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趣味人な魔王、世界を変える  作者: 海蛇
1章 黒竜姫
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#E1-1.ラミアの野望

 夏。ひたすらに暑い夏だった。

魔王城にて、ラミアは思うのだ。「なんでこんなに暑いのだろう」と。


 参謀本部はいざ知らず、この度いよいよもって魔王城全体が耐え難い暑いに見舞われていた。

人間達との戦争は、中央平原での人間達の頑強な抵抗によって拮抗した状態となり、一進一退の攻防が続いている。

魔王もここ最近は幾ばくか戦争に対して真面目に取り組むようになっていて、週に2、3日くらいは玉座に座し、部下からの報告を聞き流したり、陳情を聞くだけ聞いて部下に丸投げしたりしている。

だがその顔は気だるげで、種族的に暑さ寒さに弱い蛇女程ではないにしろ、やはり誰であっても暑さには弱いものなのだ、と、見ているラミアは感じていた。



「最近暑すぎない? もうちょっとなんとかしなさいよラミア」

中庭では、勝手に登城してきた黒竜姫が、やはり勝手にお茶会を開いて、勝手にウィッチを参謀本部から連れ出していた。

日差し避けの為か、巨大なパラソルまで用意して日陰を作っている。

「私の部下を勝手にお茶会に連れ込まないでよ!!」

もう突っ込むのも疲れたが、それでも注意せずにはいられない。

相手に意味が無いと解っていても文句の一つも言わないと腹が立って仕方ない。

ラミアは、いらついていた。

「いいじゃない。この子話してて楽しいし。気に入ったのよ」

ぽんぽん、と、テーブルの上に乗せられた赤い帽子を叩く。

「うぁっ、私の帽子がっ!!」

悲しいかな、黒竜姫の加減を知らない攻撃により、とんがり帽子はへこんでしまった。

ウィッチは涙目になりながら帽子を手に取り、なんとか直そうとするも、帽子はどうしてももとの形に戻らない。

「あぅぁぅぁぅぅ……」

その表情は悲しげだったが、ラミアは敢えて関わらず、黒竜姫を睨みつける。

「というか、暑いなら自分の城にいなさいよ。涼しいでしょ黒竜領は」

「確かにあっちは涼しいけど、それじゃ陛下と会えないじゃない」

元々魔王は自分の趣味に忙しく、黒竜姫と会うつもりは更々ないので、どう努力したって彼女が魔王と接する機会はないのだが、わずかでも会える可能性があればそれに賭けるという腹積もりらしい。

見上げた根性というか、意外に健気というか、普段の粗暴さの所為で目立たないが、こういう所は本当に可愛いのにと、ラミアは本気で残念がった。

「そんな訳だからラミア。私が魔王城にいても涼しく過ごせる何かを用意しなさい」

しかしながら、やはりその言動が全てを台無しにしていたのだった。

「なんでそんなに偉そうなのよ」

常に上から目線である。

彼女の言う所の友達であるはずなのに、何故自分はこうも顎で使われようとしているのか、ラミアは疑問に思えて仕方ない。

「私が偉いからに決まってるでしょ。知らないの?」

「一応魔王軍での序列は私のほうが遥かに上なんだけど……」

ラミアは四天王筆頭。魔王軍のNo.2である。とても偉い。

対して黒竜姫は、四天王2位の黒竜翁配下という扱いになっている。

つまるところ、彼女は軍の中では数いる黒竜族の雑兵と大差ない地位に居る事となる。

「でも強さで考えるなら私は魔王軍最強だと思うわ。あんたはどうなのよ?」

「うぐ……」


 比べるまでもなかった。

自称する通りに黒竜姫は魔王軍最強で、父である黒竜翁ですら凌ぐ程の実力者である。

対するラミアは下級魔族よりはマシなものの、中級魔族には勝てず、上級魔族にいたっては子供の喧嘩に巻き込まれただけで殺されそうになるほど弱い。

一応生命力だけは突出していて、ただ生きるという点のみにおいては全種族中でもかなり上位に入る程度にはしぶといのだが、それは殺されないしぶとさであって、負けてもいいから誰よりも生き延びて結果的に勝ち組にという、全てを犠牲にしたうえでの生存戦略による進化の賜物である。


 因みに今代の魔王は黒竜姫未満の実力者であり、黒竜翁と大体互角くらいの力量であると目されている。

更に言うなら先代の魔王は、当時の世界最強とも言われていたほどの猛者で、黒竜翁も吸血王も力でねじ伏せられるだけの理不尽な何かを持っていたというのだから、世界は案外広かった。


「ほら、総合的に見ればやっぱり私のほうが偉いわ。早く何とかなさいよ」

「ばかばかしいわ。付き合ってられない」

あっさりと言い負かされたラミアであるが、余計な事を言って追撃を受けるのも馬鹿らしいので、そそくさと退散する事にした。

連れ戻すつもりだったウィッチは毎度ながら諦める方向で。

「あっ、ラミア様……」

去り際、ウィッチが見捨てられた子犬のようないたたまれない表情でラミアを見ていたのだが、ラミアは敢えて見ない振りをして、そのまま後ろを向く。

「あーあ、あんたの上司、ほんと冷徹よねぇ」

「うぅっ、うぅぅ……ら、ラミア様は本当は優しい方なんですよ、優しい方なんですからぁっ――」

後ろから聞こえてくる罵声と泣き声に、ものすごい勢いで後ろ髪を引かれる思いで、ラミアはその場を立ち去ろうとしていた。

「ああもううるさいわねぇっ」

していたが、流石にそれをしてしまうのは人でなし過ぎると思い、思いとどまってしまっていた。

「解ったわよ、解ったから、泣くのはやめなさい」

「は、はい……すみませんラミア様……」

ラミアが戻ったのはあくまで泣いていた部下の為である。

別に黒竜姫から罵声を浴びせられたのが悔しくてではない。断じてない。

「解ったのはいいけどどうするつもりなのよ?」

「とりあえず、陛下にそれらしい何かを用意できないか打診してみるわよ」

「ふぅん。じゃあ私も――」

「陛下に鬱陶しがられてもいいなら勝手についてきなさいよ」

「うぐ……」

ラミアにぴしりと言い放たれ、黒竜姫は一瞬過去を思い出して黙り込んでしまった。

「じゃ、そういうわけだからウィッチは連れて行くわよ。私が居ない間はこの子が参謀本部の司令塔なんだからね」

言いながら、ラミアはウィッチの手を引っ張り、立たせた。

「あ、あの、そういうわけなので、黒竜姫様……」

「そ、つまらないけど仕方ないわねぇ」

怯えながら、ぎこちなく挨拶をするウィッチに、黒竜姫はそこまで残念そうでもなく、素直に許した。

「またねウィッチ。楽しかったわ」

そして爽やかに笑って見送る。

椅子に座りながらだが、はっとするような笑顔にウィッチはつい見惚れてしまいそうになっていた。

「は、はい、またっ」

「また連れ去る気かっ!!」

――今日のラミアはやけにツッコミ気質であった。



「……そういった経緯もあって、城内の者達が暑さに苦しんでおります。とりわけ若い娘達には、この暑さは厳しい模様でして」

玉座の間。魔王と謁見したラミアは、いつもの報告がてら、先ほどの話を魔王に説明していた。

思い立ったがすぐに実行である。普段気だるげだが、やるときの行動力は目をみはるものがある。それがラミアである。

別に黒竜姫の機嫌を取るつもりでやる訳ではなく、やるならやるで自分に都合のいい方向に改変する気満々であった。

「この前の夏の時もそうだったな。楽園の塔でもグロリアが倒れてしまって大変だったようだし」

魔王も塔の娘達に関しては色々と思うところがあるのか、ラミアの話には一応耳を傾けていた。

「はい。今後もまた同じようなことがあっては、娘を預かっている身としましても、いささか管理不十分だと笑われてしまいますので」

「それで、何をしようと言うのだ。ただ意見を言いに来ただけという訳ではないのだろう?」

ラミアが魔王の顔色を窺いにくるのは何がしか魔王の言質が欲しい時である。

つまり魔王の権威を傘に好き放題やる為に来るのだ。

別に魔王としてもラミアが何をしでかそうと知った事ではないが、それが自分に関わる事であるなら話は別で、ろくでもない事を言い出すようなら即座に止めるつもりでもあった。

「城内及び楽園の塔に住まう若い女性向けに、遊泳施設を建造しようかと思うのですが」

「プールか。それは確かに納涼にはいいかもしれんなあ」

どれだけ暑かろうと水の中に居れば涼しいものである。

暑いときに何も暑い場所に居る必要は無いのだ。

「勿論、建造の暁には、女性だけでなく、陛下も入れるようにするつもりですが」

「それは……どうなのだ」

ラミアの余計な計らいに魔王は眉をひそめた。

「素晴らしいではありませんか。涼やかな水場。うら若き美しい乙女達が肌を露にし、陛下を取り囲むのです」

「余計に暑くならんかね。私は水浴びをするなら一人でしたいぞ」

ラミアの目は善くない色に輝くが、インドア派の魔王の顔は曇るばかりである。

「陛下がそのように枯れているからこそ、私は日々色々と考えているのです!!」

ラミアは必死に力説するが、魔王にとってはとても余計なお世話だった。

「なんならプールで酒池肉林をなさっても構いません!! いいえむしろ私は推奨いたしますわ!! なさいませ!!」

「……プールの建造は認めるから、ちょっと下がってくれ。頭が痛くなってきた」

何故この蛇女はこんなにも他人の事で熱くなれるのか。厚かましくなれてしまうのか。

魔王は途方にくれながら、ラミアを追い返した。


「全く、なんで私の部下はこんなのばかりなのだ……」

そうして魔王は独りになると愚痴るのだ。

黒竜翁は実の娘にまで食指を動かす程の色情狂だし、吸血王は逆に実の娘を道具くらいにしか思っていない冷血ぶりである。

四天王で唯一人格的にまともそうな悪魔王も、先日になって娘の教育に失敗したと嘆いていたのを聞き、いよいよもってまともな部下などいなのではないかと嘆かわしくなっていた。

しかしながら、そう嘆く魔王自身も魔界の民からみてろくでもない魔王なのだという認識なのは言うまでもなかった。


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