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趣味人な魔王、世界を変える  作者: 海蛇
8章 新たな戦いの狼煙
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#5-3.闇に堕ちた聖女たちとの対峙

 森は、陰惨な雰囲気に包まれていた。

エルフたちが暮らし、王妃の元安寧の日々を送っていたこの集落は今、全身黒尽くめの謎の女達による襲撃を受けていたのだ。

「戦えない者は早く避難しなさい!! 戦える者は前に!! 戦えない者を守るのよ!!」

敵も女なら、集落を守らんと前に立ちはだかるのもエルフの女達であった。

勇ましくも剣と軽盾を片手に前に立つエルフの衛兵。普段は井戸端会議やら子供の世話やらで忙しい集落の女達が、弓やナイフを手に外敵の排除へと動く。

弓が得意な者は少しでも有利な樹上や屋根の上に登り、敵を高場から狙い撃ちにしようともしていた。

既に襲われ倒れている女も居た。恐怖に怯え動けずにいる者はむごたらしく殺された。

戦わなくてはならない。それが無理なら逃げなくてはいけない。

生きる為なら、そうしなければならないのだ。


「くっ、このままでは――」

集落の女達を指揮する衛兵は歯噛みしていた。

既に襲撃を受けてから数日。じわじわと敵が集落の内側へと浸透しつつあった。

歯止めが利かない。抑えきれない。

あくまで集落の女達が行っているのは敵の足止め、時間稼ぎに過ぎず、これを止められるほどの効果は期待できなかった。

人間の女と比べ身のこなしが軽く、弓の扱いに秀でているとはいえ、彼女たちのほとんどは戦を知らぬただの市民に過ぎないのだ。

狩猟で培われた技術と人を殺す為に練り上げられた技術は全く質の異なるモノで、このような際に効果的に発揮できるものではない。

自衛の為とはいえ、他者を殺す抵抗もあった。


 そして、敵の目的が、この集落の蹂躙、エルフという種族の絶滅ではない事も、早々に解っていた事であった。

この襲撃者達は、集落の内側にある人間達の村へと一直線に向かおうとしている。

位置的にも一番集落が薄く、村に近い方向からの襲撃であった。

それでも一日二日でたどり着ける距離ではないが、このままでは突破されてしまう。


 捕虜たちの保護は、今の魔王軍にとっては何よりの重要事項。

人間との会談を今後も行うつもりなら、捕虜に『何か』があっては困るのだ。

これを他の魔族より守ることを任されたのは、全ての亜人の中でいち早く魔王に対し恭順の意を見せ、魔王の信頼を受けたから。

魔王側の思惑はともかくとして、少なくともエルフ達はそう思い、今までこの地を守り続けてきたのだ。

それが、崩されようとしていた。エルフたちも必死であった。


「私達の主が為、邪魔をするなら死んでもらうわ」

突き進む女達の中心で一人が足を止め、跪いて眼を閉じ、天に向け祈りを始める。

他の女達も走りながらにそれに合わせて宙空に歪んだ十字を描く。

『愛しき我らが魔神よ。人々を欺きし欲望の王らよ。我らは願う。この愚か者共の粛清を――』

祈りの言葉は邪悪であり、黒き乙女達の瞳は暗く歪んでいた。

『パニッシュメント!!』

祈っていた黒乙女が眼を見開く。

直後、宙空より人間大の黒の刃が無数に飛び交い、全てを切り裂いていった――


「かはっ――」

その一撃は絶大であった。集落そのものが切り裂かれ、家屋が崩れてゆく。

指揮を執っていた衛兵も、狂刃をわき腹に肩口に、そして右腿に受け、倒れてしまう。

「みんな――にげ――」

せめて生きている者だけでも逃がさなくては。

薄れゆく意識の中、それだけはせめて、と、手を挙げるも、黒い影が、がつ、がつ、と、近づいてきた。

そのまま、挙げた手を影に踏みにじられる。

「う――あぁぁぁぁぁっ」

激痛に声にならぬ声を上げ、身体をよじらせてしまう。

「ほら、生きていても良いことなんて何もないでしょう? 死ねば良いのに」

低い声で呟く黒乙女が手に持っていたのは黒鉄の錫杖しゃくじょう

このとがった先端が、自身の頭へと勢い良く振り下ろされていく。

彼女は眼を閉じ、その瞬間から逃避する事しかできなかった。


 がつん、という鈍い音が響く。

それで終わったかと思った衛兵は、それでもまだ、自分に意識がある事を不思議がった。

恐る恐る眼を開けると、自分に向けられていた錫杖は無く。

掌を踏みにじっていた鉄靴の重みは消え、何より、自分に殺意を向けていたあの黒乙女は、そこからいなくなっていた。

「えっ――?」

もう駄目だと思った矢先の出来事であった。

何が起きたのかよく解らない。

なんとか力を振り絞り、上身を上げてみれば……そこは、先ほどとは違う『戦場』となっていた。


「くっ、邪魔をするなっ!!」

「邪魔なのは貴方達の方だわっ」

細身の剣を片手に、黒い女達へと斬りかかる飴色の髪の乙女。

それに追随し、様々な武器を持ち挑みかかる歳若い娘達がそこにいた。

突き飛ばされたのか、地に手をついている黒乙女。他の女達も、憎悪を込め娘達と戦っていた。

「旦那様、こちらにもっ」

自分の傍で、娘の一人が足を止めた。

「うむ。思いの外多いな。死者が少ないのが救いだが……一人ひとり癒していては手遅れになるかもしれんか」

男の声。見上げると、背の高い中年男が樹上に立っていた。

(あの方は……もしかして――)


「敗北の女神ガメオベイラよ、この者達はまだ、貴様の元に向かうべき敗北者ではない。その鎌をしまい、解放せよ――」


「意識はありますか? 動けるかしら?」

樹上で何事かぶつぶつと呟くその男をぽーっと見ていた衛兵であったが、すぐ隣で自分に声をかけられ、はっとする。

「……動くのは無理そうだけど、まだ生きてるわ」

娘の足は、生物では有り得ない球状の関節をしていた。

人形である。魔王直属の人形兵団。竜をも蹴散らす無敵の軍勢が、そこにいた。

「大丈夫、もう大丈夫ですから」

なのに、その娘はとても慈悲深くにこりと微笑む。戦場の中にあって心底安堵できる、癒しそのものであった。


「全ての命を司る『詩人の泉』よ、今傷を負いし者達に、今一度生命の光を!!」


 樹上の魔王が両腕を高く掲げる。詠唱は終わったのだ。


『――ヒーリングレイン!!』


 天に向け、両の掌から眩い光が放たれる。

それが空に突き刺さり――やがて光の雨を降り始めた。

ぱしゃり、ぱしゃりと頬に当たる雨粒。それが温かく染み渡っていく。

黒の刃に切り裂かれ冷たくなっていた傷口が、みるみるうちに塞がり、また体温を取り戻していく。

「これは――」

戦いの中、蓄積されていった疲労も薄れている。むしろ身体には力がみなぎってくるほどであった。

まだ痛みは残るものの、気がつけばもう広がっていたはずの傷口は痕すら残っておらず、健康的な肌がそのままの状態にまで治っていた。

「もう立てるはずよ。さあ、立ち上がってくださいな。ここは私たちが請け負いますから」

傍らの人形にそう促され、立ち上がってみせる。

「……ありがとう」

できれば自分も戦うべきなのだろうが。

しかし、あれだけ苦戦した黒の乙女たちを相手に、この人形兵団は互角、いや、それ以上に立ち回っていた。

自分の出る幕など無いだろうと思い知り、自分の立場を今一度自覚する。

「皆、ここは魔王陛下と人形さんたちに任せて、私達は逃げるわよ!! ついてきて!!」

同じように起き上がっていた集落の女達に声をかけ、衛兵は退避を促した。


 そろそろと去っていくエルフの女達を背に、魔王は樹上より飛び降り、敵を迎え撃たんと構えた。

このような状況下にあっても尚、同胞の娘達を率先して誘導できるあの女衛兵。あれは中々のモノだと感心しながら。

「さて、貴様らと会うのはこれで二度目だと思うが。どういう経緯でこのような場所に現れたのか、聞かせてもらおうか。『レコンキスタ・ドール』達よ」

魔王は、憎悪と狂気に彩られた暗い瞳で構えるかつての聖女達に向け、敵意を以って睨みつけていた。


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