしいのに気づき、再び飛翔した所を砦の複数箇所から飛んできた巨大な投石や魔術師たちの魔法によって叩き落とされ、着地姿勢をとれないまま墜落死した。


 三者三様に馬鹿げた死因であり、最初からウィッチに言われるままにしていれば、あるいはばらけずに一まとめに襲い掛かれば、ここまで悲惨な事にはならなかったであろう結末である。

ウィッチも報告するのが恥ずかしくなるほど情けない話であり、ラミアも魔王もその話を聞いて苦笑せざるを得なかった。

人間から見れば強大な竜であるが、魔王軍的に見れば損失は微々たる物である。

竜族の数自体はそこまででもないが、それでも赤竜は竜族の中では比較的多く、魔王軍内での扱い的には雑兵に毛が生えた程度のものである。

ウィッチが現地指揮官を通して早々に撤退命令を出した事によって、魔物兵や他の魔族達の被害も比較的少なく済み、作戦が失敗した以外には特に問題になるほどのことではなかった為、この失敗は多くの者にとって、笑って済まされる程度の話でまとまった。


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