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趣味人な魔王、世界を変える  作者: 海蛇
10章 世界の平和の為に

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#7-1.女王は振り向けない

 人間世界中央部。帝都アプリコットにて。

南部との戦いに決着がつき、ギド将軍の捨て身によって北部の軍勢が撤退した事もあり、エリーシャは出撃先のトラウベンから帰還。

だが、城内は騒然としていた。


「エリーシャ殿。どうか考え直していただきたい」

女王が座する謁見の間では今、女王の帰還の報を聞いた各地の貴族らが集まり、抗議を行っていた。

その内容は戦争の即時終結。他国への侵略をやめることを求めてのもの。

「このままでは大帝国は大きくなりすぎてしまう。代官も足りず、各地の民は大帝国に対し反感を抱いているようにも思える」

先頭に立ち女王にそれを伝えるのは、皇后ヘーゼルの父であり、有力貴族でもあるジュレ伯アスピックであった。

「肥大化した国家は、やがて内部から分断され、食いつぶされる。これは、いつの時代でも歴史としてあった事だ。かつてこの地にあったバルトハイム帝国も、帝都デルタが壊滅した後に各地の貴族が独立を繰り返し、国としての(てい)をなせなくなったのだと聞く」

アスピックの言葉に、その後ろに控える貴族らも各々頷き「そうだ」「アスピック殿の言うとおりだ」などと口走る者も居た。

だが、女王は黙ったまま、あくまでその言葉に耳を傾けるのみである。


「何より、これ以上の戦いに本当に意味があるのか。戦死者が増え続け、国民すら疑問を抱き始めている。今この帝都は、貴方の采配が本当に正しいのか、首を傾げる者達で不穏な空気に包まれているのだ!」

このままでは、この国は遠からず終末期バルトハイムのような末路を辿るのではないか。

国の各地を預かる貴族として、これは許せる事ではなかったのだ。

「周辺諸国を同調させ、タルト皇女や自身に起きた事の報復として西部を制圧したまではいい。攻撃され、これに対し反撃として戦った此度(こたび)の戦いまでなら、なんとか国民も納得できるだろう。だが、これ以上は駄目だ。やめて欲しい。さもなくば、我が国は……それに、貴方自身が、国民の手によって断罪されかねんのだ」


 そして、貴族らは同時に、エリーシャ自身の身も憂いていた。

ここに立つ者達の中には、勇者時代にエリーシャが世話になり、同時にエリーシャによって助けられた者達も多い。

国を代表して戦地で戦いぬいた彼女に、少なからず関心を抱き、皇帝との婚儀の際には祝福した者も少なくなかった。

特に先頭に立つアスピックにとっては、義理とはいえ娘が母子の関係にある。

そんな彼女に、これ以上の汚名は着せたくない、というのも、彼らの本心として確かに存在していたのだ。


「――貴方がたの気持ち、それに言いたいことは、よくわかったわ。ありがとう」

そして、じ、と耳を傾けるばかりであったエリーシャは、ようやく声を発する。

「でもごめんなさい。この戦いは、やめられないわ」

その言葉は拒絶であった。柔らかな拒否であった。

「なぜそこまで――」

「世界は、バラバラになりすぎた。価値観が違いすぎる。求めるものが違いすぎたわ」

唖然とするアスピック達に向け、エリーシャは(うた)うように語り始める。

「これから先、この世界は魔界とも繋がりが深くなっていく。彼らが何を考えているのかは、まだ完全には解らない。でも、理解できるようにならなければいけないと思うわ。その為には、人類は一枚岩になっていかなくてはいけないの」

今のままでは例え交流が続いても、些細な事が原因でまた、戦争状態に再突入してしまうかもしれない。

あまりにも脆すぎる平和だった。こんなものは平和とは呼べないと、エリーシャは考えていたのだ。

「今のままではいけないの。もっと、人々の意識を平和へと向けなければいけない。いい加減、私は人間との戦争も、魔族との戦争もやめたいのよ」

確かに、今やめれば国民は多少疑問には思いながらも自身の政策にある程度の納得はしてくれるものと思う。

何より、貴族である彼らがまだ味方でいてくれていた。

南部は当然ながら、北部とも有利な条件で講和を結べるかもしれない。

だが、それはつまり、人間世界が三分割されたままの状態を維持するという事に相違ない。

それでは自分が倒れた後、いつかの時代に、人間が魔族を受け入れきる前に、再び人間と魔族だからで戦争が起きかねないのだ。

エリーシャは、これをこそ変えたかった。

「イデオロギーの差異によって、戦争はいつだって起きる可能性があるわ。少し前は人間と魔族だから。そして今は、宗教観や各々の望む未来によって、人間同士で戦争が起きている。人間同士の戦争は、これからも起きるかもしれないし、これを止めるのは私でも難しいと思うわ。だから私は、せめて魔族との戦争は起きないようにしたいのよ」

その為には、魔族と親交を結ぶのが手っ取り早いのだ。

敵であると認識されるから攻撃される。味方になってしまえばいいのだ。魔族を味方にしてしまえばいい。

「だってそうでしょう? 話せば解る相手だったのに最近まで話すことすらせず、互いの事を何も知らずに殺しあってたんだもの。私達は」


 既に知れている人間と比べ、魔族との戦争はあまりにも悲劇的な側面が強すぎた。

分かり合えていたなら、もっと早くに互いを理解できていたら、何億年も続くバカらしい戦争を、どこかで止めることが出来たのではないか。

沢山の機会を、無知が故に、それを知る勇気が無かったが為に失っていたのだとしたら。

これほど悲しい事はなかったんじゃないかと、エリーシャは思ったのだ。


「だが、このまま続ければ、貴方の立場は――」

「きっと、私は失脚するでしょうね。いいえ、それまで()たないかもしれない。でも、いいわ。私はあくまで土台を作るのが仕事だもの。勇者は平和な世界を創り、その後の事は、平和な世界に向いた人がやればいいわ」

最初から解っていた事だった。

無茶を通せば、相応の反発が来る事も。

それによって、自分がとことんまで貶められ、反感を買い、やがては引きずり下ろされるであろう事も。

父親と、自分の半生が築いた勇名、その全てを覆すほどの悪名が、自分に降り注ぐ事も。

それでも役立ちたかったのだ。平和な世界というモノに。

「だから、貴方達には申し訳ないとも思ってる。今はすごく大変だし、きっとこれからも大変になるわ。貴方達には沢山の迷惑をかけてしまう。ごめんなさいね。貴方達の期待に添えなくて」

この場に居る彼らは、女王にそのような挺身(ていしん)は求めていなかったのだ。

ただ女王として、皇帝の代役として、平和に日々を過ごし、健やかに生きていてくれればそれでよかったのだ。

だからか、女王の言葉に彼らは失意のため息を吐き、中には怒りか悲しみか、肩を震わせる者も居た。

「――貴方がた父娘(おやこ)は、国の為に身を削ぎすぎなのだ。もっと、幸せになってくれても良かった」

肩を落としながらに呟くアスピック伯に、エリーシャは口元だけを緩め、力なく笑っていた。

「これが、私の願った幸せよ。この国が、この世界が平和になるなら、それでいいの」

それ以上は求めないわ、と、生気の薄い瞳で見つめながら。

そんな哀しい事を、女王は呟いたのだ。



「アスピック伯。女王は、もう――」

謁見の間から離れた貴族らは、失意のまま、アスピック伯を中心にとぼとぼと歩いていた。

馬車までの道すがらではあるが、その道のりは遠くも感じられ。

「止むをえん。本人が望んでいるのだ。せめて、我らは女王の邪魔をせず、成り行きを見守ろう」

そして何より、無念、という気持ちが彼らの心を重くしていた。


「止めたかったなあ。市井(しせい)には悪く言う者も居ろうが、私はあの娘に何度か助けられた事があった。賊の討伐の手が鮮やかでなあ」

「娘とも仲良くしてくれた。社交の場に馴染めず塞ぎこみがちだった我が娘だが、よき友達になってくれたようだった。おかげで娘は明るくなって良き縁と出会えたし、私も孫の顔が見られたのだ」

「酒の飲みっぷりが素晴らしかった。郷土料理を振舞うと、決まって幸せそうに食べてくれてのう……妻と息子に先立たれて独り身だったワシには、まるで娘か孫が出来たようだったよ」

「なのになんで、あんな――」

「ゼガの時もそうであった。あの家の者は、皆どこか、自分というものを置き去りにしてしまうのかもしれぬ」


 各地を預かる貴族らから見ても、やはりエリーシャのやっている事は捨て身としか思えなかった。

彼女自身は何一つ報われない、何一つ救いのない道を進んでいるようにしか見えていなかった。


「せめて『助けてくれ』と『支えてくれ』と、一言言ってくれればな……」

先頭を歩くアスピック伯も、どこか寂しげで。

「確かに世界は変わりつつあるのでしょうが、こんな中、私たちは無力ですわね……」

隣を歩く女性貴族の呟きに、他の貴族たちも小さく頷いていた。

皆、無力感を味わっていた。

彼らは、エリーシャと共に()く事も、それを止める事もできない。

ただ見ているだけ。それだけしかできない自分達を今日、知ってしまったのだから。


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