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趣味人な魔王、世界を変える  作者: 海蛇
8章 新たな戦いの狼煙
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#6-1.暴走

 魔王らと彼女たちの対峙は、これで二度目であった。

一度目は、まだ彼女らが聖女として魔族と戦っていた時の事。

勇ましく自身を奮い立たせ、女神への愛が為文字通りその身を粉にして戦へと望んだ、まさに南部の最強部隊であった。

敵ながら強く、そして一心のみを純真に抱き戦い続ける彼女たちは、憎らしくも美しかった。


 だが、今はどうだろうか。

瞳は暗く濁り、その表情からは覇気も感じられない。

ただただ、目の前の敵を殺そうと憎しみの光をたぎらせ、人形たちとぶつかり合っている。

それは見慣れたモノだった。

言われるまま動くだけの、内に何一つ芯を持ち合わせていない、人形にすらなれない人間未満の何かの姿。

魔王が嫌悪を感じる程に憎む、かつての自分であった。


「惨めなものだな。かつての純粋な信仰心はどこへやった? 女神への愛をかなぐり捨てて、一体何をしようとしている?」

だから、魔王の笑いも冷ややかであった。いつもの人の良さなどない。

それはまさしく魔族の王としての、冷酷な顔であった。

「――黙りなさいっ、我が主がため、ここで死んでもらうわ!!」

いつの間に人形らをかいくぐったのか、乙女の一人が魔王の元へと詰め寄る。手には黒鉄の鎌。

「喰らえっ!!」

轟音と共に振り下ろされた鎌が、魔王の首を斬り落とそうとしていた。魔王は微動だにしない。

「なっ――」

ズガ、という気の抜けた音。唖然とする乙女。直後、鎌は吹き飛んでいた。

「――まあ、聞くまでもないか。あの場で貴様らの相手を任せたのは悪魔王とその配下だったからな。全く、つまらん事をしてくれる」

魔王は怒っていた。いかっていた。イカッテタ。

闇の眷属になったとはいえ、元人の身には捉えられぬほどの速度。手刀が彼女の腕を貫いていた。

「うっ――あっ、あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」

絶叫。遅れてきた痛みに、黒い女は地べたを転げまわり泣き叫んでいた。

だが、そんなものは何の感傷も感じない。

何事もなく前に歩く。そのままに、じたばたともがく女の頭を踏みつけた。

「ひっ――ぎ――」

軽く体重をかけただけでばき、と軽快な音が鳴り、そのまま魔王の足下の違和感は動かなくなる。


「……全く。信じてたのになあ。アルルだって、必死になって私に頼んできて――まあ、あいつにも色々考えがあるのだろうが、それでもちょっと、なんだ。腹が立つなあ」


 ぶつぶつと何事か呟きながら、その様子を唖然と見ていた人形や女達の中心へと歩いていく。

誰も止めない。止められる雰囲気ではなかった。

魔王の大切なものであるはずの人形たちですら、誰一人、主の異常に声を掛けられない。

恐怖がそこに君臨していた。原初から存在する生物としての本能が、この『魔王』と関わる事を拒絶させていた。


「はあ――」


 ため息が漏れる。魔王は、困ってしまっていた。

こんな感情は久しぶりだった。自分の大切な人形を傷つけられてさえ、最近はここまで腹が立つことはなかった。

こんなに怒ったのは、そう、エリーシャの父親殿と対峙した時以来だろうか。

思い馳せれば懐かしく、自分も随分枯れたモノだと思ってしまった。

そう、自分は枯れ果てようとしている。すっかり落ち着いてしまった。

だから、本来歯牙にもかけない程度の存在にまで舐められるのだろう、と。

だから、自分の思うままにならないほどにわずらしい今があるのだろう、と。

だから、こんな面倒くさい事をわざわざ自分がやらなければいけなくなっているのだろう、と。

考えれば簡単なもので、やってみれば案外簡単なもののはずであった。


 全て滅ぼしてしまえば良い。一から自分が作り直せば良い。簡単な話だった。

昔の自分はそんな事はできなかった。そんな知識なかったし、どうすればいいのか解からなかった。

だが今は違う。師とも思える賢者殿の下で溢れんばかりの知識と智恵を学んだではないか。

人は増やせずとも、人に準じた生物なら魂などなくとも作れる事を知っているではないか。

『魔王』とはそれができる存在である。その気になれば世界の構造をも一瞬で作り変えられる。

ただ、それを知っている『魔王』が少ないだけで、知っている者は自分の思うままに世界を作っているのだ。

アルゲンリーゼ、レゼボア、鈴街。

『魔王』の思うままとなっている世界をいくつも見てきたはずだ。

今度は自分がそれをやればいい。何一つわずらわしくなくできるはずだ。

自分にはその知識があり、その智恵があり、その力がある。

女神だってそれを止める気はないはずだ。彼女は自分がこの世界で動く事を止めようとしなかった。

何か大切な事を言っていた気もするが、そんなものはもう忘れた。どうでもいい。

忘れてしまうという事はどうでもいいことなのだ。

あの日の感傷、絶望、苦痛。そんなものはどうでもいい。

今必要なのは、この場を満たす外への絶望と、全てを滅ぼす――


「――やめくださいっ」

「はっ――」


――気がつけば、人形達が両の足にすがり付いていた。

辺りは血に塗れていた。死んでいるエルフの女。それを殺したであろう黒い何かの死体。

いつの間にか人形兵団が外敵を排除したらしい、と。

だが、彼女たちは恐れを孕んだ目で自分を見ていることにも気付いた。

何かを必死になって止めようとしていた。

「旦那様っ、これ以上はもうっ、エルフの森が壊れてしまいますっ」

「やめてくださいっ、どうか元の優しい旦那様にっ」

「もういいのですっ、戦いは終わったのですから!」

口々に自分を止めようとする人形たちに、懇願する人形たちに、魔王は違和感を覚えた。

(私は……何をしていたんだ?)

自分で解らなくなる。目の前に転がる肉の塊。

かつて人であったはずのそれは、一体どのように死に、このような原形をとどめない何かへと変貌したのか。


「……何が起きた?」

何もかもが異常であった。一体何が起きたというのか。解らず、呟く。

「旦那様――良かった、元に戻られたわ」

エリーセルが顔を上げ、魔王の正気に気付く。心底安堵した様子で、わずかばかり涙目になっていた。

「ああ、よかった」

「どうなってしまうのかと思いましたわ」

人形達も口々に声を漏らしながら手を離していく。

その様子を見て、どうやらひどい迷惑をかけたらしいと、魔王は罪悪感を抱いてしまった。

何が起きたのかは解からないが、何やらとんでもない事をしでかしていたらしい、と。

「すまない。どうやら皆に世話をかけてしまったらしいな」

魔王本人は全く覚えが無いながら、人形達が揃って止めに入るくらいなのだ。

それこそろくでもない事をしでかそうとしていたに違いないと、追及するのが怖くなってしまったのもあった。

「いえ。私たちも、もっと旦那様のお役に立てるように頑張りますわ。ですから、旦那様も、どうか心お静かに――」

「ゆったりと余裕を持ちましょう」

「私はお優しい旦那様が大好きですわ」

「大丈夫、大丈夫ですから」

人形達は口々に慰めの言葉を向けてくれた。

だからか、魔王は余計にずしりと来るものを感じてしまう。

「……とりあえず、被害状況の確認と、全体の安全確認をしようか」

これ以上この話をしたくない。この雰囲気を続けたくない。

そんな感情が、先に促すような言葉へと形を変えていた。


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