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趣味人な魔王、世界を変える  作者: 海蛇
1章 黒竜姫
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#E1-2.ラミアの野望~終了のお知らせ~

「――という訳で、この設計で頼むわ」

魔王の許可を得たラミアは、早速自分で書いた設計図を手に、工事の要請にドワーフの集落に訪れた。

亜人であるドワーフは、背が低いながらも筋骨隆々な者が多く、戦闘時にはハンマーや戦斧を用いての突撃戦法を得意としている。

その突破力もさる事ながら、彼らの本領は戦闘ではなくその優れた鍛冶・施工能力にあった。

「遊泳施設なあ……勿論予算と資材はそちらで用意できるのだろうな?」

ラミアから設計図を渡されたドワーフの長は、不機嫌そうな髭顔でラミアを睨むように見る。

「それはそちらで気にしなくてもいいわ。ぱっと見でどれくらい掛かりそう?」

「二週間だな。集落の男衆を集めて、ゴブリンどもを雑用で使い、搬送に空を飛べる魔物を使えばそれくらいで出来る」

因みに魔王城で専属の魔族が同じ仕事を請け負えば半年から一年はかかるとの事だった。

楽園の塔を建造した際の驚くべき速度に驚かされたラミアであったが、やはりその歴然とした差には舌を巻かざるを得ない。

「魔族の技師は閑職送りね……」

「それはやめておけ。ワシらはワシらの技術に応じたものならいくらでも作れるが、魔界はワシらにも未知の技術が多すぎる」

ぼそりと呟いたつもりだったラミアだが、ドワーフの長の意外な反応に驚かされた。

「あら、技術力で言うなら魔界の技師なんて大したものじゃないと思ったけど」

建造の速度に限らず、例えば建設に必要な土地の測定や材料の計量等の技術の正確さは魔界ではそうそうお目にかかれるものではないとラミアは思う。

見下していた亜人という種族の中では、色々な面で役に立つ事からラミアはドワーフ族を評価していた。

「確かに建物を建てるだとか武器防具を作るというなら世界でも右に出る者はおらんだろうがな」

髭をいじりながら、厳しい面をした長はラミアの言葉に半分は同意する。

残りの半分、否定の言葉を後に残しながら。

「だが魔界の技師はあれで、ワシらにも扱えん稀少鉱石を容易に扱ったり、本来資材になりえんような毒銀や魔宝石を併せて頑強な物質を作り、それを活用できる技術がある。アレは世界でも魔族にしか扱えん」

不機嫌そうな面のまま、しかし口元はにやりと笑い、その技術力を素直に褒めていた。


 魔界は資源自体は豊富であるが、そのほとんどがそのまま資材としては使えない毒性の強い物質ばかりである。

近づくだけで体力を奪われ衰弱していく呪われた鉱物もあれば、あまりに強い魔力故に地域ごと破滅させる災害そのもののような魔宝石もあり、大よそそのままでは使い道の無い、あったとしても使おうとした者もろとも死に追いやる危険物質にまみれている。

そのような物質は単体では使わず、他の相反する属性や特性を持つ物質と融合させ、その毒性を打ち消して使っていた。

この、魔界に古くから伝わる『錬金術』と呼ばれる技術は、他文化圏から見れば間違いなく特異な技術であり、人間のサブカルチャー同様、他種族が真似しようとしても決して真似る事のできない強烈な個性であると言われている。


 そうして作られる資材は、人間世界はおろか亜人達の文化圏にも存在しない稀少な物質ばかりであり、それを扱っている魔族の技師は世界的に見ても優れた技術を持つ、世界の最先端を行く職人であるとドワーフ達は認識していた。

実際問題、ドワーフの男達は、住み易かった人間世界の隅っこから住み難い魔界に移転してからというもの、見る物全てが新発見ばかりで楽しくて仕方が無いらしい。

何をやるにも自分達以上の技師がおり、その技師達は何の嫌味もなく最高水準の技術を披露してくれるのだ。

それまで自らの技術に絶対の自信を持ち、頑なにその技術の露出を拒んでいた自分達が馬鹿らしく感じる程に。

それは容易く彼らの目に入っていったのだ。


「確かに手は遅い。動きは緩慢だし設計の稚拙さなどは見ていて呆れてしまうほどだ。だがその技術力だけはワシらが何千年かかっても追い越せそうにないわい」

「意外な話だったわ。それが当たり前になると、そんな大それたものには感じないものなのにねぇ」


 魔界は、それが当たり前にある世界である。

当の技師たちも、まさか自分達がそこまで超越的な存在だったとは思いもしていないに違いなかった。

何せ、古くから伝わる技術を教本どおりに覚えたりして使っているだけなのだから。

使っている当人達は「こんな古い技術じゃ人間に負けちまう」と愚痴ったりしているのだ。

まさか人間どころかドワーフにまで勝っているとは夢にも思っていないだろう。


「何にでも得手不得手っていうのはあるものなのねぇ」

「まあ、そういうこったな。施設の施工や武器、兵器類はワシらに任せればいい。だがわずかでも錬金術が関わるようなら、それはもう全てそちらの技師にやらせた方がいいぞ」


 ドワーフは素直である。

その性質はよく言えば正直であり、実直であり、勤勉である。

対して自信家で愚かと言われるほどに直線的で直情的でもあるのだが、決して嘘はつかない。

その彼らが認めるのだ。ラミアは顎に手をやり、むぐぐ、と少し考えてしまう。

見識深いラミアであるが、やはり異文化との接触というのは彼女にとってもかなり複雑に感じるものらしく、その全く違うモノの見方に、時として感嘆し、時として複雑な気持ちにもなる。

今代の魔王と初めて会った時のような切羽詰った苛立ちは感じなかったが、今まで自分がどれだけ先入観だけでモノを考えていたのかを今更のように思い知らされたのだった。

異文化コミュニケーションはとても大切である。


 そうこうしてなんとか建設をドワーフ達に任せたラミアである。

次に二週間ほどで建設が済むというプールの宣伝を始め、楽園の塔をはじめ、魔王城の若い娘の間ではこの話題で持ちきりになった。

なりはしたが、それはどちらかというと、物珍しさに対してのざわめきであり、ラミアが求めているような黄色い期待の声ではなかったのだが。



 二週間という時間はあっという間に流れたのだが、果たして予定通りプールは施工が完了し、魔王城の外れにて、魔王はその除幕式などに参加させられていた。

「……帰りたい」

魔王はうつむくばかりである。

陽が燦々と降りしきる地獄のような暑さの下。

薄着で見守る若い娘やらの中、魔王は一人品のいいスーツ等を着て立っているのだ。

恥ずかしいだけでなく純粋に暑かった。

「ラミアよ、何故私はこんな所にいるのだろう」

呟くと魔王は更に悲しくなった。帰りたいという気持ちは余計に強くなる。

「めでたき日だからですわ。さあ陛下、ささーっとこのリボンをお切り下さい!!」

ラミアは笑う。とてもいい笑顔であった。

それはとても幸せそうで悪気もなさそうで、魔王は余計に腹立たしくなった。

プールの除幕式などという訳の解らないサプライズに魔王城は一応沸きはしたが、どちらかといえばそれは「また魔王様が変なことをしている」という好奇の目がほとんどであり、そんなもの望んでもいない魔王はまぎれもなく被害者であった。

「……さっさと終わらせて帰ろう」

諦め顔でぼそぼそと呟きながら、魔王は手渡されたカッターでリボンを切る。特に何も無い。虚しかった。

「おめでとうございます!! さあ陛下、ためしに一気に飛び込んでくださいませ!!」

「飛び込むかっ!!」

部下の無駄なハイテンションにとうとう怒りをあらわにした魔王であるが、そんなのラミアは気にしない。

今はそういうのは気にならないテンションらしい。

「もう陛下ったら。そんな事ばかり言っているから老け顔が直らないのですわ」

「私はもういい歳なんだよ……いいから放っておいてくれ」

リアルで数億年生きている生きた化石が目の前にいる中で年齢の事を言うのはどうかとも思うものの、やはり魔王は自分に素直でありたかった。


「まあ、そんな陛下はおいといて、本来の対象層である若い娘達が入れば良いのです。さあ貴方達、さっさと服を脱いで飛び込みなさい」

箸にもかからない様子の魔王にはそれほど強く執着せず、ラミアは集まった若い娘達の方を向き、高らかに言い放った。

(ふふふ、陛下が乗り気ではないとは言っても、水に濡れた美しい娘達の姿を見れば、男なんて――)

しかし、そんなラミアの黒い思惑とは裏腹に、娘達は互いに顔を見合わせ、困惑しているようだった。

「あ、あの……」

ラミアの一番の部下である赤い帽子のウィッチがおずおずと一歩前に出た。

「どうしたのよウィッチ」

一瞬素に戻って反応するラミアだが、部下の困った表情に違和感を覚えた。

「ラミア様。失礼ながら進言させていただきますが……人前で水浴びって、かなり恥ずかしいのでは……?」

「――えっ?」

そしてその違和感の正体とはこれであった。

「あの、私もそう思います……」

「人前で服を脱ぐなんてやらしいですわ……」

「ラミア様は恥ずかしくないのですか? 私、人前で肌を晒すなんて怖くて……」

「プライベートな時に一人でするならともかく、人目に触れる所というのはちょっとねぇ」

「そんなはしたない事したら、陛下に嫌われてしまうのでは?」

「決してスタイルに自信がない訳ではないのですよ? ですが、そういうのはまだ早いというか――」

言い訳はそれぞれであるが、そのいずれもがラミアの思惑とは正反対である。

「そ、そんな……でもほら、貴方達、暑いでしょう? 涼しくなりたいとは思わないのですか?」

ラミアの頬に汗が流れる。それは追い詰められたウサギの流す汗である。後ろは崖っぷち。

飛び込まないで済む方法を考える暇もなく、ラミアはひたすら言い訳をするのだ。

少しでも娘達が入りたがるように仕向けるのだ。無駄であるとは自分でも思い始めながらも。

「確かに、私たちの事を考えてプールを作っていただけたのは嬉しいですけどぉ……」

「水場は魅力的ですわ。でも、人前で入るのはちょっと……」

「あ、別にスタイルが悪いからとかじゃないんですからね? むしろ自信があるくらいで――」

「人が居ないなら入りたいですけど……他の人と一緒となると、やっぱり勇気がないですわ」

娘たちも一部を除きプール自体には魅力を感じているらしかったが、やはり羞恥心の強さはその欲と秤にかけても勝るらしかった。

「むぐぐぐ……折角作ったのになんて事なの」

ラミアは頭を抱えた。

必死になって一人奔走し作った施設だというのに、誰一人使おうとしないのだ。

では自分の努力とは何だったのか。

勿論ただの暴走である。

迷惑極まりないいつもの暴走であったが、当の本人はそんな考えには至っていなかった。


「……まあ、折角あるのだから、私の人形達が水場でも活動できるのかの実験に使わせてもらおうか」

結局わずかばかり建設的な意見を出したのは魔王のみであり、巨額の費用と大量の資材を使った豪華極まりない誰も使わないプールは、翌日から人形達の遊技場もとい実験場となる事が決定した。


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