#4-2.狂信者、駆ける
「大司教様。足止めを行っていた同志らが全滅した、と、見届けから――」
「そうか……いや、それで良い。彼らはよくやった。良き明日へと旅立ったのだ」
トラウベンから遠く離れた丘。
デフ大司教は、わずかばかりの手勢と共に、眼前にそびえる塔を眺めていた。
エリーシャらをひきつけるため、そして異教徒どもに眼にモノ見せるため向かわせた軍勢は、その役目を果たしたと言える。
後はただ、目的どおりに目標を撃滅させれば終了であった。
「――雑魚には眼もくれるな。我らが狙うはただ一つ――皇帝シフォン!!」
法衣の袖からギラリと怪しく光るエメラルドクリスを取り出し、塔に向け構える。
「これが最後。ここが終わりよ――往くぞ!!」
駆け出す。丘を下り、一斉に目に見える塔――トネリコの塔へと走った。
「敵襲ですって!? そんな、どこから――」
襲撃の報は、アリス達の耳にも即座に入っていた。
「アリス様、いかがなさいますか?」
「この場のリーダーは貴方ですわぁ。ご指示をくださいまし」
傍らに控えるエリーセル・ノアール両名は、アリスの顔を見た。
「――エリーセルは衛兵を率いて塔の前に。私はシフォン様達を安全な場所まで護衛するわ」
「解りました。では――」
エリーセルはすぐに反応し、その場から駆けていく。
「私はどうするんですの?」
名前の挙がらなかったノアールは、不思議そうに首を傾げていた。
「ノアールは旦那様の元へ――万一に備え、旦那様にこのことを直接伝えて頂戴」
「かしこまりしましたわぁ。お任せを」
アリスの指示に自分の役割を理解し、ノアールはスカートの端をちょこんと持ってお辞儀し、すぐさまその場から転移した。
「――アリスさん……?」
しかし、その場に居たのはアリス達だけではなかった。
「ヘーゼル様……」
皆でお茶をしていたのだ。そんな中の襲撃であった。
「ノアールさん、今、消えて――それに、『旦那様』というのは……?」
ヘーゼルの視線、そして表情に、彼女の困惑を感じたアリスは、その場にて跪く。
「申し訳ありませんヘーゼル様。アリスは、嘘をついておりました」
状況が状況であった。下手に隠すよりは、はっきりと伝えるべきだと思ったのだ。
「私ども三人は、旦那様――魔王陛下手持ちの人形――人間ではないのです」
「そんな……アリスさん達が……?」
驚き一歩下がってしまう。無理もない反応だと解ってはいたが、それでもアリスは胸が痛むのを感じていた。
「旦那様の命により、皇帝ご夫妻を護衛せよと。人のフリをしておりました」
「貴方達が、魔王の手先だったなんて……私、なんにも知らずに――」
母性からか、カシューを抱きしめアリスから庇うように背を向け、ヘーゼルは信じられないように首を振る。
「この子の前でも、嘘をついていたんですの……」
「……そうせざるを得ませんでした。エリーシャさんと親交があった、というのは嘘ではありませんが……」
状況は切羽詰っている。もう、あまり時間がない。早く避難させなければならない。
だが、今ここで適当な嘘をついて、果たしてヘーゼルが聞いてくれるか。
子を抱き、不安そうにしている彼女を見て、アリスはとてもそうは思えなかった。
信じてもらわねばならない。そのためには、真実を包み隠さず伝える必要があると、そう考えたのだ。
「ヘーゼル様。全てを明かした上で、図々しいと思われるかもしれませんが、それでも聞いて欲しいのです。今のままでは御身やカシュー様、それにシフォン様の身が危険ですわ。どうか、私に身辺の警護をお任せくださいまし」
「――信じろと言うのですか? 貴方を?」
「……」
じ、と、見つめ合う。
揺れる事無く視線を向ける瞳に、アリスはアリもしない心の臓が高鳴るのを感じていた。
強い緊張が、場を支配していた。
「……解りました。信じましょう」
そうして、緊張を解いたのも、ヘーゼルからであった。
大きなため息を共に、頬を緩ませながらカシューごとアリスへと近づく。
「だって、貴方は私たちと何も違いがありませんもの。楽しくお喋りできて、笑って、そして今、緊張していらしたでしょう? 私には、貴方が人でなかったことなんて見抜けませんでした」
カシューをアリスに向け差し出し。困惑するアリスの美しい金髪に手を伸ばす。
「それに、アリスさん達が魔王の指示でここにきたのだとしても。私達と、この子と一緒にいた時間が嘘だったとは、私には思えませんの」
髪を、そして頭を撫でながら、ヘーゼルは微笑む。
「あ……はい! 私も、エリーセルもノアールも、皆様と過ごした時を決して、決して偽りだとは思って居ません! 本当に、楽しかったのです――」
瞳は揺れていた。力強く答える肩は震え、しかし、預けられた幼子を優しく抱きしめる。
「なら、それでいいですわ。この子を――そして、私たちを護ってくださいまし」
アリスの手から再び我が子を受け取り、ヘーゼルは願う。
「お任せください! 我が身命に代えても!!」
キリ、と頬を引き締め。アリスは、その役目を果たそうと誓った。
「――大した防備だ。突破するのも楽ではない、か」
デフ大司教は、小憎たらしげに歯を噛んでいた。
防衛する人数こそ少ないものの、指揮官は要点を押さえ、その少ない人数を上手く配置していた。
おかげで完全に奇襲が決まったにも拘らず、塔の内部は敵の守勢で固められてしまっていた。
なんとかその中、手勢を削りつつも突破できたのが彼を含めてわずか三名。
「通しませんっ!!」
上階を目指し階段を探す一行の前に、剣を片手に跳びかかってくる少女。
デフはこれを難なくかわし、その横をすり抜ける。
「なっ――」
不意打ちの失敗。ガーネット色の髪の少女は、驚いた様子でデフの顔を見ていた。
「ここは任せたぞ」
「はっ」
「お任せをっ!!」
腕利きらしいと見るや、背後に続いていた者達にその少女を押し当て、自身は上階へと駆け抜ける。
「くっ、お待ちなさいっ」
少女は追いすがろうとするも、すぐ後ろからの殺気に飛び退いてしまう。
「うらぁっ!!」
「――っ、アリス様、申し訳――ありませんっ!!」
攻撃を回避しながら、かかとに力を込め突進、一人目の胸へと突き刺した。
「ぐっ――」
「うぉぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
もう一人が死に物狂いでアイアンクラブを振り回したが。
「はぁっ!!!」
エリーセルは、手に持った細身の剣でこれを切り払い、更に踏み込んで一閃。
「当たらぬっ」
しかし、これはかわされた。敵もさるもの。
エリーセルは悔しげに目の前の黒ずくめの男を睨みつけていた。




