#9-2.反乱の終結
場所は変わり、魔族世界北部・トワイライトフォレスト。
液魔の軍勢を蹴散らしたラミア軍は、反乱の最後の最後、樹木人達の治めるこの領に囚われた塔の娘達を救出すべく森の中心部へと向かったのだが――
「なんというか、気が抜けてしまうわねぇ……」
塔までの道のりに抵抗らしい抵抗はなく。
塔までたどり着いたら着いたで、なんとも気の抜ける光景が広がっていた。
「あら? ラミアさんではございませんか。こんなところまでよくぞお越しくださいました」
「良くもまあ、こんな辺境まで来たものだのう」
塔の庭園でのんきに雑談を愉しんでいたのはセシリアと樹木人族であった。
また、他の塔の娘達も、やはり同じようにくつろいでいる。
ラミアは小さくため息を吐きながら脱力した。
「まあ、皆無事なようで、よかったわ」
苦笑しながらも部下達に塔の娘達全員の安否を確認させるために散開させた。
「突然このような場所に飛ばされてしまい、幾度もの襲撃を受け疲弊しそうになっていた所で、この方達が手を貸してくださいまして」
セシリア曰く、この森に来てそう経たない内に悪魔族の軍勢により攻撃を受け、以降継続的に戦闘状態に置かれていたらしい。
その結果負傷した者は少なかったが、やはり戦に不慣れな娘が多く、やがて物資的にも精神的にも追い詰められていったのだという。
だが、そんな中樹木人達が悪魔達を蹴散らし、救援に駆けつけてくれたのだとか。
「……やはり、貴方たち『エルリルフィルス派』は、今回の反乱の裏で何かを企んでいたようね」
説明を聞きながらに、ラミアは傍に腰掛ける樹木人らをちら、と見やる。
「企んでいたとは人聞きの悪い。我らは端から、あの悪魔王と『アルドワイアルディ派』のつまらん考えを潰してやるつもりだっただけだわい」
結果として上手くいったじゃろ? と、年老いた人参が口元をにやけさせる。
「まあ、結果だけ見ればねぇ。実際問題、アルドワイアルディ派の主要な人物は今回の反乱劇でそのほとんどが死んだわ」
「それに、彼らが駆けつけてくれなければ、私達はラミアさんが来る前に倒されていたかもしれませんし……」
「それに関しては、あのウィッチが塔を飛ばさなければ端からこんな事にはならなかったはずなんだけどね」
そもそものところ、塔をこんなところまで飛ばした理由が問題であった。
いったい何を考えこんな事をしたのか。これだけの為に余計な手間が掛かったのだから、ラミアとしてもそこは文句をつけたかった。
「まあ、それに関しては仕方ない部分もあるのだ。悪魔王めの計画を考えればな――」
後ろの方で静かに茶を啜っていた木人が静かに語りだす。
ラミア達の視線もそちらに向くが、当の本人は一々向きを変えたりはしない。
「悪魔王の計画? 貴方たちはそれを知っているの? あいつが何を企んでいたのかを」
「知っているさ。というのも、これはあのウィッチ殿から聞かされたものだがね。奴はどうにも、反乱を利用して手薄になった魔王城を襲撃し、塔の娘達を人質に取ろうとしていたらしいのだ」
音もなくカップを置きながら、ふう、とため息をつく。
「それを事前に察知したウィッチ殿は、『秘術』とやらを用いて塔をここまで転送する事にした。同胞たる我らに塔の娘らの警護を任せて、な」
「貴方たちが救援としてきたのも、元々そういう理由があったからなのね」
「うむ。本当はもっと早くにくるつもりだったのだが、入り口に炎の門番がいたせいで怖くて近づけんでな――」
つまり、塔の娘達が戦う必要など、実際にはほとんどなかったのだ。
彼女たちが自衛しようとしたために救援が遅れるという、ある意味皮肉な結果になってしまったらしい。
セシリアもこれには苦笑していた。
「私どももまさか、彼らが味方だなどとは思いもしませんでしたので……ですが、不幸な行き違いで彼らと戦うことにならずに済んだのは良かったですわ」
「我々としても同感である。この塔に我らの同胞の娘は居らんが、各種族の姫君や名のある娘子と戦うのは避けたかった」
結果的に双方このように打ち解けている。
それは確かに、誰にとってもありがたい状況のはずであった。
ラミアも静かに頷き、それを肯定する。
「この塔に関しては、特に心配することはなさそうねぇ」
そうこうしている間に部下の一人がラミアの元に訪れ、塔の娘達の安否を耳打ちする。
「……急ぎの重病人もいないようだし。アーティとミーシャ姫だけ安否が解らないけれど、今この塔にいる娘達には問題はなさそうだわ」
「そうですね。あの、ミーシャさん達は大丈夫なのでしょうか?」
行方知れずとなったままの両名の名に、セシリアは不安げにラミアの顔を見つめていた。
「んー……解らないわ。陛下曰く、黒竜姫を二人の迎えにやったらしいのだけれど、悪魔王と鉢合わせたらしくてね……二人の姿もなく、黒竜姫自身も今は身動きがままならないみたい」
ラミアとしても答え難い部分もあり、やや詰まった回答となった。
トランシルバニアで悪魔王を討ち取ったのだという黒竜姫であるが、悪魔王の呪いの威力は絶大で、黒竜姫自身もレジスト仕切るのに時間が掛かったのだとか。
その結果報告そのものが遅れてしまったが、付近を探索しても尚、やはり二人は近辺にはいないとの事で、黒竜姫は一旦打ち切って魔王城へと帰還したらしい。
「心配ですわ。何事もなければいいのですが……」
「そうね。私もそう思うわ」
塔の娘達の安否に関しては問題なかったが、その二人だけが解らないまま、というのは不安材料でもあった。
もしかしたらアーティの母でもある深緑のウィッチが連れ去ったのかもしれないが、それなら何故トランシルバニアに連れてきたのかも解らない。
まだまだ何かを隠している可能性があると、ラミアは考えを巡らせていたが。
「……あの、ラミアさん。私どもは魔王城に戻れるのでしょうか……?」
先ほどとは違う意味で不安そうな顔で自身を見上げるセシリアに、一旦考えを打ち切る。
そうして少しだけ難しそうな顔をしていた。
「そうねぇ。陛下が仰るには、魔王城の大転送陣が『何者かによって』壊されてしまったらしくてねぇ。時間を掛ければ貴方たちを少しずつ魔王城に帰す事は可能なのだけれど……塔まではちょっとねぇ」
ラミアとしても、この塔を丸々転移させるなどという大魔術は初見であり、何をどうやったらそれが可能なのかも皆目検討がつかなかった。
そして塔を戻せない以上、塔の娘達を魔王城に帰しても、その居住スペースが無い。
十人二十人位なら可能でも、百の上は居るこの塔の住民全てを住まわせる余裕は魔王城にはないのだ。
「そうですか……もしかしたらとは思ったのですが、やはり、この塔が戻れない事には――」
「今、部下達に言って魔王城との行き来が可能になるように転送陣を張らせてるから、何かあったら緊急避難する事はできるようにしておくわ。でもごめんなさい。状況が落ち着かないでは、すぐに貴方たち全員を魔王城に連れ帰る事は困難だわ」
反乱そのものは既にほとんど収まっていると言えた。
後は生き残ったエルリルフィルス派と話し合いなり何なりで着地点を決めれば良いだけであり、木人らの対応を見る限り、それ自体もそう難しくはないともラミアには思えた。
だが、突貫工事で進めるにしても、塔の娘達全員を余裕のある生活ができる住居に住まわせるには、やはりまだ時間が足りないのだ。
「幸い、この森は私どもには暮らしやすい場所のようですから、ここで暮らすことそのものを嫌がる娘は少ないでしょうが……陛下とお会いできないのは寂しいですわ」
ラミアの言葉に、セシリアは「はう」とため息。小さな肩を落としてしまう。
ここは大陸の極北である。
転送陣を介せば魔王城に顔を出す事も難しくはないとはいえ、同じ敷地内にあった事を考えるとやはり、その距離感は大層なもののように感じられたのだ。
「近いうちに顔を出していただけるように伝えておくわ。樹木人族も、貴方たちには協力してくれるでしょうし、ね?」
話を進めながらも、ちらりと木人の方を見やる。
木人は口孔にカップをつけていたが、そのままの姿勢でぴくりと止まった。
「無論である。この塔には今は亡きエルリルフィルス様の落とし子も少なからず住んでいると聞く。我らに出来る限りの歓待はさせていただこう。もっとも、我らはそう文化的な生活をしてきた訳ではないので、魔王城と同じ訳にはいかぬがな」
「十分ですわ。では木人さん方、これからもよろしくお願いいたします」
セシリアは木人の方を向き、にこやかに微笑んで見せた。
「……う、うむ」
エルフの美姫の笑顔に、木人は大いに照れていた。
木々に強いエルフという構図はここでも発揮されているらしい。
「では、しばらくはこのままという事で……一応、護衛の為にいくらか兵をここに置いておくわ。何かあったら躊躇い無く捨て駒にして構わないから、貴方たちは自分達を優先して守り、逃げなさい」
「感謝しますわ。いくら戦えるとはいえ、私どもは戦うために塔に居る訳ではございませんから……」
そう、彼女たちは魔王の愛妾となる為塔に居るのだ。
セシリアもだが、ラミア自身も、戦いなどして血の匂いがついてしまうのは、極力避けたいと思っていた。
「転送陣が用意でき次第、私は一旦魔王城に戻るわ。物資面で必要なものがあるなら、幾人かは一緒に連れていけるけれど――」
「では、それまでに皆と話し合って、必要な物資とそれを運ぶ人員を選別いたしますわ」
「そうして頂戴。それじゃ、とりあえず外の陣で待機している事にするわ。今のうちから考えなきゃいけないことが山ほどあるからね……」
ラミアとしては、既にこの後の事で頭の中が一杯であった。
本当に悪魔王が死んだとも思えず、反乱そのものは終わったとしても、何がしか悔恨が残るかもしれないとも感じていたのだ。
その他、人間世界の様子も気になる。
時間は常に流れているのだ。
マイペースな魔族には極めて不利なことに、魔族の時間よりずっと早く、人間の時間は流れてゆく。
彼女は、考えなければならなかった。あらゆることを、あらゆる可能性を。
それが彼女の主である、魔王の望みなのだから、と。
そうしてラミアはセシリアらと別れ、塔の周りに設営した陣の中、思考を巡らせていった。
後の為に、後に続く世界の為に。