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趣味人な魔王、世界を変える  作者: 海蛇
7章 女王
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#15-1.ゼネラル・エリーセル

 ガトー王国西部・アルトリアの丘陵地帯、チェルナの丘。明けの前の時刻であった。

国境に位置するこの地方は今、隣国ラムクーヘンとの衝突を間近に控えていた。

国境向こうに対するラムクーヘン軍は一万二千。

その多くが強力なハンド・カノンで武装され、騎馬兵力は皆無ながら、機動性を兵員運搬用の戦車で補っていた。


「圧巻ねぇ。五倍以上の兵力。更に武装は新型、鎧すら最新の軽鎧。しかも兵士の士気も高いわ」


 迎え撃つガトー軍。総数二千いくばくか。そのほとんどが騎兵。

それも弓すら持たずランス片手に突撃をするだけの重装突撃兵である。

平地のぶつかり合いにおいては幾分強みのある兵種ではあるが、対ハンド・カノンでは無駄に被弾面積が広まり、更に飛び道具も無しではただ的になるだけであった。

更に言うなら、折角馬に乗っていても、その鎧の重さの所為で機動性を活かしきれない。

軽鎧をまとっている相手の歩兵の方がよほど足回りの自由があるので、乱戦になれば一方的に蹴散らされるのは目に見えていた。


「このままぶつかり合えば、まず間違いなく我が軍の負けだと思います……」

高台の上、双眼鏡片手にのんびりと構えていたエリーセル。

その隣に控えていたポニーテールの少女が、不安げに戦場の方を眺めていた。

「まあ、奇跡が起こっても逆転はありえないわね。二千二百と一万二千の正面対決じゃ」

エリーセルは余裕の様子であった。にやにやと笑っていた。

「でもまあ、どうにでもなるわ。ハンド・カノン位なら」

敵はハンド・カノンを主兵装にしている。

北部諸国連合と違い、こちらは平地にそのまま兵を置くのではなく、戦車を活用する事によってその被害を抑えようとしているのだろうが。

だが、それは別に、ハンド・カノンの弱点を克服している訳ではない。

「カレン。準備は整っているかしら?」

「はい。兵士たちには、号令をかけ次第突撃をするように命じてあります。リーツ達も要所要所に控えていますから、間違いなく伝わるかと」

「よろしい。では、相手を幻惑にかけましょうか」

エリーセルは笑う。傍に控えるカレンはまだ幼さを残す学生さんだが、それでも下手な将軍よりも優秀だと感じられた。

「貴方達の初陣だわ。勝利して見せましょうね」

まだ不安げに戦場を見ていたカレンに、エリーセルは振り向き余裕の顔を見せた。

少しでも安堵できるように、冷静に判断できるように、と。



 戦場は、次第に明けていく。

昨夜の天候は何であったか。晴れの日のはずであったが、湿度が影響してか、あたりには次第に霧が立ち込めていく。

「……これは」

まだ薄暗い内から、次第に明るくなるに従って。

ラムクーヘンの将兵達は、気付くのだ。

「将軍、魔法ですっ!! 幻惑魔法が展開されております!!」

周辺地形に広範囲で展開されている幻惑魔法。深い霧。

教団率いる北部諸国が魔王軍相手に敗走した時と同じような状況が、ラムクーヘン軍に猛威を振るおうとしていた。

「全砲手、前に。観測手との連携を取りつつ、敵の攻撃に備えよ」

しかし、彼らの司令塔は実に冷静であった。

魔法に視界を遮られる事など、想定の範囲内である。

そもそもこれは対魔王軍用に開発された兵器。

運用に関して、弱点の情報等はとっくに出回っており、これは既にフィードバックされ戦術の範囲内では克服されていると言っていい。

「追い詰められた鼠にしては思いのほか知恵が回るようだが……そんなものは我々には通用せん」

ラム地方の独立から幾年月。

ひたすらにガトーを警戒し、魔王軍を警戒し、大帝国をも警戒し、存続し続けたラムの騎士団は、訓練の日々の中、精鋭とも言える練度を維持し続けたのだ。

この程度の霧では動揺しない。兵たちも、頬を引き締め、将の号令を待っていた。

遠くには馬音。走る蹄が地を飛ばし、距離をつめているのが感じられた。

「備えよ」

指揮剣を挙げる。直近の兵が備え始め、波のようにそれが伝染していく。

二秒、三秒、と経過していき……音は間も無くという距離まで迫った。

ここにきても敵は未だ声を押し殺したまま。思ったよりは度胸が据わっている敵なのかもしれないと感じた。

だが、次第に、敵の先頭の影が目に入る。そう、目に入ったのだ。

「放てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!」

将は、指揮剣を敵に向け振り下ろした。


――爆音。空が割れんばかりの衝撃が空気を揺らし、地をも響かせる。


 まるで対軍魔法でも放ったかのような黒の波に、敵影はなぎ払われていく。しかし兵らは構わず次弾を装填し、撃ち続ける。

霧が晴れていく。魔法で作り出された霧。だが、これは所詮霧に過ぎず、空気を痺れさせる音に、衝撃に、爆風に、容易に散らされていくのだ。

次第に霧散し、明けの光が兵士達の勝利を祝福するかのように照らしていく。

「ふん、霧が薄すぎたな」

北部諸国連合は、濃霧の中撤退を余儀なくされたのだと聞いたが、この戦場を覆っていた霧はそれほどではなかった。

撃てば消える程度の霧で何ができると思ったのか。

あるいは同じように撤退してくれればと儚い希望を抱いたのかもしれないが、それももう散った。同じ手は通じないと解っただろう。

将軍は、笑っていた。徐々に晴れていく霧の先に何があるのか。

無残に倒れ、死んでいたり、息も絶え絶えで命乞いする兵士達が居るのだろうと思っていたのだ。



「まあ、普通に挑んだらここで終わっていたわね。やっぱり、対策もばっちりのようだわ」

ガトー軍はそこにはいなかった。

霧の中、ハンド・カノンの餌食になっていたのは馬のみ。では、ソレに乗っていた兵士達はどこに消えたというのか。

隣でかちゃかちゃとぱそこんのキーを叩くカレンをみやりながら、エリーセルは笑っていた。

笑いながら、手に持った片手剣を振り下ろす。


「突撃!!」


「将軍、高台の観測手より、敵軍の分隊が東五百の距離まで迫っていると!!」

馬ばかりが倒れている戦場に唖然としていた将軍と兵達であったが、伝令の言葉にはっとし、状況を察する。

「なっ――こしゃくなっ!! 迎撃準備!!」

奇襲は通らない。高台に控える観測手が、敵軍の動きを逐一ぱそこん経由で報せてくれている。

これが霧に対するラムクーヘン軍の対策である。

本隊が霧で見えずとも、遠隔地に居る観測手には敵の動き、音、方向、霧の範囲がある程度見て取れるのだ。

敵の動きが丸わかりなら、奇襲等恐るるに足らない。

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!」

兵士たちの喚声は、砲手たちの真横から聞こえていた。

しかし、すぐに対応する砲手達が真横に向き、敵軍の迎撃体制を整える。

「放てぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」

溜めず、即座に迎撃命令。

爆音が走り、横面からの奇襲部隊は蹴散らされていく。

「周囲を警戒!! 敵の本隊が来るぞ!!」

「はっ、周囲を警戒、周囲を警戒っ!!」

即座に次の指示を飛ばし、全体の警戒態勢を整える。

「ふははははっ、弱小軍だなどと侮っていたが、思いのほかやってくれたな。だがここまでだ!!!」

勝ち誇る将軍。敵の本隊の位置は観測手から来ていないのでまだ解からないが、これで敵も万策尽きただろう、と。


「見つけました」

高台の上、カレンが顔を上げ、エリーセルの顔を見る。

「でかしたわ、場所は?」

「えっと……ここから南一千百の座標上です。あの丘の辺りだと思います」

地図とぱそこんの画面を交互に見合わせながら、向こうに見える丘を指差し、カレンが立ち上がる。

「あの丘か……よろしい。行きましょう」

「は、はいっ」

満足げに微笑みながら差し出されたエリーセルの手を、カレンは緊張気味にぎゅっと握った。


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