#6-2.おてんば姫伝説セシリア
その後、一通り森を見て回ったが、それ以上に敵が進んだ形跡も無く。
襲われたのも集落の一角で暮らしていた住民ばかりで、被害が全体にまで及ぶ事はなかったらしいと判明し、魔王はひとまず安堵した。
その後、エルフの集落を治める王妃に招待され、王族の居る館へと案内され、今に至る。
「この度は、陛下直々の救援、痛み入るばかりでございます」
通された部屋は王族の住まうそれとは思えないほど質素であったが、王妃はその立場に相応しい雰囲気を漂わせている。
セシリアの母というだけあって顔立ちも似ている、真面目そうな小柄な女性なのだが、中々どうして、魔王をして緊張させられる凛とした威厳を持ち合わせていた。
「うむ。だが、何人かは犠牲が出てしまった。先んじて動く事が出来ていれば、ここまでは――」
王妃は感謝の言葉を向けてくれるが、魔王としては、犠牲者が出てしまった時点で感謝される筋合いなどないだろうと考えていた。
「死者が出たのは残念ですが、この位の事は人間世界で暮らしていた頃からたまにあった事なのです。私どもの集落は、奴隷商人や賊のような輩には格好の獲物のように映るようでして――」
王妃はというと、柔和な笑顔を向け、静かに首を横に振ってくれていた。
「何より、この地は陛下より賜った土地ですので。私どもは何があろうと、命がけで守る所存でございますわ」
「すまない。苦労をかける」
大変ありがたい言葉だった。例え気休めだとしても、魔王には救いに感じられるものとなっていた。
「この度の敵の襲撃……あれは反乱軍の一部と見ても良いのでしょうか?」
「ああ。今回襲撃してきたのは反乱軍、それも裏でそれをまとめている奴らの駒だ。恐らくは人間の捕虜を狙っての事なのだろうが――」
なにせ、集落の中でも特に捕虜の村に近い位置からの一直線の攻撃である。
その気になれば集落に大打撃を与える位はできたかもしれないのに、それをせずに向かおうとしていたのだから間違いないだろうと思われた。
「そうなると、捕虜の方々の村、もう少し警備の兵を増やしたほうがいいかもしれませんね」
「そうだな。当然だが、この集落も魔王城より兵を回し、警戒させようと思う」
最早楽観できる状況ではない。
中央は安全という当初の見方は早々にはずれ、既にこの周囲も危険区域と考えていい状況に陥っていた。
「ふがいない限りですわ。集落を守るは女の役目ですのに。それが適わぬとは……」
無念です、と、王妃は眉を下げる。この辺り、やはり母親だけあってセシリアとそっくりであった。
「エルフの女性達はよくやってくれている。おかげで今回は救援が間に合ったのだ。ただ逃げるだけでは、今頃捕虜が喰われてしまっていただろう」
倒すことは難しくとも、エルフの女達の足止めがあったからこそ、捕虜たちに一切の危害無く対処できたのだ。
その役目は、既に十二分に果たせているだろう、と、魔王は笑ってみせた。
「ところで陛下、セシリアのことですが……」
場の空気が変わったのは、王妃の言葉からだった。
「セシリア? セシリアがどうかしたのかね?」
娘の事である、何か気になることでもあるのだろうか。
魔王はそう思い、さほど気にもせず話を進めようとしたのだが。
「きちんとお役目を果たせておりますでしょうか? その、塔での日々ですとか、お心の慰めにですとか」
「……うん?」
「ですから、きちんと妾として役に立てておりますか? 手紙ではその辺り何も触れていないものでして――」
塔での日々。心の慰め。妾として役立つ。
一瞬何を言ってるのだこの王妃はと考えてしまった魔王であるが、なんとなしに何が言いたいのが解ってくるにつれ、その誤解に気付く。
「いや、待ってくれ。私は別にセシリアとはそのような――」
――そのような事はしてないのだ。彼女を弄ぶような事はしてない。
そう伝えたかったのだが。魔王の言葉を聞き、王妃は眼を見開き驚いていた。
「まあ!! あの娘ったら、そのくらいのこともできていないのですか!? 申し訳ございません。これは母としてきちんと躾けていなかった私の責任ですわ。まさかあの娘がそのようなご無礼を働いていたとは」
「いや!! 無礼とかではなくてだな。別に私はそのようなものは求めては――」
「そうでしたか。こちらの勘違いでしたか」
突然の事に驚きわたわたとしてしまったのは魔王である。
なんとか誤解を解こうとするのだが、それが伝わったのか、王妃は一旦落ち着いた……かに見えた。
「やはり、あの娘では陛下のお好みに合わなかったのですね。気が利かず申し訳ございません」
「えぇっ!?」
残念な事に魔王の真意は全く伝わっていなかった。むしろ悪い方向に誤解されてしまっていた。
「いえ、私も送り出すときは一株の不安を感じていたと申しますか。何せ幼い頃からわがまま放題に育ってしまって、毎日のように木登りやら弓の鍛錬やら、姫としての自覚があるのかと毎日のようにお説教を――」
「いや、待ってくれ、そういう事ではなくてだな――」
「『せめて家事と伽の作法位はきちんとできてくれないと困る』と言っても毎度のように居眠りされる始末で、もうほんとに親としてお恥ずかしいばかりで――」
(親にここまで言われるセシリアって一体……)
もうこの王妃は止まる気配がないらしいのがわかり、むしろその内容に興味が向いてしまっていた。
「塔では普通にお姫様してたが。こちらに暮らしていた頃はそうでもなかったのかね?」
「ええ……パイを焼かせれば爆発させ、洗濯をやらせてみればドレスを破き、得意な事と言えばお酒を作る事と弓矢の扱い、それと幼い子供の面倒を見る事位でして」
「意外な一面というか、できれば知りたくなかったというか。子供の面倒見るのが上手いのは良いことだと思うが」
楚々としたお姫様然としていたセシリアが、まさかそんな超絶不器用なおてんば姫だったとは。
ある意味美味しいがそれはお姫様としてどうなのだろうと、思わず苦笑いしてしまう。
「ハイエルフやダークエルフから出された姫君はどちらも家庭のことや伽などは完璧にこなせるという話ですのに、私どもエルフの姫がこのような体たらくでは……ああ、陛下、代わりにと言っては何ですが、あの娘の妹がまだ何人かおりますから、よろしければあの娘の代わりに――」
「いや、いい。セシリアで良い。というかだな、セシリアは十分魅力的な娘だと思うぞ。母親の貴方がその辺り自信を持たないでどうするのだ」
面倒くさい流れになりそうだったので、魔王はさっさとこの話題を切り上げたくなった。
日ごろのセシリアがどんななのかは気になるが、あんまり知ってしまうとこれから先どんな顔でセシリアと接すれば良いかわからなくなってしまうと思ったのだ。
「ですが、あの娘では陛下を満足させられていないのですよね?」
「話しているだけで満足だよ。私にとってセシリアは癒しだ。会って話しているだけで安堵できる。だから手を出していないんだ。別に他意がある訳でもないし、セシリアが何の努力もしていない訳でもないのだ」
むしろいじらしいとすら感じる位には、セシリアは頑張っていると思っていた。
黒竜姫と違って、セシリアはとても丁寧に距離を詰めようとしている。
ハプニングにより彼女の本音を知ってしまいはしたが、それでも開き直ったりせず自分のペースで続けているのだ。
だからと魔王はどうこうするつもりはないのだが、それでもセシリアの努力不足でそうなっていると誤解させるのは流石に可哀想だと考えていた。
「見ての通り、私はもうあまり若くないからね。女性を見ても性欲の対象というより、話し相手として楽しいほうが魅力的に感じるのだ」
その辺り、セシリアは実に気が利き、話し相手として楽しい。
会話にはウェットに富んだジョークが出るし、魔王をリラックスさせようと頑張ってくれているのが良く伝わる。
色んな娘が塔で暮らしているが、魔王が一緒にいて一番気が抜けるのは他でもなくセシリアであった。
「まあ、そういう事でしたか……あの娘の努力不足なのだと思いましたが、それは私の思い違いのようですわね」
本当に誤解が解けたようで、王妃はそれ以上セシリアの困ったところを語るつもりはないらしかった。
魔王は、ようやく安堵した。