#7-4.策は適い、戦場は流れる
「特殊能力を駆使する敵相手に、ただただ一方的な防衛戦展開。こりゃ、ここまでか――」
またも自軍中央に突撃を仕掛ける部隊が現れたと聞き、やれやれ、と、荒く髪を掻き分けながら、リットルは自虐的に喚いてみせる。
本陣の面子も、カレンも、彼に注視するのだが。
しかし、リットルは笑うのだ。
「――なんてな。ここが……南部と違うフィールドだって事を教えてやるぜ!!」
気合にて一喝。怒声を響かせ、指揮剣を掲げる。
「時は来た!! 『斥候部隊』をばらけさせろ!! 『本隊』は合流後、攻撃を開始!!」
時は来た――その声と共に、全軍が一斉に行動を開始する。
左右に割れ、それまで本隊だった本陣前衛部隊のその全てがばらけ、中央の陣を露わにした。
「なっ、これは――」
敵陣は割れた。急激な変異。
結果、敵陣へと向かった部隊は困惑のまま敵陣に到着しようとしていた。
敵は一体何を考えているのか。ロザリーは戸惑った。
しかし、すぐにそれどころではなくなってしまう。
「て、敵軍っ!? 我が軍の後方ですっ」
「後方ですって!? そんな、近隣にまとまった敵部隊はいなかったはず――」
「解りませんっ! 早く退避をっ!! ロザリー様っ」
副官の告げる言葉に、本陣はパニックに陥る。
迂回を狙うような大部隊などどこにもいなかったはずだった。
かといって、幻覚、幻影の類ならばそれを見破る事は南部の軍勢には容易い事のはずである。
では、これは何だというのか。
(まさか、敵は――)
その可能性を肯定すると、すぐに敵の狙いが理解できてしまった。
敵は、最初から正面衝突で叩こうなどと思っていなかったのだ。
では、正面のあの大部隊は何だったのか? ただの囮である。
敵の本隊はいずこに? 今背後にいるのがまさにそれではないか。
何故そんなところに、いつ、敵の本隊が? つまり、認識がそこの時点で狂っていたのだ。
(敵は……本隊をばらけさせ、斥候に化けさせていた……? 少数部隊なら警戒をすり抜けられると判断して、最初からこのように――?)
では、その斥候のフリをした本隊が本隊としてまとまって攻撃を仕掛けている今、敵本陣とはどのようになっているのか。
「――まずいっ」
敵はばらけきっている。
本来守るべき本陣から離れ、既に離脱を始めていた。
対して友軍はどうか。
自軍本陣が襲撃されんとしている事を知っているいくつかの隊は別としても、その多くは敵陣へと突入し、または突入しようとしている。
前後で挟撃を狙うなら、前方の隊をばらけさせる意味は全くと言っていいほどない。
では……では、何故敵はわざわざ隊をばらけさせたのか。
「全軍、退がりなさいっ!!」
ロザリーの絶叫は、兵達の耳には届かなかった。
時を同じくして、帝国軍本陣が突如爆発したのだ。
周囲の防備もろとも四散し、兵の多くが巻き込まれていった。
「あ……あぁっ」
自軍兵力の何割がそれに巻き込まれただろうか。
ゴーレムのいくつかも飲み込まれていったのが見えた。
ロザリーは絶句し、わずかの間、身動きすら取れなくなっていた。
「ロザリー様っ」
副官が声を掛け、揺さぶられ、ようやくロザリーは我に返る事が出来たが。
「……後方には敵本隊。左右にはばらけた敵の元前衛――退く術はなさそうね?」
「残念ながら……」
状況はすぐに理解できた。部下が何を言わんとしているのかも解った。
「迷う事はありませんわ。前進を。後ろに何がいようと構いません。前に出なさい。前に……前に!!」
もはや退けとは言えない状況であった。
逃げ道として辛うじて残っているのは前方のみ。
爆発を避けようと敵軍は敵本陣から離れている。
今しかない。今前に行かねば、後ろか左右か、いずれかの敵に飲み込まれる。
だが、体勢を立て直すのも困難な被害を被っている。
更に前に逃げたところで、それは更なる敵地に進むだけで根本的な解決には至らない。
恐らくはこの危機、奇跡的に脱する事が出来ても軍勢として助かる事は無いはずである。
いずれにせよ覚悟を決める必要があった。いや、そんなものは最初から決まっていた。
もとよりこれは、届くはずの無い行進だったのだから。
「狙うは一点。敵司令官、リットルよ!! 敵の司令官を殺しなさい!!」
勝てないのなら、逃げられないのなら、敵にとって一番大きなダメージを与えてから散れば良いではないか、と。
彼女は、彼女たちは、腹を決めたのだ。
「敵は死力を尽くして突っ込んでくる。そういう奴らは目が利かず足元が疎かになるって相場は決まってる!! 冷静に対処しろ、足を狙え足をっ!! 間違っても前には立つなよ!!」
本陣からやや離れた馬車の中、リットルは尚も軍勢に指示を下していく。
ぱそこん経由で繋がる指揮系統。戦場は乱れ一つ無く動いていた。
窮地に追いやれば、敵軍は死に物狂いで司令官である自分を追いかけてくるはずだと、リットルは踏んでいた。
これの相手をしてやるつもりなど更々ないので、彼らは逃げ回る事にしていたのだ。
「いたぞっ!!」
「覚悟ぉぉぉぉっ」
案の定敵のいくらかは本陣を抜け、その先にいるリットルたちの姿を捉えていた。
その足は速く、馬車でも中々振り切れない。
「スナイプ」
「はいっ」
カレンがクロスボウを構え、狙いをつける。
弾けば、矢は機械的に跳ね飛び――一番前を走っていた敵兵の腿を捕らえた。
転倒。直後、その後ろにいた兵を巻き込んでいく。
「ナイスショット。良い腕だな」
「ど、ども……」
にや、と笑い指を立てるリットルに、カレンは後ろ髪を撫でながら照れていた。