#12-1.二人の出会い
シルベスタに賑わう魔王城にて。
今年も四天王定例会議シルベスタが始まり、魔王城は活況に染まる。
四天王直属の部下やその関係者が集まる魔王城は、普段の殺伐とした雰囲気からは想像も付かぬほどの賑わいを見せていた。
華やかに着飾った乙女たちが遠目に男達を見やったり。
勇ましく見栄えを整えた男達が気に入った娘の気を引こうと己の力強さをアピールしたり。
出会いの場としてのシルベスタは、今年もやはり、抜群の集客効果を見せていたのだ。
「相変わらずシルベスタはすごいわね……皆楽しそうだわ」
そんな中、共連れの老人を連れ、一際美しい娘がそれを眺めていた。
城の上部、バルコニーから眺めるは銀髪の姫君。
「男女の出会いの場ですからな。皆、自分のパートナーを見つけようとああして着飾るのです」
「そうしてカップルが生まれるのでしょう? とても素敵だと思うわ」
ほう、と頬を赤らめながら、姫君は目を瞑った。
「私も、ああやって恋する事が出来たらどれだけ素敵かしら……」
姫君はまだ、恋を知らなかった。
それがどういうものなのか、伝聞で聞くこと、書物で知ることはあっても、具体的にどのような事なのかが解からない。
ただ、それが年頃の女性にとってよくある事で、そして、自分も恐らくそうなるのだろうとそれとなく感じていただけである。
興味の方が強く、好奇心旺盛な彼女は、それがどんなものなのかを体験したいと常々思っていた。
ある種ロマンチックな想像もあり、『その時』が来るのを待ち望んでも居たのだが、今のところそういった出会いはない。
「ははは、姫様もそろそろお年頃ですからな。恋の一つもしてもいいのでしょうが、ですが姫様、気をつけねばなりませんぞ」
「気をつけるって、何を?」
「相手のことです。お父上は姫様の事を大切に思っていらっしゃいますからな。生半可な相手では、お認めにならないでしょうし」
姫君の隣に控えていた老人は、やんわりと笑った後に真面目な表情になっていた。
「ただ、強ければそれで良いというものでもありません。黒竜族のように、我らと対立する種族の男を見てはなりませんぞ」
「解ってるわ。黒竜族は私達の敵だもの。出会ったら殺しあうような相手なのでしょう? 下品で、野蛮で」
「その通りです。それが解っているなら、ま、気にする事もないでしょう」
姫君としては、普段おおらかで自分に甘いこの老人が、わずかでも厳しい目を見せたことにちょっとした驚きを感じていた。
元々黒竜族と交わる事はタブーとも言われており、そんな事をするつもりは彼女には毛頭なかったのだが。
それをもって、やはりそういうものなのかと改めて理解したのだ。
「ベテルギロス様、少々よろしいでしょうか? レーンフィールドで、少々厄介な問題が起こりそうでして……」
そのまま、二人がのんびりと祭の様子を眺めていた時であった。
父王の年若い側近が現れ、老人の前に膝を付きながら用件を伝えた。
「なに、レーンフィールドが……?」
「はい。カミラ様のご容態が思わしくございません。このままですと――」
「なんと。カミラ様が……わかった、すぐに戻る。姫様、申し訳ございませんが」
横目に聞きながら、彼女はそれが父王の寵妾に関係する事なのだと理解し、小さく頷いた。
「仕方ないわ。大丈夫よ、私一人でも父上を待つわ」
会議を終え、城から出る父王の付き添い。
ただそのためだけに彼女はそこにいたのだ。父王の一番の側近たるこの老人と二人で。
「では、姫様、できるだけ早く戻りますゆえ」
「ええ。どうぞ、カミラ殿によろしく」
さほど残念でもなさそうに、姫君は笑って側近たちを見送っていた。
何の心配もない。自分なら大丈夫、と。
「人間って、本当に脆いのね。お父様が見初めたというカミラ殿も、もうそんなに長くはないのかしら……」
純血の吸血族である自身には解からない事ながら、姫君は人間という種族の儚さをなんとなしに垣間見てしまった気になっていた。
父王は人間好きであった。あくまで嗜好の面で、だが。
嗜好品として生き血を好む吸血族ではあるが、その嗜好にも様々なものがあり、魔族の極限られた種族の血しか吸わない者もいれば、中には同胞や自身の子孫の血以外吸わない背徳的な者もいる。
父王は人間、それも美しい娘の血以外は望まない。
妾として今、レーンフィールドにいるはずのカミラもやはり、そうして人間世界より連れてこられた貴族の娘であった。
それなりに打ち解けてはいたが、共に居ればそれほどに、その儚さ、脆さに恐れを感じてしまい、彼女はあまり好きになれなかったが。
やはりというか、魔界の空気は肌に合わなかったらしい。
カミラがレーンフィールドにきてからわずか数年だが、もう駄目になったのだろう、と、姫君は少々残念そうに感じていた。
それは悲しみというよりは諦観。「ああ、やはりそうなったか」という、当たり前の事が当たり前のように起きたという事実の受け入れであった。
「人間に恋するのだけはやめたほうがよさそうね」
それが相手を選べる事なのかは解からないながら。
人間というのは、何に関しても魔族の相手には相応しくないものなのだと、実感させられた一件であった。
「ほう、先客がいたか」
そうして彼女がのんびり佇んでいると、バルコニーの入り口の方から男の声がした。若い男の声である。
見ると、黒衣に身を包んだ若い男がそこに立っていた。長身長髪。髪の色も黒い。全身黒尽くめであった。
「いや、下は騒がしくてならんな。俺などは面倒くさくなって、つい逃げてきてしまった」
自嘲気味に笑いながら、男は姫君の隣に立つ。
「貴方は?」
「俺か? 俺はガラード。この城へは、父上のお供で来たのだ」
「私も同じだわ」
初めて見る顔であったが、退屈しのぎ位にはなるだろうと姫君も乗ることにした。
「名前を聞いても良いか? こちらが名乗ったのにそちらの名前を知らないのは、なんというか、歯がゆい」
「アイギスよ」
ガラードの言葉に「それもそうかもしれない」と、姫君は素直に名乗る。
普段はそのような事は決してしないのだが、今日だけは特別。
周りに身内も臣下も居ない、ただ一人きりの時間なのだからと。
「アイギスか。良い名前だ。美しい響きだな」
「ありがとう」
そして、名前を褒められる事は彼女には当たり前の事であった。
聞かせた誰もが美しいと、良い名前だと褒め称える。アイギスと言う名は、それ位彼女にとって自慢のものであった。
「ここからだと、下が容易に見渡せるのか」
そうして、ガラードも一緒になって下を見下ろしていた。
祭りも佳境に入ったのか、所々でカップルが誕生していた。
談笑していた男女が何かの機を見て手をつなぎどこぞへと消えていくのが見える。
「くく、なんともわずらわしいものだな。欲しいなら強引に奪ってもよさそうなものだが」
「貴方は恋の一つもした事がなさそうね」
雰囲気ぶち壊しである。アイギスは冷めた目でガラードを見やっていた。
「ないな。女に興味を持ったこともなかった」
「……同性愛者?」
「まさか。己が力を蓄える事以上の魅力を、女に感じられなかっただけだ」
その程度のものだったのだ、と、ガラードはからから笑う。爽やかであった。
「……そう」
「ま、我ら一族はそういう傾向が強い。おかげで妻の一人も娶れず死ぬ者も多くてな。父上からは『誰でも良いからこれを機に女を引っ掛けて来い』と申し付けられたくらいだ」
「貴方の父上はなんというか、すごい方ね」
「全くだ。正直そちらでは越えられる気がしない」
皮肉げに聞くアイギス。ガラードは楽しげに笑っていた。
「そういうアイギスはどうなのだ。やはり父上からそういった相手を探すように言いつけられたからここにいるのではないのか?」
「そんな事ないわ。私はお父様に愛されているもの。私がお嫁になんて行ったら、きっと泣いてしまうわ」
「それはいい。見てみたいな」
「見せてあげたいくらい。私はとても愛されているのよ。だから、貴方とは違うわ」
にこり、微笑む。自分の事を聞かれ、自分の事を話す。それが楽しくて仕方ないのだとばかりに。
「いやいや、俺も嫁の一人も連れて行けば、きっと父上は喜ぶに違いないぞ。豪快に笑いながら俺の事を認めてくださるに違いない」
「そう、だったら頑張れば良いわ。この会場にだって、もしかしたら一人位、貴方のお嫁さんになりたいっていう娘はいるかもしれないし」
そっと眼を閉じ、ガラードのほうを向いてまた眼を開く。
「まあ、私はないけどね」
「同感だ。君だけはないな」
互いに苦笑しながら。お互いに見詰め合っていた。
「貴方の名前は聞いた事があるわ。いつまでも父親を超えられない、黒竜翁の軟弱な長男ガラード」
「俺も聞いた事があるぞ。それにその銀髪は目立つな。いつまでも親離れができん吸血王の長子アイギス」
互いに指差す。知っていたのだ。互いが互いにとって、宿敵とも言える種族の跡継ぎなのだと。
「不思議だわ。こんな事でもなければ、私達はきっと戦地で殺しあっていたかもしれない」
「そうだな。このような場でもなければ、こうして語らう事もなく、互いを殺そうとしていたに違いない」
そっと、二人同時に手を引っ込め、じ、と見詰め合っていた。
「やはり、君は俺の事を、黒竜族の事を嫌うか? 他の吸血族のように」
「私はそんな事に興味はないわ。お父様に戦えと言われれば戦うけれど。それだけよ」
ガラードの問いに、アイギスは小さく首を横に振りながら微笑んで見せた。
「貴方は? 吸血族なんて気障で嫌味で、嫌いなのではなくて? 他の黒竜族のように」
「俺はそんな事はどうでもいいのだ。戦えればそれで良いし、相手など選ばない。それだけだ」
アイギスの問いに、ガラードは大きく首を振りながら、にかりと笑って見せる。
「何より、こんな美しい姫君を、吸血族だからと嫌えるはずもない」
気がつけば、アイギスはその手を握られていた。それと気づきながら、アイギスも振りほどいたりはしない。
「……そう。私は、貴方は同性愛者なのかと思ってしまっていたわ」
はやる心をなんとか抑えながら、アイギスは冷静を振舞いながら、ガラードの瞳をじっと見つめる。
「そんなはずあるか。目の前の姫君に心奪われ、最早何を考えたらいいかも解らぬほどだ」
「私もよ。貴方みたいな黒竜がいるなんて知りもしなかった。いいえ、私は、黒竜族のことを何も知らなかったわ」
そう、知らなかったのだ。黒竜族に、こんな男が居たことなど。
それは、出会いとしてはやや強引ながら、乙女の心に響かせるには十分すぎる出来事であった。
「俺はなアイギスよ。今でこそ父上を超えられぬ軟弱者だが、いずれ必ず超えてみせる」
「そう。それは見ものね」
いつの間にか、手を握られるのが当たり前のようになっていた。
わずかな時間の間に、自分の心はこの男に傾いているのかもしれない、と、アイギスは考えてしまっていた。
よく知りもしない、宿敵の一族の男に、自分は恋をしてしまっているのだろう、と。
自然、頬が赤くなる。目元口元が緩んでいた。
「まあ見ていろ。父上は頑固者でやかましいが、俺が力でねじ伏せられるようになれば、例え吸血族の娘を連れて行っても止められまい」
なんとも強引な、力尽くな、そして子供じみた発想だった。
最初から説得する気などなく、そして、彼女が断る事など考えてもいない。
この男の中では、自分は既に手中にあるのだろうと考えると、自然、笑みが抑えられなくなる。
「私のお父様はどうするつもりなの?」
「色々考えるさ。俺は黒竜だ。その気になれば吸血族を倒す方法だってあるに違いない」
「まあ、大変ね」
あくまで戦って倒すこと前提。脳筋にも程があつた。
だが、だからこそ面白いのだ。この男はそれで良いと、彼女は思っていた。
「そうね、でも、もしそうなったら面白そうだわ」
そっと、傷つけないようにガラードの手を振りほどきながら、アイギスは一歩、二歩、距離を取る。
「アイギス?」
不思議そうにその顔を見るガラードに、姫君は静かに微笑んだ。
「私の世界を変えてくださるかしら?」
そっと、手を差し出す。彼女にとっては生まれて以来初めての、そして最も勇気の要る一言であった。
「ずっと退屈だった私の世界を。楽しく変えてくださる?」
「無論だ」
ガラードは、恭しげにその手を取った。
質の良いグローブに包まれた細い指先が、ぴくりと震えたのを感じて、ガラードは笑う。
「父を超えたら、必ず迎えにいこう。待っていて欲しい」
その手の甲にそっと口付けするガラード。
「ええ、待っていますわ、いつまでも――」
アイギスはうっとりと頬を染めながら、それを受け入れていた。




