#11-2.グレゴリーの秘策
「斥候A班より定時連絡です。『本日も定時にて敵部隊約50、パルティナ街道を南から北に巡廻中』とのこと」
「斥候B班より、『敵要塞の後方に巨大な集積地を発見』との報告がありました」
「斥候C班よりの緊急連絡です。本陣周囲に敵偵察部隊と思しきものを発見・交戦し、これを撃破する事に成功したと」
魔族世界西部。グレゴリー軍の本陣では、次の作戦に向けての情報戦が展開され始めていた。
互いの軍が互いの情報を少しでも探ろうと、斥候の数は日増しに増え、妨害工作などを企む少数手勢もいくらか発見されている。
「ううむ。敵もそろそろ何か仕掛けてくる気配がするな」
部下からの報告を受けながら、司令官グレゴリーは考えるように顎に手をやる。
「こちらもそうだが、向こうもこちらの機先を潰そうと躍起になっているようだ。上手くやればこの状況、打開するチャンスが回ってくるかもしれん」
エルフ族の王とダルガジャがその場に控え、グレゴリーの言葉に同意するように頷く。
「ですがグレゴリー様、ここにきて敵の動きがやたら慎重になりましたな。数を頼みの突撃をしてくるものと思いましたが」
「ダルガジャ殿の意見には同感だ。先の戦いのときもそうであったが、この戦、当初よりも厳しいものとなりそうな気がする」
この二人の軍と合流し、戦況は拮抗したままの状態が続いていたが、今の状況を見るに、彼らの言う事はもっともであると、グレゴリー自身も頷く。
「だが、奴らの眼はこちらに釘付けになっている。少なくとも、本陣がここである以上、ここを中心に動くと思い込んでいるはずだ」
そこが敵のウィークポイントになるかもしれぬ、と、机上を見やる。
三者が囲む机上。周辺地域の戦略図には、双方の勢力の駒が自動で動いていた。
自軍を示す真紅の駒は自軍本陣を中心に、パルティナ街道に陣取る敵軍の隙間を塗って偵察している。
敵陣後方に集積地があるという事は既に先ほどの報告でも知れており、そのまま戦略図にはマークが記されていった。
対して敵軍は、こちらの後方はあまり意識せず、ひたすら本陣周辺の情報を得ようと、あるいは妨害工作をしようと部隊を派遣している。
グレゴリー軍はこれをその都度発見・迎撃しているが、一部は本陣の情報が漏れてしまっていると考えていた。
何せ敵の数が多い。巡廻は増やしているが、それは確実なものではないのだ。
穴があればいずれはそこから情報が漏れるのは仕方ないとも言えた。
だから、その穴に罠を張ることにしたのだ。
「敵は、こちらの本陣の位置、ある程度の数に関してはほぼ正確に情報を入手していると思われる。つまり、我々の総数がそれしかいないと考えているかもしれん」
だが、実際には違うのだ。
グレゴリー軍の本陣は確かにベルンマルク近郊にて構えられている。
ここに強大な防衛ラインが敷かれ、迎撃態勢が整えられていた。
だが、巨大な真紅の駒が一つ、西部北方から戦略図に現れようとしていた。
人間世界北部諸国への攻撃を止めていた北部方面軍。
これがアレキサンドリア線まで後退を終え、西部地域への増援として向かっていたのだ。
「今別働隊がくれば、完全に敵の虚を突く事が出来る、という事ですな?」
「そういう事だ。既に参謀本部からは作戦認可を受けておる。この戦、北部方面軍との総力で当たる事とする」
魔王軍の対人攻撃軍の三分の二が、この作戦に参加することになっていた。
平地・水源地帯での戦闘が多かった中央方面軍と異なり、山岳地帯での戦闘を続けていた北部方面軍には空を飛べる種族が多く、また輸送用のワイバーンの数も多い為に機動性に優れている。
パルティナ街道は地形的には平地が多く、要塞は対空兵器が多彩である為単独での航空戦力活用は難しいが、徒での進軍が難しい迂回・挟撃作戦には向いていた。
「まずは北部方面軍によって敵の補給地点を叩く。そして、そこを基点に敵要塞を囲みこむ。同時に我が本陣は派手に動いて見せ、これを陽動とし、敵の眼を釘付けにしておく」
「釘付けにしている間に、敵の後方から敵陣を一つずつ潰していき、要塞を孤立させるのですね」
多少時間は掛かるが、正面からぶつかりあっては被害も尋常ではなくなる。
敵要塞周辺の敵陣の位置は既に把握済み。
いずれも正面同士でのぶつかり合いの際には互いの陣がそれぞれをカバーするように配置されているが、これは後方からの攻撃には対応していない。
一つの想定外ですべてが瓦解する事になるのだ。強大な要塞も、囲みきってしまえばやがて消耗戦の前に崩れる。
「北部方面軍の指揮官はハイエルフの王であったな。エルフの王よ、連絡はよろしく頼むぞ」
「うむ。了解した。任せて欲しい」
同じエルフ種族の同胞である。この中では彼が適任であった。
「それにしても、まさか黒竜族が敵に回るとはなあ――」
当面の方針は決まったのだが、思い出したようにグレゴリーがため息を吐いた。
北部方面軍は、本来は四天王の黒竜姫率いる竜族が主力の軍である。
だが、竜族を支配する黒竜族が魔王軍に反旗を翻した為、彼らの配下の竜族も自領に引きこもってしまい、軍行動を取ってくれなくなってしまった。
更に悪い事に黒竜姫が囚われの身となってしまった為、方面軍司令に穴が開いてしまったのだ。
「とりあえずで北部方面軍にはハイエルフの王が収まったが、今後の戦いで黒竜が前に出てきたら、我々はどう戦えば良いのか――」
「まあ、出会ったら我らではまず太刀打ちできませんからなあ」
人間にとっても悪い冗談レベルの黒竜族だが、多くの魔族にとってもやはり、彼らは圧倒的な存在であった。
幸い今のところ西部地方に出撃してきたという話は聞かないが、東部には既に黒竜族が進出、現在は対抗して出撃した吸血族の軍と激しい攻防を繰り広げているのだというから恐ろしい話である。
「どれだけ優勢に戦っていても、トカゲ形態となった黒竜一人が現れれば軍勢は瓦解する。ブレスは防げても、彼らの身体に傷をつけることすら容易ではない。あの巨体に一薙ぎされれば百の兵が死ぬ。人間は、こんな恐怖と常に戦っていたのだなあ」
「我らにとってはアレは日常的な恐怖であった。戦に勝てるか勝てないかは、いかに竜が戦地に現れる前に敵を捌けるかに掛かっていたのだ」
グレゴリーの言葉に、エルフの王は小さく頷きながら呟く。
「そうして、一度竜が戦地に現れてからは、いかに生きてその戦場から逃げ帰るか、そればかりが頭にあった。王も、指揮官も、末端の兵も。すべてが等しく無力だったのだ」
古来からの人類の恐怖。それが今、同胞であったはずの魔族に降りかかっている。
味方であればあれほど心強かったものが、敵になった途端どうしようもなく歯が立たない理不尽な存在に映る。
彼らに対抗手段はない。時代の流れとは無情なものであった。




