#13-4.幻獣は再び幻となった
「あら、二人ともこんなところにいたのね」
段々と雑談に興じ始めていた二人であったが、声をかけられてびくりと反応してしまう。
「セシリアさんじゃないですか」
「こんにちは」
二人が振り向くと、そこにはニコニコ顔のセシリアが立っていた。機嫌よさげだった。
「ええ、こんにちは。魔法の鍛錬かしら?」
「そうなんです。ミーシャさんは飲み込みが早くて良いですわ」
教え甲斐があります、と、アーティは微笑んで見せた。ミーシャも照れくさく笑う。
「そう、それはよかった」
セシリアも笑って返す。見れば、随分とスポーティな格好であった。
「セシリアさんは? 何か鍛錬ですか?」
「私もたまには身体を動かそうかなと。飛んだり跳ねたりする位しかできないけれど」
それなりの広さはあるが、流石に走り回るだけの余裕はない。
髪を後ろ手に、白いリボンで縛りながら、セシリアは支度を始めていた。
「普段は大人しめの服を着てるからそうは見えませんけど、腕や足が出ると途端に動けそうな感じに見えますね」
華奢と言えばアーティも同じであるが、セシリアの身体にはしなやかな筋肉がついている。
ただ細いだけのアーティとは比べ物にならないバネが、その身体には備わっているらしかった。
「本当なら、ミーシャ位にはふくよかな方が良いと思うんだけどね。あんまり殿方には見せられませんわ」
この筋肉が、と、苦笑するセシリアであったが、ミーシャはぶんぶんと首を横に振る。
「そんな事ないわ、セシリアさんって細くて羨ましいもの」
この贅肉が、と、ミーシャは憎たらしげに自分のほっぺたをつまむ。セシリアもアーティも思わず笑ってしまった。
「ふふ、でも、人間の女性ってやたら細くあろうとするわね。私、女性はふくよかな方が良いと思うけれど」
「私もです。種族的にあんまり身体が大きくならないですから、人間の女性のそういう考えって解らないですね」
不思議ですね、と、セシリアもアーティも笑いながら顔を見合わせていた。
「それはその……大昔からエルフの女性を見てきたから仕方ないわ。すぐ近くに絶対にかなわない美人さんが住んでるのよ? 少しでも対抗しないと……まずいじゃない、種族的に」
「そういうものなの?」
「そういうものよ。男って美人さんには弱いからね。後可愛い子にも弱い」
これは間違いないわ、と、ミーシャは力説する。
「まあ、勿論スタイルは良いに越したことはないけど、スタイルに自信がないなら細くありたいっていうのは仕方ないと思うのよ。 だって、太ってると男の人は逃げてしまうわ」
「痩せすぎよりは太ってる方が良いと思いますけどね」
「エルフの男性はふくよかな女性のほうを好みがちだわ……」
この辺り、人間と魔族、エルフとで価値観がまったく違うらしかった。かみ合わない。
「オークなんかだと力強く逞しい女性を気に入る傾向が強いらしいですし、種族によって殿方の好みはまちまちかもしれないわね」
「そうですね。魔族でも、種族によっては『液状じゃないと女と思えない』とか『受粉できないとちょっと……』とか色々ありますし」
「そこまで来るともう種族的な個性というか生物学上の問題な気がする……」
液状魔族や植物系魔族と一緒にされるのは流石に勘弁だわと、ミーシャは口元を歪ませていた。
「そういえば最近――さんを見ませんね」
「えっ?」
気がつけばただのお喋り会になっていたのだが、ふと、アーティが思い出したようにセシリアに問う。
しかし、その言葉にはセシリアは不思議そうに首を傾けていた。
「その、誰を?」
「ですから……あれ?」
そして、アーティも不思議そうに疑問符を頭に浮かべていた。
「その……あの方ですよ、いつもセシリアさんと一緒にいる――」
なんとか思い出そうとするのだが浮かばないらしく、どうにも曖昧な言葉になってしまっていた。
「えーっと……誰のことかしら? グロリア? それともエクシリア?」
「いや、違くて……うーん、出てこないわ、どうしてかしら?」
困ったように眉を下げるアーティ。
ミーシャも一緒になって考えてみるが、そういえばそんなような人がいた気もするが、確かに出てこない。
「いや、私も出てこないわ、誰だったかしら」
「エルゼさんかしら? 違う?」
セシリアも何か不安になってきたのか、とりあえず浮かんだ名前を羅列していく。しかしアーティは首を横に振るばかり。
「うーん……参ったわね。私と一緒にいる人なんて限られてるし、私が解からないはずはないのだけれど――」
少なくとも直近でいなくなった人なんていない、というのがセシリアの見解であった。
「そういえば、陛下も最近尋ねてきたわ。そういう、私といつも一緒にいた人はどこに? みたいな事」
「陛下が?」
「ええ。だけどおかしいわ。私はずっと一人だったし、グロリアやエクシリアと一緒にいることはあったけど、ずっとって言うほどべったりでもないし――」
何かがおかしいのは、この場にいる三人は気づいていた。
だが、何がおかしいのかが解からない。いやな空気が流れつつあった。
「何かしら、もしかして私、すごく大切な事を忘れてるんじゃ――」
「そ、そんな事ないと思うけど……」
「そうですよ、ただの私の記憶違いだったかもしれません。ごめんなさい、変なこと聞いて」
知るのが怖い。何故そうなったのか。それを知るのが恐ろしかったのだ。
だから、ミーシャもアーティも、なかった事にしようとしていた。丁度、魔王と同じように。
「うん、そう……ならいいけど」
俯いてしまったセシリア。
二人の言葉に気を取り直す気配は見せたものの、運動する気もなくなったのか、そのまま去って行ってしまった。
「なんか、悪い事してしまった気がしますね」
「そうね……うーん、忘れましょう。思い出しても良いことな気がしないし」
「そうですね」
これ以上は気にしないほうが良いはず、という二人の思惑が、その話題から遠ざけさせていた。
こうして、魔王城から『セリエラ』という存在が居たという事実が消滅していった。
 




