#15-2.ゲティスバーグの戦いにて(後)
「敵軍は分散したか。恐らくはどこかで集結するつもりなのだろうが」
猫頭は悩んでいた。
斥候からの情報で、後退した敵の前衛部隊が分散、そのまま更に森を迂回して領の奥地へと退がっていったというのだ。
敵との距離的に、同じようにばらけては態勢を整え待ち構えた敵に各個撃破される恐れもあった。
かといってまとめて突き進むにも、進行ルート中央に位置する森が邪魔すぎる。
速度優先でばらけて迂回すべきか、あるいは多少時間がかかってもまとまって直進すべきか。
「いや――」
それだけではない。戦術は別にもあるのだから、何もリスクがあるそれらを選択する必要もない。
「前衛全軍に通達。領境まで一旦後退し、別方向から再度侵攻する!」
何も敵に合わせてやることはないのだ。こちらは数もあるし、何よりまだ士気が高い。
対して敵は先ほども見たように後退の際に大きく士気が下がっている様子である。
猫頭は冷静に考え、無理に攻めるよりは、より安全な策を講ずる方が有意であると考えた。
「かかった!! 第六ゴブリン小隊!!」
『いつでも動けます』
「動きなさい!! 出番よ!」
『承知っ』
敵軍に大きな動きあり。この報は、ラミアが待ち望んだ情報であった。
予め待機させていたゴブリン達に指示を下し、ラミアは再び手を挙げ――振り下ろす!
「全軍、領境まで一気にいくわ! 敵軍を蹴散らすわよ!!」
敵は気づかなかったのだ。数多くの斥候をこちらに回しておいて、肝心要の場所の索敵を怠っていた。
敵は今、大きく迂回しようと進路を変えるべく、元居た自軍本陣近くまで戻ろうとしている。
そこで一旦英気を養い、しっかりと支度を整え、進軍を再開するはずだ。
ラミアはそう読み、予め手を打っていた。
「――馬鹿な!? これはどういう事だ!?」
驚愕したのは猫頭の方である。
再侵攻前に一旦休息させようと退がらせた自軍前衛が、道中で大損失を被ったというのだ。
「トラップが……我が軍の後退ルート上に、無数のトラップが仕掛けられていたと――それを避けようにも、全方位がトラップと敵に囲まれていて、逃げ場もなく――」
信じられないことながら、会戦前まで自軍前衛が控えていた地点に、何者かによって大量のトラップが設置され、それを知らずに踏み込んだ前衛部隊が次々にかかっていったのだという。
速度優先で少数部隊にばらけての移動だったのが災いし、部隊単位での全滅が頻発したためにこれが伝達される前に他の部隊が知らずに同じ場所に踏み込んでしまい、被害が深刻化していったのだという。
気づけば前衛部隊は身動きが取れぬまま敵に背後を突かれる形になろうとしていた。
「くっ――反転!! 敵前衛を打ち破れ!! 怯むな! 戦え!! 正面からぶち当たればまだ勝てる!!」
これだけで五千ほどの損失。だが、数ではまだ圧倒していた。
士気は確かに下がったが、それは敵も同じ事のはず。何より敵は烏合の衆のはず。
猫頭は、そう信じ込みたいだけの自分に薄々気づきながらも、それでもどうする事も出来ず、かすかな希望に縋ることしかできなかった。
「よっしゃぁぁぁぁぁっ!!」
「蹴散らせっ!! 敵はここにいたぞぉっ!!」
「第七スケルトン小隊、敵を撃滅する!!」
かくして、猫頭の希望は打ち砕かれた。
「そ、そんな、なんで――ぎゃっ」
「ひぃっ、やめ――ゆるっ」
「げふっ――ちきしょ、ちきしょぉぉぉぉぉぉっ!!!」
絶対的な士気の高さの前に、反乱軍前衛部隊の士気は崩壊。
狂乱の中なんとか反転し迎撃しようとするも、この士気の差は如何ともしがたく、ラミア軍に容易に打ち砕かれていく。
「こ、こんな事が――こんな馬鹿な――」
前衛崩壊。倍近い戦力がありながら、結果的にはろくな被害も与えられぬまま瓦解した。
彼らは、ラミア軍の構成を甘く見ていたのだ。
魔王城は確かに兵士らにとってとても良い環境であった。最前線と比べて平和で、勤務内容もそう難しい事はない。
だが、魔王城に仕えていた兵士は、いずれも魔王に対して強い忠誠心を抱き、日ごろから良く訓練されていた生粋の魔王信者達である。
こと魔王に関係する戦いに限っていえば、彼らは良く動くし、命を投げ出す事にさほど躊躇いを持たない。
敵との戦いで、後退戦とはいえ悲鳴をあげ撤退をするなど、本来は『ありえない』はずなのだ。
その『ありえない』が起こった違和感を、猫頭達は感じなければならなかった。
ラミアは、敢えてそれを狙ったのだから。
「おつかれさまでした、ラミア様」
「お見事です」
「この勝利は大きいですわ」
参謀本部の面々もほう、と一息。口々にラミアを賞賛する。
「まあ、こんなものかしらね……」
そんな部下たちを前に、軽く手を挙げたり髪を煽ったりしながら。
ラミアはぐぐ、と背伸びしながら、張り詰めた気分を元に戻すために本部を出る。
これにてこの地域の反乱軍は大半がその戦力を失逸。
敵本陣に残った残存兵力や指揮官は逃げ出しただろうが、少なくとも地方全域を危機に追いやるような脅威ではなくなった。
中央部はこの領のオロチ族が全力でカバーしてくれる約束になっている。
元々同じ種族であるラミアの言う事なので、オロチ族も不満なく従ってくれている。
西部はグレゴリーの善戦によって大分マシになっているらしいので、魔王の首尾次第では反乱軍の脅威はかなり抑えられる事となる。
色々と紆余曲折あったが、結果だけ見ればなんともあっさりとした勝利。ラミアは苦笑していた。
「――ぐっ!?」
それが油断であった。
どこからか飛んできた氷の槍。
腕ほどもある太いソレが、ラミアの左胸を貫通していた。
「かはっ――」
心の臓を貫かれれば、蛇女とてただでは済まぬ。
ラミアは口から血を吐き、ぐら、と、バランスを崩す。
「ラミア様っ!? 大変、ラミア様がっ!!」
後を追い外に出てきた参謀らが、ラミアの急時に血相を変え騒ぎ始める。
「私は大丈夫! この程度の事で死にはしないわ」
しかし。ラミアは倒れず、自分に近寄ろうとした部下達に掌を突き出し、厳しく言い放つ。
「――これはアイススロウ。風向きと射程からみて、南西27から89のいずれかにいる可能性が高いわ。すぐさま兵を回しなさい」
氷が突き刺さったまま、口から血を流しながら、それでも構わず指示を下していく。
直後、次弾が飛んで来るが。
「当たるかっ!!」
ばしり、と、高速で飛来してきた氷の槍を手で叩き落とす。
「さあ、これで狙撃手は逃げるわ。スナイパー狩りの時間よ!!」
時間の経過と共に蒸発していった氷の破片を見やりながら、ラミアはパンパンと手を叩き、部下たちを煽っていく。
「は、はいっ」
「わかりました」
「すぐに斥候と追撃部隊を編成します!!」
意外と無事な様子の上司に、部下達はわたわたと蜘蛛の子を散らしたように戻っていった。
「……ふぅ」
そうして、自身も本部へと戻る。
安全な場所に戻るや、そのままくたりとへたり込んでしまった。
命に別状はない。だが、流石に心臓の一つも潰されれば、しぶとい蛇女といえど疲労も大きい。
(ま、どうせ寿命も近いみたいだし、ストック全部使う機会なんてないだろうからいいんだけどね……)
小さくため息を吐きながら、あくせく働く部下たちを見守り、ラミアは静かに眼を瞑った。
外は、にわかに雨が降り始めていた。