#6-2.シュニッテンの戦いにて
中央部・大帝国南方、シュニッテン。
この地域は今、進撃してきた南部諸国連合と、防衛せんとする大帝国軍との一大決戦が開かれようとしていた。
南部諸国連合軍の司令官はデフ大司教の懐刀と目されるロザリー。
大帝国側の司令官は、女王より対南部戦の指揮を指示されていたリットルである。
リダ陸海側から進撃してきた南部諸国連合の大軍は、国境際からわずかばかり進んだ場所で陣を構えるリットル軍と鉢合わせた形となっていた。
周囲は水源地帯と平野部が交じり合う地形で、遮蔽物は少なく、両軍の姿がはっきりと互いに見えていた。
「いやあ、壮観ですわねぇ。こんなに沢山でお出迎えだなんて」
困ったものですわ、と、腰元に左手を置きながら、モーニングコーヒーを啜るロザリー。
「敵軍の数およそ五万。ハンド・カノン装備の歩兵だけでも五千はいるようですな」
「あらやだ。歩兵の皆さんは無理に前に出さないようにしてくださいな。狙い撃ちされて殺されるのが関の山だわ」
大帝国側の総数五万に対して、南部諸国連合側は三万二千しかいない。
百体いるゴーレムがそれぞれ一騎当千とは言え、その対策も徐々に練り上げられる頃合であった。
いくら死を恐れないとはいえ、限られた兵力を無駄死にさせる気はさらさらないロザリーは、そばに控える副官にきちんと指示を下していく。
「この戦いに勝っただけでは戦争そのものの勝利には繋がらないでしょうから、できるだけ消費は抑えないと」
「御意」
「敵の指揮官はリットル……アサシン達は上手く動いてくれるかしらねえ?」
「彼らならばきっとやってくれるかと」
「そう願いますわぁ」
カップの中の黒を飲み干し、ロザリーは静かに野営地の外を見やった。
敵の動きは、まだない。
(さぁて、どう動くやら……)
対して、大帝国側の陣地。
司令官リットルと、ガトー防衛で活躍した新米勇者カレンが、ぱそこんを前ににらめっこしていた。
「――つまり、これを使えば、敵の消費魔力から遠隔地にいる敵の動きが察知できるってことかい?」
「ええ。魔族世界から提供された『魔力探知レーダー』を活用すれば、相手がぱそこんを使用した際、あるいはそれ以外でも魔力を使用した際に、空気中にばら撒かれた魔力を探知してその居場所を割り出す事が出来ます」
むつかしい話で頭が痛くなりそうなリットルであったが、カレンは表情を変えずにキーを打ち続ける。
「そして、各方面に分かれた私の仲間達が、この情報を元に敵の規模など、精密な情報をこちらに回してくれる手はずです」
「……なんか良く解らんが、時代は進歩したもんだなあ。斥候のいらない時代になりつつあるって事か?」
頬をぽりぽり掻きながら感心するリットル。カレンもちょっとだけ誇らしげであった。
「でも、斥候はいつまでも必要になると思います。あくまでぱそこんで解るのは『敵がそこにいるかもしれない』という情報だけなので……それだって、場合によってはかく乱されることもありますから」
「そうなのか?」
「ええ。この方法で割り出せるのって『どこで魔力が使われたか』でしかないですから、例えばマジックランタンみたいな長期間継続して扱えるマジックアイテムでも反応してしまうんです」
ここら辺が欠点ですよね、と、苦笑しながら。
カレンは薄型のぱそこんをぱたん、と閉じた。
「ですから、その可能性の高い場所に直接赴き、確認する斥候の存在は必須です。情報を制するのは、正しい情報をそれと見分けられる側ですから」
「なるほどなあ。勉強になった。いや、最新の情報戦術っていうの? 俺にはどうも向かなくてなあ。いや、この時代に生まれてこなくて良かったと思ってるよ。君らには到底ついていけそうにない」
カレンたちは、今の時代に合わせ指導・教育され、訓練された勇者である。
前時代的な戦闘を是として若い頃から鍛えていたリットルにとって、それはあまりに違いすぎる、全くの別分野のように見えてしまう新しさであった。
「ほんと、今の世の中はおじさんには解らない事だらけだぜ。敵と正面からぶつかりあって、ハンマーだのぶん回して魔法ぶっぱなしてる方が俺には向いてるなあ」
あれはあれで地獄だったが、と、苦笑しながら。
リットルは若き勇者殿の肩をばん、と軽く叩く。
「あっ」
「その調子で上手くやってくれ。俺は自軍の動きを合わせる」
突然のことに驚くカレンであったが、その時にはもう、リットルは真面目な顔で立ち上がり、指揮を執り始めていた。
「西方面の隊は敵ゴーレムを集中して狙え!! 正面の隊、時間稼ぎに専念しろ、無駄死にするんじゃねぇぞ!!」
指揮剣を掲げ、各隊の指示担当に指示を下していく。
「……」
とてもさっきまでの飄々とした人と同じとは思えない真面目な雰囲気に、カレンは思わず喉を鳴らした。
(あれが、歴戦の勇者の指揮……)
エリーシャとともにいくつもの戦場を渡り歩き、そのいずれも生き延びた英雄が、そこにはいた。
彼ら勇者の中でも最高峰、生きた伝説とも言える歴戦のツワモノである。
ぴりぴりとした空気が、心地よい緊張感を生んでいた。
陣の中の誰もが、彼の言葉を聞き、即座に反応する。
「斥候より報告が。『迂回部隊の形跡を察知、本陣は警戒されたし』と」
「……む。カレン、仕事だ」
ぼーっとその顔を見ていると、名を呼ばれてしまう。
「あっ、はいっ」
カレンは思わずびくりとしてしまうが、リットルは笑いもしない。
今は真面目な時なのだと、スイッチを切り替え。
ぱそこんのキーをぱちぱちと叩いていった。
「はい、敵迂回部隊――本陣の北側に反応! 距離20、近いですっ」
「迎撃準備!! 情報要員はどさくさで殺されるなよっ」
剣を放り投げ、背負っていたウォーハンマーを取り出す。
「近隣の部隊をこっちに戻せ。いつの間にか回り込まれてただと? そんな訳あるか。何かあるはずだ、見落としは無いか各隊は注意深く周囲を探索しろ!!」
入り組んだ丘陵地帯や山岳地帯ならともかく、平地での戦闘で回りこまれるなど、よほど注意が散漫だったとしか思えない。
何かがおかしいと感じ、リットルは即座に指示を下していく。
「いいか、陸地だけが人の通る道じゃねぇ! 敵は『水の中にもいる』かもしれないって考えろっ」
地形上多くの川が流れるこの地域は、その面積だけでも全体の三割ほどになっている。
人がもぐれるほどの深さになっている川もいくらかはあるはずだった。
「水中を進撃だなんて、そんな、魔族みたいな――」
常識はずれにもほどがあると驚きながら、カレンはキーを打ち、川の中を索敵する。
「居たしっ――陣の北側、すぐそこの川の中です!!」
そんな馬鹿な、と思いながら、実際にいてしまったので声を大に叫ぶカレン。
指の示す先は陣のすぐ外を流れている川であった。
「フリージングスフィア!!」
リットルは詠唱なしに問答無用で川の表面を凍て付かせる。
「――よし、探せ」
「はっ」
瞬時に白く凍った川を指しながら、リットルは本陣付きの護衛を向かわせる。
「うぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
直後、黒衣に身を纏った男が一人、必死の形相で氷の中から飛び出し、そのままリットルへと向かってきた。
「うるせぇ死ねっ!!」
しかしリットルは容赦なくウェーブ状に広がる炎を投げつけ、命中させる。
「うぎゃっ――あぁぁぁぁっ」
炎は瞬く間に男の身体を焼き焦がしていき――そのまま絶命させた。
「うわ……うわぁ」
「ふん、アサシン如きにやられる俺じゃねーよ。カレン、他にはいないだろうな?」
あっさりとした顛末に唖然としていたカレンであったが、すぐに我に返りぱそこんを弄る。
「んー、まだいるようです、警戒が必要だと思います」
「ちっ、面倒くせぇな。本陣に兵を回せっ!! 各隊、水中からの奇襲に備えろっ」
カレンとぱそこんのおかげで奇襲はかなりの精度で読み取れている。
これは大変ありがたいものであった。カレン大活躍。
シュニッテンの戦い、その開幕は、このように新米勇者たちの活躍によって情報戦がフル活用され、始終大帝国有利な流れとなっていった。




