#3-2.もう一人のロザリーへ
「これが、ロザリーさんのご両親の?」
「はい、そうなんです。お金があればちゃんとしたお墓も立てられると思うんだけど、今はこれで精一杯で」
数日後、傷も大分癒えたロザリーは、もう一人のロザリーと共に彼女の両親の墓を見に来ていた。
なんとなしに厄介になってしまったが、せめて何かお礼がしたいからと、聖女なりにこの少女の役に立とうと思ったのだ。
なんとも簡素な、棒切れを組んだだけの墓であった。
墓地でもなく、ただ村のはずれ、森の中作られただけのもの。
だが、その棒切れの前には沢山の花が咲いていた。
どれも心なし、とても美しく見えて。
「お墓の良し悪しは、いかにお金をかけたかではありませんわ。残された者が何を思い、どれほどに想ったか。それが大切ですのよ」
これが少女の両親の墓だというなら、娘は親を想い、この墓をとても大切にしているのだろう、と感じられた。
親の顔すらロクに知らぬロザリーにとって、その感覚は理解できず共感もできなかったが。
だが、『美しい』と感じられたのだ。
跪き、胸の前で両の手を組む。目を閉じ、静かに祈りを捧げた。
(貴方がたのロザリーは、こんなに素晴らしい少女へとなりましたわ。ご安心ください。そして、安らかに眠ると良いでしょう)
心の中で呟く。十秒。一分。十分経過したあたりで、ロザリーは立ち上がった。
「あの、ありがとうございます。この村には教会とかなかったから、埋葬の儀をしてくれる人がいなくって。死んだ人はこうやって儀式をしてもらって送り出すんだって、村のおばあさんとかに聞いた事があったから……」
ずっと気になってたんです、と、少女は嬉しそうに笑っていた。
こんなもの、聖女がやるような事でもなく、そこらの下っ端聖職者にでもやらせておくようなことなのだが、こんな事でも喜んでくれる少女に、ロザリーは安堵していた。
「命の恩人ですもの。それに、怪我が癒えるまで置いていただいたお礼もまだでしたし、ね」
「そんな……お礼なんて、わたしがしても足りない位なのに。あの時お姉さんがお花を買ってくれたから、私、弟を助けることが出来たんです!」
手を胸の前でぎゅっと握りながら、少女はロザリーを見上げる。力のこもった視線であった。
「弟さんを……?」
「そうです。その、流行病で危なかったんです。だからわたし、帝都まで行ってお花を売って、それでなんとか薬を買おうと思って……お姉さんと女神様には何度感謝しても足りない位で」
このロザリーは、救われたのだ。
(……私が、人を救っただなんて)
先ほどまで自分がしていたように祈りのポーズを取る少女に、ロザリーは何か、眩いものを見るかのように動けなくなってしまっていた。
女神なんて微塵も信じていなかった。
そんなあやふやな存在が人を救うことなんてないと思っていて。
だから、教会組織の宗教に人を助ける力など無いと思っていたのだ。
ただ、死に向かうために戦いたかった。
自分を救ってくれた恩師に報いたかった。
その両立が望めたのが教会組織であり、レコンキスタドールであった。ただそれだけである。
「……ありがとう。貴方の言葉に、私は今、救われましたわ」
ほう、と、優しく息をつき、ロザリーは少女の髪を優しく撫でる。
「お姉さん……?」
「貴方のおかげで、私は初心を思い出せましたわ。何の為に戦っていたのか。何の為に生きていたのか。その全てを」
忙しない日常の中。危険すぎる日々の中生きていて麻痺してしまっていた。忘却してしまっていた。
だが、それは確かに彼女の中に残っており、今こうして呼び覚まされたのだ。
ロザリーは、笑っていた。
表面ばかりの笑顔ではない。心からの笑顔であった。
(――行かなくては。大司教様の望みをかなえるのが、私の役目。生きている意味だわ)
どこか、迷いがあったのかもしれない。
この戦いの先に何があるかなど、何もわからず信じられなかったのだから。
だが、そんなものはもう吹っ切れていた。
今すぐにでも駆け出したいくらいだが、それは今は抑え。
「それでは、そろそろ戻りましょうか。お夕飯は、私が腕によりをかけて作りますわ。南部の料理ですのよ」
「わあ、楽しみですっ」
「沢山作りますから。頑張りますわ」
聖女の笑顔を湛えながら、歩き出す少女ロザリーの後を追いながら。
ロザリーは、きゅ、と、唇を噛んでいた。
その夜。彼女は書き置きと、ある限りの全ての財貨をベッドに置き、少女の家から出立した。
眠っているかつての、進めなかった未来の先にいる自分に、姉のようにキスをし、静かに別れを告げながら。
この少女に、そしてその隣で眠る少年に、災厄が降り注ぐことなきよう、女神に祈りを捧げてから。
ロザリーは、帝都へと向かった。
「女王が動き出した……?」
そうして彼女は今、帝都のとあるティーショップにいた。
かつて帝都にて活動していた際に利用していた『同志達』の店である。
「ええ、既に衛兵隊には耳が届きませんで、このアプリコットにいる範囲でしか解りませんがね。女王はトラウベンの地に向け出陣、三つ巴となっている状況を打開しようとしてるのではないでしょうか?」
カウンターにて、ただ一人生き残った『同志』マスターの言葉に、分厚いローブを羽織ったロザリーは耳を疑った。
「お城にいれば安泰でしょうに、わざわざ出陣するだなんて」
差し出されたコーヒーを啜りながら、ロザリーは苦々しげに眉をひそめていた。
「あの女王、一体何を考えているのかしら。軍勢を差し向けるにしたって自分が動く意味が解らないわ」
既に一度、ロザリーはこうした情報に踊らされいいように弄ばれている。
警戒しないはずが無かった。いや、それすらも考えの内か。と。
「でも、女王がお城から出るというのは、ある意味チャンスでもありますわね……」
罠かもしれない。だが、女王を討つ最初で最後のチャンスとも考えられた。
あの狡猾な女王のこと、それくらいは想定しているだろうが。
だが、その想定を覆す『何か』さえあれば、これを討ち破ることは可能なんじゃないかと。
スカート裏に縫い付けてあるポケットに手を入れてみれば、紫の石が二つばかり。
「……マスター。申し訳ありませんが、手を貸していただけませんこと?」
「構いませんよ。何なりと、同志シャルロッテ」
コップをカウンターに。奥歯をぎり、と噛み。最後の戦いへの覚悟を決めた。
街は、大変美しかった。
若い娘にはとても魅力的なたくさんの商店。
人通りは多く、観光客も後を絶たない。
戦時下にあってこの街だけが特別なのではないかと言うほどに平和で。
幸せそうに歩く親子が、楽しげに恋を語らいあう恋人達が、ロザリーにはどこか憎らしく、浅ましく思えてしまっていた。
出撃した軍を追うため、ロザリーはこの街を発つ。
帝国軍の司令塔は女王エリーシャ自ら。
これを叩ければ、この国は王不在のまま混乱に陥る。
こんなに豊かな街並みも、その時ばかりは不安に歪むのだ。
勿論、そう易々と叶うとは思っていなかったが。
それでも、ロザリーには勝算もあったし、だからこそ決戦に挑む気になったのだ。