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趣味人な魔王、世界を変える  作者: 海蛇
10章 世界の平和の為に
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#1-3.老将来る

 人間世界中央部・トラウベンにて。

この地にて北部の軍勢を迎撃し続けていた大帝国・グレープ王国連合軍は、俄かに劣勢へと追い立てられていた。

その理由は、トラウベンの東、旧エルゲンスタイン領土内に突如現れた南部諸国の軍勢およそ五万の存在である。

当然、それを察知したノアール・エリーセルの両名は大層焦り、その軍勢がアプリコットへ直進するようならそれも足止めしなければと、最悪トラウベンを放棄する事も検討しはじめていたのだが。

幸いというべきか不幸というべきか、南部の軍勢は、その大半がこのトラウベンへと直進、北部諸国連合と戦っていた横腹に噛み付いてきた。

辛うじて対処が間に合い、甚大な被害を被ることそのものは避けられたものの、北部と南部双方を相手取っての戦いは苦しく、じわじわと王都マスカット手前まで後退を余儀なくされてしまっていた――のだが。


「なんかもう、訳わからないわね……」

「本当に、何なのでしょうねぇあの人達は」

陣地の中央のテント。指揮所にて対面して座るエリーセルとノアールは、大層疲れ顔であった。

押され気味である、というのは勿論そうなのだが、戦況が読めなくなっているのが大きかった。

北部と共闘してこちらを攻撃してくると思われた南部の軍勢は、しかし、ここにきて急に北部の軍勢にまで攻撃を仕掛け始めたのだ。

北部の軍勢はこちらと違い南部の軍勢を味方だと思いこんでいたのが仇となり、この攻撃が完全に奇襲として決まり、大打撃を被ってしまったらしい。

結果として今、エリーセルらの耳に入ってくる報告は北部と南部、双方の軍勢が入り乱れ互いを潰しあうヨクワカラナイ戦地の情報ばかりであった。

互いにとっての最大の敵であるはずの自分達そっちのけで本気で殺し合いを始めるのだから困惑しかない。


「ノアール、私、人間が何を考えてるのか良く解らないわ……」

「私もですわぁ……結果的に美味しいですけど、彼らは一体何がしたくてこんな事をしてるのでしょうねぇ」

二人して困惑。眉を下げ複雑そうな顔をしていた。

「とりあえず女王の元へ情報が回るように人を送ったけれど、先の展開が読みにくくなってしまった感があるわね。大丈夫かしら……」

飴色の髪を弄りながら、エリーセルがむむ、と唸ると。

「なんにもしないよりはいいんじゃないかしらぁ? 斥候の方のお話では、アプリコットにはそこまで危険は迫ってないようだしぃ?」

そうねえ、と、唇に手を当てながら、ノアールがマイペースに答える。

「当面は様子見かしらね。迂闊に手を出して双方から噛みつかれるのは避けたいし……」

これがボードゲームならむしろチャンスだとばかりに手を出すのがエリーセルなのだが、人の命の関わった戦場でそんなギャンブルをするつもりもなかった。

「それでいいと思いますわぁ。しばらくはお互い潰しあってもらいましょう。疲弊したところで一気にどーんって攻撃すればその方が効率もいいですしぃ」

ノアールもこれには笑顔で賛同していた。

「じゃあ、そういう方針で――でも、南部の動きが良く解らないから、斥候の数は増やしましょうね」

「では皆さんにそのように伝えてまいりますわぁ」

そう言うや、ノアールは立ち上がり、とてとてとテントから出ていく。


「おっと」

「きゃっ、ご、ごめんなさい?」

そして入り口でぶつかりそうになっていた。

相手は好々爺(こうこうや)然とした老人――いや、老将であった。

どちらが悪いでもなかったが、ノアールはすぐさま謝罪をしていた。

「いやなに、ワシも悪かった。それよりお嬢さん、こちらが大帝国・グレープ両軍の陣地でいいのかね? 耄碌(もうろく)した所為か、最近テントのマークが何なのか解りにくくていかん」

「ええ。こちらであっていますわ。貴方はどちら様でしょう?」

にこやかぁに微笑みながら、ノアールは老将に問う。

ただものではないのは初見で解ったが、一応確認程度に。

「ワシは国とエリーシャ女王の要請でこちらの指揮を執る事になった『ギド』という者だ。お嬢さんは?」

「私はノアール。こちらの指揮をエリーシャ女王より(たまわ)っておりましたわぁ。でもそうですか、貴方があの名高い――ああ、立ち話もなんですから、中へどうぞ。もう一人、エリーセルもこちらに居りますのでぇ」

「ほう、すまんのう。しかし君のような可憐なお嬢さんがこちらの指揮官とは。大帝国は本当に、人材に恵まれておるのだなあ」

いやはや、と、口元の白髭を弄りながら、老将は(いざな)われるままにテントへと入ってゆく。


「どうかしたの? お客様?」

入り口外で何かあったのかと気にしていたエリーセルだったが、すぐに引き返してきたノアールと、その後ろに続く老将の姿に姿勢を正す。

「エリーセル、こちらに指揮官としていらっしゃったギド将軍よぉ」

老将の紹介をするノアールに、エリーセルは驚き椅子から立ち上がった。

「ギド将軍? 勇名は良く耳に入っておりますわ。お会いできて光栄です」

リットルなどの勇者ほどではないにしろ、多くの場合戦場で軍の動きを決めるのは彼ら将軍である。

多くは堅実な戦い方を選択し、相応の戦果を挙げるに留まっているが、このギド将軍は見た目に似合わず『非常にやんちゃな』指揮を執ることで有名であった。

「ふぉっふぉっふぉっ、いや、そんなに大したことはしておらん。兵達が少しでも楽して戦える様、ちょっとした工夫をしておっただけじゃよ」

謙遜(けんそん)しながら、案内されるままにエリーセルの前に座り、エリーセルとノアール、双方の顔を交互に見始める。

「しかし良く似ておるなあ。姉妹かね?」

「ええ、双子ですわ」

「良く似ていると言われますわねぇ」

色々と事情はあるが、面倒くさいので姉妹で通すことにしていた。

実際には髪の色も眼の色も異なるため突っ込まれると不利なのだが、そこはなんとか誤魔化す方針で。

「そうかそうか。ううむ。若い人材というのはええのう……女王も、ワシなぞよりこのまま二人にここを任せておけばよいものを……まあ、言っても仕方ないかのう」

「とりあえず、私は用事があるので、一旦外れますわねぇ」

後はお願い、と、老将の相手をエリーセルに任せ、ノアールは一旦席を外す。


「え、えーっと……」

二人だけになり、どう話題を運んだものかと緊張気味に座っていたエリーセル。

老将はぽん、と手を打ち、ジャケットのポケットから小さめの筒を取り出し、それを差し出してきた。

「とりあえずエリーセル殿。女王エリーシャより、君たち二人に宛てた命令書を預かってきた。読んでほしい」

「まあ、女王からですか? 解りました。読ませていただきますね」

都合よく話題の種が転がってきてくれた。

エリーセルは歓喜しながらも、渡された便箋(びんせん)を広げ、その内容を確かめ始める。

「なるほど……私とノアールの両名は、トネリコの塔へと異動ですか――」

「君たちの戦果を疑問に思ってのことではない、というのは伝えておくぞい。どちらかというと、女王としてはそのトネリコの塔の護衛の方が重要らしいからのう」

トネリコの塔は、シフォン皇帝夫妻が暮らしている大帝国の急所とも言えるものであった。

先日主からの指示でアリスが向かったのを知ってはいたが、それだけでは不安になる『何か』が起きたのかもしれない。

そう考え、エリーセルは静かに頷いてみせる。

「承知いたしました。後の事はギド将軍、貴方にお任せすればよろしいのですね」

「うむ。さしあたって引継ぎができればと思うのだが、とりあえずノアール殿が戻ってからの方がよさそうだのう」

「そうですね。私は戦術選択はしても全体への通達はノアールがしていましたから。全てを一度に引き継ぐなら、戻るのを待ってからの方がいいでしょう。すぐに戻りますので、とりあえずはお茶でもどうぞ」

ようやく面倒くさい戦場から離れられる、という気持ちもあり、エリーセルは機嫌よさげに微笑みながら将軍の前にティーカップを回す。

「いや、すまんのう。だが、できれば酒が欲しいのだが」

「お酒は……すみません、お酒はちょっと飲まないものでして……」

変ににおいも付くしあまり美味しくないしで、エリーセルもノアールも酒は好まなかった。

彼女たちの主がおいしそうに飲んでいるのは良く見かけていたが、彼女たちの味覚には今一合わないのだ。

この点、彼女たちの姉とも言えるアリスは異なり、甘めの酒なら(たしな)める程度には慣れているらしかったが。

「なんだそうなのか。帝国娘は酒に強いからと、勇者時代のエリーシャ殿は荒くれどもと一緒になって夜毎に飲みくれておったほどじゃったが……」

酒の方でも戦場(いくさば)の猛者に劣らぬ程であったわ、と笑いながら語る老将に、エリーセルは苦笑いを浮かべてしまう。

「私どもの生まれはロブレスという小さな村でして。その、北部の隅の方にある小さな村なのですが」

「ほう、知らぬ名だが、北部の出身だったのか。ではこの戦も辛かろう」

「ええ、まあ。幼い頃から各地を転々としていたのですが、今でもたまに帰ったりしています」

そんな村は世界中何処を探してもないはずであったが、エリーセルは構わず嘘を突き通す。

この嘘はノアールもアリスも同じで通すように予め決めていたので、このあたりの矛盾が元でバレる事がないのが安心であった。

「うむ。まあ、紅茶も美味い」

ずず、とカップの中の琥珀色を啜りながら、老将はほっこりと微笑んでいた。


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