#1-2.幽閉されし王女と出会う
「安堵した。どうやら、敵は、彼らは、この街や民を傷つけるつもりがないらしい」
ひとしきり眺めた後、老人は歩き出す。
「余は、この街が大好きであった。余の青春。余の命。領土等どうでもよい。余は、余が生まれ育ち、そしてたくさんの思い出のあった、この街が無事なら、それでも良いのだ――」
それは慈愛のこもった、親のような瞳であった。
温かみを感じさせる、人のものであった。
「彼らなら、この国を上手く導くでしょうや。陛下より、ずっと上手く、ね」
「かもしれんなあ。このババリア。王としていささか自信があるつもりではあったが、所詮は商人であったわ」
本当に偽らない男だ、と。笑いながら。
ババリアは歩みを止めずバルコニーから出ようとする。ふと、立ち止まり、ぽつり、一言。
「お前に、一つ頼みがある」
「なんなりと」
最後の別れでも言うつもりかと思っていた老人の、ちょっとした予想外の言葉であった。
命令ではなく頼み。一体何なのかと、カールハイツは興味をそそられた。
「……ついて参れ」
そう言ってまた歩き出す老人に、カールハイツは言われるまま、ついていくことにしたのだ。
王の私室。その奥間に扉があった。
外観からするとそれは城から突き出た小さな塔のある部分に行き当たるのだが、どうにも厳重に管理されているらしく、何があるのかは誰に聞いても教えてもらえなかったものであった。
「ここに、一体何が?」
まさか家宝でも押し付ける気じゃあるまいな、と、面倒ごとの予感を感じたカールハイツ。
老人は気にするでもなく、その扉の鍵を開けた。
「余の、街以外のもう一つの宝がある」
呟くように説明すると、扉を開け、中に入っていく。
どうにも曖昧だったが、ついていかないわけにも行かず、カールハイツもその中に入っていった。
そうしてたどり着いたのは小さな扉。
人一人がようやくくぐって入れる程度の幅と高さで、この部屋が老人の目的地だったらしい。
「入るぞ」
声をかけ、扉に手を掛けると、軽く押し込む。
意外と扉自体は軽いのか、きい、というかすれるような音と共に扉は容易に開いた。
「――お父様」
そこに居たのは、姫君であった。
濃いクリーム色の髪。背は低めで顔はまだ幼さを残していた。
丸顔の可愛らしい美姫で、カールハイツもつい笑顔になってしまう。
「久しいなアンゼリカ。こちらはカールハイツ。異国の商人殿だ」
美しい娘を前に、老人も穏やかに微笑みながら、後ろに立っていたカールハイツを紹介する。
「あ、ども……」
「まあ。異国の方だなんて。どうしましょう、私、異国の言葉は解りませんわ」
「安心せい、きちんと同じ言葉を話せる。カールハイツよ、アンゼリカはこのように、あまりモノを知らぬでな」
戸惑いながら天然な事を言いだす姫に苦笑しながら、老人はカールハイツを姫の前に立たせた。
「それで、陛下。俺とこのお姫様とを引き合わせて、どうしたいんで?」
今一要領がつかめない。確かに可愛いお姫様である。自慢の娘だから見せびらかしたい気持ちも解かるが、今はそんなんじゃないだろうとも思ったのだ。
「実は、姫は魔女の呪いにかかっておる」
「呪い? 魔女って、魔族のか?」
「いいや。そんなものよりずっと業の深い――原初の魔女の呪いだ」
老人は、深くため息をついた。
「アルム家に伝わる呪いは知っておるか? 女性の皇族のみ、何故か発症する呪いじゃ」
「ああ、知ってる。見た目、歳を取らなくなる呪いだろう? その所為で、呪いが発症した皇族の娘は悲惨な末路を辿ったって聞いてる」
あまり有名ではない、それどころか相当深く調べなければ解るはずもない出来事のはずだが、何故かこの二人はそれを知っていた。
「実はな。ガトー王家……もっと言うなら、古くからある王家には、その呪いを受け継いでいるものもいくらかはあるのだ」
「つまり、各地の王家の先祖の中に、アルム家の血筋が混じっているかもしれないという事か?」
「恐らくな。ガトー王家がアルム家を頑なに認めようとしなかったのは、これが大きい。元をただせば、主筋は向こうにあるようなのだ」
なんともいえない苦そうな顔で、ババリアは姫の肩に手を掛ける。
「それは、呪いの頻度からもよく分かる。大帝国ではかなりの確率でそれが発症していたようだが、我らガトー王家の血筋では、数百年単位で一人二人という発症率だ」
「……なんともまあ、驚きの話で」
つまり、目の前に立つこのお姫様は、本来の年齢とはずれた外見をしているという事。
可愛らしく微笑んではいるが、少しばかり怖くもなった。
一体いくつなのだろうと。実年齢が気になったのだ。
「アンゼリカは今年で十八になるが、十二の頃から成長が完全に止まってしまってな。教会に目を付けられるのを恐れ、こうして、塔に住まわせていた」
カールハイツが見たことも聞いたこともないババリア王の第二子。
サバラン王子のみが跡継ぎだと思っていたが、まさかここで姫君が出てくるとは思いもしなかったカールハイツは、どうにも困ってしまっていた。
何より、十二で成長が止まったと言うが、アンゼリカは十八と言われても十分相応の身体つきをしていたし、十二と言うにはやや顔立ちが大人びている印象すら感じられた。
雰囲気も落ち着いている。これなら十分女として通用するだろうと、カールハイツは思ったのだ。
「呪いっていうか、単にアンゼリカ様が人より成長が早いだけ、というオチは?」
「馬鹿を言え、そんな不自然な成長があってたまるか」
ある意味十二歳で十八相応の成長をしているほうが不自然なのだが、ババリアはそうは思わないらしく。
カールハイツの主張はあっさり退けられてしまった。
これにはカールハイツも苦笑するばかりである。