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趣味人な魔王、世界を変える  作者: 海蛇
8章 新たな戦いの狼煙

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#9-1.中央の覇者

 魔族世界が混迷の内戦で停滞している頃の事。

人間世界では、大帝国による中央諸国制覇が急激なスピードで進んでいた。

もとより友好国であった隣国サフランやグレープ王国はすんなりと傘下に収まり、それ以外の小国も大帝国の武力に歯向かう気概などあろうはずもなかった。

また、魔王軍に占拠され、魔王軍の中央部撤退によりほぼ無傷のまま無人の都と化した旧ベネクト三国の街々は、いずれも女王エリーシャの意を受けた勇者リットルがこれを占拠、大帝国の領内に組み込んでいた。

これらの方策によって大帝国とその盟国の領土は中央部の大多数を占める事となり、中央諸国連合という対魔王軍の為の軍事同盟は形骸化した。



 アプリコットの王城、その玉座では、女王エリーシャが勇者リットルを迎えていた。

旧ベネクト三国の占拠とその後の動向についての報告の為である。

「おっかねぇ女だなああんたは。まさかこんな短期間の間に中央部を制覇しちまうなんて」

「これ位は当たり前よ。この国にはそれだけの国力がある。ベネクト三国が早々に滅びてくれたおかげで、対抗馬になりうる国家も無くなった」

玉座におわすエリーシャは、リットルの言葉に表情を変えずに応える。

「でもな、エリーシャ。あんたのやってる事、ちょっとばかり過激すぎないか?」

その顔を見てか、リットルはやや苦々しげな面持ちであった。

主が為苦言を呈する、などというのは彼の趣味ではないが、戦友である彼女が、というのは気になるところだったのだ。

「そうね。このまま強行し続ければ、遠からず破綻するわ」

エリーシャも、それを解った上でやっていた。

「それでも、短期間に事を成すには仕方の無い部分もあったわ。人の命は、永くないもの」

表面的に見えるエリーシャの表情は焦りとは程遠いが、人間としてのエリーシャは、自身がもうそんなに長くない事を悟っていた。


 人の生は余りにも短い。

普通に生きて五十年。戦いに生きれば三十年も続けば長生きな方だ。

エリーシャは既にその三十年を迎えていた。

顔立ちは未だ瑞々しく、身体は全盛期のまま衰える様子は無いが、そんなものはまやかしであると彼女は解っていた。

老いとは、あまり万人に等しく訪れてはくれない。均等にはやってこない。

緩やかに歳をとれる人間もいれば、何かの節目に唐突に老いが襲い掛かってくる事もある。

昨日まで元気だった者が、その日には老け込み、翌日には衰弱して死んでしまうこともあった。


 オークやドワーフは百年近く生きる。

エルフやゴブリンは何百年も生きる。

魔族は何千年何万年、ともすれば何億年も生きるとエリーシャは聞いていた。

何故人間だけがこんなにも短いのか。

あまりにも儚い時間の制限が、女王たる彼女にも等しくその時を告げようとしていた。

だから、急がなくてはならないと常に考えていたのだ。


「リットル。悪いけどもうちょっと付き合って頂戴。私には、まだまだやらないといけない事があるの」

あまり感情を感じなかった瞳に、力がこもる。

勇者の時と何ら変わらない、まっすぐな瞳であった。

「……そういう顔してる時なら、素直に聞けるんだけどな。さっきのあんたは、なんか鉄面皮に感じちまってな。怖かったぜ」

「演じる位なら容易いわ。女は役者なのよ」

リットルの皮肉に、エリーシャは澄まして答える。

「そうかもな。女王として国を回すあんたは、勇者の頃とは何もかもが違ってる。誰がどう見ても野心ありありな女王陛下だった」

「それでいいわ。善人ぶったって誰も従わないもの。民は、一番にカリスマに従うの。これは持って生まれた人を従えることの出来る高貴なもの。皇族とか王族とか、そういう連中ね。二番目は力。圧倒的な力に、人は従わざるを得なくなる」

私は力を行使するしかなかったわ、と、エリーシャは笑う。

「でも、それは自然なものじゃねぇよな。反発を生む」

リットルも真面目な顔になり、それに返す。

「そうね。だから、力による支配は長くは続かない。人は、自由を愛するはずだから。抑圧されて喜ぶのはマゾヒストだけよ」

「そうと解ってるなら、なんでシフォン皇帝を前に出さないんだ。この国の皇室による支配なら、少なくとも今ほど反発ありありな事にはならんだろうよ」


 リットルの指摘通り、今現在、シフォン皇帝とその妻ヘーゼルは、半ば軟禁状態のままアプリコットから離れた塔で生活していた。

十分な警護を付け、不自由なく暮らせる配慮はされていたが、それはエリーシャ体制を邪魔させない為の皇室排斥とも感じられ、民や周辺諸国の反発も大きく。

もとより『傾国の悪女』と呼ばれていた彼女であるが、いよいよ野心を前面に押し出してきたのだと、南部諸国はじめ大帝国に抵抗する勢力を警戒させるには十分であった。


「リットル。皇室の名は穢れてはいけないのよ。あれはこの国の、いいえ。全てにとっての希望のようなものだから」

彼の指摘にも思うところあって強くは言い返せないエリーシャであったが、含みを持たせる返答を伝えていた。

「あんたならいくらでも汚名を着られるってのか? なんつーか、自己犠牲にも程があるぞ。何でそんな事をするんだ?」

「それ位の責任は果たしたいじゃない。折角シフォン様から女王なんて肩書きを貰ったんだから。やれるだけのことはやるわ」

はっきりと言ってのけるエリーシャであったが、リットルは、どこか言葉を濁されたように感じていた。

「それがあんたの本音か? 本当にそう思ってのことか?」

「ええ。本音よ。だからリットル。私はこのまま西部を制圧しなければいけない。その次は南部よ。未来での遺恨を絶つ為、南部を滅ぼす」

邪魔者は皆殺しよ、と、エリーシャは瞳に力をこめる。

「……解った。俺はもう、この国の勇者だ。あんたがそう言うのなら、それに従うさ」

彼女の真意は別にあると、うっすらそう感じはしたが。

今は探るまいと、リットルは心に決め、彼女に従うことにした。

「ありがとう。貴方には今の仕事が終わり次第、西部攻略の指揮を執ってもらうわ。補佐として、ガトー防衛に参加した新人の勇者たちもつけるつもりだから」

大抜擢であった。だが、リットルは皮肉げに笑う。

「知ってるぜ。粒ぞろいのエリートばっかなんだろ。俺が行くよりそいつらに任せきりにしたほうがよくないか?」

彼らが圧倒的多数のラムクーヘン軍の進撃をわずかな被害で抑えたという話は、リットルもよく知っていた。

その手腕、中々に有望だと感心したものであるが。

「そんな事は無いわ。貴方のようなベテランは必要よ。戦地で生き抜く術を教えてあげて頂戴」

エリーシャは、そんなエリートよりは、戦地で自分と同じくらい長く生き延びているリットルの方を信頼していた。

「戦地でそんな暇があればな」

その信頼に、リットルはわずかばかり照れくさくなる。

後ろ手に頭を搔いたりもする。

エリーシャもそんな様に、可笑しそうに微笑んでいた。


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