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趣味人な魔王、世界を変える  作者: 海蛇
8章 新たな戦いの狼煙
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#9-2.女王は冷酷に采配を下す

「移民計画のほうは上手く進んでるのかしら? 移民希望者や魔界から帰還した捕虜たちは順次そちらに回すようにしているのだけれど」

国政に関する話は、本来リットルがここに訪れた理由である、移民計画の報告についての話題に変わっていった。

「ああ。ベルクハイデは既に大分街らしくなってる。他の二都市も徐々にって所だ。ただ、元々そこで暮らしてた元捕虜と完全に新規な移民とでトラブルが起きることもあってな。中々大変だぜ」

大体のところは上手く進んでいるものの、完全に予定通りとはいかないらしく、リットルはまたも難しい表情であった。


 何せあまり前例の無い試みであった。

魔王軍に占拠された街を奪還してそこに民が入って、というのは無い話ではないが、大体の場合それは奪われた街が所属している国かその友好国のものとなり、街自体は元々暮らしていて避難した者が戻ってきて住むだけ、というのがほとんどであった。

そもそも一度陥落し、奪われるような立地にあるのだ。

また攻められれば同じように奪われ、捕虜とされるかもしれない。

そう思えば、よほど街に思い入れがない限り、民は住みたいなどと思わないものだ。

どれだけ良い街だろうと、捕虜になる恐れが高いならそれは補う事のできない不審となる。

特に有事の際には家財に加え商品まで置き去りに逃げなくてはならない商人にとってこれは看過できないリスクであった。

商人が住みたがらない街は栄えない。結果、街は寂れてしまう。

人が少なければ税も入らず、税が少なければ街を守るだけの防衛力も維持できなくなるので、その街はますます陥落しやすくなってしまう。

これまでの人間世界では、こうなる事が簡単に想像できたので、よほどでなければ取り戻した街への移民計画が実行の段階まで進むことはなかった。


 だが、今の中央部は違った。

期限は曖昧ではあるものの、一時なりとも魔王軍との停戦が成され、魔王軍による侵攻を恐れる必要がなくなった。

これにより中央諸国間での商人の行き来が活発になり、本来ならあまり人の住みたがらない『一度陥落した街』にも新天地を求めた商人が集まるようになっていたのだ。

結果、人の住み易い街になっていく。移民が定着しやすくなる条件は揃っていた。


 ただ、移民計画自体はやはり経験の乏しいものである為、細部では問題点も噴出しているようであった。

その最たる例が、『戻ってきた元住民と移民との確執』なのだろうと、エリーシャは結論付ける。

「このあたりは正直どうなるかわからずにやってるから色々と手探りになってしまうのよね。多少の問題は構わないから、今はデータ収集と、大きな問題になる前の解決に専念して頂戴」

今回の件は、あくまでもこれから似たような計画を考えるにあたってのテストケースに過ぎなかった。

上手く行けばしめたもの、失敗するなら何が原因かをきちんと考える位のもので、全てがすんなりと上手く行くとはエリーシャ自身思ってもいなかったのだ。

「解った。それに関してはなんとか上手くやっとくぜ」

その意を理解してか、リットルはこくり、と頷き受けた。


「他には何かあるかしら? 気になることとか、何でもいいわ。貴方はしばらくベルクハイデで暮らすことになるし、直接話す機会もかなり減るだろうから、何かあれば――」

「南部を潰すのは解ったが、北部諸国はどうするつもりだ?」

「しばらくは放置するつもりよ。あちらも、最初の敵は南部から、というのが共通認識みたいだしね」


 これはあくまでシフォンからの引継ぎをエリーシャが承諾したものだが、北部の代表である教祖カルバーンは中央部をそれほど敵視していないのと、宗教的には教会組織と対立している事もあるため、まず真っ先に倒すべきは南部、という意見でまとまっていた。

エリーシャとしても、実力未知数の北部諸国とぶつかりあって消耗するのはまだ避けたかった為、これはありがたいものであった。


「まあ、北部が南部を直接攻撃するのは距離的な意味もあって無理だろうけど、少なくとも南部が潰れるまでは向こうはこちらに攻めてくるつもりはないでしょう。まさか海を使うこともないでしょうし」

一応、北部と南部は西部沿岸地帯を経由しての海路で繋がってはいるが、大戦力を派兵できるほどの船団が通れる広さが海域に無いため、攻撃軍として戦力を投入する事は不可能に等しかった。

「海路は……まあ、断絶してるもんなあ。下手に沖の先を使おうとすると飲み込まれちまう」


 人間世界全てに言えることなのだが、大陸を囲っている海の沖の先には、何も無い。

海すら飲み込まれる巨大な空洞によって、ただの空間となってしまっているのだ。

このため、沖の近辺を航海する際にはかなり神経を尖らせる必要があり、とてもではないが船を使っての軍事行動が取れる状態ではなかった。

この、紀元前より存在していた空虚かつ巨大な黒の存在は、人類の大陸からの逃避を禁止するが如くその航路を阻んでいた。


「北部に攻撃される心配が無いなら、戦力は西部に集中しても大丈夫そうだな」

現状、大帝国の主力軍は西部における有力な駐留区域であるラムの街に待機させていた。

これにより西部諸国ににらみを利かせると同時に、南部諸国を後ろ盾に持つ国家に対しては恫喝の意味も含んでいた。

こうなると気になるのが南部諸国の動きであるが、南部から中央部への進軍ポイントである南中央部・リダ陸海地域を魔王軍が抑えている為、直接の進撃は不可能となっていた。

さらに魔王軍は南部に対しての攻撃はやめていない為、恐怖のヴァンパイア軍団は未だ南部にて猛威を振るっている最中であった。

流石にアンデッドと戦い慣れしている教会組織がついている為、そのまま押し切られて潰される事もそうそうはないが、まだしばらくは時間が稼げる見込みが立っていると言えた。


「今のうちに西部を制覇して南部に船を出している国の港を奪えれば、南部の通商網を完全に断ち切る事が出来るわ。直接戦うより確実に向こうを消耗させられる」

民衆の命が小麦より軽いのが南部である。故に、小麦を絶たれれば絶大な被害を受けるのも南部であった。

「……沢山死ぬんだろうな。罪のない民衆が」

「沢山死ぬでしょうね。魔族との戦争よりも悲惨な事になるかもしれない」

それは、解りきった事であった。



 民衆の命を軽く見がちな南部諸国において、流通が滞ればどうなるか。

普通の国家ならば民を少しでも長く永らえさせる為に、飢えをしのぐ為に緊縮政策を取ろうとするだろう。

上層階級の贅沢を封じ、階級に関係なく全ての民に食事がいきわたるように取り計らうのが王の職務である。

そうして時間を稼いでいる間に、経済封鎖をする国家と交渉し、解いてもらえるように尽力するのが政治というもののはずであった。


 だが、南部では違う。

上層階級が贅沢暮らしを続けるために、恐らく民衆は捨て置かれる。

それどころか、民衆に対しての搾取が酷くなる恐れすらあった。

待っているのは民衆の絶望。死の大河である。


 エリーシャも、それは解った上であった。

だが、南部には強力なゴーレムがある。

南部に財力と資源がある限りこのゴーレムは無尽蔵に作られ続け、前線へと投入されてくる。

魔族に恐怖する民衆はわずかでも救いに縋ろうと、教会組織に言われるまま教会の使徒となってしまう。

女神への愛を叫びながら散っていく死兵である。

才覚ある者は魔法兵としてゴーレムに搭乗するため生存率は高いが、ただ前に押しやられるだけの死兵に生還の望み等ない。


 人道を超越した戦いが南部にはあった。

かつての民衆、かつての友、かつての盟胞。それが敵となるのがアンデッドとの戦いである。

ともすれば家族だった者が、愛する恋人がゾンビとなり、グールとなり襲い掛かってくる。

王を守る盾となるはずだった騎士が、レイスやゴーストとなって主君に鎌を向けてくる。

それは、この世の地獄であった。人道など意に介している余裕はない。

元々貧しく民衆を省みなかった南部諸国であるが、今はそれとは別の意味でも余裕がなくなっていた。

これと直接対決をすれば、大帝国も相当の痛手を被る。

何もかも省みなくなった相手に正面から挑むのは愚策以外の何物でもなかった。


「勇者であった頃の私なら、こんな事を考える王には真っ向から反抗してたわ。反旗を翻してたかもしれない」

南部への経済封鎖がそれ位の非道な行為だという自覚は、彼女にはあった。

だからこそ、リットルも強くは反対しない。

「でも、今の私は国をまとめる女王様よ。大帝国の敵となった国家があり、これと正面からぶつかれば多くの兵士の命に関わる。そうと解ってるなら、そんなリスクは侵せない」

ただ打ち破れば良いだけではなかった。彼女の肩には民の命が重くのしかかっていた。為政者の重みである。

「だから、どんな非道でも手を染める。放置しておけばろくなことにならないもの。皆殺しにするつもりで挑むわ」

一切の慈悲は掛けない。教会組織は危険だった。これを潰す為にも南部諸国は弱体化させなくてはならなかった。

「民衆も、それには反対しないだろうしな」

既に国内では南部諸国に対する怒りが広まっている。

南部討つべしという風潮は、エリーシャ自身が作り出したプロパガンダが発端となっているものの、皇室大好きな民衆の間には既に空気のように自然に溶け込んでいた。

エリーシャに対する不審もあるが、今はそれ以上に、南部に対しての、教会組織に対しての怒りが強いのだ。

「人間同士の戦争が、こんなに凄惨なものになるなんて想像もしてなかったぜ」

ため息混じりに、リットルが吐露する。

『魔族との戦争よりひどい』という先ほどのエリーシャの言葉は、実に正しい。

魔族相手の方がマシと思えるほどに、人類同士での戦争はエグく、汚いのだ。

魔族に対して向けられていた怒りや憎しみが同じ人間に向けられると、こうまで醜く映るのかとすら思えるほどに。

人間は、敵対した相手に対して、容赦がなかった。




 同時期の南部・聖地エルフィルシアにて。

大聖堂の一室、豪奢な椅子に腰掛けたデフが、中央部より帰還したロザリーによる報告を受けていた。

「やはり、エリーシャが生き延びるとロクな事にならんな」

ロザリーに聞くまでもなく、大帝国の躍進は、デフの耳にも届いていた。

何せ世界を揺るがす大ニュースである。瞬く間に南部にも広がった。

「このまま放置すれば、遠からず西部は大帝国に飲み込まれ、南部諸国の経済が潰されてしまいますわ」

この状況下、大帝国にとって最も効率よく作用するのは港の封鎖による通商破壊である。

それに関してはロザリーも解っていたのか、苦々しい面持ちであった。

「もう、大司教様がつまらない事に拘らずに、さっさとエリーシャを殺してしまえばこんな事にならなかったでしょうに」

「まあそうプリプリするな。これはこれで面白いではないか」

ぎしぎしと椅子を揺らしながら、デフはにやにやと口元を歪めていた。

一刻の猶予も許さぬ危機にありながら、むしろそれを楽しんでいる節すらあったのだ。


「また人と人との戦争が始まるぞ。それも、前のような一国に対してのリンチではない、今度は中央諸国と南部諸国という大きな括りでの戦争だ。きっと沢山死ぬ。たくさんの悲劇が生まれるだろう」

それは愉快な事だと、デフは笑っていた。心底楽しみそうに、子供のように。

「戦争になる位ならまだいいですが。経済を潰されればそれどころではなくなりますわ」

西部諸国を封じられれば、南部諸国は経済的に圧迫され、物資の不足が極まれば低迷している治安が更に悪化することも考えられた。

それだけに、ほぼ間違いなく大帝国はそれを狙ってくるであろう事も予測済みであった。

「ふふ、港を封鎖して勝どきを挙げるつもりなのだろうが。やつらが魔族と手を組んだのなら、我らも手を組む相手を考えねばなるまいな」

顎に手をやって思案顔。悪党じみた皺顔が、更に悪く歪んだ。

「まさか、北部と手を……?」

選択肢で考えるなら他にないと言えた。だが、北部と南部は距離もあり、何より水と油である。

到底それが通じるとは思えない。

「まあ、見ていたまえ、ロザリー。世の中はな、存外、予想外の事が繰り返し起きて、そうやって重なって歴史となっていくのだ。いつの時代も、いつの世も、誰もが予測しない事が必ず起きるものだ」

きっと驚くぞ、と、大司教は口元をにやつかせる。

「……何を企んでますの?」

ロザリーは、この師の、この善くない笑みに嫌な予感を感じていた。

弟子ですら予測のつかない事を平然とやってのける、その不規則さがこの師にはあったのだ。

「善くない事さ。エリーシャは戦争を終わらせる為に手段を選ばんのだろうが。私は戦争を続ける為には手段を選ばんのだ。無論、それは女神への愛あっての事だがね」

「まあ、大司教様が楽しそうで何よりですわ。ですが、戦の準備だけは怠らぬようにしませんと。いかに女神への愛があろうと、パンの一切れもなしに戦はできませんもの」

「それに関しては方々に掛け合っている。教皇猊下にも全面的に委任されておる。戦に関しては完全に私の思うまま動くはずだ」

この辺り狡猾というか、デフ大司教は根回しに抜かりがなかった。

予め障害になりそうな者はあらかた拘束・処刑済みであったし、必要な部署の責任者には前もって溺れるほどの金と女で言うがままにさせていた。

実に円滑に、滞りなく戦争の支度が進められていると言える。

勿論、現在も定期的に襲撃してくるヴァンパイア軍への迎撃の為の備えもこなした上で。

着々と、人類同士の決戦への備えが始まっていた。

「それに、治安が悪化すればするほど、教会に対し救いを求める者は増えてくる。彼らはきっと、命がけで戦ってくれるはずだ。女神の慈愛に涙しながら、な」


 美しく純粋な信仰心ほど、戦場では凶悪な武器となるのだ。

命がけで戦ってくれる死兵は、南部諸国の軟弱な兵よりは戦力として期待できた。

まともな教育も受けていない彼らは、信仰の名の元に課せられる理不尽に抗おうとしない。

あらゆる任務を自ら進んでこなそうとするし、死すら厭わず戦ってくれる。

仮に死んでもそれは彼らにとっての救いであり、何ら悲しいことはないと思い込んでいる。


「絶望の中、女神への救いを求めるその姿勢。人としてのタガを脱ぎ捨て、一心に女神への許しを請う様。それはきっと、どの信仰より尊く美しいはずだ」

「……そうですわね」

ロザリーは、あまり面白くなさそうに口だけで同意してみせる。

「くくく、まあ、そんな顔をするなロザリー。私とて負けたい訳ではない。勝機もなしに戦争など仕組まんよ。それに、我らの目的は、そう――世界平和、世界の安寧の為なのだからな」

それが本心なのかどうかはロザリーには解からないが、物事を動かすに当たって壮大な目標というのが必要なのは理解しているつもりであった。

(相変わらず読めない方だわ……世界平和なんかより女の壊れる瞬間の方が好きなんでしょうに)

半ば呆れてはいたが、それでも尊敬する師の言う事である。

弟子である彼女は、ただ黙ってそれを聞くことしかできなかった。


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