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趣味人な魔王、世界を変える  作者: 海蛇
9章 変容する反乱

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#1-1.液魔の跳梁(ちょうりょう)

 魔族世界中央部・ゲティスバーグ。

この地域の反乱軍の撃滅の為陣を張っていたラミア軍であったが、この中に設営された参謀本部では、ラミア以下、面々が難しい顔を突き合わせていた。

「まさか、楽園の塔ごと転送されるとは……」

「完全なだまし討ちですわ。味方だと思わせて接近して、そのまま――」

「何にしても、このままでは塔の姫君らを陛下の妾にと出した各種族の長族・王族らが黙っていますまい」

苦々しげに語るも、いずれもこのままではまずい、という結論ありきのものであった。

「本当なら私達がすぐにでも魔王城に戻り、まずは城の防備を確固たるものにすべきなんでしょうけど……間が悪いというか何というか」

ため息混じりにそう呟き、憎たらしそうに窓の外を見やるラミア。


 陣の外は今、非常に強い雨が降っていた。

自然界には存在しない橙赤色(とうせきしょく)の水滴。

雨粒の付いた鉄枠がじわじわと音を立て腐食していくのが本部の中からでも聞こえていた。

「この王水の雨……液魔族の仕業だわ。あいつら、わざわざ紫の湖から出てきたのね」

目下迎撃対象にしていたこのあたりの反乱軍とは別の、北部地域の反乱軍が出張ってきたのだ。

この雨はその中でも特に厄介な液魔族の手によるもの。

「こんな広範囲に雨を降らせるなんて、液魔族でも可能なものなのでしょうか?」

「可能と言えば可能よ。術者が命掛けで維持する必要があるけどね。いくら水を操るのが得意って言っても、こんな大規模な古代魔法、ノーリスクで使えるはずが無いわ」

だからこそ憎たらしい。「そうまでして足止めしたいのか」と、ラミアは歯を噛んでいた。


 液魔とは、肉体の大部分が水ないし何らかの液体で構成されている半水生知的種族の総称である。

中には人のような形状を持つ者もいるが、いずれも液状体で、固体としての肉体を持ち合わせていない。

その為刃物も鈍器も通じず、多くの魔法を無力化させる。

さらに身体を構成する液体の種類によっては、触れるだけで金属を腐食させたり、自然環境そのものを深刻に侵す者すら居る。

知性の高い個体は総じて水属性の魔法を扱うことに秀でており、このような超広範囲に天候被害を与える事も可能であった。


 そんな彼らであるが、液状の身体を維持するためには水分が不可欠であり、また、特殊な性質の液体を身体に持つ者ほど通常の水地には進出できない為、生息域は極限られている。

強い力を持つ者ほど自領である『紫の湖』から離れる事は自殺行為に等しくなるのだ。

つまり、この雨を降らせている術者は二重の意味で死を覚悟しての出撃を果たしていると言える。


「時間さえ稼げればこの雨も止むでしょうけど……問題はそれまで何も出来ない事なのよね」


 今現在、時間はラミアたちにとって敵でしかなかった。

一刻も早く目先の敵を倒して魔王城に戻らなければならないのに、迂闊に攻め込むこともできない。

だが、このまま陣に引きこもっていても、やはり時間の問題で陣が崩壊し、将兵らは遠からずこの雨をまともに浴びる羽目になってしまう。

人体すら腐食させる強力な酸である。浴びれば精強な魔王軍将兵であってもただでは済まない。

射程の都合上、この雨を降らせている液魔族はかなり近いところまできているはずだが、現状ではそれを探すための斥候を放つ事さえままならない。

何より、彼らは液状なのだ。

川などに紛れ込まれれば見つけ出すことは困難であり、ましてこのような雨の中、それを探す事は不可能に等しい。

幸い魔法の制約上待ってさえいれば術者の命はいずれ尽きるはずなので、タイムオーバーを狙う事は不可能ではない。

だが、それがいつになるのかも解からないし、それまでに陣が崩壊する事も十分にありえた。

すべてがままならない。

このままではまずい、という焦りが、参謀本部にじわじわと伝染していく。


「全く、やってくれるわね。この雨の所為でオロチ領もかなりの部分使い物にならなくなるし――」


 王水の雨は、当然、自然環境にも深刻なダメージを残す。

既にゲティスバーグより北に位置していた馬悪魔族の領土などはこの雨のダメージで再生不可能の死の大地と化していた。

今のままでは遠からず、このゲティスバーグもそうなるのだ。正直洒落にならない。

内戦に勝っても土地が死んだままでは、領土運営はままならない。

こんな事を繰り返されれば、魔族世界は人の住めぬ土地ばかりになってしまう。

土地を求め人間世界に進出するべきだという声も出るだろう。

そしてそれは、恐らくその時には抗えなくなるはずだ。

このままでは自分達の理想が壊れてしまう。

あの陛下の追い求めていた何かが。一目みたいと思い始めていたそれが。永遠に手の届かない場所へと逃げてしまう。と。

ラミアは今、大変珍しく焦っていた。



「――なるほど。それで私をここに派遣したわけね」

『そういう事です。この雨の中でも、人形の貴方なら多少溶けても痛くもかゆくもないでしょうしね』

そして、王水の雨降りしきる中、赤い帽子の人形が一人、樹の枝の上に立っていた。偉そうに腰に手をやりながら。

「痛くは無いけど。服は腐食するしこの身体も穴だらけになるわ。早く見つけないと、動く事が出来なくなりそう」

今は天然の屋根のおかげで多少なりとも防げてはいるが、それでも服や身体にはところどころダメージが現れ始めていた。

今もまた、ジュウジュウと音を立てて穴が増えていく。

『斥力フィールドでも張れれば何のこともないんですが……古代魔法は現代魔法では防げないですから、普通の対魔障壁では意味を成さないのがネックですね』

「元の身体ならともかく、こんな身体でそんな燃費悪い魔法使えないわよ。瞬く間にカラッカラになってしまうわ」

首元に下げたネックレスから伝わる声に、人形は口元をゆがめて皮肉げに返す。慣れたものであった。

「とにかく、この雨を降らせてる液魔をなんとかしないと。でも見つけるのが大変そうだわ」

何せこの雨である。ゲティスバーグには川も多い。よほど気をつけて探さなければ見つけることは難しいのは彼女も解っていた。

『大丈夫ですよシェリー。魔法の射程を逆算してみてください。ちょっと複雑でしょうが、貴方位回転が速い方なら容易なはず』

「ん……降雨魔法の射程……そうか、心理的にはあいつらは、あんまり紫の湖から離れたくないだろうから――魔法の射程ぎりぎり、かつ紫の湖に一番近い場所にいる可能性が高いのね」

『そういう事です。魔法の射程上、ゲティスバーグ領内に居る事は間違いないでしょうから、貴方の位置からそう遠くない場所にいるはずです。対地形戦なら貴方の十八番でしょう?』

「そりゃそうだけど……まあいいわ、うだうだ言ってても身体に穴が増えるばかりだし、さっさといってさっさと片付ける」

『その調子ですよ。では頼みました』

無責任に投げっぱなしな言葉を最後に、ネックレスからはそれきり、声が途絶える。

(全く、簡単に言ってくれちゃって。魔法の発動そのものがこの身体だとしんどいのに。やっぱあいつは嫌いだわ)

仕方ない事とはいえ、彼女にとってはあまり楽な任務ではなかった。

それでも、やらなければならない。

(ラミア様や陛下の命がかかってる……急がないと)

意を決して枝の上から飛び降りる。

そのまま、じわじわと悲鳴を挙げる身体を無視し、シェリーは走り出した。


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