#14-3.戦利品はアンナスリーズ
「――ふぅ。くたびれたな、全く」
そうして、魔王はベッドの上に腰掛けていた。
囚われていた黒竜姫を解放し、その部屋で休んでいたのだ。
「不肖の兄の事、申し訳ございませんでした」
思うところあってか、正面に立つ黒竜姫は深々と頭を下げる。
「構わんよ。あいつは純粋なだけだったのだろう。なんとなく昔の私に似ているような気もした。嫌いではないよ、ああいうひたすらに何かを求める気性はな」
言ってしまえばただの馬鹿者なのだが、そんな馬鹿者だからこそ、魔王は憎む気にはなれなかった。
「私も歳を取ったな。色んなものが、かつての自分の映し鏡のように感じてしまう事がある。重ね合わせてしまうんだ――その、未熟だった頃の自分にね」
「兄上とかつての陛下が、似ていると言うのですか?」
「ところどころな。私も昔、勝手に宿敵だと思いこんでいた奴を倒さんが為、鍛錬を積んだりしていたよ。必殺技まで編み出してしまった位だ」
あの頃の私は若かったな、と。辛いはずのそれをなんとなしに語り始めてしまう。
自然と、すんなりと言葉になっていた。胸は痛まない。苦しくなかった。
「だが、あいつは幸せだ。私はまだ当分死なないし、あいつ自身、鍛錬の仕方さえ間違えなければ、まだまだ伸び代はあるはずだしな」
「……確かに、王羅とやらの力はすさまじいものがあるようですが」
黒竜姫的には面白くないのか、ガラードのことばかり語る魔王に難しげな表情になっていた。
乙女の心は解りにくい。
「アレはあいつ自身の潜在能力の先取りだよ。できれば二度と使わせない方が良いな。使えば使うほど、あいつは自分の未来とその可能性を切り崩すことになる」
「どういう事ですか?」
「漫画の主人公になるには、人生一つ台無しにする位の覚悟がいるって事さ。安易に手に入る『力』なんて、何かしらの代償が必要に決まってるだろう?」
君には解るまいが、と、苦笑しながらに黒竜姫を見つめる。
「陛下の仰ってる事、私には意味が解りませんわ」
やはりというか、姫君の頭の周りにはクエスチョンが飛び交っているらしかった。
「しかしなんだな。ガラードとアイギスが結婚していたとは知らなかった。殺さなくてよかったよ」
結局ガラードの『全力の一撃』を曲刀ごと拳で叩き割った魔王であったが。
ガラードは愛刀が砕かれた位では心折れず、最後の最後、反則まがいに瀕死と完治を繰り返す魔王相手に泥仕合さながらに殴り倒されるまで抵抗を続けたのだ。
その意気込みやよしと満足した魔王は、失神した彼に止めを刺す事はせず放置して黒竜姫らを助けに回ったのだが――ここで真実を知る事になった。
今、アイギスは夫ガラードの手当てのため、玉座の間へと向かっている。
「私も最初は驚きましたが。まあ、当人同士が好き合ってるのならもう、なんか、いいですわ、どうでも」
黒竜姫的にも複雑らしく、なんとも言えない表情であった。
「吸血王がどんな顔をするか気になるがな……」
「最悪吸血族と全面戦争になるかもしれませんわ。陛下、止めますか?」
「冗談じゃない。ガラード一人相手でもほれ、この通りぼろぼろだよ。吸血族なんて倒すことも不可能じゃないか」
これ以上の面倒は御免だと、魔王は手を振り首を振り逃げようとする。
「そうですわね」
黒竜姫はというと、なぜか機嫌よさげに微笑んでいた。
先ほどまでの不機嫌は何処に消えたというのか。
(こんなにクタクタになるまで戦って、私を助けに来てくださるなんて――)
何故魔王がこの城に来たのか。
その真意は解からないまでも、彼女は『陛下が自分を助けてくれた』というロマンたっぷりな今の状況に胸をときめかせていた。
部屋に閉じ込められてからというものずっと退屈していただけに、魔王の顔を見たときには嬉しくて仕方なかったのだ。
ずっと会いたかった人が自分のためにここまできてくれたかもしれない。
そんな淡い期待が、願望が、彼女をうっとりとさせていたのだ。
「まあ、囚われていたからと言っても身内だからな、君が危険な目にあってるとは思っていなかったが、無事そうで何よりだよ」
「ご心配をおかけしましたわ。これからは、いつまでもお傍にいられます」
さりげなくアピールも忘れない。
「そうだな。それもよかろう」
ぽそり、返しで呟いた魔王の言葉に。
「――えっ?」
黒竜姫は、目を見開き、思わず聞き返していた。
「さて、ガラードは倒れたが、私がここに来るというのは反乱軍の奴らに報せているのだ。遠からず、今度はこの城に反乱軍の奴らがくるかもしれんよ。それも、腕に覚えありの猛者ばかりがね」
話題逸らしか、それとももう一度言うつもりもないのか。
黒竜姫の期待一杯の眼差しを無視し、魔王は話を進めてしまう。
「私が蹴散らしますわ。何が来ようと、どうせ大した障害ではありません」
黒竜姫は少しだけ不満げに唇を尖らせながら、胸の下で腕を組んでいた。
「君には別のことを頼みたいな。とても重要な頼みだ」
そんな黒竜姫を見やりながら、魔王は頬を引き締め、真面目な顔をする。
「ガラードを焚きつけた奴を調べてほしい。私は、ガラードは憎むつもりはないが、ガラードを、黒竜族を利用しようとした奴までは赦すつもりはない」
「深緑の帽子のウィッチですわ。ウィッチ族の長の」
魔王の頼みに、しかし、黒竜姫は即答で返した。
「ほう、ウィッチ族の長というと――アーティの……父親のか」
「ええ。まあ――まさか、兄上があいつの言葉に傾くとは思いもしませんでしたが」
迂闊でしたわ、と、悔しげに歯を噛む。
「見逃さずに殺してしまえばよかったです。あいつがこの城に来ていたことには気づいていたのですが……」
「なるほどな。そいつがどうやってガラードにオーラの使い方を教えたのかは知らんが、余計なことをしてくれたもんだな、全く」
しかもウィッチ族と言えばまだ反乱軍に組していない、東部では唯一と言える親魔王派種族のはずであった。
とんだ狸である。してやられたとしか言いようがない。
「何を企んでるんだ。悪魔王の手先になっているのだろうか」
「難しいところですね。立場的には一応悪魔王の方が上でしょうけど、ウィッチ族の長ともなれば、悪魔王ともヒケを取らない格式がありますし」
ウィッチの多くが魔王軍に深く関わり、前線指揮や情報の通達、管制、魔法の研究等様々な分野で活躍している。
個々の戦闘能力も平均レベルで上級魔族クラス。
突出した者は竜族すら屠ると言われる程の猛者ぞろいである。
いかに悪魔族を統率する悪魔王と言えど、ウィッチ族の長には一方的な振る舞いはできない、というのが現実であった。
「とにかく、そいつをどうにかしないといけないようだな。悪魔王といい、面倒くさそうなやつばかりが裏で何かしている。表立って動いているのは解り易く単純な奴らばかりなのだが」
そう考えると、今各地で正規軍とぶつかりあっている反乱軍の面々は純粋であるとも言えた。可愛げがあった。
何せ自分の目的のため主張のため、身を張って戦っているのだ。
反乱が通るにしろ通らぬにしろ、どの道黒幕から見れば使い捨ての駒扱いに違いあるまい。
いっそ哀れだな、と、思わず苦笑してしまうのだ。
「よし、城に戻ろう。ウィッチ族に関してはいろいろ調べて対処する必要がありそうだからな。アンナよ、私についてこい」
「あ――は、はいっ」
突然名前を呼ばれ、黒竜姫は一瞬どぎまぎとしてしまっていた。
立ち上がった魔王は気にせず部屋を出て行くが、その後ろを歩くのがとても恥ずかしい。
頬を染めながら、俯きながら、彼女はその後ろを静かに歩くのだ。
(――まるで夫婦みたい)
夫の後をしずしずと付いていく妻のような、そんな気持ちになり。
黒の姫君は、きゅ、と、口元を軽く噛んで、笑みを堪えていた。