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趣味人な魔王、世界を変える  作者: 海蛇
10章 世界の平和の為に
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#8-2.世界最強の偽者

「――これは、一体」

突如始まった魔王とエレイソンの戦いは、監禁され、封印されていたカルバーンからも見えていた。

本来なら何も見る事の出来ない密室に閉じ込められていたはずだったが、暴れまわるエレイソンが教団本部の壁を破壊しはじめ、その所為で壁が壊れたのだ。

封印の影響でまだ身動きこそとれないものの、目の前で広がる戦いに、どこか見覚えのあるような、そんな気がしながら。

カルバーンは、両者の戦いを見ていた。



 明らかに魔王の優勢であった。

腕一本奪われたとはいえ、それは所詮有効打を生めぬ無用の長物に過ぎない。

右腕一本、その手に持ったこの『王剣』さえあればそれで十分だったのだ。

対してエレイソンは翼が傷つき、最早逃げる事も叶わず、身体中にドラゴンスレイヤーが突き刺さっていた。

それでも尚、この巨体は魔王の身体を刈り取るべく襲い掛かる。

一時的な優位など覆さんとばかりに、その重い一撃は魔王を叩き潰そうとする。

だが、当たらない。かすりもしない。

そしてお返しとばかりに突き出した左腕に王剣をあてがわれ、内部から破壊される。

巨体がぐらつき、前のめりに倒れそうになっていた。


「――この光景」

真っ白な雪絨毯。いつ壊れたのか、結界は消え去り、祭壇のあった場所には氷の吹雪が吹き付ける。

養父である金竜と片腕を失った黒の魔王。

「あの夢と同じだわ――ううん、あれは、やっぱり夢だったのよ」

近い光景は夢で見たことがあった。だが、その時は養父の優勢を感じさせていたのだ。

実際に今目の前で広がる光景は魔王優勢。

確かに腕の一本も取られてはいるが、その程度では揺るがぬほどの自信の顔が魔王には見て取れた。

そう、それが見て取れる場所に、自分がいたのだ。

明らかに夢とは違っていた。これが、そうこれこそが現実だったのだ。


「どうした紛い物よ。腕の一本を()いで、それで終わりかね? お前の『最強』は随分と安っぽいな?」

余裕すら見せ嘲笑う魔王。

エレイソンは攻めあぐね、怯えを孕んだ眼で距離を取っていた。

『はぁっ、はぁっ――』

そして、否応なしに冷静にさせられていた。

がむしゃらに暴れたところで、この男にはロクに攻撃を当てられない。

この魔王を倒すには、戦術らしきものが必要なのだ。

そう気づき、大きく息を吸い込む。

「あのブレスは、私には通用せんぞ」

構わず突っ込んでくる魔王に、エレイソンは大きく笑いながら飛びかかる。

『掛かったな――』

「なっ――」

唖然とする魔王に叩き付けられる巨体。

ディオミスの山々が、大きく揺れた。


『ぎぃ――う、うぐ――』

巨体にのしかかられこれで終わったかと思いきや、その腹には激痛が走る。

『あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!』

こらえきれずすぐに飛び退いてしまう。

腹下に突き刺さったままの『王剣』は、かよわく光りながらもエレイソンを苦しめていた。

「――私を護ったのかヴァルキリーよ。可愛い奴だ!」

叩き付けを喰らい頭から血を流していた魔王であったが、これぞ好機だとばかりに飛びかかり、王剣を再び手に取るや、その柄を心の臓めがけて深々と叩き込む。

「これで終わりだ、ドッペルゲンガー!!」

『ぐぁっ――ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!』

のた打ち回るエレイソンの巨体に弾き飛ばされ地面と激突するも、その一撃は確実にエレイソンの急所を抉っていた。

魔王の受けた傷も尋常ではないが、エレイソンもやがてピクピクと痙攣するのみになる。


「――危なかったな。油断大敵、という事か」

そも、数々の戦で猛者と呼ばれる者が己の慢心や油断が元で命を落としていたのだ。

そんな程度の事も念頭に置かず、随分と無駄な事をしていたものだと今更のように気づき、魔王は苦笑していた。

やがて動かなくなったエレイソンの巨体。それが、呪いを維持できなくなってか、見覚えのある年寄りのものへと変わっていった。

「……その姿となっては、もう戦えまい。まだ死んではいないのだろうが、ここまでだな」

年寄りの姿へと戻った金竜の元へのろのろと歩み寄る魔王。近くに転がっていた王剣を手に取り、「ふう」と、大きく息をついた。

だが、それと同じくして、老人の指はぴくりと震えたのだ。


「まだよっ――まだ終わってない!!」


 その声に、魔王はびくりとしてしまった。

どこから聞こえた声なのか、それを探してしまった。

「君は――」

一瞬、アンナがいるように見えて、しかしそれがカルバーンなのだと気づき、もうついていない左腕を挙げようとして、それを思い出し苦笑いして――


「うぉっ!?」

――直後、心臓を穿(うが)かれたはずのエレイソンが起き上がり、魔王の『顔』を右手で掴んだのだ。

「くっ、貴様――まだ……!?」

「危なかったな。お前が近づいてくれなかったら――死ぬところだったぞ?」

そして、魔王は二人になっていた。

王剣片手に顔を掴まれている満身創痍の魔王と、にたにたと笑いながら無傷のまま顔を掴んでいる魔王。

ここにきてまさかの形勢逆転。驚愕は、掴まれている魔王からだった。

「くっ、迂闊だった!? そうか、お前、こうやって他者に――」

「そうだとも。私は今まで『こうやって』他者に成り代わってきた。だが、それももう終わりだ――貴様に成り代わり、私が魔王になってやろう!」

首を握り締めたまま、頭から地面へと叩きつける。

「かはっ――」

激痛に(うめ)きながら、それでも意識を保つ魔王に容赦せず、二回、三回と繰り返し、ドッペルゲンガーは哂った。

「――ふはははっ、なんだこの身体は。あんな年老いた金竜などよりずっと強いではないか! 力が(みなぎ)るぞ! これだ、これこそが私の求めていた『最強』だ!!」

機嫌よさげに笑うドッペルゲンガー。

そのまま魔王の体を宙へと放り投げ、追撃に蹴りを放つ。

背中から地面へと叩きつけられた魔王は、朦朧とする意識の中、なんとか立ち上がろうとするも、ふらついていた。

『癒え――』

『コマンドメソッドブロッキング/対象SSS#04:ドルアーガ』

傷を癒そうとした魔王だったが、即座に発せられたドッペルゲンガーの『命令』が優先された。

「くっ――命令権まで持っているとは。手の込んだ紛い物だ」

「私は本物だ。紛い物などではない」

悔しまぎれに歯を噛む魔王。

だが、優勢のはずのドッペルゲンガーは魔王の物言いに苛立っていた。

「――私に成り代わるところまでは想像できていたがね。お前が、どのようにして変わるのかまでは解らなかった。これも、油断という奴なのだろうかね?」

「それが貴様の慢心だ。強い者は、いつだって油断する。その強すぎる力故に。弱き者の気持ちもわからず、考えも理解できず、それが故に不覚を受ける」

首を掴まれ無理やりに起き上がらされる。

だらんと下がった右手には王剣が握られていたが、これが動く様子もなかった。

「王剣はどうした? お前を助けてくれるんじゃなかったのか?」

「魂の無いこいつに、酷な事を言ってくれるなよ。同じ『私』とも思えん」

苦笑する魔王に、一旦引かれた右手が振り抜かれ――心臓を直に貫かれた。

「この程度で貴様が死ぬとも思えんが。仮に再起したとして、貴様が戻った頃には、貴様が築いたものは全て私のモノだ」

「――そうかな? だったら、せめて善い世界を作って欲しいもんだ」

自分が成り代わられるというのに、この魔王は怒りも苦しみも悲しみすらも見せず、ただ笑っていた。

その顔しかできぬとばかりに。苦悶の声すら上げられず。

「ああ、創ってやるさ。貴様のような外道の偽善などと違い、真にこの世界の民の為になるような世界を、な。だから、安心して眠るが良い」

それが慈悲なのか。あるいは『強者故の慢心』によるものなのか。

魔王となったドッペルゲンガーは、キッ、とこの敗残者を一瞥(いちべつ)し――崖下へと放り投げた。



「あ――」

闘いは、かつて養父の姿をしていた魔王の勝利となった。

だが、カルバーンの視線はそんなものではなく、崖下へ投げ込まれ落ちていく、その哀れな元魔王にこそ注がれていた。

「カルバーンか。お前のおかげで助かったぞ」

ようやく動けるようになり、立ち上がる。

そうして歩み寄ってくる長身の中年男に向け走り寄る。

「お前も来るのか? 良いだろう、ここで――」

――次はカルバーンか。

彼がそう思った矢先、彼女はその脇をすり抜け――自ら崖下へと飛び込んでいったのだ。

「むうっ!? 馬鹿なっ、お前、何を――」

「そんなの、私にだって解らないっ!!」


 突然の事に困惑するドッペルゲンガーであったが、カルバーン自身よく解らずにそうなっていたのだ。

身体が勝手に動いたとでも言うのだろうか。ただ、その視線の先には敗れ去った男の姿があった。

そうして空中で二人の影は重なり――庇うように抱きしめたカルバーンもろとも、二人は崖下へと落ちていった。

高山の頂上からの転落である。いかに頑丈な竜族と言えどタダでは済まない。


「……馬鹿者が」

その様に、ドッペルゲンガーは胸の奥から気分の悪くなるようなものを感じ、吐き捨てるようにして背を向けていた。

そして、山の下から聞こえるは、戦の音。

眼下を見れば、この教団本部めがけ次々と帝国兵らが突撃してくるのが見て取れた。

「――もはや、北部はこれまでか。この教団ともおさらばだな。これからは魔王として、善き世界を創ってやろうではないか」

次第に本部へと広がる剣戟(けんげき)の音を、怒号を、悲鳴を聞きながら、落ち着いたのか、軽く息をつき歩き出した。


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