#1-2.黄昏の森に囚われし姫君たち
「ん……」
夢うつつな意識の揺らぎ。やんわりとした痛みが足に走り、意識が戻っていく。
「私、一体――」
見れば、くったりと倒れているセシリア達の姿。
「なんてこと――セシリアさんっ、エクシリアっ」
すぐに曖昧な意識が覚醒しきる。
楽園の塔の空中庭園。その中にあって、彼女――グロリアは、倒れる友人たちを起こそうと駆け寄ろうとした。
「あっ――痛っ」
しかし、足首に鋭い痛み。違和感。
思わずそのままうずくまってしまう。
「くぅ……足が――」
どうやら捻ってしまったらしい。
その痛みのおかげで気づけたのかもしれないが、何にしても不便なものであった。
「守護精霊よ、どうか私の傷を――」
患部に掌を向け、ぽそぽそと一言二言。
ほどなくして、緑色の光がグロリアの足を包み込んでいく。
「セシリアさん、セシリアさん、起きてください」
痛みが薄れていくのを確認もせず、そのままセシリアへと近づき、身体を揺する。
だが、反応は無い。微動だにしてくれない。
「……息は」
セシリアの口元に右手を当て、左手を胸へ。
「――セシリアさんは大丈夫ね。エクシリアは――」
同じように今度は隣に倒れるエクシリアに。
こちらはうつ伏せになっていたので、なんとか頑張ってあお向けに直した。
「良かった、二人とも命に別状は無い――」
ほっと胸をなでおろす。二人とも心拍、呼吸共にある程度落ち着いていた。
ただ気絶しているだけらしいとわかり、安堵する。
「エルゼさんは気配そのものがなくなっているし――どうなっているのかしら。とりあえず状況を確認しないと」
状況に戸惑いながらも、グロリアはひとまず立ち上がり、塔の外を眺める。
「――これは」
グロリアの視界の先、塔の外側には、巨大な樹木が生い茂っていた。
黄昏の朱に染まる深々とした森。
魔王城とは明らかに異相の光景が、グロリアを驚かせる。
「意識を失う前に見えたあの緑の光は――転送魔法か何かなのかしら?」
魔法に関しては少しばかり自信のあったグロリアは、素早く自分達の置かれた状況を推測しようと試みていた。
あの時、のんびりとお茶をしていた彼女たちは、突然の地震と共に、塔の外側からの強い光を感じていたのだ。
その光が転送魔法の何かしらだったのだろうと、グロリアは考える。
ここがどこなのかは解からない。だけれど、魔王城ではない。
こんな事になるなんて誰からも聞かされていないので、少なくとも魔王城の誰かの考えでこうなった、というわけではないのだろう、とも。
「――大変っ」
そう、これは『味方』の手によるものとは思えない。
なら、こんな事をしたのは『敵』以外には考えられないのだ。
何故こんな事をしたのかの理由は色々考えられるが、今はそれどころじゃないと判断する。
なぜなら、塔に向けて歩いてくる何者かの足音が、彼女には聞こえていたから。
「イクリプスフィールド!!」
迷い無く掌を窓の外に。瞬時に塔の周辺に即席の結界を展開する。
かと思えば、自身の金髪を数本、ぐい、と引きちぎり、それを炎で燃やし、ぱらぱらと撒いていく。
「炎の精霊よ、どうか私に力を貸して!」
撒かれた炎達がグロリアの言葉と共に頭ほどの球形へと育っていき、やがてふよふよと宙空を漂いだす。
『ウィルオー・ザ・ウィスプ』。ハイエルフに伝わる精霊魔術である。
「ウィスプたち、侵入者を阻み、私達を守って頂戴っ」
階段下を指差し告げるや、球炎達はグロリアの言葉に従うように階下を目指し去っていった。
「……これで、とりあえず時間稼ぎはできるはず」
あくまで時間稼ぎ。ウィルオー・ザ・ウィスプはそんなに強力な魔法ではないのだ。
通過した者を問答無用で弱体化させる『イクリプス』とセットで使ってなんとか足止めになる程度。
これが、グロリアが即席でできる範囲の対外敵対策であった。
「セシリアさん、セシリアさん、起きてください、大変なんですっ!!」
とにかく、今は自分以外も意識を取り戻してくれなくては困ると、セシリアを起こそうとする。
もしかしたら他にも健在な人はいるかもしれないが、塔の中に誰ぞかの声は聞こえない。
つまり、塔には自分達以外誰も居ないか、あるいは居てもこの二人のように意識を失っているという事。
まずは親しくすぐに状況を理解してくれそうなセシリアを起こすのが確実だと判断したのだ。
ぺしぺしと頬に刺激を与えたりもするが、セシリアは中々目を覚ましてくれない。
「むむむ……」
このままではまずいのに。もし今敵が来たらロクな抵抗もできないまま捕らえられてしまう。
想いばかりが頭を駆け巡り、グロリアは混乱しそうになりながら手を挙げた。
「ええーいっ、おきてくださーい!!」
バチーン、という思い切った音が庭園に響く。
セシリアの柔らかなほっぺたが、真っ赤に脹れていった。
「あわわわ……ご、ごめんなさいセシリアさんっ」
「う……なんか、痛……」
思わずやってしまった事に対して謝罪するグロリアであったが、どうやらその痛みが元になり意識を取り戻したらしいセシリア。
「……グロリア? ん……私、一体――」
「あ、セシリアさん――良かった。早く起きてください、大変なんですっ」
「えっ、ちょ、何なの? 一体どうしたと――あ、なんかほっぺたがすごく痛い!? 何これ!?」
「そ、それはちょっと――と、とにかく起きてください。窓の外を見れば解りますからっ」
思い切りほっぺたを張ったのは誤魔化すことにしたグロリア。
とにかく勢いのまま、セシリアを起き上がらせて窓の外を見させた。
「……え、何これ」
案の定、セシリアは呆然としていた。
「多分、何者かによって転送されたんだと思います。塔もろとも」
「塔もろともって――何よそれ!? そんな魔法あるの?」
「解りません……空間転送は、現存しているものの中でもかなりコストが高い魔法ですから。いくら古代魔術に優れる魔族でも、こんな大きな建築物を、中の人ごと飛ばす事なんてそんな簡単にできるとは思えません」
無いとは言えない。だが、限りなく不可能に等しいと、グロリアは考えていた。
確かに大規模転送魔法というのはある。
軍団単位の将兵を特定の地域に飛ばす『ゲート』などがそれだ。
だが、ゲートによって送れるのはあくまで生物レベルのサイズ、それもワイバーンなどの大型生物は送り込めないものとされている。
ゲートの発動には相応の魔力コストと術者の緻密かつ高度な計算能力が必要とされており、定められた質量以上の存在を転送しようとすると、魔力コストはともかくとしても計算のほうが追いつかなくなってくる。
他にも物質のみの転移を可能とする異相空間転移などもあるが、こちらはより難易度が高く、失敗した場合送ろうとした物質が異次元に飲み込まれて自壊してしまうという大きなリスクがある。
いずれにしても、この塔ほど巨大な建造物だけでも難易度が高いのに、その中にいる者達まで転移させたというのは、魔法に詳しければそれだけ『無理がある』と思える所業であった。
「ここが何処なのかはわかりません。ただ、近く敵が襲来するかもしれないのです。即席で妨害用の番兵を放ちましたけど、敵によっては時間稼ぎになるかどうか――」
「なるほど、なんとなく状況は飲めたわ。私はエクシリアとか、とにかく塔に居る人を起こして回る。グロリアは引き続き塔の防衛に専念して頂戴」
「解りました。お願いしますセシリアさん」
こういう時は頼りになるなあ、と、グロリアはキラキラとセシリアを見つめていた。
「いや、参りましたなあ」
塔の前では、入り口を固めるウィスプの群れを前に侵入を躊躇う者達がいた。
樹木人族。知性ある樹木『木人』を筆頭に、頭に花をつけた女性型の『ドリアード』、人面に手足の生えた根菜のような出で立ちの『人参』など、植物系の魔族が集っていたのだ。
いずれも反魔王を掲げた反乱軍の者達であったが、相性的に炎を苦手としている彼らは、この門番をどうにもできず遠目で塔の入り口を見やっていた。
「このままでは塔に入れぬ。悪魔王の指示通りにはいかぬなあ」
先頭に立つ木人はさほど残念でもなさそうにわざとらしく両腕の枝を広げてみせる。
一堂、にやり。笑っていた。
「しばらくは放置しておいたほうが良いと思いますわ」
「状況を理解すれば自ずと事情を探ろうとしてくるでしょうしなあ」
「とりあえず遠くから見守ろうぞ。無理に入って尻に火がつくのは避けたい」
植物ゆえ、火は雷の次に恐ろしい。
無理はすべきではないという判断から、樹木人達は距離を置いて見守る事にした。




