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趣味人な魔王、世界を変える  作者: 海蛇
1章 黒竜姫
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#E1-4.溺れる侍女は精霊に掴まれる

「はひぃっ、溺れるっ、溺れちゃうっ!!」

「えっと、大丈夫ですか?」

突然の事にしばらく困惑していたエルゼ達だったが、迷った末ばしゃばしゃと暴れる侍女を助けようとエルゼが近づく。

「あらら、なんだか大変そうですわねぇ」

「あら、あなたは確かハイエルフの――」

エルゼの意識は一瞬で侍女から声のしたほうへと流れてしまう。

日傘を持った白いワンピースのハイエルフが一人で立っていた。

「えぇ、グロリアと申します。あなたは――」

にこりと笑いながら、何故かあらぬ方向を見る。

「吸血族の姫君の、エリザベーチェ様ですわね」

なるほど、と頷きながら、グロリアは向き直り、話すのは初めてであるエルゼの名を言い当てた。

「はい、そうですわ。どうぞエルゼとお呼びください」

無邪気に笑って返すエルゼに、グロリアも「はい」と笑う。

既に二人の意識からは溺れる侍女の事などは消え去っていた。

所詮侍女の扱いなどこんなものである。


「水浴びですか?」

「えぇ、暑いですし、それにお人形さんがとても可愛いのです」

エルゼは眼を輝かせ、人形たちの可愛らしさをアピールする。

先ほどの悲劇に巻き込まれた人形たちも、それほど実害はないらしく何事もなかったかのように遊んでいた。

「まあまあ、可愛らしいお人形さん達ですね。それに沢山の精霊が居て楽しそうですわ」

「えっ、沢山の……?」

プールの、誰も居ないはずの空きスペースを見ながら、グロリアは顔を綻ばせていた。

「水場の底から何人もの精霊の手が伸びていて、とても楽しそう」

その口から出たのは、とてつもなく恐ろしい光景だった。

「はあ、精霊、ですか……?」

その言葉に聞き覚えの無いエルゼは、不思議そうにそんなグロリアを見つめる。

「はい、精霊です! 誰に言っても信じてくれないのですが、あなたは信じてくださいますか?」

グロリアは必死であった。怖いくらいに大真面目である。

「精霊はよく分からないですけど、そういう方がいるのですか?」

「はい、それはもうびっしりと!! そういえばそこの侍女の人も、精霊と戯れていますね」

言いながら侍女の溺れていたプールの中央を見やる。

エルゼも一緒になってそちらを見るが、見えるのは努力むなしく段々沈んでいく侍女の姿だけである。

「ひぃっ、な、何かが足を引っ張って――た、たすけっ、誰か助け――」

不幸な事に精霊に連れ去られていった。


「……」

「……」

無言。静寂がわずかの間、場を支配する。

「精霊ってすごいんですね」

「えぇ、とても力が強いのです」

何事もなかったかのように雑談が始まった。

既に侍女の事など二人の頭には残っていない。見なかったことになったのだ。

侍女の扱いなんてどこの世界でもこんなものである。

「いかがですか、グロリアさんもご一緒に。私には見えないけれど、精霊さんとも遊べますよ」

なんとなしに話が合うのが嬉しいのか、エルゼはにこにこと笑いながら誘う。

「そうですわねぇ。水着もありますし、ちょっと着替えてきますわ」

「はい、待ってますね」

ではこれで、とぺこりと頭を下げ、グロリアは塔へと戻っていった。


「じゃん、どうですか」

そう掛からず戻ってきたグロリアは、比較的大人しめな浅葱色のワンピース水着を着ていた。

「まあ! なんというか、すごいです!!」

しかし、まともな感想が出ないくらいすごかった。圧巻だった。

水着自体には凝った装飾はされていないものの、大きいし綺麗だし大人びていた。

風にたなびく金髪もどこか美しい。

グロリアの水着姿は、子供っぽい自分とはまるで違う、大人の女そのものの美を見せつけ、エルゼに羨ましさすら感じさせる。

「いいなあ。やっぱり大人びた女性って魅力的だと思います」

「そ、そうですか? なんだか、そこまで褒められると逆に恥ずかしいですね」

頬をぽりぽりとかきながら、照れくさそうに身をよじるグロリア。

「でも、人間世界の水着なんてよく持ってましたね」

「ああ、これですか?」

エルゼの素朴な疑問に、自分の着る水着を確認するように見ながら、グロリアは笑った。

「私だけじゃないのですが、セシリアさんの侍女がこういうのを作るのが得意な方らしくて。それで水浴び用に作っていただいたのですよ」

「まあ、そうなんですか。手先が器用な方なんですね」

「ええ、すごく悪戯好きで子供っぽい人ですけど、何でも作れてしまうのです」

すごいですよね、なんて褒め称える。

「でも、エルゼさんもですけど、お人形さん達の水着も可愛らしいですわね」

二人の事など気にも留めずきゃいきゃいと騒ぐ人形達であるが、それを眺め、グロリアは癒されていた。

人形が動くのを見るのは初めてのはずなのだが、それほど気にしないのはマイペースな性格故か。

ハイエルフの姫君は人形が動いて泳ぐという、本来なら奇妙この上ない光景にのどかさを感じていたらしかった。




「あら、陛下ではありませんか。ごきげんよう」

「あの、ごきげんよう……」

魔王がちょうど飲み物の入ったボトルとグラスを手に、城から外に出た辺りの事である。

リボンのついた麦わら帽を被ったセシリアとエクシリアに鉢合わせたのだ。

「やあ二人とも。散歩かね?」

「はい、暑いですが、たまには自然を感じませんと、おかしくなってしまいますから」

ダークエルフはともかくとして、エルフは自然の中に生きていた種族であり、魔界に集落を移した際もやはり森の中に作る程で、周辺環境における自然の度合いは、彼女たちのバイオリズムにも深く関わるらしい。

塔に住まう女性は基本魔王城の敷地内からは出歩かず、場合によっては塔からすら出る事が無い者もいるほどなのだが、彼女のように自然を求め散策に出る事は止められていない。

一応魔王城の敷地周辺は、その立地地形の険しさとは関係なしに様々な植物が植えられており、エルフの姫君らはこれを眺めたりそこに生える植物の実を採取したりするのが日課となっているらしかった。

「ワンピースのドレスも中々いいな」

顎に手を当て、セシリアの服装を褒める。

「あら、お褒めいただきありがとうございます」

澄ましたまま目を閉じ、ぺこりと頭を下げるセシリアである。

やはりこの娘は場慣れ感がすごいな、と魔王は改めて感じた。

「エクシリアもスポーティーというか、動きやすそうでいいじゃないか」

袖の短いシャツに太ももが露になったパンツルックという健康的な魅力は、中々エクシリアに合っている。

「えぇっ!? あ、いえ、あの、そんなこと……はい、ありがとうございます」

褒められ慣れていないのか、困ったようにしどろもどろになるエクシリア。

やはりセシリアがすごいだけでこういう反応が普通なのだろうな、と思ってしまう魔王であった。


「陛下は何を?」

「ああ、この間プールが出来ただろう? 折角だから水辺で涼しく過ごそうと思ってな」

「陛下も泳がれるので?」

「私はかなづちなんだ。泳ごうとすると足がつっていけない」

いい歳して魔王は泳げない人だった。

「私もです」

同類を見つけられて嬉しいのか、セシリアはによによとよくない笑顔を見せる。

「セシリア様は運動神経はすごいはずなのですが、水場だけはダメなんですよね」

エクシリアの言葉にうんうん、と頷きながら、「そうなんですよ」と残念そうに耳を下げる。

「森の中や木の上ならいくらでも飛びまわれるのですが、泳ぐのだけは子供の頃からどうしても――」

普段の言動に似合わず、とても活発なお姫様だった。

「まあ、泳げなくて困る事なんてないからな」

「そうですそうです。泳げないからと笑う人も居ますが、泳げなくても別に死ぬ事は無いのです」

泳げても今この瞬間に死に掛けている侍女がいる事など露ほども知らず、二人のかなづちは笑いあった。


「実は途中でグロリアとはぐれてしまって、探していた最中だったのです」

「そうなのか。もしかしたらこちらにいるのかもしれんな」

なんとなく魔王と一緒になって歩くエルフの姫君達。目的は違えど方向は同じだったらしい。

「あの娘ったら、いつもあらぬ方向を見てふらふらとどこかへ歩いてしまって――」

「なんだ……その、やはり、見えているのかね、『精霊』とやらが」

魔王は、最初に謁見した時の暴走事件を思い出す。

グロリアが必死になって主張していた精霊の存在は、やはり魔界でも『そんなものは存在しない』という多くの識者の意見により黙殺されている。

「そのようですね。本当、困ったものです。いい加減目を覚まして欲しいですわ」

「多分無理だと思いますけど……」

セシリアもエクシリアも溜息が尽きなかった。

「顔もスタイルも抜群にいいのに、そこだけがもう残念で残念で」

「ちょっとだけ暴走しがちだけれど、普段は穏やかだし知的だし、良い方なんですけど……」

二人のグロリアに対する評価はどこか微妙に低くて、珠に瑕というか、勿体無いという言葉がよく似合っているらしかった。



「なにやら賑やかだな……」

三人は遊泳場に着くと、すぐに妙なにぎわいに違和感を感じた。

プールを見ると、それまで人形とエルゼしかいなかったプールが、いつの間にか若い娘達で賑わっていた。

水死体のように浮かぶ侍女の姿は見なかったことにするとしても、その変わりように魔王は目を疑った。

「あら、セシリアさん達もいらっしゃったんですね。陛下も、ごきげんよう」

そしてグロリアがさも当たり前のようにそこにいた。

「グロリアッ、あなたなんて格好して――」

セシリアが駆け寄る。無理も無い。かなり大胆な格好である。

見ればアリスが着ているビキニタイプの水着と違い、比較的布地が多い水着ではあるが、それでも年頃の娘が着るにはあまりにも挑戦的な格好であった。

エルゼと似たような水着のはずなのに、元々のスタイルが良い所為か余計に色っぽく見えてしまう。

白い肌は余計に映えて、とにかく目のやり所に困るのだ。

「この間セリエラさんに作ってもらった水着ですよ。セシリアさんだって持ってるでしょう?」

「持ってるけど……持ってるけど、あんな恥ずかしい水着は着られないわよ!!」

思い出したのか、頬を真っ赤に染めていた。一体どんな水着だったというのか。

「なんだか、エルゼさんのお誘いを受けてプールで遊んでいたのですが、段々と人が集まってしまって……」

見れば除幕式でラミアに異を唱えていた娘も何人か居り、その気の変わりように魔王は驚かされた。

「皆さん、入りたそうだったので誘ったのです。ちょうどグロリアさんが水着の替えを何着も持っていましたので」

よく同じサイズの水着が入ったものだと感心するが、ところどころ胸を押さえている娘もいる辺り、やはりどうしても合わない部分はあるらしかった。

それでも入りたかったというのか、娘達は不便そうではあるが、涼やかな娯楽に癒されていた。

「人が入って遊んでるのを見て我慢できなくなったのか……」

「そうみたいですね」

ラミアは、自分がまず最初に飛び込めばよかったのだ。

その場で服を脱げなどと言わずに、きちんと水着まで用意すればよかったのだ。

その辺り、やはり考えが足りないな、と、部下の詰めの甘さに魔王は笑った。


「二人もどうですか? 水着はあるのですから――」

「だ、誰があんな恥ずかしい格好――」

「私も、人前であれを着るのはちょっと……」

グロリアの誘いに、しかしエルフの二姫は頑なに拒絶していた。

「どんな水着なのかね? そんなに恥ずかしいものなのか?」

あまりの恥ずかしがりように、魔王も逆に興味をそそられてしまう。

「……布地がすごく少ないのです。その、ほとんど紐というか……」

「……なるほど、それは恥ずかしいな」

魔王もつい想像してしまいそうになって、それをやめることにした。

若い娘の前で鼻の下が伸びてしまうのはよろしくないという理由が為に。

「セシリアさん、陛下に良い所を見せるチャンスですよ。こう、ばしゃーんと泳いで『私こんなに泳げるんです』ってアピールを――」

「泳げないわよ」

「泳げなくても良いのです。溺れましょう」

グロリアのテンションはとてつもなかった。何が彼女をそうさせているのかは誰も解らない。

「そして『私こんなにか弱い子なんです』とアピールを」

「しないから。そんなアピールしないから」

冷めた目でツッコミを入れるセシリア。もう慣れた事らしかった。

「えー、折角大好きな陛下が見ているのにそんな事もできないなんて、セシリアさんのいくじな――」

「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!! なんてこと言い出すのよあなたはっ!?」

暴走するグロリアの言葉に聞き捨てならないものが混じっていたらしく、セシリアは涙目になって止めに入った。

「ち、違いますからね陛下? 別に私そういうのでは――」

耳まで真っ赤に染め、セシリアは恐る恐る隣に立つ魔王の顔を見る。

「ああ、今日は良い天気だな」

魔王は聞かなかったことにした。大人の対応である。

「その態度は逆に傷つきますよ!?」

だがセシリアはそれでは納得してくれないらしかった。

「いや、どうしろと言うのだ……」

「陛下、ここはやはりセシリアさんを水の中に突き落としましょう」

グロリアの意見は無視する事にした。

「か、勘違いなさらないでください。私は別に――」

セシリアも挙動が変である。

「あうあうあう」

エクシリアはもうなんだかよく分からないがオロオロとしていた。魔王もオロオロしてしまいたかった。

「……帰りたい」

魔王は途方に暮れてしまう。急に帰りたくなった。面倒なのだ。


「まあまあ、師匠もどうぞおくつろぎくださいませ」

プールから上がったエルゼは、どこからかタオルを取り出し体を拭きながら、魔王のところにひたひたと歩いてきた。

「そのつもりで飲み物も取ってきたんだがね。なんというか、賑やか過ぎて違う気がしてしまって」

エルゼと人形達が戯れる程度の、穏やかで静かな日常を求めていた彼は、目の前のいささか華やか過ぎる群れた娘たちの水場には癒しは感じられなかった。

「何よりその、目のやり場に困るのもある」

エルゼのような幼女ならともかく、グロリアのような年頃の美女や美少女ばかりが集まり、あられのない刺激的な水着姿で戯れている光景というのは、魔王的にかなり危険なものを感じてしまっていた。

魔王とて老いたとはいえ男である。若い娘の肌を見れば否応なしに欲望をかきたてられてしまう。

そういった方向では比較的禁欲的な生活を是とする魔王としては、それはとてもいただけない。

一度欲望に溺れてしまえば、欲に弱い魔族である自分は、間違いなく黒竜翁のような助平親父に成り下がってしまう未来が想像できた。

ラミアはそれを望んでいるらしかったが、魔王としてはそれは避けたかったのだ。

「まあ、楽しむといい。私は帰るよ」

ものすごく名残惜しいし混ざれるものなら混ざって若い娘達と遊びたい気もかなり本気でしたのだが、魔王は我慢したのだった。

自分が紳士である為に。

「そうですか、残念です。では」

エルゼはぺこりと頭を下げると、挨拶もそこそこに、もう一度プールに向かっていく。

まだまだ遊ぶつもりらしい。やはり子供は元気である。

見るとセシリアは未だにグロリアと愚にもつかないやりとりをしており、こちらもまだまだ終わりそうにない。

その馬鹿げた光景に、少しだけ正常感を取り戻しながら、魔王は何事も言わず、城へと戻っていった。



 すぐ後に黒竜姫が別の侍女に作らせたらしい水着姿で現れたのは知る由もなく。

暴力的なまでの抜群のスタイルと美貌を見せ付けられた娘達の幾人かは、自分と照らし合わせて酷く自信を失ったり、逆に同性でありながらその色香に惹き付けられてしまったのだが、そんな事本人は微塵も気にせず、魔王にこの姿を見せられなかったのを悔しがっていた。


 こうして、ラミアの思惑はラミアの知らない間に半ば達成され、プールでの水浴びは魔王城夏の風物詩の一つとして数えられるようになった。


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